#227 リーフィル星系へ
新章プロローグ!_(:3」∠)_
何かが頬を突く感触で目が覚めた。
薄目越しに見える天井は見慣れたもので、照明は薄暗く、目に優しい。
頬を突く指から逃れようと首を動かすが、その程度で頬を突く指から逃れられるわけもない。俺を攻撃する魔の手は正確に俺の頬を突き続ける。
こうなっては仕方あるまい。観念して目を開き、下手人に顔を向ける。
「おはよ」
「おはよう」
下手人はエルマであった。何が楽しいのか、にまにまとチェシャ猫のような笑顔を浮かべて俺の顔を眺めている。
「なんだよ」
「ヒロも寝顔は無邪気で可愛いなって思ってただけ」
「お前ね……」
そりゃ俺は決して巌を思わせるような魁偉なる顔ではなかろうが、可愛いと言われる程童顔でもないはずである。ああいや、欧米人から見ると東洋人は若く見えるとかいう話もあったか。もしかしたらエルマの目には俺は年齢よりも幼く見えるのかもしれない。
「まぁ、エルマお姉ちゃんに比べれば俺はガキかもしれないけどね」
皮肉を込めてそう言いながらベッドから身を起こし、あくびを噛み殺す。どう見ても二十代前半、下手するとティーンエイジャーにすら見えるエルマであるが、その尖った耳が示す通り彼女はエルフである。見た目に反して彼女は俺よりも二回りは年上なのだ。正確な年齢は知らんけど。
そんな彼女からすれば三十路にも届いていない俺などまだまだ幼く見えるのだろう。
「……」
「あん?」
何故か押し黙ったエルマを訝しんで視線を向けると、なんだか驚いた表情で固まっていた。いや、本当になんだよ? そんな硬直するような要素どっかにあった?
「な、なんでもない。うん、なんでもない。早く起きなさいね」
急に顔を赤くしたエルマがプイッと顔を背けながらそう言ってそそくさと部屋から出ていく。突然のことに俺はただその後ろ姿を見送ることしか出来ない。
「……なんやねん」
マジで心の底からなんやねん。
☆★☆
「兄さん、エルマんと喧嘩でもしたん?」
赤い髪をした少女――に見える女性がテーブルの向かいから俺にそう問いかけてくる。実際には彼女は少女でもなんでもなく、俺と同い年の立派な女性だ。
「いや別にしてないんだけど……」
起床してシャワーを浴び、休憩スペースの食堂で朝食を摂る。いつも通りのルーチンをこなしているのだが、何故かエルマに避けられていた。俺を見るなりサッと姿を隠すと言うか、部屋から去ってしまうのだ。
「今日はエルマさんがお兄さんを起こしに行きましたよね? そこで何かあったとか?」
赤い髪の少女――に見える女性と同じ顔つきをした青い髪の女性が俺にそう問いかけてくる。彼女は赤い髪の女性の双子の妹だ。二人とも人間ではなくドワーフと呼ばれる種族で、幼く見えるのは種族的な特徴のようなものだ。こう見えて膂力は成人男性よりずっと強いので、子供だと思って不埒な真似に及ぼうとすれば見た目に反するパワーでとても痛い目に遭わされることであろう。
「いや、少なくとも怒らせるようなことは何もしてないし言ってないと思うんだけど……頬を突いて起こしてきた上に寝顔が可愛いなんて言うもんだから、エルマお姉ちゃんにしてみれば俺なんてガキなのかもねとは言ったけどさ」
「うーん……?」
「確かに怒るほどのことでは無さそうですね?」
年齢のことに言及しているので怒らせない要素が皆無とは言えないだろうが、そもそもエルマは年齢について言及されたところで怒るような性格じゃないしな。目の前の双子の姉妹は俺ほどにはエルマと付き合いが長いわけではないが、それくらいのことを察せるくらいの付き合いにはなっている。
「そいやエルマんって末の妹なんやっけ?」
「ああ、そうだな」
エルマの家族構成は両親に兄、姉という感じで、エルマ自身は末っ子である。
そんな双子の姉――ティーナの言葉を聞き、双子の妹――ウィスカがポンと手を叩いた。
「もしかしたらお兄さんに『エルマお姉ちゃん』なんて呼ばれてびっくりしたんじゃないですか?」
「えぇ……そんなことある?」
少なくとも俺には理解し難い話だ。所謂ギャップ萌え的な? 俺に? エルマが? それは無くね?
「まぁそのうち元に戻るやろ。それよりそろそろ着くんよね?」
「ああ、もうそろそろの筈だな」
俺達が今向かっている先、エルフの母星であるリーフィル星系はもうすぐそこだった。
☆★☆
「おはよう、二人とも」
「おはようございます! ヒロ様!」
「おはようございます、ご主人様」
我が母艦、ブラックロータスのコックピットに赴くとそこには二人の女性の姿があり、それぞれに俺に声をかけてきた。
俺のことをヒロ様、と呼んだ明るい茶色の髪の毛の女の子の名前はミミ。
俺が最初に立ち寄ったコロニーで酷い目に遭いそうになっていたところを助け、色々あって俺の船のクルーになってもらった女の子だ。最初はズブの素人だったが、メキメキとオペレーターとしての能力を身に着けて、今ではオペレーター業務だけでなく戦利品の売買や、母艦であるブラックロータスに積む交易品の手配と管理までこなすようになった。もはや立派なクルーの一員だ。
実は現皇帝陛下の大姪――つまり現皇帝陛下の妹の孫にあたる存在で、ギリギリ傍系皇族と名乗ることができる身分なのだが、彼女は顔も知らない祖母が皇帝陛下の妹様でしたと言われてもピンと来なかったらしく、結局『ターメーンプライムの平民の娘』としての立場を選んだ。そして今に至るわけだ。
そして俺のことをご主人様、と呼んだ濡れ羽色の長髪を揺らす美女の名はメイ。一見人間にしか見えないが、メイドロイド――所謂メイドロボというやつである。
金を惜しまずに高性能なパーツを用いてカスタマイズされており、メイドロイドとしては破格の性能を誇っている。メイドとしての働きは勿論のこと、操艦、戦闘、なんでもござれの『ぼくのかんがえたさいきょうのメイドさん』だ。俺にとっては剣の師匠でもある。痛くなければ覚えませぬ、というのが信条の厳しい師匠だけどな!
「間もなくリーフィル星系に到着します。到着予定時間は二十二分後です」
「了解。リーフィル星系に着いたらクリシュナを出撃させて即応体制でリーフィルプライムコロニーに向かおう」
「承知致しました」
俺の言葉に疑問を差し挟むこともなくメイが頷き、俺の指示を了承する。一方、ミミは首を傾げていた。
「何かあってもブラックロータスから緊急発進すれば良いんじゃ無いですか?」
「それでも良いんだけどな。道中でトラブルらしいトラブルが無かっただろ……?」
「あぁ……はい」
ミミの瞳からスッと光が失われ、諦めたような気配が漏れ出す。恐らく俺も同じような目をしていることであろう。
「今までの事例からパターンを類推しますと、何かしらのトラブルが起きる可能性が非常に高そうですね。それに柔軟に対応するためのフォーメーションを予め組んでおく。なるほど、合理的です」
メイは一人で納得している。というか、機械知性であるメイからもパターン類推されるとかよっぽどだな? それはつまり異常値なのでは?
「とにかくそういうことだから。メイには悪いけどここはメイに任せて、ミミはクリシュナに乗る準備を進めておいてくれ」
「わかりました」
「はい、こちらはお任せ下さい」
頷く二人に俺もまた頷き返し、ミミと一緒にブラックロータスのコックピットを後にした。
☆★☆
「というわけでエルマの様子が変なんだよ」
「うーん? どうしたんでしょうね?」
などと話しながらクリシュナのコックピットに向かうと、そこには既にエルマが待機していた。小型情報端末でメッセージを送っておいたので、それを見て速やかにクリシュナのコックピットに向かったのだろう。ブラックロータスのコックピットは船の中心部に近い奥まった場所にあるので、クリシュナの置いてあるハンガーからは距離的に遠いのだ。
「システムのチェックは終了。今は機体に診断プログラムを走らせてるわ」
「サンキュ。元に戻ったみたいで何よりだ」
「なんでもないから忘れなさい」
どうやらエルマとしては朝のあの奇妙な行動についてあまり突っ込んでほしくないらしい。まぁ、そうだというならスルーしてやるのが武士の情けというやつだろう。俺は別に武士でもなんでも無いけど。
「まぁ、機体は完璧だな。新品同様だ」
機体の簡易診断プログラムから返ってきた結果を見て呟く。そうすると、コックピットのメインスクリーンにティーナとウィスカの姿が映し出された。
『そらそうや。うちらがしっかり見とるんやで?』
スクリーン越しにティーナがそう言って薄い胸を反らす。ティーナとウィスカのドワーフ姉妹は揃って優秀なシップエンジニアだ。二人はクリシュナとブラックロータスの正式なクルーではなく、ブラックロータスの販売元であるスペース・ドウェルグ社から派遣されてきている立場なんだが……最近はうちの船の生活にかなり馴染んで来てるんだよな。そろそろスペース・ドウェルグ社を退職してうちのクルーになってくれるんじゃないだろうか? などと俺は思っていたりする。
「二人の腕前には脱帽だ。ところで、心の準備は大丈夫か?」
『『心の準備?』』
「暫くリーフィル星系に腰を据えると思うから、また宙賊艦の面倒を見てもらうことになるぞ」
俺の言葉を聞いて二人は互いに顔を見合わせ、一つ頷いてどこかからレンチとスパナを取り出した。
『ほどほどで頼むで?』
『ほどほどでお願いしますね?』
「アッハイ」
素振りをしながら行われる説得に俺は屈した。まぁ屈したと言っても抑える気は無いんだけど。正式ではないといってもうちのクルーとして働く以上は是非力を振り絞っていただきたい。そして皆でカネを稼いで幸せになろうじゃないか。
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