#222 宙賊と社会問題
最近夜更しし過ぎなので生活リズムを正したい……_(:3」∠)_(ゆるして
コーマットⅣにおける降下制圧作戦終了後は穏やかな日々――悪く言えば退屈な日々――が続くことになった。アジトの壊滅によって宙賊どもの活動はなりを潜めることとなり、コーマットⅣで手に入れたデータの解析が完了してコーマットⅣ、及びコーマットⅢで活動していたツイステッドどもは強制停止された。つまり、全ての脅威は取り除かれ、粛々と移民作業が進んで行くことになったわけだ。
「かくしてコーマット星系には平穏が訪れ、ダレインワルド伯爵家の幼き女傑の差配の下、発展への第一歩を踏み出すのであった、と」
「何よそれ」
「自伝? アレンに勧められてな。傭兵の自伝って娯楽小説扱いでそれなりの需要があるんだとさ」
「あー、たまに見かけるわね。明らかに話を盛ってる嘘くさいのばっかだけど」
「……ヒロ様の場合、正直にそのまま書いても盛ってると思われそうですよね」
「それな」
船でのドンパチがメインの俺がテラフォーミング中の惑星に降下して銃ではなく剣を使って切った張ったをするって時点で『嘘くせぇ!』と思われること間違いなしだな。普通、貴族でないとまともに剣なんて使いこなせないっていうのがこの世界――というかグラッカン帝国の常識だし。
勿論、貴族でなくても剣は振るえるし、切れ味だって変わるわけではない。だが、剣でレーザー兵器の射撃を防ぎ、あまつさえ弾き返してダメージを与えるなんて芸当は莫大な金をかけて身体能力を強化できる貴族でもないと普通は不可能なのだ。俺はできちゃうけど。
「トラブルの頻度もねぇ……」
「日頃の行いは良いはずなんだけどな。呪われてるんじゃないかってレベルで何かしらトラブルに見舞われるよな」
「あはは……ま、まぁその分お仕事にはなっていますから」
確かに最終的には何らかの見返りがあるのは確かなんだけどさ。ミミやエルマのような優秀なクルーの加入があったり、単純に大金が手に入ったり、母船に優秀な整備士姉妹がついてきたり、大層な勲章を貰ったり、上級市民権とゲートの通行権を獲得したりな。ある意味トントン拍子ではあるんだけど、当事者としては疲れることこの上ないんだよ。
「俺としては撮れ高が欲しいんだが?」
クリシュナのコックピット。その後部にあるサブシートに座ってタブレット型端末を弄っていたフォーマルハウトエンターテイメントのズィーアが若干不満げな声を上げる。そうは言われてもな。
「宙賊の活動は減少傾向にあるし、この先はそうそう撮れ高なんて無いと思うぞ」
「アジトが無いと貨物船や客船を襲っても戦利品を売り捌けないからね。今、コーマット星系で仕事をする宙賊はよほど食い詰めた連中か、他所の星系に仕事場を移す前に少し戦利品を持っていこうって考えてる連中くらいでしょうね」
「うん? どういうことだ?」
エルマの解説にズィーアが興味を示す。ああ、なるほど。宙賊の連中のライフタイルってのをあまり理解していないんだな。
「宙賊の連中のアジトってのは、要はブラックマーケットなんだよ。奴らは商船や客船を襲って戦利品や奴隷を獲得し、アジトに持ち帰ってそこで戦利品や奴隷を売り捌いて生活してるんだ」
「売り捌くって言ってもエネルじゃなく、換金性の高いレアメタルとか生活物資、嗜好品とかとの物々交換らしいけどね。そうやってアジトに集積した戦利品を所謂闇商人と言われる連中が買い付けていって、表の世界で売り捌くわけよ」
「アジトを襲撃して壊滅させれば、そのアジトを拠点としている宙賊だけでなく闇商人も一緒に壊滅させられるので、その星系を中心とした周囲の星系の宙賊や闇商人にダメージを入れられるというわけですね」
「なるほど? しかしその話を聞く限り、諸悪の根源は闇商人ってことになるよな。宙賊を叩くのが重要なのは勿論だが、根本的には闇商人を摘発して回ったほうが良いんじゃないのか?」
ズィーアの疑問も尤もな話だ。末端ではなく、根を刈ったほうが効率的なのは間違いない。
「宇宙を行き来している行商人――商船がどれだけ居ると思う? 大企業から中小企業、それに船一隻だけで商売をしてるようなのもごまんと居る。その全てをチェックして出てくるかどうかもわからない宙賊からの横流し品をチェックできると思うか?」
「……難しいだろうな」
「それに、どんなコロニーにも出処の怪しい品を扱う店なんていくらでもあるでしょう? 辺境にある小さなコロニーやステーションの中には闇商人頼みでなんとか命脈を保ってるようなところもあるっていうのが現状なのよね。それに、あいつらの中にはコロニーやステーションだけじゃなく、惑星上の居住地とも取引しているような奴らもいるみたいだし」
「扱いの難しい情報だな……」
俺達の話を聞いたズィーアが燃えるように輝く鬣をバリバリと掻く。
なんだかんだ言ってコロニーやステーションの運営に行商人の存在は欠かせない。コロニーやステーション内で完全に自給自足ができるほどの設備が整っている場所などごく少数だからだ。どんなコロニーやステーションも大なり小なり他のコロニーやステーションとの交易を行うことによって住人に必要な生活物資を手に入れている。当然、取引相手の選り好みなどそうそうできるものでもない。怪しげな相手でも、必要なものを適正と思われる値段で卸してくれるなら多少のことには目を瞑らないとコロニー運営が立ち行かなくなるのだ。
「一介の傭兵には手に余るよな、こういう社会問題ってのは」
「考えようによってはそういった問題があるからこそ私達の活躍の場があるわけだしね」
エルマがそう言って肩を竦める。宙賊が居なくなったら俺達傭兵もおまんまの食い上げだからなぁ。まぁ、本当に宙賊が居なくなったら宇宙怪獣ハンターか、本当の意味での傭兵業をやるしかないだろうな。つまり、国家間紛争の場である戦場での槍働きってやつだ。振るうのは槍じゃなくて航宙戦闘艦とレーザー砲になるわけだけど。
「あー、意識の高い話はやめやめ。もっと意識の低い話をしよう」
「意識の低い話」
「現時点での報酬計算とか」
「それは意識の低い話なの?」
エルマがジト目で見てくるが無視だ無視。少なくとも宙賊と宙賊が発生する社会的問題について議論をするよりはずっと即物的で意識の低い話だろう。
「ええと、一日あたり30万エネルで、何か別件で招集された場合は最低100万の応相談。今二十日目で、最低でも三十日は雇用されることになってるから、まず900万は固い、と」
「コーマットⅢでの対地攻撃に一度駆り出されてますから、100万エネルはプラスですよね」
「コーマットⅣの降下制圧がどういう扱いになるかね。ヒロのリスクを考えると300は吹っ掛けたいわね」
「それが通ったとして900+400で1300万エネル。ああ、アジトへの襲撃も100は固いだろうから1400万エネルか。その他に宙賊の賞金額とか撃破報酬とかを入れると……およそ550万エネルくらいか。これに修理して売り捌いた船の売却益が合計で凡そ700万エネル。こっからあと十日で賞金額と船の売却益がどれだけ伸びるかわからんが、鈍化はするだろうな」
「全部合わせるとざっと2650万エネルですね。本当にざっと丼勘定しただけなので、誤差はあると思いますけど」
「そこにこれから十日分の賞金とか船の売却益を入れると、3000万を超えるかどうかってとこかしら。かなり宙賊が減ってるから、賞金額の伸びは期待できないわね」
「一ヶ月で3000万エネル……理解の及ばん領域の稼ぎだな。そんなに儲けて何に使うんだ?」
ズィーアの質問に俺は胸を張って答える。
「俺の目標は惑星上の居住地に豪華な一戸建てを建てて何不自由なくのんびりと贅沢に暮らすことだな!」
「それは壮大な夢だな……でも」
「でも?」
「その稼ぎで十分に目的を達成できるんじゃないか? 上級市民権はあるんだろう?」
ズィーアがそう言って首を傾げる。いや、そんなことは。居住惑星に家を建てるには億単位のエネルが……うん? あれ? 上級市民権を買うために大量の金が要るのであって、それを持っていれば土地代と建築費があれば……?
「……いけるのか?」
「いけると思うけど」
「多分いけると思いますよ」
俺の疑問にエルマとミミが頷きながら答える。
あれ? いつの間にか俺は目標を達成できる状態になっていた……? うわ、俺って気づくの遅すぎ……?




