#219 制圧待ち
おくれました_(:3」∠)_(もはや言い訳のしようもない
「無理でしょう」
「無理ですか」
「私も貴方もそれを防ぐための装備をしているではありませんか。当然あちらもそうしているでしょう」
「なるほど」
確かにセレナ中佐が装備しているヘルメットも、俺が装備しているユニバーサルマスクもそういった生物・化学兵器に対する防御性能を備えている。俺のは頭全体を覆うタイプじゃなく顔だけ覆うタイプだから、皮膚から浸透してくるタイプの化学兵器は完全にシャットアウトできないけど。
今後のことを考えてセレナ少佐と同じようなコンバットアーマーを一揃い買っておくべきだろうか? でも、軽量型のパワーアーマーで事足りるっちゃ事足りるしな……まぁ、軽量型のパワーアーマーを扱っているメーカーならコンバットアーマーも扱ってるだろうから、その時に考えるとするか。
「進行具合はどうですかね?」
「既に一部の戦力が内部に突入して橋頭堡を確保しつつあります。外部の戦力掃討も直に終わるでしょう」
そう言いながらセレナ中佐は虚空にちょこちょこと指先を走らせている。俺からは見えないが、恐らくヘルメットのHUDに表示されているインターフェイスを操作して戦闘ボットや指揮下の兵士達に司令を飛ばしているのだろう。俺と会話をしながら苦もなくそういった作業をこなす辺り、やはりセレナ中佐も貴族なのだなと感心する。
「というか、それをやるならこの場所が判明した時点で軌道爆撃で跡形もなく消し飛ばしていますよ」
「それもそうでした。生け捕りするんだったっけ。めんどくせぇなぁ」
「口に出てますよ。まぁ、最悪確実に死亡を確認できて、彼がゲリッツ本人であると証明できればそれでも良いんですけど」
「別に首級を挙げる必要はないと」
「首級って……どこの蛮族ですか」
首級を挙げるという表現にセレナ中佐が顔を顰める。いや、嬉々として剣をブンブン振り回す人が首級を挙げるのは野蛮とか言っても説得力無いんですけど。というか貴女、さっきグラップラーの首獲ってましたよね?
「まぁ首の話は置いときまして。ゲリッツは一体何のためにここに逃げてきたんですかね?」
「時間稼ぎでしょう。恐らくはこの構造体に籠城して、イクサーマル伯爵家からの救援を待つつもりだと思います」
「うーん、そうかなぁ……」
どうにも腑に落ちないんだよな。あの構造体の奥深くに脱出する手段があるとは到底思えないし、籠城するにしても場所が悪いように思う。こうして追い詰められると逃げ場がない。往々にして籠城というのはそう言うものかもしれないけど。
まぁそれを言ったらこのコーマットⅣ自体が一度逃げ込めば外に出ることがかなわない袋小路のようなものだ。今は軌道上に帝国航宙軍やダレインワルド伯爵家の手勢も展開しているので、大気圏から脱出しようとしてもすぐさま拿捕されるであろう。
「地中を高速で掘削して移動するドリルマシン的なものでとっくに逃げてるとか無いですかね?」
「そのようなマシンの存在は聞いたことがありませんが、あるのですか?」
「俺は聞いたことないですね」
この世界の技術力ならできそうな気もするけど、それが実在するかどうかまでは知らないな。
「流石にあるかどうかもわからないものを想定するのは馬鹿げていると思いますが」
「それもそうか。じゃあ他の可能性として……証拠隠滅に動いている可能性はどうです?」
「証拠隠滅?」
「奴も自分が生け捕りにされるか、或いは遺体を回収されて自分がゲリッツ=イクサーマルであると証明されるのが避けるべき事態であるということは先刻承知でしょう。だから、わざとツイステッドどもに食われて遺体回収困難、そもそも行方不明という結果に持っていこうとしているとか」
「……まぁ、一番嫌なパターンですね、それは。『食い残し』を探すために構造体内を探し回ったり、奴らの腹を掻っ捌いて中身を浚うことになりそうです。ですが、それをやるくらいならサプレッションシップで恒星に突っ込んでいると思います」
「……それは確かに」
船ごと恒星に突っ込んでしまえば証拠隠滅は完璧だ。自分の命を捨ててでも証拠隠滅を図るというのであれば、そちらのほうがよっぽど確実だろう。となると、証拠隠滅の線は薄いか。
「相手の――ツイステッドどもの動きを見る限り、あちらが焦っているのは間違いないと思いますよ。向こうにとって想定外の事態も発生していると思いますね」
「そうですか?」
「ええ。恐らくあなた達にコーマットⅣまで追跡されるとは思っていなかったのではないでしょうか。サプレッションシップの速度で振り切るつもりがあなた達にギリギリで追い縋られてしまって潜伏先が露見し、その後の降下偵察作戦で本拠地である構造体の場所も割れてしまった。更にコーマットⅢに投入されるはずだった降下部隊がこちらに投入される事によって戦力的な優位も覆された」
「うーん、完全に詰んでる。しかしそれでも抵抗をやめない、投降もしないか……」
ゲリッツという人物がどのような人物であるのかは俺にはわからない。だが、帝国航宙軍の包囲網を突破してコーマットⅣまで逃げおおせてくるようなやつだ。往生際がかなり悪い人物なのだろうということは想像がつく。
「となると、やっぱり救援待ちで籠城と考えるのが妥当か……」
「少なくとも、私はそう考えています。とはいえ、コーマット星系はダレインワルド伯爵家の領有星系の上、コーマットⅣはダレインワルド伯爵家がテラフォーミングを行なっている惑星です。その上我々帝国航宙軍がゲリッツの捕縛に動いている以上、どうあがいてもイクサーマル伯爵家が介入してくるのは不可能だと思いますが」
「やっぱり詰んでるじゃないですか」
「こうしているのも悪あがきに過ぎないでしょうね。その悪あがきに付き合わされるこちらとしてもたまったものではありません。軍隊を動かすのもタダではありませんからね」
「まぁそれは確かに……なるほど?」
もしかしたらただの嫌がらせかもしれないな、これ。身の破滅は確実、となれば一人でも多く巻き添えにして、少しでも多くダレインワルド伯爵家に損害を与える。今回の帝国航宙軍の動員に関しては恐らくその活動費用の少なくない部分をダレインワルド伯爵家が負担するのだろうしな。
「なるほどとは?」
「いえ、今回のこれ。どっちにしろ助からないと見て最大限場を引っ掻き回して嫌がらせをして果ててやろうっていう魂胆なんじゃないかと思いまして」
「……イクサーマル伯爵家のやりそうなことですね」
俺の考えを聞いたセレナ中佐はとても嫌そうな顔をしながらそう言ってため息を吐いた。
何故そんな認識を持たれている貴族家が堂々とのさばり続けているのだろうかね? なにか複雑怪奇な経緯でもあるんだろうか。まぁ、俺にとってはどうでもいい話か。イクサーマル伯爵家には関わってはいけない。俺、覚えた。
☆★☆
俺の心配をよそに構造体内の掃討は順調に進んでいった。構造体に突入口が空けられ、橋頭堡が確保され、構造体内部の調査と掃討が行われていく。その過程で軍用戦闘ボットに多少の被害が出たようだが、多少の被害で止まる戦闘ボットではない。火力と装甲と数によるゴリ押しが行われ、ついにその最奥――地下部分への突入が開始された。
「地上構造物は見事に外れかぁ」
「後顧の憂いを残しておくわけにはいきませんから、掃討は必要でしたけどね」
「そりゃ確かに」
常に背後を狙われる状況というのは面白いものではない。先に地上構造物を掃討したのは手堅い一手だったんだろう。
「むっ……」
「何かあったんですか?」
「地下の掃討と調査を進めている戦闘ボットが人工物を発見しました。どうやら当たりのようです」
「そりゃ良かった」
しかし一体それは何なのか? 恐らくはツイステッドどもを生み出すプラントのようなものなのだろう。だが、材料もなしに無限に物を生み出すプラントなどはいくらのこの世界のテクノロジーが進んでいても、そうそう作り出せるものではあるまい。その『材料』は一体どこから調達したのか?
「テラフォーミングにどう影響しているのやら……というか、コレと同じようなものが惑星上にいくつもあったら大変だなぁ」
「軌道爆撃で片っ端から破壊すればなんてことはないと思いますけどね」
「おっと、思ったより脳味噌筋肉な発言が出てきたぞ?」
「効率的ですから。いちいち陸戦部隊で制圧して破壊するなんてコストの無駄ですよ」
確かにそれもそうかもしれないけど、環境破壊とか気にされないんです? ああいや、テラフォーミングなんてしてる時点で環境破壊もクソもないか。環境ごとツイステッドどもを破壊しても、その後でまた修復すれば良いんだもんな。確かに効率的だわ。
「恐らくゲリッツも地下の人工構造体に居るでしょう。私達も向かいますよ」
「アイアイマム」
そのまま戦闘ボット達で片付ければ良いのでは? とも思ったが、そう言えば可能な限り生きたまま回収しなきゃいけないんだったな。気はあまり乗らないけど、お付き合いするとしますかね。
これがラストバトルになれば良いんだが、さて。




