#021 札束ビンタ再び
「あー……」
「あの……あれ、エルマさん、ですよね?」
ミミと二人で猥雑な第三区画の通りを歩き、目的地である食料品店が見えてきたところでそれが目に入ってきた。
それは食料品店の入り口から少し離れたところの壁に寄りかかり、地べたに座ったまま俯いている白いフード付きマントを被った人影だ。それだけなら何者かなんてのは普通わからない筈なのだが、その頭に被ったフードが奇妙な形に歪んでいる。それは間違いなくピンと横に長く伸びたエルフ耳によるものであろう。
よく見てみれば、人影の周辺には酒瓶がいくつか転がっている。にっちもさっちも行かなくなってやけ酒でも飲んだのだろうか。
「ヒロ様……」
「んー……まぁ、一応事情だけは聞いてみるか」
白フードの人影に向かって歩き、その直ぐ側に立つ。ピクリと白フードの人物が身じろぎしたように思えた。ピリッ、と首の後が痺れるような感覚がする。
「「――ッ!」」
行動は迅速だった。白フードの人物が抜く手も見せずにレーザーガンを抜き、俺に向かってその銃口を突きつけてくる。だが、俺もほぼ同時にレーザーガンを抜いて相手に銃口を突きつけていた。
薄汚れた白フードの下から魚の死んだような目が覗いている。あー、こりゃだいぶキてるな。
彼女は死んだ瞳で暫く俺を見つめた後、レーザーガンを力なく取り落として笑みを浮かべた。
「ふふ、何よ? 私を笑いにきたの?」
「そんなんじゃないっての。世話になった相手がこんな有様だったらとりあえず事情くらいは聞くだろ……まぁ、それ以上にミミがな」
「エルマさん……」
ミミが座り込んでいるエルマのすぐ隣に跪き、力なく地面に投げ出されていた手を両手で握る。エルマはそんなミミを見て自嘲するような笑みを浮かべた。
「たったの半月で立場が逆になっちゃったわね」
エルマの言葉にミミは何も言えず、無言でエルマの身体を抱きしめた。エルマは力なくなされるがままにミミに抱きしめられている。
「状況は?」
「星系軍への賠償金がね……貯金を全部叩いて船から何から全部売り払ったとしても足りないのよ」
「いくらだ?」
「あと三〇〇万エネル……」
「三〇〇万か……」
チラリと今の俺の所持金を確認してみる。約三五〇万エネルだ。助けてやることはできなくもないな。
「稼ごうにも船の修理にはまだ二週間以上かかるし、稼いで弁償するって言っても今回起こした事故が事故だけに信用がね……傭兵ギルドにも相談してみたんだけど」
エルマが力なく首を振る。
まぁ、そうだろうなぁ。あれだけ大破した船を修理するのには時間がかかるだろうし、船が動かせなければ金を稼ぐこともできない。それに、額が額だ。三〇〇万エネルもの大金を根無し草の傭兵に貸してくれる金貸しなんて居ないだろうし、そもそも三〇〇万エネルというのは金額が大きすぎる。貸し出せるところなんて銀行くらいのものだろうが、この世界に銀行なんてあるのかね?
それにしても、傭兵生活五年目のベテランの貯金を全部吐き出して、修理中の船まで売り払ってもなお三〇〇万エネルも足りないって賠償金はいったいいくらだったんだ……? 怖いわー。
「支払期限は? 支払いができなかった場合の対応は?」
「今日、あと二時間くらい……支払いができなかったらターメーンⅢの監獄で強制労働だって。あそこには捕らえられた宙賊が山ほどいるわ。元傭兵の私が行ったら……」
エルマがポロポロと涙を零し始める。
「船に乗ったまま宇宙に散る覚悟はしていたわ。でも、こんなの……こんなの……!」
「エルマさん……ヒロ様」
身体を震わせて嗚咽を漏らすエルマを抱きしめたままミミが俺を見上げてくる。何かを訴えるような目で。
それに対して俺は腕を組んで考え込んだ。うーむ……助けるのは簡単だ。金を払えばそれで済むというのなら、金を払ってしまえばいい。しかし、問題はそうすると手持ちの資金がたった五〇万エネルになってしまうということだ。
いや、大金ではある。一般的には。ただ、船の運用資金としてはいかにも頼りない金額だ。少々の修理や補給であれば問題ないが、何かの間違いで船が中破、大破してしまうと途端にヤバさが増す。まぁ、さっさと稼げば問題ないけれども……宙賊の残党刈りでもするか?
ミミは不安げな表情で俺の顔をジッと見上げ続けている。うーん、そういう目で見られるとなぁ。
「エルマ」
「……何よ?」
「お前、俺の船のクルーになれ」
「……へ?」
「三〇〇万エネル、俺が出してやる。その代わり、俺の船のクルーになれ。んで、ミミに傭兵のいろはを一から教えろ。あと、俺のサポートもやってもらう」
「ちょ、ちょっと待って。本気?」
信じられないようなものを見る目を向けてくるエルマを無視して携帯情報端末を取り出し、時間を確認する。あと二時間くらいってことは、午後三時が支払い期限だな。
「時間がないぞ、決断しろ。俺の船のクルーになるか、監獄コロニーで元宙賊の囚人達に寄って集って慰み者にされるかだ」
こうしてみるとひでぇ選択肢だな。ほとんど選択の余地がない。でも、こういう選択肢でも突きつけないとエルマは意地を張りかねない。プライド高そうだし。善意による施しなんて突っぱねそうだものな、こいつ。
「な、なんで……?」
「こうしないとミミが悲しむからな。何より、俺も世話になった相手が酷い目に遭うのを見過ごすのは寝覚めが悪い。何よりお前が欲しいからだ」
今回は大ポカをやらかしているが、本来エルマはこの道五年のベテランだ。この世界の常識がない俺や、コロニー育ちで世間知らずのミミにとっては良い先生になるだろう。
それに、知らずに暴走させたとはいえあの機体を普通に扱えるだけの操縦の腕もある。いざという時にサブパイロットがいるのは俺としても安心だ。そのうちミミにも船の操縦をレクチャーするつもりだけど、それはまだまだ先の話になるだろうし。
「わ、私をっ!?」
何故かエルマが顔を真赤にして長い耳をぴーんと立てた。ミミも少し驚いた顔をしている。ちょっと反応が過敏過ぎやしないか? と思うがここは素直に頷いておく。
「ああ」
「ふ、ふーん? そ、そうなんだ? そんな目で見てたんだ?」
エルマがなんだか急にモジモジとし始める。そんな目ってどんな目だよ。
「まぁ、そうだな」
残念宇宙エルフと内心では呼んでいたが、店のチョイスは適正だったし手続き関連の知識も豊富で、アドバイスは全て的確だった。『おくすり』を始めとしたミミへのフォローも結果的には功を奏したわけだし。暴走の件に関しては完全に本人の責任だとは言い切れないところもあるしな。
「そ、そうなんだ……でも、ミミがいるでしょ?」
「別にもう一人くらい増えたってどうってこない。な? ミミ」
「そうですね」
「そ、そう、一人じゃ足りないんだ……」
エルマが何故かごくりと生唾を飲み込んで俺に熱っぽい視線を向けてくる。うん? 何かこいつの反応がおかしいような? 気のせいか。
「で、どうするんだ? 俺の船に乗るのか、乗らないのか」
「の……乗る、わ」
「そうか、では歓迎しよう。しっかりと務めを果たしてくれよ」
「わ、わかったわ。お手柔らかに頼むわよ……?」
「? いや、存分にこき使うぞ?」
こいつは何を言っているんだ。三〇〇万エネルぞ? 円換算で三億円ぞ? こき使うに決まってるだろうが。
「そ、そう……わかったわ。覚悟を決めておく。何人もの宙賊どもを相手にするよりは楽だろうし」
なんかよくわからんことを言っているな、こいつは。まぁ、良いか。とにかく星系軍の本部に行ってとっとと金を払うとしよう。
なんか知らんが覚悟を決めた表情のエルマを連れて星系軍の本部へと赴き、エルマの用意した金と俺の三〇〇万エネルを合わせて賠償金を払う。手続きには少々時間がかかったが、これでエルマは晴れて清い身となった。その代わり、本人は一文無しの上に俺に対して三〇〇万エネルもの借金を背負うことになったわけだが。
「やれやれ……お前のおかげで俺の懐が随分寂しくなったよ」
「感謝はしているわよ……その、少しずつでも返すから」
「へいへい。ちゃんと務めを果たしてくれりゃ利子なんかも取らないから、気長に待つとするよ」
「そ、そう……わかったわ」
なーんか反応がしおらしいんだよなぁ。何か重大な擦れ違いが起きている気がするんだが、気のせいだろうか?
「何はともあれ買い出しだ。本当は食料品を補給する予定だったんだよ。お前の生活用品も買わなきゃならんだろ?」
「いくらかはね。船に無事に残っていたものもあるから」
「なるほど。んじゃさっさと買ってとっとと船に戻るぞ」
「はい、ヒロ様」
俺の右側にミミが、左側にエルマが立つ。傍から見たら両手に花だな。エルマも宇宙エルフってだけあって物凄い美人ではあるし。中身が割と残念だけど。
でも、旅は道連れ世は情けと言うし、連れ合いが増えるのは悪くないことだろう。それが美人で優秀なクルーなら尚更だ。手は出せそうにないけど。下手に手を出したら捻られそうだ。
ともあれ、所持金が五〇万エネルじゃ、いざという時にあまりにも心許ない。なんだかんだで一週間近く休んだわけだし、明日から早速金を稼ぐために動かなきゃならんな。
☆★☆
「そういえば、戦艦を中破させた例の傭兵の件はどうなっていますか?」
「あの件ですか? ええと……船を売って賠償金を完納したみたいですね」
「船を売って……しかももう完納ですか?」
「はい、そのようです。ちょうど今日が納期限だったようです」
「今日が……? 私、罪に問わないように言いましたよね?」
軍が命じた賠償請求の納期限を破ったらそれはもう立派な犯罪になってしまう。少なくともこの国では。それはこの国の法がそうなってしまっているから仕方がないとしても、たった一週間であの莫大な賠償金を払わなければならないというのはあまりにも横暴だろう。
特に軍の権力が強いこの星系においてこの処分と通達は実質的に軍があの傭兵に罪を問うているのと変わらない所業だ。常識的に考えて、大破した船の修理が一週間では終わらないというのはだれにでもわかることである。
「そう、ですね……ええと、賠償金の算定と請求、納期限の通達をしたのは主計科のバリトン大尉のようです」
「あの豚め……バラバラに引き裂いてお仲間の餌にして差し上げましょうか」
主計科のあの豚は傭兵という存在と、その傭兵を上手く使って功績を上げている私をよく思っていないのだ。なので、しょっちゅうこういう姑息な嫌がらせを仕掛けてくる。
星系軍と一緒に宙賊を討伐しにいって少し――いや、あの傭兵のミスは少しという次元の話ではないけれど――ミスをしたら簡単に監獄に収監される、なんて噂が傭兵の中で流れるのは私としては困るのだ。
「セレナ様」
「おっと……しかし、これは問題ですね。調査をしてください。可能であればあの豚を引きずり下ろすように」
「はっ」
しかし、船を売ったとはいえあれだけの賠償金を一週間で用意できるとは……傭兵というのは思ったよりも金回りがよいのですね。私も軍をやめて傭兵になろうかしら……?
そろそろ一日一話更新にするヨ!_(:3」∠)_(ストックに余裕があるうちにね!




