#212 大規模戦闘
15分も遅れていないから、これは実質的にノー遅刻なのでは……?_(:3」∠)_(遅刻です
「二時方向上方、敵機三!」
「やるぞ」
「アイアイサー、ウェポンシステムスタンバイ」
こちらに気づかずに逃げようとしている三隻の宙賊の先頭に位置する船に発砲。四門の重レーザー砲から発射された四条の光の槍が、脆い宙賊艦の土手っ腹を一撃で貫――かなかった。重レーザー砲の一斉射が宙賊のシールドに阻まれたのだ。
「装備が良いな」
「少なくとも、シールドは多少まともみたいね」
『ゲェッ!? て、敵――』
もう一斉射。今度の重レーザー砲撃は宙賊艦のシールドを貫通し、それだけには留まらず宙賊艦本体の装甲と船体をも貫通してそのまま爆発四散させた。
「こ、殺したので?」
「ああ」
怖気づいたような声音で聞いてくるワムドに短くそう答え、回避機動を取ろうとする二隻のうち一隻にもう一斉射。やはり防がれる。しかし慌てているのか動きが単調だ。いくら全力で加速しようとも、真っ直ぐ飛ぶのではいけない。
『や、やめっ――!』
宇宙空間にもう一つ汚い花火が咲く。
『や、やめろ! 降伏、降伏する!』
最後の一隻はそう言ってコックピットブロックをベイルアウトした。ああなれば整備能力のあるドックに艦体を入れなければ再接続はできないので、少なくともこの戦いにおいては戦闘能力を喪失したと言える。
「ミミ、タグ付けしといてくれ」
「わかりました!」
ミミがコンソールを操作してベイルアウトしたコックピットブロックとほぼ無事な宙賊艦に電子的なタグをつける。普段は使わない機能だけど、こういう大規模戦闘では所有権の主張は大事だからな。
「次だ」
「はい! 九時方向下方に反応多数、味方も入り乱れて戦闘中です」
ミミのナビゲートに従って転舵し、少し進むと前方で発生している戦闘の様子が明らかになってきた。
「押されてるわね」
「賊の数が多いのもあるんだろうが、やっぱり装備が良いのかもな。今、一瞬だけどイオンブラスターっぽい光弾が見えたぞ」
「厄介ね」
イオンブラスターというのはシールドの飽和能力が高い代わりに装甲や船体への攻撃力が非常に低い補助兵器だ。広く普及しているレーザー砲やマルチキャノンよりも装備の価格自体が高いし、弾速もマルチキャノンより若干遅くて当てづらい。だが、その効果は絶大だ。集団の中にイオンブラスター持ちが混ざっていると、気づかない間にシールドを飽和させられて大損害を被ることもある。非常にいやらしい武装と言える。
「こちらクリシュナ。パーティーに飛び入り参加させてもらうぞ」
『大歓迎だっ! こいつら妙に装備が良いぞ! 気をつけろ!』
「了解」
広域通信で返事をしながら乱戦の中に飛び込む。まず狙うのはイオンブラスター持ちだ。慣れてるイオンブラスター使いはゴチャゴチャの乱戦に飛び込んで至近距離でイオンブラスターと共にマルチキャノンを撃ち込んできたりするのだが、慣れていない奴は付かず離れずの距離を取って狙いすます傾向が強い。うん、あいつだな。
『うおぉっ!? こっちくん――』
「一つ」
すれ違いざまに二門の大型散弾砲を撃ち込み、シールドごとイオンブラスター持ちの宙賊艦を粉砕する。散弾砲は癖の強い武器だが、ごく短距離で命中させた場合に限りシールドをほぼ無視して装甲と船体に大ダメージを与える特性がある。こういう乱戦にはもってこいの武器だ。
「あわわわ……ひえぇ」
なんか後ろからワムドの怯える声が聞こえる気がするが、構っては居られないな。おお、敵機が直ぐ側を掠めていく軌道だ。ついでに散弾砲の弾も持ってけ、遠慮はいらんぞ。
『四本腕のやつが厄介だ! 狙え!』
『押し潰してやるぜぇ!』
「ハハハ、ナイスジョーク」
向こうから寄ってきてくれるなら好都合だ。前方に火力を集中して不完全な包囲を食い破り、機体を反転させて機体を後ろ向きに高速で飛ばしながら追撃してくる宙賊艦どもと真正面から殴り合う。いくら多少装備が良いとは言っても宙賊は宙賊だ。イオンブラスターとシーカーミサイルにだけ注意すればさほど怖い相手でもない。
『こ、こいつ! なんで弾が当たらねぇんだ!?』
『当たってないわけじゃねぇ! 押し込め!』
確かに、当たっていないわけではない。レーザー砲による攻撃は回避が困難だし、マルチキャノンから発射される砲弾も弾幕となって襲いかかってくれば避けられないものも出てくる。だが、シールドを大きく削るイオンブラスターとシーカーミサイルにだけ気をつければ多少被弾したところでクリシュナの三層あるシールドは小揺るぎもしない。
そして、俺がこれだけ多くの敵を引き付ければ――。
『おらァ! 土手っ腹がお留守だぜ!』
『俺を前に余裕だなぁオイ!』
今まで押し込まれていた傭兵達が勢いを取り戻し、俺に集中している宙賊どもの横っ腹を食い破る。俺が何かを言うまでもなく、彼らの狙いはイオンブラスター持ちとシーカーミサイル持ちだ。傭兵達は脅威度の高い敵を的確に潰していく。
『く、くそっ! なんでだよっ!』
『あ、おい!? 逃げんな!』
形勢不利と見た宙賊どもが怖気づき、算を乱して潰走し始める。当然ながら、それを優しく見守ってやる傭兵など居ない。宙賊は叩き潰す。逃げる宙賊も叩き潰す。それが傭兵というものだ。
「ヒャッハー! 楽しい楽しい追撃戦だ! 早いもの勝ちだぜぇ!」
『オラオラァ! 簡単に逃げ切れると思うなよ!』
『はははっ! ケツ振って誘ってやがんのがぁ!? オラ逃げんなっ! 賞金と命置いでげぇ!』
こちらにケツを向けて逃げる宙賊など、俺達傭兵にとっては美味しい獲物以外の何者でもない。
「……どっちが宙賊なのかわかりませんな」
「あはは……」
ワムドの呟きにミミが苦笑を返す。失礼な、俺達はこれ以上なく模範的な傭兵だろうが。
☆★☆
宙賊の装備の質が想定以上に高かったのもあって傭兵に多少の被害と取りこぼしは出たが、宙賊の拠点攻略戦そのものは成功裏のうちに終了した。少なくとも、宙間戦闘は。
今は帝国航宙軍と星系軍、それにダレインワルド伯爵家の私設軍の歩兵部隊が宙賊の拠点へと突入し、内部の掃討を進めているところだ。
俺達は、というと戦場で屑拾い中である。要は、撃破した宙賊艦の残骸から戦利品を漁るお仕事中である。拠点攻略戦時の宙賊艦は中々に有用な戦利品を積んでいることが多いのだ。
「何故ですか?」
「そりゃアレだ。拠点からできる限りの物資と資材を持ち出してるからだな。どんなに秘密にしても、秘密ってのは漏れるもんだ。奴ら、逃げ出す用意をしているのさ」
ワムドの質問に答えてやりながら戦利品を漁っていく。フードカートリッジ、飲料水、酒、医療品、ドラッグ、レアメタルの他に換金可能な資材やハイテク製品、それに冷凍睡眠ポッドに入っている人間――恐らく違法奴隷。
「こいつは大量だなぁ……やれやれ」
コーマット星系では違法奴隷の獲得を目的に『狩り』をしていた宙賊も多かった。予想通りといえば予想通りだが、厄介だな。まぁ、今回回収した違法奴隷や拉致被害者に関しては帝国とダレインワルド伯爵家が面倒を見てくれると思うけど。
ちなみに、降伏してベイルアウトした宙賊はコックピットブロックごと帝国航宙軍に引き渡しておいた。奴らがどのような結末を迎えるかは知らんが、来世は真人間として生まれてこいよ。
「傭兵の主な収入源は宙賊どもに懸けられている賞金だが、こういった戦利品での儲けというのも案外馬鹿にできない――というか、母艦を手に入れてからは賞金額と同じかそれ以上に戦利品で稼げているな」
「ちなみに、今回の戦果は?」
「あー、ミミ?」
「小型艦四十二隻、中型艦八隻で丁度五十隻ですね」
「今回は宙賊の装備が良かったせいで思ったより伸びなかったわね」
「その分戦利品で稼げるさ」
「五十隻……凄まじいですな」
今回クリシュナが挙げた戦果を聞いてワムドが唸り声を上げる。ちなみに、今回の宙賊撃破報酬は小型艦が一隻5000エネル、中型艦が一隻20000エネルだ。撃破報酬だけで37万エネルだな。これに個々の宙賊艦に懸けられている賞金が別に入ってくる。更に戦利品と鹵獲、回収した宙賊艦を改修して売り払うわけだ。いくらになるかまだわからんがウハウハだな! まったく笑いが止まらんね。
「ヒロ様が楽しそうで何よりです」
「守銭奴ってわけじゃないけど、ヒロって結構お金が好きよね」
「汗水垂らして働いた分がそのまま数字として返ってくるのって素敵じゃん?」
「傭兵業はやりがいのある仕事、というわけですか」
「やりがいのある仕事か。確かにそうだな」
「そうね。ヒロはともかく、私達は雇われの身だから賞金額がそのまま入ってくるわけじゃないけど」
「ちなみにいかほどで……?」
「私が稼いだ総額1%で、エルマさんが3%ですね」
「それは……少なくはないのですかな?」
ワムドが首を傾げる。確かに、稼いだ総額の1%とか3%とかって安く感じるよな? 命を懸けているリスクそのものは大差ないわけだし。
「まだ最終利益がはっきりしてないから確かなことは言えないけど、多分私の今回の取り分は軽く10万エネル以上になるわよ」
「私も3万エネルは超えると思います。今日一日で、ですよ?」
「私の一般庶民の考えが及ばない世界だということはよくわかりました……ちなみに、使い途は?」
「美味しいお酒を買うとか?」
「美味しい食べ物を買うとか?」
「そこは普通服とかアクセサリとかでは……?」
「んー、ヒロがそういうのが好きなら考えなくもないんだけど……」
「むしろヒロ様がなんでも買ってくれちゃいますから……」
確かにエルマやミミに着て欲しい服があったら俺が買っちゃいますね、はい。アクセサリとかも必要に応じて買いましたね、はい。まぁ、戦闘時のことを考えるとあんまりチャラチャラとアクセサリを身につけることもできないんだけどさ。何かの拍子に外れてコックピット内を飛んで回ったら滅茶苦茶邪魔だし危ないから。
「……流石に女性を二人も囲うだけあって甲斐性バッチリなのですな」
「そうね」
「ヒロ様ですから」
エルマが穏やかな笑みを浮かべ、ミミが何故かドヤ顔をしている。うん、あんまりそうやってストレートに言われると照れる。というか君達、戦利品改修の手が止まっていますよ。ほらほら仕事してホラ。




