#211 可憐な黒鈴蘭
間に合っ……てないですはいゆるして_(:3」∠)_
「これは良い画が撮れそうですなぁ……」
宙賊のアジトへの襲撃実行当日、コックピット後部のサブシートに座っているワムド氏が実に嬉しそうにそう呟いた。確かにこの画は壮観だろうな。この恒星系を荒らし回る宙賊の本拠地に今から殴り込もうと星系軍、帝国航宙軍、それに傭兵達の戦闘艦が勢揃いしているんだから。
そして、この船たちはこれから悪しき宙賊を討滅しに征くのである。その様子はこれ以上無い撮れ高となることであろう。
「今日は貴方なのね」
「ええ、今まで他社に譲っていましたから」
ニコニコと人の良い笑顔を浮かべているワムド氏だが、ここぞというところでしっかりとクリシュナに乗り込んでくる辺り、もしかしたら今回のような事態を見越してクリシュナへの同情権を今まで他社に譲っていたのかもしれないな。だとしたら、人の良さそうな見た目に反して彼は意外と狡猾なのかもしれない。
「宙賊のアジトへの襲撃というのはどのような手順で行われるのですか?」
「基本的には軍の戦艦級、巡洋艦級による艦砲射撃で先制するところからだな。先制攻撃でアジトの主要施設――主にハンガーやドックを破壊して、宙賊がアジトから逃げられないようにする。とは言っても、宙賊のアジトにはハンガーやドックに駐機していない宙賊船も多いから、そういった奴らは四散して逃げようとするわけだ」
「なるほど?」
「そこで俺達傭兵の出番ってわけだな。足が早くて小回りが利く俺達は砲撃前に宙賊の逃走経路になりそうな場所に潜伏して、巣を叩かれて慌てて逃げ出してきた宙賊どもを狩って回る。言わば猟犬役だな」
「なるほど。真正面を軍に任せて、傭兵は包囲と追撃をするわけですか」
ワムドは俺に話を聞きながらいくつもの撮影ドローンでコックピット内の様子を撮影し、俺達の会話も記録しているようだ。これを後で編集してドキュメンタリー映像に仕立て上げるのだろう。
「アジト襲撃は久しぶりですね」
「お祭りみたいなもんだからなぁ」
お祭りはお祭りでも上がる花火は宙賊どもが爆発四散する汚い花火ばかりなんだけども。
「メイ、そちらも準備は大丈夫か?」
『はい、ご主人様。準備は万全です』
他のメディアスタッフを乗せているブラックロータスは、今回は帝国航宙軍に同行して艦砲射撃を行う予定だ。ブラックロータスが装備している艦首の大型電磁投射砲(EML)の射程と威力は帝国航宙軍が採用している主力艦の主砲を凌ぐ射程と威力を持ち合わせているからな。まぁ、EMLは攻撃力こそ高いけど扱いが難しいから軍にはあまり採用されないんだが。やっぱりレーザー砲と違って弾速が光速とはいかないわけだし。
「今回は別行動になるから、気をつけてな」
『それはどちらかと言えば私の台詞なのですが』
確かに。メイは帝国航宙軍と星系軍、そしてダレインワルド伯爵家の私設軍の主力を行動を共にするけど、俺達は小型戦闘艦で宙賊どもとドンパチするんだもんな。
「じゃあ、俺達の無事を祈っておいてくれ」
『はい。ご武運を。そしてどうかご無事で』
「ありがとう。そっちもな」
機械知性は何に祈るのだろうか? 所謂神様では無さそうだけどな。いや、意外と彼女達のほうが神や奇跡といったものを信じているのかもしれない。彼女達がただのプログラムから機械知性へとして進化した事自体が偶然に偶然が積み重なった奇跡の賜物なのであろうし。
そうやって待っていると、ブリーフィングが始まった。作戦内容は俺がワムドに話したのと同じ流れだ。特筆するような点は見当たらない。まぁ、こういうのが定石というものがあるからな。
所謂定石や鉄板戦術と呼ばれるようなものはそうなるべくしてなったものなのだ。無論、必要に応じて型を破ることも時には大事なのだろうが余程のことがない限りは定石通りに戦うのが有効だろう。特に、戦力が多い時はな。俺みたいに単艦で多くの敵と戦ったりするならば色々と工夫や奇策が必要になることもあるが、まぁそれはまた別の話ってことで。
ブリーフィングが終わると、コックピットのスクリーン上に大映しでクリスの姿が映し出された。
『この度の作戦はコーマット星系とそこに住む人々だけでなく、その周辺星系で活動する全ての帝国臣民や旅行者の安全を守るための作戦です。とは言っても、当然ながら一番の恩恵を受けるのは我がダレインワルド伯爵家ですが』
演説でもするのかと思いきや、画面上に現れたクリスはいきなり妙なことを言い始めた。
『皆さんの奮闘によって多くの人々の安全と未来が守られる。そしてダレインワルド伯爵家の権益と名誉は守られる。帝国軍人は武勲を得て、傭兵の皆様には帝国から宙賊達に懸けられている賞金に加えて、ダレインワルド伯爵家が正当な報酬をお支払いする――』
そう言って、クリスは端正な顔にニッコリと花が咲くような笑顔を浮かべた。
『――私達全員が幸せになるために、宙賊の皆さんには宇宙に散ってもらいます。皆さんの奮戦に期待します』
可憐な中にも致命的な危険を孕んでいることを窺わせるその笑みは、まるで黒い鈴蘭のようであった。
☆★☆
クリスの可憐かつ危険な笑みで戦場へと送り出された俺達は指定の宙域へと到達し、小惑星の影に身を潜めていた。当然ながらエンジン出力は最低限まで落とし、同時に生命維持装置も最低限にしてステルス状態を維持している。
「いやぁ、先程のクリスティーナ様の演説はゾクゾクするものがありましたなぁ」
「別に声を潜める必要はないぞ。色々な意味で」
クリスも意図してやったことだろうしな。ちなみに、色々な意味でというのは俺があの笑みに関してクリスに告げ口をする気は無いというのと、いくらステルス中だからって会話まで声を潜める必要などはないという意味だ。どんな大声を上げたってクリシュナの外には伝わらないし、万が一伝わったところでクリシュナの外は宇宙空間だしな。
「あはは……クリスちゃ――クリスティーナ様もやっぱり貴族の子女ですからね」
「まぁ、順調なんでしょうね。色々と」
ミミとエルマも割と純真無垢であったクリスの変貌ぶりに若干苦笑いを浮かべている。男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉もあるが、あの年頃の女の子はそれ以上に成長が早いのかもしれないな。
「作戦開始時刻まであと僅か、か……各員、戦闘準備。ワムドは舌を噛んだり漏らしたりゲロ吐いたりしないよう気をつけてくれ」
「はっはっは……頑張ります。念の為恥を忍んでオムツもしてきましたし」
この密閉空間で戦闘中にゲロなんぞ吐かれた日には最悪だからな。簡単に掃除することもできないし、少なくとも戦闘が落ち着くまでは吐瀉物の匂いとも戦い続けなければならなくなる。そんなのは流石に御免だからな。
「新人船乗りにオムツは必須装備だからな、ウン」
努めてミミの方には視線を向けないようにしてまっすぐ前を向いておく。左側頭部に強い視線を感じる気がするが、きっと気のせいだ。俺が言ったのはホラ、あれだよ。一般論としてね? ミミだってオムツはもう取れたんだから良いじゃないか。
「ヨシ、ジカンダ。ハジメルゾー」
「しまらないわねぇ……機関出力、戦闘モードに変更。各システムリブート」
「むぅ……センサー、レーダーシステムアクティブ。行けます」
「ははは、時間だな。じゃあ戦闘開始だ」
クリシュナが小惑星の影から飛び出すと同時に宙賊のアジトに主力艦隊のレーザー砲撃が直撃し、激しい発光と爆発が発生する。爆発に紛れてわからないが、ブラックロータスからの砲撃も間を置かずに宙賊のアジト――改造された大型小惑星に着弾していることだろう。
「さぁ、稼ぐぞ」
「「アイアイサー」」
ミミとエルマの返事を聞きながらスラスターの出力を最大にしてクリシュナを戦場へと走らせる。
さぁ、久々の大規模戦闘だ。食い散らかしてやろう。




