#207 高みの見物
遅れました! リハビリ中だからゆるして!_(:3」∠)_
通常、戦闘艦のスラスターや武装などのモジュールをピンポイントで破壊するのは非常に難しい。しかし、相手が停止していれば話は別だ。特に移乗攻撃のために接舷中の船などカモ以外の何者でもない。
『やめっ……やめろォ!?』
「やめろと言われてやめる奴がいるかよ」
民間の大型客船に接舷している中型宙賊艦の背後へと素早く回り込み、重レーザー砲でメインスラスターを破壊してやる。接舷するためには当然ながらシールドを停止していなければならないので、奴らの艦を守るものは何もないのだ。重レーザー砲の光条を何発か叩き込めばすぐに機能を停止してしまう。
『て、てめぇら!? こっちにゃ乗客が。人質がいるんだぞォ!?』
通信の向こうから宙賊の必死な声が聞こえてくる。ははは、吠えよる。いくら吠えたところでメインスラスターは既に破壊したから、奴らはもう詰んでいるわけだが。
「おい聞いたか? 人質がいるんだぞぉ、だとよ」
「ええ、聞いたわ。でも、それが何?」
悪い笑みを浮かべる俺を見て、エルマが俺の話に乗ってくる。ミミが目を剥いて驚いているので、俺の口元に人差し指を立てて黙るよう指示しておく。ニーアはニヤニヤしながら動向を見守っているようだ。
「これ以上手を出せば人質を殺す? 結構。殺すってんなら大いに殺しゃいい。そうしたら賞金が跳ね上がってより一層俺達の懐が潤うってわけだ」
『んなっ……!?』
「私達は傭兵よ? 正義の味方じゃあるまいし、人質程度で止まるとでも?」
「かと言って人の情が無いわけでもない。義憤を感じる心はある。なに、その時には間違いなく『生きたまま』捕らえてやるから覚悟しておけ」
「帝国法は凶悪犯に厳しいわよ? 一罰を以て百戒とす、ってね」
「どっちにしろお前らはもう詰んでるから。大人しく投降したほうが身のためだぞ」
『クソがあぁぁぁ!』
おお、怒ってる怒ってる。だが俺はそれに構わず中型宙賊艦二隻の武装もピンポイントで破壊してやった。これで奴らは文字通り丸裸である。
そして、丁度お膳立てが整ったところで轟音と共にブラックロータスがワープアウトしてきた。
『ご主人様、お待たせ致しました』
「完璧なタイミングだ、メイ。軍用戦闘ボットを民間船に接舷している宙賊艦に突入させろ。宙賊艦を制圧後、そのまま民間船に移乗して残りの宙賊も制圧するように」
『承知致しました。非致死性兵器装備で突入させます』
「そうしてくれ。クリシュナは増援を警戒する。メイは戦闘ボットの指揮、ティーナとウィスカにはサルベージを開始するよう指示してくれ」
『アイアイサー』
ブラックロータスとの通信が終了する。宙賊からの通信はいつの間にか途切れていた。今の会話はオープンだったからな。戦闘ボットが突入してくるのを知った宙賊どもは今頃迎撃の準備に大忙しといったところだろう。
「あとは仕上げを御覧じろってね」
「……え? 接舷突入、しないので?」
今までニヤニヤしながら黙っていたニーアが気の抜けたような声を上げる。そんなニーアに対し、俺は操縦席に座ったまま肩を竦めてみせた。
「宙賊が何人いるかわからんが、二隻合わせても恐らく三十ってところだろう。それに対してこっちが投入するのは武装が非致死性武器とはいえ最新鋭の軍用戦闘ボット十体だ。わざわざ突入してリスクを冒す必要はないなぁ」
「えぇ……撮れ高が」
「お前の撮れ高のために命を危険に晒す気はないからな?」
そもそも、こういう時のためにわざわざ高い金を出して軍用戦闘ボットを購入したのだ。こういう時とはつまり、宙賊による移乗攻撃に対抗するため、もしくは既に移乗攻撃を食らっている他の船や、宙賊の船そのものに移乗攻撃を仕掛けるためである。
血の滲むような――というかリアルに血を吐くような修練の結果、俺だってそこそこ以上に戦えるようにはなった。だが、それでもわざわざ生身やらパワーアーマー姿やらで好き好んで殺人光線の飛び交う銃撃戦の中に飛び込もうとは思えない。より有効な手段を金で解決できるのならば誰だってそうする。俺だってそうする。
☆★☆
「総員戦闘準備! クソブリキ野郎が乗り込んでくるぞ!」
畜生が! あの傭兵野郎、人質を歯牙にもかけやがらねぇ! 本当に乗客どもを皆殺しにしてやろうかと思ったが、それをやるといくらなんでも後が怖い。どっちにしろ捕らえられれば地獄は免れないが、バレる状況での虐殺はマズい。
元宙賊のB級犯罪者なら死ぬまで重労働で済む。やりようによっちゃシャバの空気だってまた吸えるかもしれない。しかし見える場所であからさまに虐殺をやらかしたら間違いなくA級犯罪者だ。
A級犯罪者っってのはつまり、人権を剥奪された実験動物だ。消費しても問題ない実験動物として科学者どもに弄ばれるのだけは絶対に嫌だ。
何度も生身で宇宙空間に放り出されては試作型の医療ポッドにぶち込まれるなんてのは序の口。試作型のVR機器の実験に駆り出されて過剰な刺激を受けた脳が焼き切れて死ぬなんてのはまだ幸運。遺伝子改良実験のモルモットにされたって奴は酷かった。身体が崩れて苦痛に呻きながらもデータ取りのために『生かされている』なんてのは想像するだに恐ろしい。あんな目に遭うのは絶対に御免だ。
「突入班! やんちゃやヤケを起こして商品をぶっ殺したりするんじゃねぇぞ! そんときゃどうあっても言い逃れててめぇらだけクソ科学者どもの玩具になるよう仕向けてやるからな!」
通信機越しに口汚い罵声が返ってくる。とりあえずこれで下手を踏んでも言い逃れはできるだろう。しっかりとログに残して――ズドドドン、と何かが船体にぶつかる音が響いた。コンソールを見る限りはあのクソ傭兵の攻撃じゃあない。いや、装甲にダメージ……? 違う。今の音は移乗攻撃ポッドが接舷した音だ!
「クソ! 来やがった!」
使い古したレーザーガンをホルスターから引き抜いてコックピットから飛び出す。ブリキの兵隊なんざ頭を捩じ切って玩具にしてやる!
☆★☆
『敵艦のコントロールを掌握』
『EMPグレネードによる攻撃を確認。損害軽微』
『カバー。敵兵二名の無力化に成功』
『敵艦の制圧を完了。民間船への突入準備開始』
二隻の中型宙賊艦にそれぞれ五体ずつ突入させた軍用戦闘ボット達から続々と報告が上がってくる。俺達はクリシュナのコックピットで高みの見物だ。メイの指揮の元、戦闘ボット達はこの上なく効率的に宙賊達を無力化していく。
「圧倒的ですね……?」
「そりゃそうだ。そうでないと一機あたりに6万エネル以上出した甲斐が無いってもんだ」
「でも、前にシエラⅢで戦闘ボットと戦った時は楽勝でしたよね?」
「あの時は降下ポッドが半ば迎撃されてたし、完全起動する前に山程レーザーガンを叩き込んだからよ。それに、数はたった一機だったしね。あの時降下ポッドに搭載されていた戦闘ボットが全部正常に起動して一斉に襲いかかってきてたら、危うかったわね」
「なるほど、そういうものですか」
そう考えると、俺達は悪運を引き寄せはするけど最悪の目は引かないんだよな。そうだとしても、あまりにもトラブルに見舞われ過ぎな気がしてならんのだけども。
「なんというか、イージーね」
「イージーにするために金をかけて適切な装備を揃えたんだ。元が取れるのはまだまだ先だな」
宙賊にかけられた賞金に関しては基本的に生死を問わないが、生きたまま捕らえればそれはそれでボーナスが出る。つまるところ、宙賊を狩って金を稼ぐならサルベージ品を大量に持って帰ることができる母船や、移乗攻撃によって生きたまま捕らえることのできる戦闘ボットなどを購入した方が実入りは良くなるというわけだ。
まぁ、そのためにはそれなりの額を投資しなければならないので、元を取るには相応の時間がかかるわけだが。長い目で見れば小型戦闘艦一隻で傭兵稼業を続けるよりは儲かる。
「もっと撮れ高を! 折角の民間船救出シチュエーションなのにこれじゃあヤマがありませんよ! ヤマが!」
「無茶を言うなよ! こら! 後ろからしなだれかかるな! 後頭部に胸を押し付けんな! まだ戦闘中だ馬鹿! 宇宙空間に放り出すぞ!」
「騒々しいわねぇ……」
「あはは……」
二人とも、俺は操縦桿から手を離せないんだからこの馬鹿をどうにか引っ剥がしてくれませんかね? というかこいつはクリシュナのコックピットには今後出禁だな。こちとら遊びでやってんじゃないんだよ。
「では、こいつらはこちらで引き取って行きます」
「よろしく」
敬礼をしてくる帝国航宙軍の兵士にひらひらと手を振り、戦闘ボット達が無力化して引っ立ててきた宙賊どもが連行されていくのを見送る。撃破した小型宙賊艦や鹵獲した中型宙賊艦からも戦利品やデータキャッシュなんかを色々と獲得したので、中身を確認次第コーマットプライムコロニーで売り捌かにゃならんな。
二隻鹵獲した中型宙賊艦のうち一隻は俺達の後に駆けつけてきた帝国航宙軍所属の部隊がコーマットプライムコロニーまで曳航してくれるという話だったので、もう一隻はブラックロータスで曳航し、後は小型艦二隻分のスクラップとパーツをブラックロータスのハンガーに収容していく。
これで中型輸送艦二隻、小型輸送艦二隻をでっち上げてまた売り払うわけだ。その売却益に加えて宙賊どもの賞金に、生け捕りのボーナス。それに救出した大型客船からの礼金も期待できる。笑いが止まらんな!
「この通り反省いたしましたので、どうかご容赦を」
俺の足元で黒っぽい女が土下座しているが、無視しておく。宇宙空間に放出されなかっただけでも感謝して欲しい。
「よっしゃー! 腕が鳴るでぇ!」
「頑張ろうね! お姉ちゃん!」
先行して運び込まれた小型宙賊艦の残骸を前に整備士姉妹が気合を入れている。二人とも目が輝いているな。なんだかんだで好き勝手に航宙艦を弄り倒せるのが二人とも好きなんだろうな。しかも自分達で修理した船に値がついて、その一割が自分達の懐に入ってくるということとあればやる気もいや増すというものなのだろう。
「ニャットフリックスアウト、ということでフォーマルハウトエンターテイメントのターンだぞ」
「はーっはっはっは! いやぁすまんなぁ!」
「ぐがぎぎぎぎぎ……」
フォーマルハウトエンターテイメントのズィーアが炎のように派手な体毛を靡かせ、呵々大笑しながらクリシュナへと乗り込んでいく。ニーアはそんなズィーアに怨念の篭もった視線を向けていた。そんな様子を俺に観察されていることに気がついたのか、ニーアが露骨に媚びたような表情を浮かべる。うん? なんだね?
「こ、この失態は私が身体でお支払いしますから――」
「ニャットフリックス、五点減点」
「ノォーウ!? というか謎の点数制が導入されてる!?」
あからさまな色仕掛けはNG。妙なことを言って俺の心証を更に損ねたニーアにニャットフリックスの他のスタッフ達が白い目を向けている。どうか大いに反省して欲しい。
というか、この状況でも冷静に突っ込んでくる辺りまだこいつ余裕あるな。
「合計十点減点で脱出ポッドによる優雅な宇宙の旅にご招待だからな」
「はい……」
ニーアががっくりと肩を落とす。まぁ、脱出ポッドで射出は冗談だけども。次に何かやらかしたら普通にコーマットプライムコロニーで撮影班まるごと下船してもらうだけだ。
「一回まではOKだと考えて故意にやらかしたら一発退場させるからな」
「ははは、わかっておりますとも」
「私どもはそのようなことをする気はありませんので」
スペース・ドウェルグ社のワムドとメビウスリングのアレンはそう言ってにこやかに対応していたが、二人とも釘を差されて一瞬身体をビクッとさせたのを俺は見逃さなかったからな。戦闘艦乗りの周辺視野舐めんなよ。




