#204 入植開始
溶けてました_(:3」∠)_(道民に27℃はキツい
「植民船一番機から五番機、順次降下を開始します」
「このタイミングで襲いかかってくる宙賊はまずいないと思うが、宙賊だけが危険だとは限らないからな。警戒を強めてくれ。メイ、レーダーレンジ最大、ステルス性は考慮しなくていいからバンバンやれ」
『承知致しました。パッシブレーダーの感度も最大にします』
俺の指示を受けたメイがブラックロータスのアクティブレーダーを最大出力で働かせ、降下宙域に近づく船に対する監視を密にする。そして得た情報をメイとブラックロータスのメインコンピューターで処理し、更に俺達三人で脅威となり得る存在がいないか精査するというわけだ。
「宙賊だけが危険とは限らないとはどういう意味なのでしょうか?」
クリシュナの操縦席には合計で五つの席がある。メインパイロットシート、サブパイロットシート、メインオペレーターシート、サブオペレーターシート、そしてサブシートが一つで五席だ。
その中の一つ、サブシートに着いているメディアスタッフ――今日はメビウスリングメディア部二課の男エルフ、アレン――が質問してきた。
「このタイミングで襲撃を仕掛けても危険過ぎる上に得られるものが何もないから、宙賊はまず襲ってこない。商品になるものが全部燃え尽きておじゃんになるだけだからな。だから、このタイミングで仕掛けてくるとすれば今回のダレインワルド伯爵家の植民事業を邪魔したい連中だけだってことだ」
「えっ、でもそれは」
「そういうのがいるとは限らない。だが、いないと高を括るのは愚かってもんだ。そういうのだけでなく、傍迷惑な目立ちたがり屋や手のつけられない酔っぱらいがいるかもしれないしな」
素直に考えれば宙賊以外で仕掛けてきそうなのは貴族だろうが、どんな社会にも一定数の跳ねっ返りってのはいるもんだからな。ただ目立つため、あるいは大きな事件を起こして自分達の名を知らしめるためにテロリズムに走る妙な連中がいないとも限らない。
「ヒロ様、右舷上方距離860付近のデブリ、何かおかしくないですか?」
「どれ……ふん? 他のデブリに比べて妙に低温だな。サーマルステルスか? メイ、念の為目標にピンを送れ」
『了解』
ピンを送るというのは所属不明の艦船に通信の意志があるかどうかを確認する行為だ。機械的な仕組みは知らんが、ある程度絞った範囲――ゲーム的に言うとロックした目標と通信要請をするための機能である。これに応答しない場合、相手を不審船として撃沈しても罪には問われない。
『反応なし』
「そうか。EML展開、効力射」
『アイサイサー、EML展開』
俺の指示によってブラックロータスが船首の大型電磁投射砲を展開し、ミミの見つけた不審なデブリに照準を合わせる。そうすると、外部から通信が入ってきた。
『こちらジャッジメントワン。貴艦の武装展開を確認した。何をするつもりか説明を求める』
警備の取りまとめ役をしているダレインワルド伯爵家の巡洋艦から通信が入る。
「こちらブラックロータス及びクリシュナのキャプテン・ヒロだ。不自然に低温な不審なデブリを発見。ピンに応答せず、植民船の降下軌道へと近づきつつあるので、砲撃で破壊する」
『了解、こちらからも監視を行なう。フォローは任せろ』
「了解、EML発射」
『アイアイサー。EML発射』
紫電と閃光が炸裂し、文字通り目にも留まらぬ速度で砲弾が発射された。目標となった不審なデブリに一瞬熱反応が確認できたのは砲弾を回避しようとしたのだろうか? 何にせよ全ては遅きに失した。不審なデブリに着弾したEML砲弾はデブリを木っ端微塵に打ち砕く。
『破壊時にエネルギー反応を確認。デブリの正体は小型船舶であったと断定します』
「了解、ジャッジメントワンにデータを送信しておいてくれ」
『アイアイサー』
「も、問答無用なんですね……」
「こんな場所で不審な行動をしている方が悪い。通信要請にも応答しないなら尚更だ」
結局あの不審なデブリ――もとい不審船が何をしようとしていたのかは不明だが、木っ端微塵にしてしまえば何ほどのこともない。サーマルステルスまで使って忍び寄っていたならどうせロクな用事ではないだろう。場合によっては拿捕することも出来たかも知れないが、それで下手を打って植民船に特攻でもかけられたらコトだからな。この状況ではああするのが一番だ。
「降下が始まりました」
「ミミ、記録しておいてくれ」
「了解」
植民船が光の尾を引きながらコーマットⅢへと降下していく。それぞれが微妙にタイミングをずらし、違う方向へと降下していく様はなかなかに壮大な光景だ。あの巨大な植民船一つに凡そ一万人が乗り込んでいるそうだ。つまりおよそ五万人の人々が初期開拓民としてコーマットⅢへと降り立つことになるわけだな。
「あ、よろしければ後でそちらのデータをいただけませんか?」
「一応ダレインワルド伯爵家に確認を取ってからな」
「ありがとうございます」
多分これくらいは問題ないと思うが、念の為な。
「今後はどのような活動をすることになるのですか?」
「基本的には他と連携しつつ、惑星周辺とコーマット星系全体の巡視をすることになるだろうな。まぁ、俺達の場合は積極的に宙賊狩りをするよう申し付けられるかもしれんが」
俺達――つまりクリシュナとブラックロータスという構成と今までの実績から考えれば、定点に張り付けておくよりも遊撃として星系内を飛び回りつつ索敵と宙賊拠点の探索をさせたほうが良いだろうという判断を下される可能性が高いと思う。
「なるほど……」
「あまり絵になりそうにないな、と思ってるだろ?」
「ははは」
アレンは俺の言葉に答えず、乾いた笑いを漏らした。まぁそう思うよね? 滅茶苦茶広い恒星系の宙域全体をブラついて宙賊に偶然遭遇する確率なんてどう考えてもそう高くないってわかるものな。
☆★☆
『やめろ! 撃つな! 降参、降参する!』
「二十秒やる。機関を停止してベイルアウトしろ。二十秒を超えたら撃つ。逃げようとしたらコックピットブロックごと破壊する。はい、いーち、にー、さーん」
『わかった! わかったから!』
宙賊の叫び声と共に宙賊船の機関が停止し、コックピットブロックがパージされる。基本的に小型戦闘艦のコックピットブロックはそのまま脱出ポッドとして機能するようになっている。
無論、コックピットブロックだけでは超光速航行はできないし、ごく遅い速度でしか移動することは出来ないが、最低限の生命維持装置や通信装置などが備えられているし、気密性も保たれている。構造的に頑丈でもある。
「メイ、回収よろしく」
『アイアイサー』
「メイが来るまでに残骸と戦利品の回収だ」
「「アイアイサー」」
ミミとエルマが回収用ドローンの操作を始める。俺はその間に撃破した宙賊艦のスキャンを行っておく。先にスキャンをしておけばどの船のどの装備を引っ剥がすか、どの船の残骸をサルベージするかをティーナとウィスカが判断しやすくなるからな。
「……容赦ねぇんだな」
「何日か前にも同じようなセリフを聞いたなぁ……基本的に宙賊なんざゴミクズ以下のクソどもだからな。賞金に関しては生死不問だし、投降してきた宙賊をわざわざ回収して突き出すのもリスクが高い。クソを懐に入れることになるからな。普段は命乞いなんて聞かずにぶっ殺してるが、あまりにもな残虐ファイトは見せられないよってなっちゃうだろ?」
「ははは……配慮してくれてありがとうよ」
フォーマルハウトエンターテイメントのズィーアが乾いた笑いを漏らす。顔が完全にケモケモしているから表情がわかりにくいが、もしかしたら顔面蒼白になっているのかもしれない。
「奴らに襲われた輸送船や旅客船がどうなるか知ってるか? 積荷が根こそぎ奪われるだけで済めば良いほうで、大体が皆殺し、下手すりゃ捕らえられて非合法奴隷行きだ。非合法奴隷については?」
「……裏で取引される奴隷で、性奴隷や非合法な人体実験に使われるとか」
「大体合ってるけどちょっと浅いな。普通の性奴隷として扱われることは稀だ。普通のプレイがしたいだけならセクサロイドなりVRなりでいくらでもやりようがあるからな。生身の性奴隷を求めるような連中ってのは、そりゃもう歪んだ性癖の持ち主だらけだ。思い出しただけで反吐が出る」
今までに何度か『処理済み』の性奴隷を救出したことがある。つまり買い手の注文通りにされてしまった被害者達だな。宙賊が運んでいる『商品』の中にはそういうのも含まれる。人体実験用のモルモット用途の被害者なら命令に逆らえないように専用の首輪や腕輪が装着されていたり、インプラントチップが埋め込まれていたりする程度でまだマシなんだけどな。
「自分達の利益と快楽のためにそんなことを平気でする連中だ。慈悲をくれてやる気はちっとも起こらんね。それに、見逃せばその分だけ他の誰かが不幸に見舞われるかもしれないんだからな。見かけ次第駆除するに限る」
「なるほど」
ズィーアが神妙な様子で頷く。彼は彼なりに何か思うところがあるのだろう。
「ヒロ様、ブラックロータスが間もなく到着します」
「了解。ブラックロータス狙いで宙賊が来るかも知れないから警戒を続けるぞ」
「アイアイサー。回収を終えたら一旦帰還ね?」
「そうだな、荷物も多くなってきたし」
降伏した小型宙賊艦は無傷のまま手に入ったし、撃破した宙賊艦のパーツなんかも溜まってきている。図らずも捕虜を得てしまったし、一度帰還して戦利品の売却と捕らえた宙賊の引き渡しをした方が良いだろう。




