#203 コーマットⅢの特産品
こ、こしがいてぇ……_(:3」∠)_(おくれたのはゆるして
料理の並べられているテーブルの周辺は非常に混み合っていた。なんでもコーマットⅢで採れる食材なんかも並べられているらしい。
「変なものじゃなければ良いが……」
「少なくともお腹を壊すようなものは出てこないわよ。こういうパーティーで食中毒なんて出したら伯爵家の面目が丸潰れだもの」
「それもそうか」
エルマの言うことももっともだ、と安心してテーブルに近づいた俺の目に飛び込んできたもの。それは子豚サイズの芋虫めいた物体の丸焼きであった。真っ白な体躯の表面にはうっすらと茶色の焼き目がつけられており、実にこんがり良い感じに焼けているようである。
「……」
「何よ、その目は。きっと美味しいわよ」
俺にジト目を向けられたエルマが睨み返してくる。ええ……美味しいの? ほんとぉ?
「ほら、切り分け始めたわよ。ゴーゴー」
「マジで……?」
エルマに押されて巨大芋虫料理を切り分けている場所へと追いやられる。見た目がどうにも受け付けないのか、他の参加者も敬遠しているようでエルマに押された俺が何故か先頭である。あ、あっちにミミが……ミミは必死で俺から視線を逸らした。俺を見捨てるのか! ミミ!
「どうぞ」
「お、おう」
調理師によって切り分けられた芋虫が小皿に乗せられ、差し出される。どうやらクラッカーのようなものの上に切り分けた芋虫の表皮とドロリとしたその中身が載せられているようだ。
「むっ……?」
緑色のソースがかけられているそれを口に入れた瞬間、爽やかな香気が鼻を突き抜けていった。どうやら緑色のソースはバジル系の香草を使ったものであったらしい。そしてクラッカーのサクリとした食感と、パリッと焼けた芋虫の皮の香ばしさ、そして濃厚なチーズのような味わいが口の中に広がっていく。
「こう言っちゃなんだが、見た目に反して美味いな」
「そうでしょう。見た目はグロテスクですが、味は最高なのです」
「もう一つくれ」
「かしこまりました」
もう一つ芋虫乗せクラッカーを貰う。うん、美味い。なんかエルマがマジかよこいつみたいな目で見てきているが、お前も道連れじゃい。更にもう一つ調理師さんに芋虫乗せクラッカーを作ってもらい、エルマに押し付ける。
「あら、本当に美味しいわ」
「だろ?」
エルマの反応が切っ掛けになったのか、遠巻きに見ていた他の客も芋虫乗せクラッカーを注文し始めた。
「こういう特産物が収穫できるならコーマットⅢは栄えるでしょうね」
「芋虫牧場ってか? というか、こいつが成虫になったらどんなものになるのか想像するのが怖いんだが」
「やめてよ美味しいものを食べて良い気分なのに……」
幼虫でこのサイズだと、成虫は一体どんなサイズになるのか? そもそもこいつは何の幼虫なのか? 興味は尽きないが、深く考えると深みに嵌りそうなのでやめておこう。
「ただ人が住めれば良いってもんでも無いのかね、植民事業ってのは」
「そういうわけでもないと思うけど、ああいう特産物があるかどうかは重要なんじゃない? 強みにはなるでしょうね」
「なるほどなぁ……それにしてもああいう固有の生物って、テラフォーミングの影響で死滅したりないんだな。意外だ」
「生物の環境適応能力もそれぞれなんじゃないの。死滅した種も多いと思うわよ」
「そんなもんか」
そうすると、あの芋虫はテラフォーミングを生き抜くだけの生命力を備えた生物だというわけだ。まぁ、あれだけでかけりゃ生命力は強そうだな。
しかし、そう考えるとテラフォーミングには色々と面倒事が多そうだな。環境保護団体とかが大騒ぎしそうな気がするが、そういうことはないんだろうか? いや、あっても貴族の強権で叩き潰されそうだな。入植事業では巨額の金が動きそうだし、場合によってはわざわざ貴族が強権を振るわなくとも利得者がそういった運動を叩き潰しそうだ。
と、詮無きことを考えているとミミ達が俺達の元へと歩いてきた。その手の皿にはしっかりと芋虫乗せクラッカーが載っている。強かになったな、ミミ。
「ミミぃ……さっきはよくも見捨てたな?」
「あ、あはは……ごめんなさい」
「兄さんに一番槍を譲っただけやで」
「流石の度胸だと思いました。私はあれはちょっと……」
そう言うウィスカの皿には芋虫乗せクラッカーは載っていない。無難そうなものをバランスよく取り分けてきたらしい。
「ウィーは食いもんに関しては保守的やねー」
「食べず嫌いは良くないぞ」
「虫はちょっと……」
まぁ、無理強いするものでもないか。でも、今の所この世界で食べた昆虫系の食材は外れがないだよな、意外なことに。流石に不味いものをわざわざ流通させるような余裕は無いということなんだろうか。
「あら、お姫様の登場よ」
「お?」
エルマに袖を引かれて彼女の視線を追うと、そこにはドレスに身を包んだクリスの姿があった。あまり派手なドレスではなく、フリルなども控えめで随分と大人しい印象のドレスである。感覚的な表現だが、あまり女の子女の子してないと言うか……なんだか大人っぽく見えるな。
「ごきげんよう、キャプテン。パーティーは楽しめていますか?」
「はい、クリスティーナ様。コーマットⅢの特産品に舌鼓を打っていたところでございます」
そう言って俺が半ば解体されている巨大芋虫にチラリと視線を向けると、クリスの肩が僅かにピクリと震えた。どうやら巨大芋虫のインパクトは淑女モードのクリスに精神的なダメージを負わせたらしい。
「お、おきにめしたようでしたらなによりです」
「正直すまんかった」
引きつった笑みを浮かべるクリスに小声で謝っておく。とりあえず立ち位置を変えてクリスの視界に巨大芋虫が入らないようにしてやろう。
この後は特に波乱もなく、クリスと他愛ない話をしたり、ミミ達と珍しい料理を楽しんだりして無事にパーティーは終了した。途中で見かけたのだが、うちの船に乗っていたメディアの連中もこのパーティーの様子を撮影していたようだ。招待客というわけじゃないから、豪華な料理や酒はお預けだったらしいけどな。ご愁傷さまである。




