#202 コーマットプライムコロニー
交易コロニーであるコーマットプライムコロニーは好況に沸いていた。
コーマットⅢのテラフォーミングが完了して本格的な植民が始まるとなると、このコーマットプライムコロニーは植民を進めるための資材や植民者に供給するための食料や嗜好品の集積基地となる。その取引量はコーマット星系で取れる鉱石や精錬金属だけを扱っていた頃に比べると数倍から十数倍に増加する上、今後のコーマットⅣのテラフォーミング完了も見据えてコーマットプライムコロニー自体の拡張工事も始まっている。
「物凄い活気ですね!」
「持ってくれば何でも売れるって状況だろうからな」
初期の入植地では何もかもが足りない状況だ。食料、医薬品、生活雑貨、建築資材、その他諸々の商品を積んだ輸送船がひっきりなしにドッキングベイに出入りしている。ここに集積された物資が移民船に積み込まれ、コーマットⅢへと降下していくことになるわけだ。
「最初のお仕事は降下する移民船の護送になるわね」
「流石に降下時の移民船を狙ってくる馬鹿は居ないと思うけどな」
降下時に襲って、万が一移民船が大気圏突入に失敗でもしたら、満載されている物資と植民者は大気圏で燃え尽きるか、地表に激突して全てがお陀仏になる。単純にダレインワルド伯爵家の移民事業を妨害したいだけということでもない限り、あまりにやる旨味が無い。
しかもそんな大量虐殺を起こせばダレインワルド伯爵家は勿論のこと、帝国だって黙っては居ない。場合によっては帝国の総力を上げて生け捕りにされ、とんでもない目に遭うことなるだろう。
「さぁ、クリスとの待ち合わせ場所に向かおうか」
「いこいこ。うちお腹ペコペコや」
「お姉ちゃん、わざわざお昼ごはんの量を少なくしてたもんね……」
「凄い食い意地だな」
「うちだけやないもん」
そう言ってティーナがミミに視線を向ける。うん、目を逸らして気づいてないふりをしても意味がないからね。ミミもわざわざ昼食を減らしてお腹を空かせてきたのか。
「さぁ、急ぎましょう! 依頼人を待たせちゃ悪いですから!」
「はいはい……」
ティーナと一緒に早足で先を歩き始めるミミを追い、俺達も待ち合わせ場所であるホテルへと移動を開始した。
☆★☆
『コーマットⅢの入植開始を祝して、乾杯!』
「「「乾杯!」」」
クリスの音頭で祝賀会の参加者達が飲み物の入った杯を掲げ、その中身を呷る。
「ぷはーっ!」
ドワーフ二名とエルフ一名がグラスを空けておっさんのような声を上げているのは聞かなかったことにしておこう。ちなみに、俺の持っているグラスに入っているのは果汁100%のフルーツジュースである。
「ヒロ様、お料理取ってきますねっ!」
「うちもうちも!」
「ああもう。お姉ちゃん、もう少しお行儀よくしようよ」
今日の祝賀会は立食形式のパーティーで、料理は各々が好きなものを好きなだけ更に取って食べるようになっている。ミミ達は早速大量の料理が置かれているテーブルに突撃していったようだ。
「落ち着きがないわねぇ」
「早速二杯目に手を付けているお前も似たようなもんだと思うが」
俺の言葉を無視してエルマが二杯目のグラスを傾ける。最初はビールだったようだが、次はワインか何かを飲んでいるようだ。
「へべれけになるのは勘弁してくれよ」
「ちゃんとセーブするから大丈夫よ」
エルマがそう言うなら大丈夫だろう。まぁ、普段から酒はよく飲んでるけどべろんべろんのへべれけになることはほぼ無いものな。ティーナはたまにやらかしてウィスカに怒られてるけど。
「しっかし人が多いな」
「それだけ多くの人が今回の事業に関わってるってことよね」
一人ひとりに名札がついているわけじゃないから誰がどのように今回の植民事業に関わっているのかはわからないが、だだっ広いパーティー会場には人が溢れかえっている。
今日の俺はいつもの傭兵服の姿だ。ミミやエルマ、それにティーナ達も普段着ている服で参加しているので、俺達が傭兵であることは一目瞭然だろう。俺とエルマから発せられる暴力的な気配でも感じているのか、俺達に近寄ってくる参加者は全く居ない。
「俺にも傭兵の風格が出てきたのかね?」
「そうね。まぁ、御前試合でのヒロの戦いぶりを目の当たりにした人も多いんじゃない? 帝国全土に配信されたみたいだし」
「なるほど。今は丸腰なんだけどな」
一応レーザーガンと剣は持ってきてはいたのだが、両方ともホテルに入る際に預けたからな。今は丸腰だ。勿論、ミミとエルマもレーザーガンをホテルに預けている。
「ご主人様」
「ん? おぉぅ……」
俺のすぐ後ろに控えていたメイがこちらに接近する人物がいることを教えてくれた。その姿を見て俺は思わず天井を仰ぐ。
「そのような反応を何度もされると流石に私も気を悪くしますよ」
「いや、他意はない。予想が当たって戦慄しただけだから」
「他意はないという言い回しの使い方を間違っていませんか」
部下を引き連れた軍服の美女――セレナ中佐がそう言いながらジト目を向けてくる。ははは、言葉って難しいネー。
「それで、ここに居るということは」
「お察しの通りです。いつも通りの宙賊狩りというわけですね、そちらと同じく」
「ですよねー」
話している間にメイがどこかから飲み物を運んできてセレナ中佐達に配り始める。しっかりとノンアルコールの飲み物を持ってきたようだ。
「ありがとう。それで、相談なのですけれど」
「はい、中佐殿」
「可能な限り私達と貴方達で連携して動くのはどうでしょうか? お互いに手の内をある程度知っているわけですから、連携に問題はないと思うのですが」
「悪くない提案だと思うけど、依頼人の許可が必要だな。俺の独断で指揮系統の違う中佐の部隊と行動を共にするのは無理だ。それに、帝国航宙軍とダレインワルド伯爵家では防衛目標の優先度が違う可能性もある」
「それは確かにそうですね。では、ダレインワルド伯爵家に話をしてみるとします」
「そうしてくれ」
去っていくセレナ中佐にひらひらと手を振って見送る。
実際のところ、中佐達と行動を共にしたほうがより多くの宙賊を狩れるとは思うが、そうするとどうしても身軽さは失われてしまうからな。それに、セレナ中佐の率いる対宙賊独立艦隊の総火力はクリシュナとブラックロータスを合わせても足元にも及ばない。つまり、その火力差の分だけ獲物を分捕られる恐れがあるということである。
当然俺達が得られる賞金は減るし、大火力で宙賊船をぶっ飛ばすことになるので船の鹵獲も望めない。オーバーキルでばらばらになる船が多いだろうからな。
そう言った意味では中佐達と行動を共にするのは美味しくはないんだよな。
「まぁ、クリスは断るんじゃない?」
「だろうな」
俺という戦力を縦横無尽に駆使して宙賊を撃退するというのはクリスにとってある種の武功ということになる。しかし、俺達の運用を帝国航宙軍に預けてしまってはその武功を得ることができなくなってしまうわけで、そうなってしまっては困るクリスとしてはセレナ中佐の申し出は断るしかないだろうと思う。エルマも同じ考えのようだ。
「貴族ともなると色々面倒だねぇ、本当に」
「何をするにも人目を気にすることになるからね。まぁ、面倒よ」
貴族としての生活から抜け出したくて実家を飛び出したお転婆娘が言うと説得力があるな。
「さて、そろそろ俺達も料理を取りに行くか。飲み物だけで腹を膨らませるのは寂しいし」
「そうね。私はおつまみになるようなものが欲しいわ」
「程々にしとけよ本当に……メイも行くぞ」
「はい、ご主人様」
エルマとメイを引き連れ、俺は盛況を博しているパーティー会場の奥深くへと足を向けるのであった。




