#201 記者達との交流
気温差ヤバい……_(:3」∠)_(現在気温16℃、昨日の気温28℃
「なんだかこう……」
「イメージと違う?」
「ええ、まぁ」
俺の言葉にメビウスリングメディア部二課のアレン――エルフの男性だ――は頷いた。
俺と彼が話をしているのは食堂の近くにある休憩スペースだ。広い空間に座り心地の良いソファや植物が繁茂しているテラリウム、通信だけでなくホロムービーの再生などにも対応した大型ホロディスプレイなどが設置されており、宇宙空間やハイパースペースで長く生活する場合にもリラックスできるように配慮されている空間である。
「傭兵って言ったって四六時中ドンパチしてるわけじゃないからな。寧ろ、移動時間の方が長いと思う。それに、今はダレインワルド伯爵家の護衛船団と一緒に行動しているわけだから、そうそう戦闘に巻き込まれることは無いだろうな」
帝国貴族の護衛船団に手を出すとか完全にアホのやることである。普通の輸送船団よりも遥かに重武装だし、撃破しても撃破しきれずに逃したとしても苛烈な復讐が行われるに決まっているからだ。
「というか、ゲートウェイ周辺は帝国航宙軍が睨みを効かせているし、ダレインワルド伯爵家の船がこの星系を通過することはこの辺りの星系の領主だって承知している。もし他の貴族家の人間が自分の領内を通過している時に宇宙海賊に襲撃されたとしたらそれはその領主にとってとんでもない恥となるわけだ」
「つまり、ダレインワルド伯爵家と行動を共にしている間は何事も起こらないというわけですね」
「そういうこと。まぁ、多分想像と違うってのはそれだけじゃなくて思ったよりも遥かに優雅な生活をしているって意味でもあるんだろうが」
「ははは……」
アレンは誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべた。休憩スペースでは俺とアレン以外にもメディア関係者達が寛いでおり、メイは俺の側に控えている。ミミやエルマはメディアの女性スタッフ達と共に食堂でお茶を飲んでいるようだし、ティーナとウィスカは俺の許可を得たスペース・ドウェルグ社のメディアスタッフを連れてハンガーを案内している。
「うちのエルマもそうだし、ティーナとウィスカもそうだったんだが、傭兵って荒んだ生活をしていて、しかもそれを気にしないみたいなイメージがあるみたいだな。他はどうかしらんが、俺はそうは思わない。長い時間を船の中で過ごすわけなんだから、快適かつリラックスできる環境を整えたほうが日々のパフォーマンスは上がるはずだ」
「それがキャプテン・ヒロの拘りというわけですね」
「そうだな。無駄に硬派を気取っても仕方がないし」
構造材そのまま剥き出しの船内より目に優しい壁紙……? 壁材? や床材を張った船内のほうがどう考えても住み良い環境だし、同じフードカートリッジを使って飯を食うならより美味いほうがお得だ。わざわざ不味い飯を食うこともないだろう。それに堅くて寝心地の悪いベッドよりも柔らかくて快適なベッドで質の良い睡眠を取ったほうが良いに決まっている。睡眠の質は仕事の質に関わるからな。
☆★☆
「という感じで、ヒロ様は船内の環境を整えてくれたんですよ」
「なるほど。内装が豪華客船みたいに物凄い感じになっているのは、元を正せばミミさんの功績というわけなのね」
「うーん、それはどうでしょう? クリシュナの内装は最初からある程度整っていましたし。でも、最高に近い環境にするようになったのは、クリシュナの内装を整えたからだと思います」
「最初にクリシュナに乗った時には私もびっくりしたわよ……小型戦闘艦なのに内装だけは異常に豪華で」
エルマさんがそう言って頭を振る。エルマさんは最初『世間一般の傭兵像』にかなり拘りを持ってましたもんね。私も世間一般の傭兵像というものに関しては知ってましたけど、ヒロ様は『快適になるならそれでいいんじゃね?』みたいな感じでスルッと大金を出してクリシュナの内装を整えてくれたんですよね。やっぱり私はヒロ様が特別なんだと思います。
「ところで話は変わるんだけど、踏み込んだことを聞いても良いかしら?」
ニーアさんが燃えるように輝く橙色の瞳を瞬かせて私の顔をじっと見てきました。なんでしょう? プライベートな話題でしょうか?
「ミミさんは帝室と――いえ、ルシアーダ皇女殿下の姉妹なの? 本当のところを教えて欲しいんだけど」
「あー……そういう話ですか」
私とルシアーダ皇女殿下は本当に似ていますからね。多分、服を入れ替えて黙っていたらほとんど見分けがつかないと思います。ヒロ様なら気付いてくれそうですけど。
「私はルシアーダ皇女殿下の姉妹じゃないですし、皇帝陛下や皇太子殿下との直接的な血縁関係はありませんよ。謁見の前にゲノム検査もしましたけど、間違いないです。本当に偶然似てるだけです」
「本当に?」
「本当です。謁見前に近衛騎士の方々や侍医の方々がわざわざ船まで訪ねてきて検査したんです。いきなりでびっくりましたよね?」
「ええ、突然の来訪で面食らったわね。私も暫く帝都には寄り付いていなかったし、ルシアーダ皇女殿下のお披露目も見ていなかったから、ミミとルシアーダ皇女殿下が瓜二つと知ってクルー一同仰天したわよ」
エルマさんが私に話を合わせてくれる。
うん、嘘は言ってないです。顔も見たことがない父方のお祖母さんは極めて高い確率でセレスティア様という話ですけど。皇帝陛下とも皇太子殿下とも直接的な血縁関係はありませんから。
正確に言えば私はギリギリ傍系親族ということになるそうですけど。ルシアーダ皇女殿下の又従姉妹で、皇帝陛下の姪孫にあたるわけですから。
とは言え、セレスティア様は帝室から出奔した身です。ゲノム検査の結果、私がセレスティア様の孫である可能性はほぼ確実ということでしたが、私がセレスティア様の孫であると証明するものはゲノム情報以外には何も無いわけです。帝室に迎え入れることも可能だと皇帝陛下やルシアーダ皇女殿下は仰ってくださいましたが、それでヒロ様と離れ離れになるのも、ヒロ様を縛り付けるのも嫌でした。だから、私は帝室とは何の関係もない、ただのルシアーダ皇女殿下のそっくりさんです。
「本当、びっくりでしたよね。私なんて辺境コロニーで生まれたただの小娘なのに」
「それもとびきり運が悪い、ね。いや、運が良いのかしら?」
「どうでしょう? 私は今、幸せですけど」
「ミミさんの生い立ち、興味がありますね」
ニーアさんが私の生い立ちという新しい話題に食いついてくる。うん、興味が逸れてくれてよかった。それじゃあ、私とヒロ様の出会いの話をするとしましょう。
☆★☆
「ふぁー……でっかいですねぇ」
「でっかいねぇ」
のんびりと過ごすこと一週間弱。俺達はコーマット星系の交易ステーションに到達し、そのすぐ近くに停泊する移民船団を目の当たりにしていた。移民船はかなり大きい。全長は恐らく帝国航宙軍の戦艦と同じか、それ以上だ。形としては……キノコっぽい? いや、短小な弾丸型と言ったほうが正確だろうか?
「ジオゲイト社のヘヴィダブル型移民船やね。大気圏突入時はあのまま突っ込んで、大気圏突入後に反転して着陸するんよ。着陸した移民船はそのまま植民拠点になって、最終的には地上で解体されて施設を建設するための資源になるっちゅう話やで」
「着陸後は下部は物資の搬出搬入口、上部は航空機の発着ポートになるらしいですよ」
「へぇ……それが全部で五隻か。じゃあ、五箇所で同時に植民を行なうんだな」
「そして私達はその護衛と支援をするってわけね」
「護衛はともかく、支援ってどんなことをするんですか?」
ミミが首を傾げる。まぁ、ピンとこないだろうな。
「植民惑星の開拓には危険がつきものでな。たまに植民拠点が危険な原生生物に襲われたりすることがあるんだ。そういうのに対する近接航空支援を求められることがあるな」
「きん……?」
「つまり植民惑星の地表に蔓延る原生生物にクリシュナのパルスレーザーを撃ち込むお仕事が依頼されることがある。あと、開拓地を広げるのに邪魔な大岩――というか岩山とか、そういうものを破壊してくれとかな。こっちは滅多に無いが」
わざわざ戦闘艦を使わなくても、そういった地形を好きに弄れる装備を開拓民達は持っている筈だからな。俺達に依頼が回ってくるのはただ邪魔なだけでなく、戦闘艦じゃないと危険だったりする場合だけだ。凶悪な原生生物の巣になってるとか、有毒なガスやら危険で有毒な植物が繁茂してるとか。
「はぇー……色々あるんですねー」
「そうだな。それよりも宙賊の襲撃の方が多いと思うけどな」
植民船の武装は貧弱だ。原生生物相手なら問題ない程度の武装はしているが、宙賊の戦闘艦に対抗できるような装備は持っていない。そして、宙賊は植民船が開拓のために備蓄している物資や、開拓のために植民船から離れた場所に探索に言ったり、資源調査したり、資源採掘したりしている開拓民を狙って植民惑星への降下を試みる。奴らにしてみれば開拓民は体の良いカモだからな。
「交易コロニーで補給を終えたら開拓プロジェクトが開始される。きっと忙しくなるぞ。いつも通りな」
「ヒロ、もう諦めたわね?」
「どうあっても厄介事が舞い込んでくるんだろうからな。さぁ、コロニーへの着艦準備を始めるぞ」
半ばヤケクソ気味にそう言ってハンガーへと向かって歩き始めた。




