#198 ダレインワルド伯爵からの依頼
あの後いくつかの機種を見せてもらったが、結局一番最初におすすめされたアルケニータイプの軍用戦闘ボットを購入することにした。決め手は高度な汎用性と、非稼働時に身体を折りたたんで思ったよりも小さくなるという点だ。単純な戦闘能力だけで見るともう少し強力な機種もあったが、そちらは戦闘に特化しすぎていて汎用性に欠けたため購入を見送った。
セレナ中佐からの紹介状効果と十機+システムまるごと購入のお陰で一体辺りの本体価格は6万エネル弱まで落ち、換装システムとオプション品もまとめて60万エネル程で購入できた。併せて120万エネルといったところか。
「……思ったより安いですね?」
「アカン、ミミまで傭兵の金銭感覚にやられとる」
「ミミさん、120万エネルは大金ですよ。一般人の月収は1500エネルくらいですからね? 年収六十六年分とほぼ等価ですからね?」
「そ、そうですよね?」
ミミがティーナとウィスカに諭されてハッとしている。いいぞ、その調子だミミ。お前もこっち側に来るんだ……こっち側も案外楽しいぞぉ?
「今更ですけど、メイさんの方が戦闘ボットより高性能ですよね?」
「それは間違いないな」
「そうね」
「恐縮です」
俺とエルマがクリスの言葉に頷き、メイが頭を下げる。
「それなら、メイさんと同じような高性能のメイドロイドを揃えたら良かったのでは?」
「うーん、そういう手も無いわけじゃないんだけどな……メイ」
「はい。確かにクリス様の仰る通り、私クラスの高性能なメイドロイドを複数用意するというのも一つの手ですが、私の本体価格は48万エネル。諸々のオプションや整備装置などを含めると55万エネルを軽く超えてしまいます。つまり、二体で110万エネルを超えてくるということですね。それならば整備システムごと軍用戦闘ボット十体を120万エネルで購入したほうが費用対効果は圧倒的に高いのです」
メイが淡々と高性能メイドロイドと軍用戦闘ボットのコスト面、性能面での比較説明を始める。
「更に稼働時間の問題もあります。私のようなメイドロイドは凡そ四十八時間につき二時間ほどのメンテナンスを推奨されています。これは外観や機体性能を保つために必須と言える作業です。また、損傷を受けた場合は製造元企業で修理を受ける必要があります。それに対し、軍用戦闘ボットは明確な損傷を負わない限りは二週間ほどはメンテナンス不要で動き続けることが出来ますし、損傷を受けた場合でも然るべき資材と今回購入した整備・換装システムがあれば修理することが出来ます。こういった整備性、戦闘継続能力などを考えるとやはり純粋な戦闘面では軍用戦闘ボットの方が優秀なのです」
「なるほど。性能ではメイさんの方が遥かに上、しかしその他の点では軍用戦闘ボットの方が頑丈で、コストが安く、運用も容易と」
「クリスやメイ、ティーナやウィスカの護衛にはメイの方が圧倒的に適任だけどな。戦闘ボットなんて連れてコロニーや帝都は歩けないだろ?」
「それはそうですね。威圧感が強すぎますし」
「というか、私は?」
「俺とエルマに護衛は要らないだろ」
真顔でエルマが聞いてきたので俺も真顔で返してやる。俺とエルマに護衛が必要な場所とかもうそれは普通の状況じゃないから。レーザーと銃弾が飛び交う戦場みたいなもんだから。なんだかエルマが納得できないといった感じの表情を浮かべているが、華麗にスルーしておく。
「まぁ、用心のために買っただけでそうそう使う機会は無いと思うけどな」
「そうね。宙賊の移乗攻撃とかそうそう受けるものでもないし」
「そうですね。ご主人さまのブラックロータスにそのような狼藉を働くことを許すつもりはありません」
クリスが「なら、どうして戦闘ボットを?」と言いたげな表情をしていたが、そこはそれ。俺達のような不運の持ち主ともなればできる時にできるだけの備えをしておいたほうが何かと安全なのだ。
「無事に商談も終えたし、屋敷に戻ろうか。そろそろ丁度よい時間だろう」
「そうですね、そろそろお祖父様が屋敷に戻ってくる頃だと思います」
☆★☆
「依頼がある」
「お祖父様っ!」
挨拶もなしに本題に入ったダレインワルド伯爵にクリスが怒って声を上げる。
ダレインワルド伯爵家の屋敷に戻り、ダレインワルド伯爵と顔を合わせるなり挨拶もなしにいきなり仕事を依頼された。何を言っているかわからないと思うが、俺にも意味がわからねぇ。単刀直入ってレベルじゃねーぞ。
「いや、別に怒らなくても良いけど……それにしても唐突だな」
「うむ」
そう言って頷き、ダレインワルド伯爵が軽く手を振るとホロディスプレイが立ち上がり、星系マップらしきものが表示された。表示されている星系名はコーマット星系とある。
「コーマット星系っていうと、確かデクサー星系の隣だったよな」
「そうだ。予てよりテラフォーミングを進めていた居住可能惑星のコーマットⅢのテラフォーミングがこの程完了した。ダレインワルド伯爵家は入植を始めることになる。貴殿に入植船と入植後の護衛を頼みたい。コーマットⅢに何か問題が発生した際のトラブル解決もな」
「入植の護衛か……宙賊への対応は護衛の基本給だけで構わないが、コーマットⅢの惑星上で発生したトラブル解決には別途料金を貰う。あと、コーマットⅢに突撃降下を行う宙賊の全てに対応するのは不可能に近いぞ」
クリシュナとブラックロータスが担当できる範囲なんぞたかが知れている。惑星に降下を試みる全ての宙賊を俺達だけで防ぐことなど到底不可能だ。
「無論それは承知している。ダレインワルド伯爵家の戦力も勿論出す。そこに傭兵として加わってもらいたいという話だ」
「報酬次第だな。プラチナランカーの雇用相場っていくらだったっけ?」
「一日20万エネルね」
「では一日30万出そう。その他の別途料金に関しては最低100万を保証し、内容により増額する」
「報酬はその条件でOK。拘束期間は?」
「最低一ヶ月、最長で三ヶ月。それ以上は再契約を必要とするという内容でどうだ?」
「最長三ヶ月ね、OK。ミミとエルマは?」
「私もOKです!」
「私もよ」
「ではそういうことで。依頼は傭兵ギルドを通してくれ」
「うむ、すぐに手続きをしよう」
契約成立という意味を込めてダレインワルド伯爵と握手を交わす。
「クリス、お前には入植船団の指揮を任せる。見事入植を成し遂げてみせよ」
「はい、お祖父様」
話の流れを静観していたクリスが静かに頷く。なるほど、これは将来領主として働くクリスの研修の場でもあるわけだ。そこに俺達という存在を投入する辺り、言葉は少ないけどダレインワルド伯爵なりに気を遣っているわけだな。
「クリスのお務めを無事果たさせるためにも頑張らないとな」
「はい!」
「そうね」
ミミが満面の笑みを、エルマが優しげな微笑みをクリスに向ける。しかし、こうなるか……こりゃ早速購入した戦闘ボットが役に立ちそうだな。
ちなみに、整備士姉妹は貴族オーラが迸っているダレインワルド伯爵を前に置物と化していた。
クリスにはある程度慣れたようだが、やはり伯爵のような生粋の貴族を前にすると未だに固まってしまうらしい。そういう意味ではダレインワルド伯爵の前でもいつもどおりに振る舞うことができるようになっているミミもだいぶ傭兵に染まってきたんだろうなと思う。
「のんびり入植作業を眺めながらの休暇だな」
「そうですね。入植作業ってどんな感じなんでしょうか?」
「私も見たことはないけど条件の良い土地に入植船を降下させて、その入植船を拠点として辺りの開発を進めていくらしいわよ」
にこやかに話しながら俺達三人の意思は恐らく統一されていた。決して危険を予感するような言葉は口走るまいと。しかし希望は儚くも崩れ去る。
「入植初期には入植者や資源を狙った宙賊が現れるらしいですから、気をつけないといけませんね」
クリスがそう言って気合を入れている。その様子を見て俺――というか俺達は三人で天を仰いだり、片手で目を覆ったりして大いに嘆いた。
俺達が言わなかったらクリスが言うんかい、と。
明日の更新で暫く――二週間を目処に更新を一時停止します!
原稿作業をしなきゃならないんだ! ゆるしてね!_(:3」∠)_
 




