#190 御前試合:航宙戦の部
流石にクリスは連日帝城を訪れるようなことはなかった。無かったが、皇女殿下が割と遠慮なく接するようになってきた上に、彼女はなんというか――なんというかこう、俺の女性遍歴的なものに大変興味をお持ちのようで。
「では、今日はショーコ先生という方の事についてお話してください」
「勘弁してください」
ショーコ先生とは何もなかった! ちょっといい雰囲気になったような気もするけど、俺には検査のためにアッー! した記憶が強すぎる! でも皇女殿下の攻勢に負けて話してしまう。もうどうにでもしてくれ。
そんな感じでまた一日を潰し。遂に迎えた御前試合航宙戦の部。
航宙戦の部は実機を使った模擬戦となる。レーザー砲やシールドは模擬戦用に出力を落とし、実弾兵器は模擬弾――と言っても生身の人間がくらったら弾け飛ぶ威力だが――を使う。その上で船には模擬戦用のダメージ管理プログラムを走らせ、更に審判役の艦艇が複数で評価プログラムを走らせて審判役を担う。今回の審判役は模擬戦に参加しない帝国航宙軍の艦艇で、競技場となるのは同じく帝国航宙軍の演習中域である。
「ヒロ様、傭兵以外だとどんな方が参戦してくるんでしょうか?」
「俺に想像がつくのは帝国航宙軍の艦載機乗りだけど、他にもいるかもしれんな。エルマは何か知ってるか?」
「機動騎士も出てくるでしょうね」
「機動騎士」
なんだそのカッコイイ肩書きは人型機動兵器にでも乗るのか? SOLに人型機動兵器は存在しなかったから、もし存在するなら一体欲しいんだが?
「腕の良い傭兵が貴族に召し抱えられて騎士になったパターンね。その子孫が代々機動騎士として主家に仕えるってわけ。軍の艦載機乗りにもその子孫が結構居るわよ」
「人型機動兵器に乗ったりはしてないのか」
「少なくとも帝国では見ないわね。軍の白刃主義者派閥が対艦ブレードを装備させることを目論んだらしいけど、コストと整備性の悪さが問題になって採用は順当に見送られたって聞いたわ」
「あるにはあるのか」
オラちょっとワクワクしてきたぞ。問題は軍でも採用を見送られるほどの整備性の悪さか。まぁ、採用されないってことはそれなりの理由があるんだろうな。
「その機動騎士って人達は強いんですか?」
「ですか?」
「ミミのマネをしても可愛くないからやめなさい。強さに関してはピンキリね。先祖伝来の古い艦をそのまま使い続けてる機動騎士も居るし」
「つまり強いやつも居るわけだ」
「そりゃいるわよ。傭兵のランクで言えばゴールドランク相当の機動騎士もゴロゴロいるわ。機動騎士はね、主家の治める領内で宙賊相手にバチバチと治安維持活動をするわけよ。主家の私兵の一員や、その指揮官としてね。中には名ばかりの連中もいるけど」
「実戦経験が豊富というわけですね」
「場合によっては帝国航宙軍よりもね」
なるほどなぁ、機動騎士とやらも侮ってはいかんというわけだ。貴族がバックに付いてるなら装備も充実しているかもしれないしな。先祖伝来の古い船を使ってるなら心配はいらないだろうけど。
結局のところ、どれだけ腕が良くとも船に根本的な性能差があると勝つのは難しい。無論、船だけ良くても腕が追いついていなければ船の性能を引き出せずに負けるわけだが。
「勿論、帝国航宙軍にも所謂エースパイロットって呼ばれる凄腕が居るわよ。そう呼ばれるようなパイロットは実戦経験も豊富だから、侮ると足元を掬われるかもね」
「なるほど。それに傭兵もか」
「一番気をつけるべき相手でしょうね。ゴールドランク以上なら実戦経験も豊富で、船もかなり強力な筈だから」
「だな」
ただ、帝都周辺には宙賊は寄り付かない。だから必然的に傭兵の数もそんなに多くはない。居るとすれば恐らく帝都産の品々を買い付けに来た商船団の護衛を主にこなしている傭兵団の連中だろう。そういう連中は俺のような一匹狼でやるタイプとは違って、集団戦闘を得意とする傾向にある。
逆に個人戦はそんなに得意ではない連中が多い。俺の読みでは帝都周辺にいる傭兵では俺の相手にはならないと思う。もしかしたら俺のように何か用事があって帝都に来ているような凄腕が居るかもしれないけど。
「まぁ、リラックスしていこう。いつも通りやれば結果は自ずと出る」
「そうですね!」
「そうね。まぁ、あまり心配はしてないわ」
☆★☆
「さぁ、遂にやってまいりました! 御前試合、最後の種目は戦闘艦同士による航宙戦です! 模擬戦ということでレーザー砲やシールドの出力は落とされ、実弾兵器も模擬弾が使用されるということですが、その辺りはどうなのでしょうか?」
「出力を落としたとは言っても生身の人間に直撃すれば一瞬で消し飛ぶような威力ですから、危険なことには変わりないでしょう。それに、シールド出力も落としているので、もし接触などが起これば大事故も有りえます。そんな時に備えて帝国航宙軍の救助艇が待機しているので、ご心配は無用です。参加者達による実戦さながらの迫力ある戦闘を是非お楽しみください」
今日の解説は女性のようだ。まさかセレナ少佐――いや、正式に中佐になったのだったか。セレナ中佐かと思ったが、全然別人のようである。格好からして帝国航宙軍の人みたいだな。
「やはり注目はキャプテン・ヒロでしょうか?」
「それは勿論そうですね。彼は白刃戦の部でも白兵戦の部でもその存在感を強烈に見せつけてくれました。情報によると、航宙戦こそが彼が最も得意とする戦場だそうです。どのような戦いを見せてくれるのか今から楽しみですね」
うーん、言葉から圧力を感じるなぁ。まぁ、ご期待には沿えると思うけども。
「では、トーナメント第一試合です。第一試合は傭兵団『光の矢』所属のゴールドランカー、キャプテン・レックスと帝国航宙軍第二十八防衛艦隊所属、ニールセン少尉による対戦です」
「傭兵団『光の矢』は――」
解説の女性軍人が参加者の紹介を始める。光の矢という傭兵団は商船団の護衛をメインにこなしている傭兵団で、あのレックスとかいうパイロットはその中でも撃墜スコアがトップの切り込み隊長的な存在であるらしい。対するニールセン少尉は帝国航宙軍の艦載機乗りで、隣国ベレベレム連邦との戦争で多数の敵艦載機を撃墜しているエースパイロットなのだとか。
「どうですか?」
「うーん、戦いが始まらないとなんともだが、機体を見た感じではレックスの方が面倒くさそうに見えるな」
あのレックスという傭兵が使っている艦は高速ミサイルプラットフォームとでも言うべき機種だ。素早い動きで敵機を翻弄し、多数のシーカーミサイルで攻撃するというスタイルの機体である。余裕のあるジェネレーター出力を攻撃に振り分ければ接近戦も行えるので、割と油断ならない機体だ。
対するニールセン少尉の駆る機体は帝国航宙軍の標準的な艦載機である。癖がなく、素直な操作性の傑作機だが、尖ったところがない。レーザーもマルチキャノンもシーカーミサイルポッドも装備しているマルチロールファイターだ。そんな凡庸な機体だが、ニールセン少尉の乗る機体はガチガチの軍用機である。それぞれのパーツや機体自体の性能が傭兵の乗る機体より一回り以上性能が上なので、少尉の腕次第では非常に厄介な相手となるだろう。
「ニールセン少尉の腕次第よね」
「そうだな。俺としては多分ニールセン少尉のほうが相手はしやすいと思うが」
「シーカーミサイルをばら撒かれると面倒ですもんね」
「それな」
なんだかんだ言ってシーカーミサイルによる飽和攻撃はおっかない。クリシュナの機動性なら振り切れないこともないが、その間は攻撃や回避機動を制限されるからあまり嬉しくはないな。フレアやチャフである程度欺瞞はできるが、相手だってそれは承知だろう。その上で戦略を組み上げてきているに違いない。
「ほほー、流石はゴールドランク。やるな」
「そうね」
試合はゴールドランク傭兵のレックス優位で進んでいる。遠間からの大量のシーカーミサイルによる飽和攻撃で相手に何もさせずに追い詰めているのだ。ニールセン少尉はフレアなどの欺瞞装備を使って今の所上手く逃げているが、反撃ができていない。
「これは傭兵の方が勝ちますかね?」
「攻めきれればな」
レックスのシーカーミサイルの使い方は巧みだ。直接的に狙うだけでなく、相手が逃げる方向に予めミサイルを置いておき、時間差で追尾を開始させる『置きミサイル』まで使ってニールセン少尉を追い詰めている。しかしミサイルをメインとした構成には弱点というものがある。
「逃げ切ったな」
「そうね」
しばらくミサイルでニールセン少尉を追い詰めていたレックスだったが、遂にミサイルの弾薬が底をついたらしい。ニールセン少尉の機体も無傷ではないから、最後はレーザーで仕留めようという腹づもりなのだろう。対するニールセン少尉は一転攻勢である。二機のが目まぐるしく交差し、光条が虚空に煌めく。
「どう思う?」
「俺なら完全に弾切れする前に接近戦を仕掛けるね。恐らくまだミサイルを抱えてるんじゃないか?」
「そうよね」
そう言った次の瞬間である。二隻が交差した瞬間に爆発が起こった。どうやら俺の予想通り、傭兵のレックスはシーカーミサイルをまだ抱えていたようである。恐らくニールセン少尉と交差する際に機体の慣性も乗せて至近距離でミサイルを叩き込んだのだろう。
だが、まだ勝負は着いていなかった。
「さすが軍用機、まだ撃墜判定が出ないか」
「堅いわね」
再び激しいドッグファイトが始まるが、今度こそミサイルを完全に撃ち尽くしたレックスはニールセン少尉に徐々に追い詰められ、最後には撃墜されてしまった。
「やっぱり最初の攻勢で一気に決められなかったのが敗因だな」
「序盤完全に逃げに徹して敵の消耗を誘ったニールセン少尉の冷静な判断が勝負を分けたわね」
「なるほどー……ヒロ様ならどう戦っていましたか?」
「レックス相手ならフレアとチャフ撒きながら散弾砲でシーカーミサイルを迎撃しながら突破、速攻を仕掛けてとっとと撃墜してたな。ニールセン少尉相手ならドッグファイトに付き合っても負ける気はしないし、なんなら重レーザー砲四門で引き撃ちでも勝てると思う」
今の戦いの感想を互いに話し合いながら出番を待つ。今回の俺達は出番が結構後なんだよな。というか、今回はシードですら無い。得意なフィールドなら特別扱いしなくても大丈夫であろう? とか言うファッキン皇帝陛下の顔が脳裏に過る。ははは、まさかな。
☆★☆
「さぁ、次は今回の御前試合の切っ掛けとなった人物! キャプテン・ヒロの登場です!」
「私も彼の戦闘データを見ましたが、ちょっと信じられないような戦闘機動をするそうです。どんな戦いを見せてくれるか楽しみですね」
広域通信チャンネルからアナウンサーと解説の女性軍人の声が聞こえてくる。
「ヒロ様、期待されてますよ」
「期待されても困る。わざわざ曲芸みたいな戦闘機動をするつもりはないぞ」
「いつもどおりにやれば良いわよ」
エルマがそう言って肩を竦める。まぁ、確かにそれもそうだな。わざわざ気負う必要もない。
「対する相手はレドラン伯爵家で機動騎士として活躍するヴァイゼル卿です! 普段はレドラン伯爵領で治安維持を担っており、宙賊との戦闘経験も豊富とのことです」
「キャプテン・ヒロの機体は見慣れない機種ですが、ヴァイゼル卿の使用している機体は帝国航宙軍でも採用されている小型戦闘艦ですね。艦載機よりも大きく、より強力なジェネレーターを装備している艦です。傭兵の扱う戦闘艦に非常に性質の似た艦です」
「なるほど、機体性能ではどちらが有利と見ますか?」
「キャプテン・ヒロの駆るクリシュナという艦は全く未知の艦ですから評価が難しいですが、資料によると高い機動性と火力を兼ね備えた攻撃的な艦であるようですね。対するヴァイゼル卿の駆る小型戦闘艦――セイバーⅣもまた機動性と高火力を兼ね備えた高性能艦です。やはりパイロットの腕が戦闘の趨勢を決めることになるでしょう」
「なるほど、これはいきなり激しい戦いになりそうですね。では、試合開始のカウントダウンを始めます!」
試合開始のカウントダウンが始まった。それと同時にウェポンシステムを起動し、四門の重レーザー砲と二門の散弾砲を展開する。
「作戦は?」
「真っすぐ行ってぶっ飛ばす」
カウントダウンの終了と同時に俺はクリシュナのスラスターを最大出力で噴射した。