#189 垣間見える皇女殿下の趣味
遅れました!(´゜ω゜`)(開き直り
俺とルシアーダ皇女殿下が普通に話すようになったその翌日。遂に話題がなくなってクリスの話を漏らしてしまった。いや、詳細を漏らしたわけではない。ちょっとダレインワルド家の事情に巻き込まれて、ご息女のクリスティーナさんと一緒に過ごしたんですよと軽く話し、リゾート海洋惑星シエラⅢで撮ったホロ写真やホロ動画を見せただけだ。
しかし、その話は大いにルシアーダ皇女殿下の好奇心を刺激してしまったらしく、更にその翌日にはルシアーダ皇女殿下自身がクリスをお茶会に誘うという体で帝城へと召喚してしまった。
そして――。
「うっ、うぐぅぅぅクリスちゃぁぁん」
「んーっ!?」
クリスの身の上話を聞いたルシアーダ皇女殿下が泣きながらクリスの身体を抱きしめる。抱きしめるのは良いんだが、その大きなお胸に圧迫されてクリスちゃんが苦しそうなので許してやって――うん?
「なんか見たことある光景だな」
「そうね」
「あ、あの、殿下、クリスちゃんが苦しそうですから」
「ああぁぁぁぁクリスちゃぁぁぁん」
ミミがルシアーダ皇女殿下からクリスを引き離す。ちなみに、ルシアーダ皇女殿下がクリスのことをクリスちゃんと呼んでいるのはミミの影響である。
「クリスも抵抗すれば良いのに」
「恐れ多くて無理です」
呼吸を阻害されていたせいで真っ赤な顔をしたままクリスが頭を振る。まぁ、確かに皇女殿下の抱擁を跳ね除けるのは貴族的には難しいか。
「でも、いきなり王女殿下から招待状が届いのはとてもびっくりしました」
「本当に申し訳ねぇ」
「ふふ、謝らなくても良いですよ。こうしてヒロ様やミミさん、エルマさんやメイさんと直接会うことができましたし、ルシアーダ皇女殿下に招待されるというのはとても光栄なことですから」
「この埋め合わせは必ずするから」
「そうですか? それじゃあ期待しておきます」
クリスがそう言って微笑む。なんというか、成長したなぁ。背も少し大きくなったようだし、何より表情というか、雰囲気がぐっと大人っぽくなったというか。
「殿下を放置して何を見つめ合ってるのよ……」
「むむっ……負けませんよ、クリスちゃん」
「わぁ……」
何故そこでルシアーダ皇女殿下は瞳をキラキラさせているのか。何を期待しているかわかりませんが、期待するようなことは起こりませんから。起こらないよな? あれ、もしかしてワンチャンある? 俺刺されたりする? 多分大丈夫、多分。
「あー、おほんおほん。そうだ、クリスの身の上話をしたってことは、シエラ星系でのアレコレに関してはルシアーダ皇女殿下に話しても良いのか?」
「はい。事の顛末を隠し立てするわけにはいきませんので、既に帝国には報告済みですから。お爺様の許可も頂いてきました」
「そうか、それじゃシエラ星系での話も本格的にするとしますかね」
と、事の顛末をルシアーダ皇女殿下に話したのだが。
「酷いです。見損ないました」
「えー……」
「どうしてそこでクリスちゃんを置いていっちゃうんですか!? そこはクリスちゃんの騎士として、こう……!」
どうやらルシアーダ皇女殿下は全てが終わった後に俺がクリスを振って去っていったのがお気に召さなかったらしい。チラリとクリスに視線を向けるとクリスと目が合った。
「ヒロ様は悪い人ですね。私みたいな幼気な少女を放って行ってしまうんですから」
クリス本人に言われると何も言えねぇ。
「ふふ、冗談です。ルシアーダ皇女殿下、ヒロ様にはヒロ様の住む世界があって、私はそこでは生きていけないのです。逆に、私の住む世界ではヒロ様はヒロ様として生きていけません。私はヒロ様の世界では生きていけない。私の住む世界ではヒロ様はヒロ様でなくなってしまう。それがあの時の私にはわかっていなかったんです」
「むぅ……でも、それは救いがないではないですか」
そう言ってジロリとルシアーダ皇女殿下が俺を横目で睨んでくる。お前がクリスのところでミミ達と一緒によろしくやれば全てまるっとうまく収まってハッピーエンドじゃないか、とでも言いたげな表情だ。まぁ、それも尤もな話なんだけどなぁ。
「皇女殿下、鳥は水の中では生きられません。魚もまた、空では生きられません。ですが、水辺で触れ合うことは可能ですから。このように」
クリスが俺にそっと寄り添って熱っぽい表情で俺の顔を見上げてくる。その目に帯びている熱は本物に見える。待て待て、ちょっと待て。これは一体全体どういうことだ。あの時、俺はこっぴどく振って泣かせてしまったはずだ。意外に諦めが悪いのか、クリスは。
「風の噂で耳に挟んだのですが、なんでもヒロ様は今回の御前試合で力を示せば上級市民権を陛下から賜ることになるとか」
「お、おう」
「そうしたらどこかの惑星上に拠点を構えるのですよね? なら、デクサー星系のダレインブルグに屋敷を構えるのは如何ですか? 色々と融通を利かせることが可能ですよ」
「それはそうでしょうね」
エルマが至極真面目な表情で頷く。確かに、ダレインワルド伯爵が領主を務める星系であればコネで色々と融通を利かせてくれるだろう。他ならぬクリス自身がそう言うのであれば、まぁ間違いあるまい。俺とダレインワルド伯爵家との関係はまぁ、良好と言っても良い。クリスはもちろんのこと、ダレインワルド伯爵自身も俺達には好意的な対応をしてくれているし。
「鳥だって飛び続ければいつか疲れてしまいます。安全に休めるとまり木が必要なのではありませんか? できれば、私はそのとまり木になりたいと思っています」
クリスがそう言ってジッと俺の目を見上げてくる。俺は困ってしまって答えに窮した。ここでYESと答えるのは簡単だ。このまま行けば俺とミミは一等市民権を得て、惑星上に居を構えることが可能になるだろう。エルマも貴族の子女なので、一等市民権を持っている。メイは機会知性なので扱いがどうなのかはわからないが、一等市民がメイドロイドを傍に置くのが不自然なことだとは思えない。整備士姉妹は……まぁあの二人に関してはまだなんとも言えないな。
「あー……前向きに検討させて頂くということで」
「煮え切らないですね」
「皇女殿下、これは俺だけでなくミミやエルマのライフプランにも影響することです。軽々に返事をするほうが軽薄というものでしょう。というか、色々と勘弁してください」
上級市民権を得たらどこかに拠点を作ろうとは思っていたし、その候補の一つとしてダレインワルド伯爵領も考えてはいた。だが、ダレインワルド伯爵に頼ればそれは彼に大きな貸しを作ることになるし、話の展開次第ではクリスと結婚することが条件だとか言われかねない。
それはそれで旅の結末としては悪くないと思うが、流石にまだまだ宇宙を飛び回るのをやめるつもりはないのだ。まだまだ金を稼ぐつもりだし、色々とやってみたいことや見てみたいものだってある。ミミの宇宙グルメ旅はまだ志半ばだし、俺だって理想の炭酸飲料を見つけ出していない。エルマだって俺への借金を返していないしな。まぁエルマの借金はもう今更どうでも良いんだけど。
「む……それもそうですね。ごめんなさい」
「そ、そんな、謝るほどのことじゃないですよ」
「いいえ、お気になさらず。しかし、ヒロとクリスティーナ様の話は皇女殿下の心に強く響いたようですね?」
ルシアーダ皇女殿下の謝罪にミミが慌て、エルマが興味深そうにルシアーダ皇女殿下に問いかける。
「だって、まるでホロ小説か何かみたいじゃないですか。爵位の簒奪を目論む叔父に両親を奪われ、宇宙を彷徨った挙句に宙賊に拐われたところを傭兵に助けられて、傭兵に守られながら仇を取って、最後は悲恋に終わるなんて」
「皇女殿下、まだ終わったつもりはないですよ」
「ふふ、そうでしたね。続編は帝都で再会した二人が貴族の陰謀に巻き込まれながら最後にハッピーエンドを迎えるのが良いでしょうか」
ルシアーダ皇女殿下がニコニコとしながら強めの妄想に耽っていらっしゃる。だが、そこでミミから物言いがついた。
「むぅ……皇女殿下、それなら私だって両親を失って失意に暮れていたところを傭兵のヒロ様に助けてもらって、幸せになる所です」
「しかも実は帝国の皇女殿下の生き写しのような姿、って特殊設定持ちよね」
ミミの物言いにエルマも乗っかっていく。よし、これは話を逸らすチャンスだな。乗るしかない、このビッグウェーブに!
「それを言ったらエルマだってセレスティア様をモデルにしたホロ小説に憧れた貴族の女の子が、自由を求めて憧れのセレスティア様と同じ道を歩んでいくっていう正にホロ小説そのものの人生だろ」
「その末にポカをやらかしてアンタの船に乗ることになったけどね」
「そこからは第二章ってところだな」
「むむむ……確かにミミさんやエルマさんのお話もホロ小説やホロ映画になりそうな感じですね……そしてその中心にヒロ様がいると」
「ヒロ様は……色々と特別ですから」
「アレイン星系で出会ったショーコ先生ともなんだかちょっと良い感じだったわよね。ティーナとウィスカもヒロのことを慕ってるし」
四対――いや、少し離れたところで待機しているメイも含めると五対の瞳がじっと俺を見つめてくる。
「……女誑しなんですね」
そのつもりはございません。ございませんのでその責めるような視線をやめてくださいお願いします。
「……ヒロ様ですから」
おいミミ、諦めるな。色々と諦めるな。
「……特殊な事態を引き寄せる体質ではあるわよね」
人のことトラブルメーカーみたいに言うの止めないか? 最近本当にそんな気がしてきて笑い事じゃないんだが。
「……つまり私達の出会いは特別だったということですね!」
クリスはポジティブ過ぎる! まぁ、この広い宇宙でクリスの入っていたコールドスリープポッドが無事に宙賊に回収されて、更にクリシュナで宙賊艦を撃破しても傷一つ無かったのは確かに運命的だとは思うけど。
「さーて、ちょっと近衛兵のところで身体を動かしてこようかなー?」
「今度はイゾルデですか」
「ヒロ様……」
「そのうち刺されるわよ」
「……近衛兵が相手だと洒落になりませんね」
そういうんじゃねぇから! ただこの場から逃げたいだけだから!
創作意欲を刺激されるルシアーダ皇女殿下_(:3」∠)_