#188 御前試合:白兵戦の部
ぽんぽんぺいん……_(:3」∠)_
三日経って白兵戦の部の朝が来た。この三日間は実に穏やかな三日間――ではなかった。
『我が名はシュンジ・ガイデン! 貴殿に手合わせを申し込みたい!』
『我が名はホワイトローズ! 貴殿に決闘を申し込む! 模擬試合でも構わない!』
『ヒロ殿、訓練をしよう! 近衛騎士達が待っているぞ!』
トーナメントに参加していなかった白刃主義者やら、白いマスクに薔薇モチーフの白い衣装を着込んだ不審者やら、残念美人な女近衛騎士やらが俺のもとに押しかけてきて剣の試合やら勝負やら訓練やら何やらと五月蝿いことこの上なかった。白兵戦の部に備えるために忙しいって言ってんだろォン!?
というか衛兵! もしくは近衛兵! その白い不審者はつまみ出せよ! 何やってんだよ!
『いや、ミヒャエル――ホワイトローズ殿は身元ははっきりしている方だから』
正体バレてるのかよ、ホワイトローズ。
『聞かなかったことにしてくれ。彼は謎の剣士ホワイトローズだ。グライゼス公爵家とは何の関係もない。良いな?』
ああ、なるほど。公爵家のボンボンがバレバレのコスプレをしているけど誰もツッコまないというか、ツッコめないんだな。
『基本的に悪いことをする方ではないから……というか、独自の情報網を使って悪いことをする貴族をとっちめたりするから、どちらかというと本当にヒーローなんだ。とんでもないことをやらかして我々が尻拭いをすることも稀にあるのが玉に瑕だが』
なるほど。たまにうっかりをやらかす御老公みたいなポジションなわけか。公爵なら権力もあるものな。ちなみにホワイトローズは遅れて現れたメイドロイドに当身を食らって気絶させられ、連れて行かれた。メイとはまた違った趣きのクール系メイドロイドだった。ホワイトローズとは良い友達になれる気がする。
そんな奴らを適当にあしらいながら俺は白兵戦の部に備えて準備を進めた。これが意外と面倒で、事前にどんなものを持ち込むかリストを作って提出しなければならないのが只管に面倒であった。
まぁ、やるからには自重なしで行くつもりだからね。申請するものがどうしても多くなる。太っ腹なことに、グレネードや弾薬、エネルギーパックなどの消耗品に関しては使った分は主催の帝室が費用を負担してくれるらしいからな。請求書の額であのファッキンエンペラーに一泡吹かせてやるぜ!
いや無理だな。うん、無理だ。白兵戦用の消耗品なんてどんなに使っても大した額にはならないからな。どんなに使っても数万エネルがいいところだろう。まぁ、余計なことは考えずにやるべきことをやっていくとしよう。
☆★☆
「ヒロ様、大丈夫ですか?」
ミミがそう言いながら心配そうに隣から俺の顔を見上げてくる。
ここはトーナメント会場となる件の訓練施設である。トーナメントのために急遽多数の観客席などが設営されており、その様相はまるでスタジアムか何かのようになっている。
本来は軍の訓練施設でイベントなどを行うことはないので、当然観客席などというものは存在しない。存在しないのだが、今回のトーナメントのために訓練施設のバトルフィールド生成能力を利用して観客席を急遽作ったのだと言うのだから流石宇宙帝国はやることのスケールが違うな。
「ああ、大丈夫。この三日間に思いを馳せていただけだから」
「あはは……大変でしたね」
そう言って苦笑いするミミはミミで毎日のようにルシアーダ皇女殿下にお茶会に誘われて大変だったみたいだけどな。俺は今日の準備やら押しかけてきた馬鹿どもの相手やらで大変だったからあまりお茶会の様子を見ることはできなかったが、順調に仲良くなっているようではあった。
ちなみにエルマは俺達三人の中で一番のんびりと過ごしていた。静かにお茶を飲みながらタブレット端末で読書をしたり、ミミに付き合ってルシアーダ皇女殿下とのお茶会に参加したりしていたようである。
「怪我をすることは無いと思うけど、気をつけなさいよ」
「わかった。十分に注意する」
相手は戦闘ボットという話だからな。場合によっては動力源のエネルギーセルが爆発するかもしれないから、確かに注意は必要だ。武装に関しては参加者が怪我をしないように訓練用のものが装備されているらしいから、そっちは心配無さそうだけど。
「じゃあ、行ってくる。行くぞ、メイ」
「はい、ご主人様」
俺はメイを引き連れて待機場所となっている個室の観客席を出――ようとしてエルマに止められた。
「ちょっと待ちなさい、なんでメイを連れて行くのよ?」
「え? だって俺の装備だし」
「は?」
「えっ?」
エルマとミミが目を丸くして驚きの声を上げた。
☆★☆
「さぁやってまいりました! 御前試合第二トーナメント、白兵戦の部です! ルールは先程説明した通り! 選手達は自分達が揃えた装備を使い、過酷なバトルフィールドを突破していきます! もちろん、迂闊な行動は死亡判定となり、そこで挑戦者のチャレンジは終了となります。両者ともに死亡判定が出た場合、その時点で両者が獲得したスコアによって勝敗が決されます!」
アナウンサーのよく通る声が観客席を備えた訓練施設内に響き渡り、観客達――概ね貴族の筈だ――の歓声が巻き起こる。そんな中、俺は自前のパワーアーマーを装着してメイと一緒に他の参加者達に混ざって訓練施設で待機していた。
今回の俺の装備はパワーアーマーのRIKISHI mk-Ⅲと両手のハチェットガン。そして背部の武器マウントには追加武装のプラズマグレネードランチャーを装備している。これはパワーアーマーの照準システムを使って発射するオートグレネードランチャーで、装填されているのは超高熱のプラズマ爆発を起こすプラズマグレーネードだ。大抵の障害物はこいつで破壊できる。
その他にもRIKISHIには肩部レーザーガンなど多数の固定武装も装備されているし、今回初お披露目のハチェットガンは近接戦闘もこなせるレーザーショットガンだ。
「さぁ、注目のキャプテン・ヒロですが……なんだか悪そう――威圧的な外見のパワーアーマーですね」
「ふむ、見たことのない機種ですね。重装甲のパワータイプ、恐らく対パワーアーマー戦にも対応しているタイプでしょう」
「なるほど、そして何故かメイドロイドを連れているようですが」
「手元の資料によると、三日前に彼からメイドロイドを装備として持ち込むことは可能かとトーナメント運営に問い合わせがあり、協議の結果特に退ける合理的理由もないということで認められたそうです」
「なるほど、しかしメイドロイドというのは基本的に戦闘を目的としたものではないと思うのですが……彼女はなんだか凄そうな武器を持っていますね」
メイが手にしているのは整備士姉妹によって改造されたレーザーランチャーである。具体的には、メイがレーザーランチャーで敵を思い切りぶん殴っても大丈夫なようにちょっと凶悪な見た目の外装を取り付けたものだ。重量は倍ほどにもなってしまったが、メイが扱う分には問題はない。当然ながら、今回のトーナメント参加中は取り付けられていたリミッターも解除されている。
「そのようですね。彼の船には女性クルーが多いという話なので、護衛もこなせるようにカスタマイズされているのかもしれません」
「なるほど……しかしそれならば戦闘ボットを投入したいと考える参加者もいるのではないでしょうか?」
「戦闘ボットの投入はルールで禁止されていますので。キャプテン・ヒロは上手くルールの穴を突きましたね」
解説の軍人らしき男がそう言って苦笑いを浮かべる。まぁ、メイはカスタマイズの結果本体価格が47万エネル、その他オプションや装備も含めるともっと高い。ぶっちゃけ、同じ金額で戦闘ボットを買えばもっと数を揃えられるだろう。性能面でメイを軽く凌駕する機体だって買えるんじゃないだろうか。本来身の回りの世話や愛玩用途で購入されるメイドロイドにここまで金をかけるのは酔狂の域を軽く通り越しているのかもしれない。
「俺は後悔してないけどな」
「ご主人様?」
「いや、なんでもない。思う存分力を振るってくれ」
「はい、お任せください」
☆★☆
「はぁっ!」
両手のハチェットガンを乱射し、通路に展開している戦闘ボットを拡散レーザーで掃討する。
「うっしゃー!」
突然通路脇から飛び出してきた戦闘ボットにハチェットガンを叩きつけ、粉砕する。メイも改造されたレーザーランチャーを豪快に振り回し、戦闘ボットを粉砕している。本当に大丈夫なのか、それ。中身壊れてない?
「メイ、目標は?」
「壁二枚向こうです」
「了解」
プラズマグレネードランチャーで壁を吹き飛ばし、内部へと突入して両手のハチェットガンと両肩のレーザーガン、それにメイの持つレーザーランチャーから放たれたレーザーが部屋の中で待ち構えていた戦闘ボット達を薙ぎ払う。本来の入り口ではない場所から突入してきた俺達への対応が一瞬遅れたな。この一瞬が勝敗を分けるんだ。
「キャプテン・ヒロがゴォール! 対戦者はまだステージ2の途中です! おっと、リタイアです。ここからの逆転は不可能と見たのでしょうか」
「そうでしょうね。このルールでは道中でスコアを稼ぐよりも、素早く攻略した方がスコア的に大幅に有利になります。拙速さを重視するあまりに死亡判定を受けると厳しいことになりますが、死亡判定を受けずに圧倒的な速度差で先にゴールすれば逆転はほぼ不可能です。それで潔く負けを認めたのでしょう」
アナウンサーと解説の軍人が一連の流れを解説する。
「しかしキャプテン・ヒロは手際が良いですね」
「あのメイドロイドや強力なパワーアーマーの能力もあるのでしょうが、それ以上に相当な訓練を積んでいますね。位置取りは的確で、状況に対する戦術的な判断にも迷いがありません。彼は帝国航宙軍の海兵としても上手くやっていけますよ。是非うちの部隊に欲しいですね」
勘弁してくれ。ガチムチマッチョの海兵に混じって白兵戦の日々とか絶対に御免だ。
終始こんな感じで俺は白兵戦の部でも優勝した。うん、やっぱりメイは反則気味だったな。
☆★☆
「貴方は騎士としても兵士としても優秀なのですね」
「えぇ、まぁ……お褒め頂き光栄です」
白兵戦の部でも優秀したその日の夕食はいつもの三人での夕食ではなく、ルシアーダ皇女殿下とサシでの夕食だった。正確に言えば、ルシアーダ皇女殿下との会食に俺だけがお呼ばれしたという形だな。
トーナメントが終わった後に急に近衛兵がやってきて「此度の褒美として我が孫娘との会食を許可する」という皇帝陛下からの大変ありがたいお言葉を伝えられたのである。
断ったらマズいかな? とエルマとメイに聞いたらマズいので諦めて行けと言われた。それでこんな状況であるわけだが。
「それにしても今日もルシアーダ皇女殿下はお美していらっしゃる……とか言うべき所かね?」
実際、ルシアーダ皇女殿下は皇女に相応しいドレスと装飾品を身に着けており、薄く化粧もされていて非常に美しい。可愛らしいというよりも美しいとか綺麗という表現がしっくりくるな。ミミだとどう頑張っても可愛くしかならないので、やはりこれは持って生まれた気品とか細かい所作があってのものなのだろう。
「ありがとうございます、とお返ししておきます」
「そういうおべっかは聞き飽きてるって表情だ」
俺の軽口にルシアーダ皇女殿下はただ微笑んで見せる。なるほどねぇ。
「それでここだけの話、今回の会食の仕掛け人はルシアーダ皇女殿下だったりします?」
「どうしてそう思うのですか?」
「ご無礼を承知で言いますと、派手好きの皇帝陛下にしては褒美として取らせるには内容が落ち着いているんじゃないかと」
あの皇帝陛下ならもっとド派手で俺が迷惑に思うような贈り物をしてきそうだからな。どこかの居住可能な未開拓惑星の所有権をポンと渡してきたりとか。いやマジでありそうだな。やめてくれよホント。
「私との会食は地味ですか」
「そうは申し上げておりませぬ。あと、そうやって頬を膨らませられるととても可愛いので勘弁してください」
不満そうにぷくっ、と頬を膨らませると美しいとか綺麗という印象が一気に可愛らしいものに変わる。すました表情を崩すと本当にミミにそっくりだな。
「貴方とはゆっくり話す機会がなかったので、陛下に機会を作ってくださるようお願いしたのです。貴方はお気に召さなかったようで残念ですが」
「拗ねないでください、別にお気に召さなかったとかそういうことじゃないですから」
「本当ですか? ですが、キャプテン・ヒロ。貴方は私を避けていますよね?」
「……あー」
きゅっと眉間に皺を寄せたルシアーダ皇女殿下にそう言われてしまい、目を逸らす。
「それはですね、ルシアーダ皇女殿下があまりにミミに似すぎているもので……何かの拍子に許されざる無礼でも働いてしまっては困りますから距離を取っていたわけです、はい」
「どういうことですか?」
「つまり、そういう風に眉間にきゅっと力を入れたりされますとですね、思わずごめんごめんと言いながら頭を撫でてしまったりしそうなので……あと敬語が苦手なので」
無論、人並みに丁寧な言葉遣いはできる。人並みに。ただ、相手が宇宙帝国のお姫様となると流石に不安だ。言葉遣い一つで近衛騎士に剣を抜かれたりしても困るので、できるだけ近寄らないようにしていたのである。
「私は貴方ともお話がしたいのです。言葉遣いに関しては気にする必要はありません。貴族相手ならともかく、貴方のような傭兵やミミさんのような普通の女の子に仰々しい言葉遣いを強いたりは致しませんし、周りの者にも何も言わせません」
「それはどうも」
そうは言うがな、皇女殿下。俺はもう貴女に対する言葉遣いの件で既に変なやつに絡まれたんだよ。これで警戒するなと言う方が無理があると思うぞ。
「とりあえず、王女殿下に何か隔意があるわけではありませんから。どちらかと言うと自分の身を守るための致し方ない行動というか、俺なりに身をわきまえていたわけです」
「では、今後はそういった気遣いは不要です。言葉遣いに関してもミミさんやエルマさんに接するのと同じように接してくださって結構です」
「……信じますよ?」
こちらに鋭い視線を向けている女性近衛騎士にチラリと視線を向けながら確認する。女性近衛騎士――今日はイゾルデはいないようだ――の視線が更に鋭くなったが、皇女殿下直々に許しが出たので俺は気にしないことにした。
「ええ、信じてください」
そう言ってルシアーダ皇女殿下が俺を睨んでいた女性近衛騎士に視線を向けると、女性近衛騎士はスッと視線を逸らした。流石の皇族パワーである。
「それじゃあ失礼して……どんな話をお望みで?」
「それでは結晶生命体との戦いの件を貴方の言葉で最初から聞かせてください」
「OK。でも俺は吟遊詩人でもなんでもないんで、話の出来に期待はしないでくださいよ?」
「ダメです、期待します」
「えぇ……厳しいなぁ」
にっこりと微笑みながら容赦のない事を言うルシアーダ皇女殿下に、俺は頭を掻いて見せながら結晶戦役について話し始めるのだった。
力こそパワーで暴れるだけなのでサッと流すよ!_(:3」∠)_