#185 Damn ... kill it!
くっころは女騎士の伝統芸_(:3」∠)_
「そうなのですね」
「そうなんですよ! ヒロ様は――」
同じ顔をした二人の少女が俺達に与えられた客間の同じテーブルに着き、楽しそうにお喋りしている。うん、つまりその二人とはミミとルシアーダ皇女殿下なのだが。
「見事に意気投合してるな」
帝城に逗留することを許されたその翌日、朝食を終えたタイミングでお付きの人々を連れたルシアーダ皇女殿下が部屋を訪ねてきた。どうやら彼女は自分と似た容姿を持つミミに興味を惹かれたらしい。
最初はミミの方が緊張してガチガチになっていたが、皇女殿下の話術か、生まれ持ってのカリスマの為す業か、それとも魂の波長めいたものが合致したのか、ミミはすぐにルシアーダ皇女殿下と打ち解けて楽しそうにおしゃべりをし始めた。
「そうね……まぁ、微笑ましい光景じゃない?」
エルマがそう言ってすました顔で静かにティーカップを口に運ぶ。
「まぁ、そうね」
穏やかで上品な笑みを浮かべるルシアーダ皇女殿下と無邪気な笑みを浮かべるミミを見比べながら俺は頷く。こうして見ると目鼻立ちが本当に似ているというか、まるで鏡写しのようだな。声もそっくりだし。同じ服を着て同じ髪型にしたら普通の人には見分けがつかないんじゃないだろうか?
俺? 俺は見分けがつくよ。おっぱいの大きさが違うからね。
「痛い」
「不敬よ、不敬」
俺の視線に気がついたのか、同じソファに隣り合って座っているエルマが俺の脇腹を抓ってくる。ついでに部屋の隅に控えているルシアーダ皇女殿下のお付きの侍女や、女性近衛騎士達からも厳しい視線が飛んでくる。部屋の中にあってたった一人の男である俺の立場はとても弱い。
「……メイ、ちょっと付き合ってくれ。身体を動かしに行こう」
「はい。かしこまりました、ご主人様」
そんな俺とメイのやり取りを見てルシアーダ皇女殿下の侍女と女性近衛騎士達がスッと目を細める。まるで汚物を見るような目だ。皆さんエルマやミミに勝るとも劣らない美人さんなので、とても迫力がある。何かに目覚めそうだ。
ちなみに君達がどんな想像をしているのかはなんとなく察しが付くけど、違うからね?
「近衛騎士様方、剣術の修練ができるような施設はございますでしょうか。できればそちらをお借りして剣術の修練をしたいのですが」
「……なるほど。そのメイドロイドは戦闘系の機能を持っているのですね?」
「お察しの通りで。リミッターが掛かっていなかったらパワーアーマーを着た兵士より強いですよ」
「ほう……ああ、なるほど。護衛ですか」
納得したようにそう言って女近衛騎士がチラリとミミに視線を向ける。彼女から見てもミミは荒事が得意には見えないのだろう。まったくもってその通りで、ミミの戦闘能力はやっとレーザーガンを目を瞑らずに撃てるようになった程度である。訓練用のターゲットに。人間に向かっては多分撃てないだろうな。
「それで、場所をお借りすることは可能でしょうか?」
「良いでしょう、案内します。リシェル、アイナ、ここを任せます」
「「ハッ!」」
三人いる女性近衛騎士のうちの一人が俺とメイを案内してくれることになったらしい。他の二人を呼び捨てにしていたし、こう言っちゃなんだけど態度もそれなりなので多分近衛騎士の中でも部下を持つレベルで偉い人なのだろう。
「ついてきなさい」
「はい」
俺とメイは素直に彼女の言葉に従って彼女の後について客室を辞し、荘厳な廊下を歩き始めた。少し歩いたところで女性近衛騎士が口を開く。
「あのお方……ミミ様はとても朗らかなお心をお持ちですね。あの方と皇女殿下が楽しそうに談笑されているのを見ると、心が温かくなります」
「ミミはいい子だからな」
「そうですね。だから貴方のような男に引っかかってしまうのでしょうか」
「ワァオ、辛辣ぅ」
ギロリと睨みつけてくる近衛騎士さんにおどけてみせる。
「言うほど悪い男じゃないと思うんだけどなぁ、俺」
「ミミ様だけでなく、ウィルローズ子爵令嬢まで毒牙にかけてですか? 他にも二人ほど女性を船に囲っているそうですね?」
「やだこわい、なんで知ってるの? でもあっちの二人には手は出してないし。二人とも可愛いとは思うんだけど、流石にあの二人に手を出すのは絵面が犯罪だよなぁって」
「ミミ様には手を出しているのにですか?」
「ミミと俺との間には複雑な事情があるのです」
元の世界ならアウトだが、この世界ではセーフ。ミミはしっかりこの世界での成人年齢を迎えているからね。あとまぁ、そうしないといけない理由もあったわけだし。メンタル的な意味で。
「複雑な事情とは?」
「そこまで話す理由がないなぁ……ああ、そうだ。近衛兵様は明後日の白刃戦の部には出るので?」
「いいえ、それがどうかしましたか?」
「じゃあ剣術の訓練に付き合ってください。俺に勝てたら話すってことで一つ」
そう言うと、近衛騎士さんは驚いたように目を見開いた後、とても嬉しそうに目を細めた。
「それは良いですね。剣で決するというのは実に良い。私は貴方を見くびっていたかもしれません」
あ、これはアレですね。この人、美人で言葉遣いは優雅だけど頭の中がマッスルな人だ。
☆★☆
「くっ、殺せ!」
凡そ三十分後、女性近衛騎士さん――イゾルデさんは恥辱に塗れた表情でそうのたまった。
「いや殺さないし」
大小一組の模擬剣を手にした俺は困惑しながらそう言い返す。
いやね、あれから近衛騎士達の修練場を借りてイゾルデさんに模擬戦を申し込んだんだが、あっさりと勝ってしまったのだ。俺も勿論驚いたが、イゾルデさん本人と修練場を使っていた他の近衛騎士達はそれ以上に驚いていた。
「も、もう一回!」
「おーけい」
くっころ近衛騎士ことイゾルデさんが俺に弾き飛ばされた模擬剣を拾い上げ、再び挑みかかってくる。近衛騎士を務めるだけあってイゾルデさんの動きは非常に機敏で力強く、剣筋も鋭いのだろう。
「はぁっ!」
物凄い勢いでイゾルデさんが模擬剣――丈夫で重いプラスチックのような素材でできた剣だ――を振りかぶって斬りかかってくるが、その動きは俺には遅く見える。別に息を止めて例の謎能力を発動させているわけではない。目がメイの動きに慣れてしまっているのだ。
「よっ」
「ぬぅっ!?」
イゾルデさんの動きは速い。速いが、メイほどには速くないし、パワーも無い。また、メイと違って放つ斬撃は正確無比とは言い難く、隙も多い。
「あぁっ!?」
剣を持つその手に剣を打ち込み、武器を取り落とさせる。拾われては敵わないのですぐさま剣を走らせてイゾルデさんを斬り捨て、死亡判定に持ち込む。
すると修練場にブーッ! とブザーが鳴り響き、イゾルデさんに死亡判定が下された。これで既に四回連続である。
「くぅっ……殺せ!」
「いや、判定上は上半身を真っ二つにされて死んでますけど」
この修練場には模擬剣を使って実戦さながらの試合をすることができる高度な訓練設備が設置されていた。専用のヘッドギアを装着して模擬剣で斬り合うと、ダメージが自動計測されて身体に相応のペナルティがかかるのだ。
例えば右腕を斬られれば右腕が麻痺して使えなくなり、脚が斬られれば動けなくなって倒れることになり、指を斬られればその指が力を失って剣を掴んでいられなくなる。そして致命傷を受けると今のようにブザーが鳴り響き、死亡判定が下される。どういう仕組みかはまったくわからん。壁とか天井とか床とかになんかセンサーでも配置されてるのかね?
「あのイゾルデがまるで子供扱いだぞ」
「そう、だな……いや、だがそんなことあり得るか?」
「イゾルデ、手加減は無用だ。本気を出せ」
「最初はともかく、二度目からは本気だ!」
イゾルデさんが立ち上がり、再び剣を手にとって構える。まだまだやるつもりらしい。
「行くぞっ!」
「どうぞ」
イゾルデさんが気迫を漲らせてまた打ちかかってくる。シンプルかつ強力な袈裟斬りだ。踏み込みも、剣速も申し分ないのだろう。ふむ、受けに回ってみるか。
俺は腰を落とし、イゾルデさんの攻撃をひたすら受け流のに専念することにした。イゾルデさんは近衛騎士の中でも一目置かれる使い手のようだし、近衛騎士の正式な剣術の技を学ぶ良い機会だろう。
「はっ! やぁっ! ぜぇぃ!」
嵐のように襲いかかってくるイゾルデさんの斬撃を弾き、受け流し、躱す。その斬撃は一撃一撃が重く鋭く、恐らく致命的だ。これが真剣同士での斬り合いであったなら、激しく火花が散っていたことだろう。
「遅いな」
「何っ!?」
だが、やはり遅い。軽い。メイの攻撃に比べると圧倒的に。メイの攻撃をこのようにまともに受ければ防御ごと吹き飛ばされるし、受け流しても一撃か二撃で手が痺れて使い物にならなくなる。それに比べれば彼女の斬撃はそよ風のようなものだ。
「やぁっ!」
裂帛の気合とともに放たれた鋭い刺突を左手の剣でいなし、外側に弾きながら左足を引く――と同時にカウンターで右手の剣を突き出し、イゾルデさんの胸を突いた。身体を捻ってイゾルデさんはそれを躱したが、その時には既に俺は一瞬前に引いていた左足を鋭く踏み込み、イゾルデさんの剣をいなした左手の剣でイゾルデさんの右首筋を刈り取っていた。
「ぐぬぬぬ……!」
ブーッ、とブザーが鳴り響き、イゾルデさんに死亡判定が出る。これが真剣ならイゾルデさんは首がポポポーンしてるところだな。
「どこの流派だ……?」
「ジオス派に似たような技があったと思うが、歩法と防御の技は別のものだな」
「私も一手お願いしようか」
「イゾルデの仇を取らせてもらう」
俺とイゾルデさんの模擬戦を見ていた近衛騎士達が続々と参戦を表明し始める。訓練相手には困らなさそうだな、これは。