#184 御前試合開催のお知らせ
遅れました!!(´゜ω゜`)(ゆるして
「ちくしょう……」
「陛下直々の勅ですから……」
「もう諦めなさいよ……」
嘆く俺をエルマとミミが左右から宥める。
ファッキン皇帝陛下の『皆でキャプテン・ヒロと決闘しよう! ドキドキ☆御前試合』開催宣言から一時間後。俺達は皇帝陛下の『ご厚意』によって帝城にある賓客用の部屋に滞在を許されることとなり、今は豪華で座り心地の良いソファに腰を落ち着けていた。
「何がご厚意だよ! 単に逃げられないように軟禁してるだけじゃねぇか!」
「ヒロ様! しーっ! しーっ!」
「どこで誰が聞いてるかわかんないんだから滅多なことを言うんじゃないわよ……」
ミミが慌てて俺の口を塞ごうとし、エルマが疲労感を隠そうともしていない投げやりな態度で注意してくる。どこで誰ってお前、ここは普通の個室――つまり盗聴や監視の恐れがあるということか? なるほど。賓客用の部屋だからってそういったものが仕掛けられていない保証はないよな。そもそも、ここが賓客用の部屋なのか、それとも他の用途の部屋なのかも俺達にはわからないわけだし。
「とにかくいつもの服装に戻りたい……」
俺は首元を締め付けていたネクタイを緩め、溜息を吐いた。クリスが用意してくれたこの服は間違いなく上等な紳士服なのだろうが、いつもの傭兵服に比べればどうにも堅苦しい感じがしていけない。
「私もです……」
「昔はこれが普通だったんだけどね……」
ミミとエルマも上等なドレスや装飾品を身に着けているのだが、やはりいつもの格好の方が気楽らしい。二人とも身を飾っていた装飾品を外し、慎重にソファ脇のサイドテーブルに置いたりしている。
メイには俺達の服などを取りにクリシュナへと行ってもらっている。本当は俺も行こうとしたのだが、他ならぬメイ自身に二人の傍にいるようにと言われたのだ。ミミとエルマを心配しての発言なのか、それとも疲れている俺を休ませようと思っての発言なのかはよくわからない。
「どう思う?」
「どう思うって、何が?」
「皇帝陛下の意図だよ。なんで御前試合なんて開こうと思ったのか、俺達を帝城に留まらせようと思ったのか。俺にはサッパリわからん」
俺の発した疑問にエルマが暫し考え込む。
「御前試合については本当にヒロの実力がどんなものなのか確かめたいだけじゃないかしら。驚くほどの短期間でブロンズランクからプラチナランクに駆け上がった新進気鋭の傭兵の実力をね」
「なるほど? 滅茶苦茶いい迷惑だな」
「だからやめなさいって……あと、帝城に留まらせたのはヒロを逃さないようにするのもあるだろうけど、厄介ごとから守るためでもあるんじゃない? ほら、セレモニーが終わった瞬間に絡まれたでしょう?」
「ああ、えーと……ナントカ卿ね。はいはい覚えてる」
「覚えてないじゃない……クライアス男爵よ。ここにいればああいった手合いから絡まれることは無くなるわ。それに、御前試合で貴方が実力を示せば今後絡まれることも少なくなるでしょう」
「なるほど、十分に配慮されていると」
「まぁその……万が一にもヒロを逃さないためってのもあると思うけど」
「ですよねー」
別に軟禁されなくても逃げやしないけどさ。大々的に俺の実力を計るため御前試合をやるぞとアナウンスされた上で逃げ出したりしたら俺の面子は丸潰れだ。ついでに御前試合を主催した皇帝の面子も、ゴールドスター受勲を働きかけた帝国航宙軍の面子も、俺をプラチナランクに昇格させた傭兵ギルドの面子も丸潰れである。皇帝と帝国航宙軍、そして傭兵ギルドの面子を潰してこの先傭兵としてやっていけるだろうか? 無理に決まっている。
だから、皇帝陛下の名の下に御前試合を開催するという勅が発された時点で御前試合から逃げるという手は実質的には打てないわけだ。
「しかし御前試合ねぇ……どういう形式になるんだ? まさか集まってきた腕利き全員と俺が戦うことになるのか?」
正直勘弁願いたいんだが。
「というか、どういう形式で戦うんだ。まさか剣で戦うなんてことはないだろうな」
「それもあるかもね。それだけでなくレーザーガンやパワーアーマーを使った白兵戦とか、船を使った戦闘とかもさせられるんじゃないかしら」
「なんだその地獄のトライアスロンは……」
剣を使った白刃戦、レーザーガンやパワーアーマーを用いた白兵戦、船を使った宙間戦闘、それ全部やるの? 俺が? マ? 前言撤回して今すぐ逃げ出したいんだが?
☆★☆
一度やると決めると帝国の対応は実に迅速であった。皇帝が勅を発した一時間後――俺達が賓客用の客室でくつろぎ始めた頃だ――には内務府が計画骨子の作成を終え、それから三時間後には各所への根回しが済み、更に二時間後には実施が大々的に発表された。
ゴールドスターの傭兵『クレイジー』ヒロに挑む御前試合の準備は着々と進んだ。これは皇帝陛下直々の勅令によるものだと広く伝えられた。傭兵ヒロを下し、勝利をその手に掴めば十分な褒賞が与えられるとも発表され、多くの騎士、軍人、貴族、それに傭兵がこぞって御前試合への参加を申し込む事となった。
「申し込み人数が既に三百人を超えているんだが?」
この全員と戦うの? 俺死ぬよ?
セレモニーの翌日。ミミのタブレットを借りて御前試合関連のニュースを読みながら俺は心中で弱音を吐いた。どっからこんなに沸いてきたんだよこの三百人もの暇人達は。
「流石に全員と戦えってことはないと思うわよ。それこそ参加者の中でトーナメント形式で戦って、人数を絞ったりするんじゃない?」
「そもそもそのトーナメントにヒロ様が組み込まれるかも……?」
「いや、それだと俺が途中敗退したら俺に挑むっていう趣旨が損なわれるんじゃないか? いや、あの皇帝陛下のことだから、やりかねんな……」
まさか途中で敗退する無様を晒すようなことはあるまいな? とか言って。
え? 俺の中の皇帝陛下が悪意に満ち過ぎているって? そりゃお前、運命に彩りを加えてやろうとか言ってこんな特大級の面倒事を投げつけてくる奴を好意的に見ろって方が無理な話だよ。
あのやろうぜったいにゆるさねぇ。
なお、少し落ち着いた時点でセレナ少佐に連絡を入れて事情を説明したのだが、セレナ少佐に物凄く気の毒そうな顔をされた。
『やっぱり貴方達にはトラブルを吸い寄せる変な力があるのでは?』
俺達三人はセレナ少佐の言葉に何も言い返すことができなかった。悲しいなぁ。
なお、御前試合の開催が決定したことによって、帝国航宙軍の予定も木っ端微塵に吹っ飛んだ。本当は受勲後に帝国航宙軍の広報課の取材――民間の取材ではないのでスペース・ドウェルグ社との優先取材権云々の規定には抵触しない――を受ける予定だったのだ。それだけでなく、帝国航宙軍で採用される次期小型戦闘艦や艦載機のトライアルにも参加する予定だったのだが、そちらもポシャった。
帝国航宙軍からも腕利きが参加するので、俺がトライアルに出て戦闘機動を披露すると、それを見た帝国航宙軍からの参加者に有利に働きかねないから、という理由だ。それを言ったら帝国航宙軍は結晶生命体との戦闘時における俺の戦闘機動のデータを持っているし、セレナ少佐も恐らく対宙賊戦における俺の戦闘データを持っている筈だから、帝国航宙軍が有利なのは今更だと思うのだが。
「はー、不安だ」
「そうなんですか?」
溜息を吐きながらの俺の言葉にミミが首を傾げる。
「船を使った戦闘はともかく、白兵戦や白刃戦は俺が得意なフィールドとは言い難いからなぁ……」
SOLでは白兵戦でも負け無しだったが、こっちの世界で同じようにできるかと言うとあまり自信がなぁ……いや、恐らく同じように動けるとは思うんだが、生身での本格的な白兵戦はまだ一回もしていないし。パワーアーマーを着た状態でなら何回かやったけどな。
「私は大丈夫だと思うけどね……帝都周辺の腕利きに対抗できるかどうかまではわからないけど」
「帝国最強とか銀河最強とかそんな夢は見ていないんだ、俺は。というか俺の本分は船を使った宙間戦闘だっつうの! ついでとばかりに白刃戦と白兵戦を組み込んでるんじゃねぇ!」
「大丈夫です、ご主人様。普段通りの力を発揮なされれば問題ありません」
メイが太鼓判を押してくれるが、そう言うメイに俺はまだまともに勝てていないんですけれど。
まぁ、メイは考えうる限り最高のスペックを持っているメイドロイドだ。その戦闘能力は軍用の戦闘ボットにも迫るという話だし、生身で勝とうと思うこと自体が無謀なのかも知れない。
「しかし、実施の発表から実行まで期間が短すぎやしないか?」
御前試合第一部、白刃戦の部は明後日にも開催されることになっていた。それから三日間かけて第一部を行い、その後第二部の白兵戦の部、それにもまた三日かけ、最後に第三部の宙間戦闘の部を行うというスケジュールになっている。
「剣を使うのは基本お貴族様ですし、参加しようと思えばゲートウェイを使ってすぐに帝都に来られますから。だから告知から開催までの期間が短いんじゃないでしょうか?」
「多分そうでしょうね。白刃主義者も基本は帝都周辺に多いし」
「うげぇ」
本当にうげぇ、という感想しか出てこない。
「……今思ったんだが、白刃戦ってどうやるんだ? まさか真剣で斬り合うわけじゃないよな?」
「流石に真剣ではやらないわよ。刃を潰したレプリカを作って、それで戦うの。勿論、刃は無いけど金属の塊で殴り合うわけだから、当たりどころが悪ければ死ぬわよ」
「やだこわい」
「……いつもメイさんとやっているのと同じじゃないですか?」
「……そう言えばそうだな?」
メイとの訓練でも俺は刃を潰した模擬剣でメイと殴り合っている。まぁ、メイは模擬剣じゃなくて黒い特殊金属の棒で殴ってくるんだけど。そう考えると確かに同じだな。
「気楽にやりなさいよ。いくらゴールドスターとは言っても、流石に傭兵相手に白刃戦でまで強さを証明しろとは陛下も仰らないと思うわ」
「でもそれってつまり、奴は俺がボコられるに違いないと思ってるってことだよな?」
「……」
「……ええと」
エルマが沈黙し、ミミが言葉を失う。ははは、なるほどなるほど。そういうことか。
「よし決めた、ぶっ飛ばす」
OKOK、直接ぶん殴れない分は奴の思惑から只管外れてやることによってその代わりとしてやろうじゃないか。ファッキン皇帝陛下のニヤけ面を思い出しながら俺はそう心に誓うのであった。