#178 ミミの血脈とは?
とりあえず内務府のコーネル氏と侍医のファルケ氏、それに近衛騎士の二人にはお帰りいただいた。近衛騎士の二人はミミの側に侍って御身をお守り致しますと最後まで粘っていたが、今までミミの身の安全を俺が守ってきた実績を盾にし、更にブラックロータスのセキュリティの高さ――シールドを展開すれば基本誰も入ってこれない――を主張し、近衛騎士にも同様にお帰りいただいた。
そして、この場に残っているのは俺の船のクルーとセレナ少佐、そして彼女の副官のロビットソン大尉だけとなった。
「色々と、それはもう色々と言いたいことがあるんだが……まず最初に、なんで今まで気づかなかった? 生粋のお貴族様が」
じろりとセレナ少佐を睨めつけると、彼女はしかめっ面をしながら口を開いた。
「私だって今日の朝のニュースで気づいたのよ。なんだか見覚えのある顔が映っているな、と思ったら貴方のところのクルーと瓜二つなんだもの。朝から紅茶を噴く羽目になったわ」
優雅に紅茶を飲んでいたセレナ少佐がニュースを見て紅茶を噴く光景……是非その場で見たかったな。そうしたら指差して笑ってやったのに。
「いや、その、皇女様? の顔を誰も知らなかったのか? 特に貴族のセレナ少佐とエルマは知っててもおかしくないんじゃないのか?」
「帝室の方々は基本的に五歳式を迎えられてからは成人するまで公の場に姿を現さないのよ……今調べたら、ルシアーダ殿下が十年ぶりにメディアの前に姿を現したのは一週間前のことみたい」
「タイミングぅ……」
「というかそれを言ったら、貴方のところには高性能のメイドロイドがいるでしょう? 貴女は気が付かなかったの?」
セレナ少佐の指摘でメイに視線が集まる。
「恥ずかしながら、ルシアーダ殿下が約十年ぶりにメディアの前に姿を現したというニュースは把握しておりましたが、ここ数日は他の情報処理に追われておりまして、優先度が低く振り分けられておりました」
「他の情報処理?」
「はい。セレモニー前後にご主人様にちょっかいをかけてきそうな貴族のリストアップと、所在や動向の確認、その他諸々といったところです」
「「「あぁ……」」」
それは確かに大変だろうなと俺とミミと整備士姉妹が同時に声を上げる。エルマとセレナ少佐、それにロビットソン大尉は苦笑いを浮かべるだけだったが。
「とにかく、私達が今まで気づけなかったことに関してはどうしようもなかったということがわかりましたね? それよりも、キャプテン・ヒロ、これは貸しにしておきますからね」
「何故にWhy? 俺に落ち度は一切ないんだが?」
何故これが貸しになるのか。俺は即座に遺憾の意を表明する。
「私がいち早く気がついて内務府に連絡し、雑多な手続きに尽力したからこうして迅速かつ秘密裏に事が進んだんですよ? これは立派な貸しでしょう? もし私がそのように動かなかった場合、どれだけの面倒事になっていたと思います?」
「放っておいたら面倒事になったのは間違いないだろうが、俺達も事態を把握したところだったからな。内務府に連絡する伝手はあるし、セレナ少佐が動かなくてもこっちで対処はできた」
実際、クリスから話が回ってきた時点でダレインワルド伯爵家に頼るという方法もあったし、エルマの実家であるウィルローズ子爵家に頼るという方法もあった。特にウィルローズ子爵家は内務府の役人らしいしな。
「とは言え、伝手を使えばそっちに借りができて面倒な事になった可能性もあるか……」
「まぁ、そうね。特にうちに頼った場合に父様や兄様が何を言い出すか」
「クリスの方は……なぁ」
どうもクリスは俺とのあれこれを諦めていない節があるので、頼るといつの間にか雁字搦めにされていた、なんてことになるかもしれないんだよな。それが嫌かというと……うん、まぁ嫌ではないけど、結果として傭兵生活から足を洗う羽目になるのはNGだ。
「そう考えるとここは素直に借りておくのが良いか」
「結果的にはそうかもね」
「それじゃあそういうことで。今回は借りておく。と言ってもまぁ、今までのアレコレを考えるとイーブンくらいか?」
「それは流石にないでしょう。この貸しは大きいですよ」
「なら少し借りってことで」
「ぐぬぬ……」
セレナ少佐が唸るが、それ以上は何も言わない辺りを見ると一応はそれで納得したらしい。
「それにしてもミミがなぁ……血脈を宿してるってのは一体どれくらい遡っての話なんだろうな?」
「見当もつきませんよ……パパとママは本当に普通の人でしたし」
「流石にミミの両親世代で出奔して行方不明になった皇族なんていたら簡単にわかるよな?」
「と、思うけどね。その前の世代、今上皇帝と同世代か更にその上……となると、とても心当たりがあるわね」
「怪しい方が一人いらっしゃるんですよね。今上皇帝の妹君――セレスティア様が……」
エルマとセレナ少佐が同時に心当たりを口にする。今上皇帝の妹君、セレスティア様ね……つまりミミのお婆さんが怪しいわけだ。父方か母方かはわからないけど。
「どういう人だったんだ?」
「……型破りな方ね」
「……破天荒な方ですね」
二人曰く、小さな頃からお転婆で、皇族でありながら冒険に傾倒し、十五歳の成人の儀の直後に密かに用意していた小型戦闘艦で帝都を飛び出し、その後正体を隠したまま傭兵として活躍し、帝室からの追っ手を華麗に翻弄し、最後には帝室の手の及ばない帝国の版図の外にまで飛び出していった――うん、なんだろう。最近似たような話を聞いたな?
「……何よ」
「なんだか聞いたことのある話だなぁって」
「……」
エルマが耳を赤くしながら無言で俺の脇腹を抓ってくる。すごくいたい。なるほど、五年前のエルマさんはそんなお方の影響を受けて星の海へと飛び立ったわけだな?
「いてて……なんか本とか映画とかになってそう」
「そのものずばり、というのは流石に憚られたのかありませんけど、明らかにセレスティア様をモチーフにしている作品は沢山ありますね」
「私も見たことがあります。マクシール星系の冒険の話が好きです」
「えー、メメル星系の傭兵セレスvsサメ型宇宙怪獣のが良かったやろ?」
「なにそれ面白そう」
漂うB級映画臭が凄い。というか、サメ型宇宙怪獣なんているのか。やはりサメは宇宙にも存在する……頭が三つになったり空を飛んだりするんだから宇宙にいたってなんらおかしくないよな。いや、そういうのはもうあった気がするな? まぁいいか。
「とにかく、可能性があるとすれば直近ではその冒険大好きな今上皇帝の妹君というわけか。今上皇帝の孫に当たる皇女殿下とミミが似ているとなると、可能性は低くはなさそうだなぁ」
「それ以外となると、かなり遡ることになりそうだけどね。でも……」
「……?」
俺とエルマに視線を向けられたミミが首を傾げる。
「そうだとして、何故ミミはあの状態で放置されてたんだろうな。本当に俺とエルマがあの時偶然通りかからなかったら酷いことになってたよな」
「それよね」
そう、そこが不可解なのだ。いくら帝室から飛び出して傭兵となったとはいえ、皇族は皇族だろう。秘密裏に監視というか、保護されそうなものだが。
「セレスティア様がよほど上手く潜ったということでしょう。血筋を隠し、イリーガルな手段を使って帝国人のIDを偽造し、市井に紛れたのかもしれません」
「偽造なんてできるのか?」
「帝国軍人としては認めたくはありませんが、手段はあるようですね。人の作るものに完璧なものなど存在しないというわけです」
セレナ少佐がそう言って苦虫を噛み潰したような顔をする。なるほど、あるのか。まぁ、話を聞く限り相当なやり手だったという話だし、そういう伝手もあったのかね? いや、別にミミのお婆さんがセレスティア様と決まったわけじゃないが。
「なんか考えるのが面倒になってきたな」
「面倒ってあのね……」
「だってなるようにしかならないだろう? 方針は今まで通りの傭兵生活を続ける、全員で。これに尽きるわけだし。そのためには大小を問わず立ちはだかるものを薙ぎ倒し、受け流していく。とりあえず目下の問題はセレモニーだが、必要な者は揃ってるし、手続きはセレナ少佐がしてくれてる。ミミのアレコレに関してはあっちの動き待ちだし」
そう言いながら俺はミミの手を引いて休憩室のソファに座らせ、俺もその隣に座った。
「ミミもエルマも勝手にどこかに連れては行かせない。相手が誰であってもな。ただそれだけだ」
「それ解釈のしようによっては重いなー」
「お姉ちゃん、そこで茶化すのはどうかと思うよ」
「ミミとエルマが本当に心から望んで出ていくなら涙を呑んで見送る……いや引き止めるわ。捨てないでくれって泣きつくかもしれん」
そう言って目元を拭う真似をすると、ティーナは笑い、ウィスカは控えめに笑い、エルマは苦笑いを浮かべ、そしてミミは――。
「大丈夫です! ヒロ様とは絶対に離れません!」
そう言って横から抱きついてきた。うむ、流石はミミだな。腕に当たるボリュームも心地よい。
「このノリにはついていけそうにないですね」
「ははは」
セレナ少佐とロビットソン大尉は冷めた反応だったが、まぁそんなものだろう。
何にせよ、あちらの動きを待つばかりだ。セレモニーの予定日もそろそろ決まるだろうが、その前には内務府から何かしらの反応があるはずである。
来るなら来いだ。相手になってやるさ。