#177 どうして……(震え声)
「久しぶりだな。何か用事があって帝都に?」
「はい、お祖父様と一緒に帝都で色々とやることがありまして。またヒロ様のお顔が見られて嬉しいです」
「俺もクリスの顔が見られてよかったよ。帝都に来る時には帝国航宙軍と一緒だったから、デクサー星系は素通りだったんだ。少し大人っぽくなったな?」
「そうですか? そう仰ってくださるのは嬉しいですね」
そう言って上品な笑みを浮かべるクリスはやはり記憶の中の彼女よりも大人びて見える。男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言うが、この年頃の女の子はそれ以上なのかもしれないな。
「ミミさんとエルマさんもお久しぶりです。またお会いできて、とても嬉しいです」
「私もです!」
「元気そうで何よりよ」
「そちらのお二人は?」
クリスの視線がティーナとウィスカに向けられる。そう言えば互いに初対面だな。
「こっちの赤いのがティーナ、こっちがその妹のウィスカだ。二人ともスペース・ドウェルグ社っていうシップメーカーから出向という形で俺の船に乗っている。優秀なエンジニアだ。そして彼女はクリスティーナ・ダレインワルド。ダレインワルド伯爵家のご息女で、ティーナ達と会う前にちょっと縁があって暫く一緒に居た子だ。俺たちはクリスって呼んでる」
「クリスティーナ・ダレインワルドです。クリスとお呼びください」
俺に紹介されたクリスがそう言ってホロディスプレイの向こうで軽く会釈する。
「ティーナや……や、あの、です」
「お姉ちゃん……ウィスカです。ウィスカとお呼びください、クリス様」
本物の貴族の子女を前にしてティーナが挙動不審になる。こういう時ウィスカは如才無いな。まぁ、ティーナらしいといえばらしいけど。
と、二人がそう言ったところでクリスがジッとミミを見つめ始めた。
「……やっぱり似ている、というか瓜二つですね」
そしてそんな意味不明な発言をして頷く。うーん? なんだろうな。なんか帝都に来てからというもの、ミミの顔をガン見したり、見て驚いたりする人が多いんだよな。
「似ているって、誰にだ?」
「ええとですね……皆様はルシアーダ皇女殿下のことはご存知……ではないですよね」
「ご存知でないな」
「お名前だけは。確か皇太子殿下のご息女の一人でしたよね?」
「そうね――ああ、そういえばそろそろ成人の儀を迎えられる筈よね? え、ちょっと待って?」
そう言ってエルマは携帯情報端末を取り出し、何か物凄い速度で指を動かし始めた。
「……嘘でしょ?」
エルマが携帯情報端末の画面を見て口をあんぐりと開けて驚いている。エルマが驚きをここまで顕にするのは珍しいな?
「そう言いたくなりますよね? ええと、もしそれを知らずにミミさんがセレモニーに出たりすると、大騒ぎになりそうだなと思って……お祖父様の伝手を使って連絡を入れたんです」
エルマのクリスの言葉を聞きながらミミやティーナ達と一緒にエルマの情報端末の画面を覗くと、そこにはミミが映っていた。髪型やアクセサリ、服装などはミミとは違うものだが、どう見てもこの顔はミミである。いや、おっぱいの大きさはミミの方が上かな?
「えっと……?」
ミミは困惑している。うん、困惑するしかないよな。俺も困惑している。
どうして……? どうしてなんですかね……? エルマの件とマスコミの件をそれなりに上手く捌けたと思っていたのに、どうしてこんなに破茶滅茶が押し寄せてくるんですかね……? どうして。
「他人の空似です、って言えば丸く収まる――なんてことはないよな」
「ないですね」
「ないわね」
「ないやろ」
「ないでしょうね」
「ないんですか……」
クリスとエルマと整備士姉妹が断言し、俺とミミがげんなりする。
「もういっそセレモニーとかぶっちぎってどこか遠くに逃げないか? なんか胃が痛くなってきた気がする」
「それは流石に無理でしょう……顔を潰されたセレナ少佐が銀河の果てまで追いかけてくるわよ」
「やだこわい」
本当に執拗に追いかけてきそうで怖い。今までだって別に意識してないのにやたらと顔を合わせるってのに、これが能動的になったらどうなるんだ? 考えるのも恐ろしいわ。
「ど、どうしましょう? わ、私は紛れもなくちっぽけな平民のコロニストですよ? 帝室の方々と関わりなんてあるわけないです。本当に他人の空似です」
俺よりもミミが物凄く動揺してる。そりゃそうだよな。相手は貴族どころか帝室の直系の皇女だものな。そんな人物と瓜二つとか、厄介ごとの匂いしかしない。影武者というか替え玉として帝室に召し上げられるとか、混乱を避けるために最悪暗殺とかもあり得るんじゃないだろうか。
その前にDNA検査とかゲノム解析とかだろうが、もし検査の結果帝室の血が入っていることが判明したりしたら最悪だな。いや、そうでなくともこれだけ似ていれば絶対に厄介事になる。
「ひ、ひろさまぁ……」
「大丈夫だから。絶対にミミはどこに行かせないから」
どうしたら良いかわからなくなってぽろぽろと涙を零し始めたミミを抱き締めてやる。俺でも思いつくようなことはミミでも思いつくだろう。エルマやクリスはもっと色々展開の予想ができているかもしれない。
「どうしたもんかね、これ」
「そうね……メイ」
「はい」
名前を呼ばれ、一歩退いた場所で待機していたメイが返事をしながら一歩前に出る。
「手続きを頼めるかしら?」
「何なりとお申し付けください」
☆★☆
「しっかしほんと瓜二つやん……ミミ、ほんとに関係無いん?」
クリスとの通信を終え、なんとか泣き止んだミミにティーナが踏み込んでいく。なかなか攻めてくね、お前は。
「無いですよぅ……パパとママはインフラ関係の仕事をしている普通のコロニストでしたし、パパもママもお祖父ちゃんやお祖母ちゃんも普通の人だよって言ってました」
「うーん、ミミさんのお父さんとお母さんがそう言ってたとしても、それが本当かどうかはわからないですよね?」
「まぁ、それはそうだけども。ミミが両親から話を聞いていないとなると、どうにもこうにも手詰まりだよな」
「そうね。でも、多分そろそろよ?」
とエルマが言った次の瞬間、来客を知らせるブザーが休憩室に鳴り響いた。エルマに視線を向けるが、彼女は肩を竦めてみせるばかりだ。埒が明かないので、ホロディスプレイを立ち上げてタラップの様子を表示する。
「げっ」
『げっ、とはなんですか。げっ、とは』
ホロディスプレイの向こうには腕を組んでこちらにジト目を向けるセレナ少佐と彼女の副官であるロビットソン大尉、それになんだか豪華な制服を着た軍人っぽい人々とか白衣の医者か何かっぽい人とかが映っていた。
「何か御用で?」
『しらばっくれない。事情はわかってるでしょう?』
「えー、ぼくわかんなーい」
『それ以上くだらないジョークを言うと酷いですよ』
ホロディスプレイの向こうのセレナ少佐がこめかみに青筋を浮かべる。アレは本気だな。
「OKOK、でも俺が把握していない事情かもしれないし、ちゃんと説明はするべきだと思いますが? その辺りはどうお考えでしょうか、少佐殿?」
『単刀直入に言いましょう。貴方の船のクルーのミミ、彼女が帝室の血を引いている可能性があるので、その真偽を確かめに来ました。こちらは近衛騎士のザイン卿とロレッタ卿、こちらは侍医のファルケ氏、それとこちらが内務府のコーネル氏です』
セレナ少佐に紹介された人々がディスプレイ越しに軽く会釈してくる。そろそろってのはこういうことか。
「結果如何によってはそのままミミを連れて行くつもりか?」
『それは……』
俺の質問にセレナ少佐が言い淀み、近衛騎士や内務府の人に視線を向ける。
「血筋がどうであろうとミミは俺の船のクルーだ。船長である俺が許可しない限りどこにも連れて行かせないし、強行するなら全力で抵抗する。結果がどうあれそのようなことは絶対にしないと約束できないなら船に入れるつもりはない」
俺の言葉を聞いた内務府のコーネル氏と近衛騎士が互いに言葉を交わし、頷き合う。
『私どもと致しましては、もしミミ様が帝室の血脈をその身に宿していらっしゃったとしても、即座にどうこうしようというつもりはございません。まずは確認を取り、その後の対応について検討させて頂きたく存じます』
コーネル氏が丁寧な態度でそう言う。まぁ、そう言うなら良いか? いずれにせよ、避けては通れない問題だ。変に噂が広まって妙な連中が良からぬ動きをし始める前に帝室の庇護下に入った方が良いかもしれない。海千山千の帝都の貴族相手に謀略戦とか無理ゲーだろうからな。
一応ミミとエルマにも視線を送ってみる。ミミは不安げに頷き、エルマもまた溜息を吐きながら頷いた。
「兄さんと居ると飽きんなぁ……ちょっと驚きの吸引力やない?」
「トラブルを吸い寄せるという意味では凄いよね。トラブルの特異点的な」
そんな不名誉な渾名は却下だ却下。
☆★☆
一応全員で行くのも何なので、俺とメイの二人で客人達をタラップまで迎えに行くことにした。ミミとエルマは休憩室で待機。ティーナとウィスカも休憩室で同様に待機。本当は部屋に篭もっていてもらおうかとも思ったのだが、本人達の強い希望により休憩室の隅で動静を見守ってもらうことになった。
「ようこそ、ブラックロータスへ」
「お邪魔するわ」
「ここは邪魔するなら帰ってと言うところかな?」
軽口を叩いたらセレナ少佐に睨まれた。場を和ませるためのちょっとしたジョークなのに。
「傭兵の船というものに乗るのは初めてですな……貴重な体験です」
「そうですな、イメージしていたよりもずっと明るくて綺麗です」
内務府のコーネル氏と侍医のファルケ氏――二人とも穏やかそうな初老の男性だ――はそう言いながら物珍しげな様子で休憩室に続く通路を歩いている。近衛騎士の二人は一見前だけを向いて歩いているように見えるが、油断なく俺やメイに視線を向けてきているし、通路に不審なものが無いかチェックしているようにも見える。油断ならないな。
「おぉ……」
その感嘆の声はミミの姿を見てのものか、それとも広くて綺麗ま休憩室を見てのものか。コーネル氏の視線から考えるに前者だな。近衛騎士の二人なんて思わず跪きそうになってるし。
「ミミ様、コーネルと申します。どうぞお見知りおきを」
「は、はい……あの、私は本当にそういう、その、そういうのじゃないはずなので、普通に接してください」
「そうかもしれませんが、そうでないかもしれません。いずれにせよ、すぐにわかることです。ファルケ殿」
「はい。すぐに結果が出ますので。お手を拝借しても?」
ミミが俺の顔を不安げに見つめてくるので、頷いて促してやる。そうするとミミも意を決したのか、ファルケ氏におずおずと手を差し出した。ファルケ氏はタブレット端末から伸びたコードの先についた指サックのようなものをミミの指先につけ、タブレットを操作し始める。
「ふぅむ……これは」
ファルケ氏がタブレット端末の画面を見つめながら呟き、ミミに頭を下げてからミミの指につけていたケーブル付き指サックのようなものを取り外した。
「結論から言いますと、限りなく100%に近い確率でミミ様は帝室の血脈をその身に宿しておられます」
ファルケ氏がそう言い、ミミに跪いて頭を下げる。コーネル氏も、近衛騎士達も同様にミミの前に跪いて頭を垂れた。
「えぇ……」
ミミが困惑の声を上げ、俺とエルマは揃って手で目を覆って天井を仰ぐ。
どうしてこうなった。
どうして予想されていたんですかね……?(´・ω・`)(残当