#170 開眼(強制)
メイのいるコックピットからの帰り道にちょっと話したいことがあるから、とメッセージアプリを使ってちょちょいと連絡をすればアポイントメントは完璧だ。いや、文明の利器ってのは便利だよなと益体もないことを考えつつエルマの部屋へと向かう。
ミミはコックピットに居残ってメイと色々話すと言っていたが、まぁ気を遣ってくれたのだろう。コックピットから居住区画への道のりはそれなりに長い。ミミはコックピットに居残って俺に考える時間をくれたわけだ。
「とは言ってもね」
俺の中で結論はもう決まっている。今更エルマを手放す気は更々無い。
うん、浅ましい独占欲が無いとはとても言えない。でも、それだけでなく、あれだけその、なんだ。色々としでかして実家が面倒だからと放り捨てるのは仁義にもとると言うか、ちょっとあまりにも外道な所業であろう。流石に俺はそこまで薄情ではない。
と、考えをまとめている間にエルマの部屋の前に着いた。
「へい、のっくしてもしもーし」
『開いてるわよ』
コンコンとエルマの部屋の扉を叩くと、スピーカー越しにエルマの呆れたような声が聞こえてきた。ごめんな、あんまりシリアスな状況になりすぎると茶化してバランスを取りたくなる持病に罹っているんだ。
心の中で誰ともなく謝りながら扉横のタッチパネルに触れて扉を開き、エルマの部屋の中に入る。
エルマの部屋の内装は思いの外可愛らしい。彼女がメッセージアプリのスタンプとして使っている単眼コミカルエイリアンや、同じくミミがスタンプとして使っている猫のような兎のような不思議生物のぬいぐるみがあちこちに鎮座しているからそんなイメージが先行するんだよな。
実際には壁際に完璧に温度や湿度を管理してくれるワインラックとか、キンキンに冷えたビールがミッチリと詰まっている冷蔵庫があったりするからそこまでファンシー一辺倒でもないんだが。
「何よ、もう。入ってくるなりキョロキョロして……話があるんじゃなかったの?」
「おう、それな」
エルマがベッドに腰掛けているので、俺は少し離れた場所に設置されている椅子に座ることにした。座り心地はまぁまぁだな。この椅子は戦闘時には床に自動で収納されるようになってるんだ。
ああ、変な方向に思考が逸れるな。いかんいかん。こういうのは単刀直入に行くべきだ。
「メイからお前の実家の話を聞き出したんだ」
「あー……なるほど、うん。メイなら調べていてもおかしくないわね」
エルマは納得したようにそう言いながら苦笑いを浮かべた。メイなら何をしていてもおかしくはないというのは共通認識のようで何よりだ。
「親御さん、法衣子爵だってな」
「うん、そうなの。ごめん」
「何を謝っているのかよくわからないが、苦しゅうない。許す!」
「ふふ、何よそれ」
胸を反らして尊大に許してやると、エルマはそんな俺を見ておかしそうに吹き出した。まぁ掴みはOKといったところか。
「まぁ、エルマの実家がお貴族様というのはどうでも良いんだ、この際。今更そんな理由でエルマを放り出すつもりは毛頭ないから」
「その言葉は嬉しいけど、絶対に面倒なことになるわよ?」
「まぁ、他ならぬエルマ自身がそう言うならそうなんだろうな。面倒なのは俺も困る。困るが、お前を天秤にかけるようなことじゃあない。俺の言ってる意味、伝わってるか?」
「どうかしら? もっとはっきり言って貰った方が誤解が無いと思うわ」
エルマが俺の顔をじっと見つめてくる。本当は伝わってるな? まったく。
「今更お前を手放す気は無いから。お前のためなら多少とは言わず面倒事ぐらいいくらでも受けて立つし、なんなら勲章も名誉も全部放り捨てて攫って逃げても良い。これで伝わったか?」
「……ええ、伝わったわ。はっきりとね」
そう言ってエルマは微笑み、俺を迎え入れるように腕を広げて見せた。
「告白のあと、愛する二人は抱き合って幸せなキスをするのがお約束よね?」
「ホロの見過ぎと違うか?」
そう言いながら俺は椅子から立ち上がり、ベッドの縁に座るエルマの隣に腰掛けて彼女の華奢な身体を抱き締めた。うん、落ち着く。今更手放すなんてありえないね。
☆★☆
特にえっちな事をするでもなく、同じベッドに横になりながらエルマの家族の話を聞いた。
「父様はね、内務府の管理局に属する官僚なのよ」
「うん、ピンとこないな」
「でしょうね。内務府っていうのは帝室に関わる事務全般を司っている役所ね。その中の管理局っていうのは、皇帝の住まう皇城や帝室に関わるあらゆる物件の管理全般を担っている部署よ。例えば皇城の維持管理だとか、帝室に属する方々が利用する施設や乗り物の管理だとかね」
なるほど? なんとなくイメージが湧いてきた気がするが。
「めっちゃ範囲広くない?」
「そうよ。沢山の役職があって、沢山の人が働いているわ。父様は皇城の庭園を管理する部署に所属しているの。名誉ある職なのよ?」
「うーん、なるほど? まぁ、直接帝室の皆様方の目に触れるものを管理しているとなると、そういうものなんだろうなとは思うな」
要は、宮廷庭師的な立場ということだろうか?今ひとつ凄さがわかりにくいが、子爵という爵位も鑑みるに俺みたいな平民とは本来住む世界が違う人なんだろうなと思う。
「それで、人柄は?」
「そうねぇ……優しいけど、頑固ね。私が実家を飛び出したのも、頑固な父様と喧嘩したのが理由だし」
「なるほどなぁ……そして俺は飛び出したお転婆娘が連れてきたヤクザな商売を生業とするどこぞの馬の骨ってわけだ。穏便な初対面になりそうもないなぁ!」
家出したお転婆娘がガラの悪い傭兵と一緒に帰ってきた。しかも傷物になって。俺が父親なら怒り狂ってショットガンを突きつけるところだな!
「あはは、そうね。でも、どうかしら?」
「ん? 何か光明があるのか?」
「ヒロは今の時点でも銀剣翼突撃勲章持ちの英雄様よ? それに、帝都に行けば一等星芒十字勲章か二等星芒十字勲章を受勲することになるわけじゃない。父様は頑固だけど、帝国と帝室の権威の信奉者でもあるのよ」
「ああ、つまり俺の武勲が文字通り身を助ける可能性があると」
「そういうこと。帝国では銀剣翼突撃勲章持ちの傭兵は名誉騎士爵相当の扱いを受けることになっているけど、ゴールドスターなら名誉子爵相当、シルバースターでも名誉男爵相当の扱いになるわ。ゴールドスターを受勲すれば建前上は父様と同格になるわけだから居丈高に振る舞うことなんてできないし、シルバースターを受勲して名誉男爵相当の扱いを受けることになったとしても、粗略に扱うことはできないわ。そんなことをしたら帝国た帝室の権威に瑕をつけることになるから」
「なるほどなるほど。となると、そんなに心配しなくても大丈夫ということか」
一気に肩の荷が降りた気分だ。芸は身を助けるとはこのことか。いや、どちらかと言えば禍転じて福となすかな? 面倒だと思っていた受勲がこういう形で身を助けることになるとは。
「いや、それはちょっと気が早いわね」
「What?」
「母様と姉様は何の問題ないと思うんだけど、兄様が……」
エルマが視線を明後日の方向に逸らす。
「兄様」
嫌な予感が背筋を撫でていく。なんか急に背中が湿っぽくなってきたぞ?
「うん、その……所謂極度のシスコンで」
「あ、いや、その先は聞きたくない」
「ガッチガチの白刃主義者なのよね」
おぉ……もう。
☆★☆
「本日の予定は全てキャンセルだったのでは?」
「生き残るためには仕方がないこともある」
「はぁ」
こてん、と首を傾げるメイの珍しいリアクションを見ながら俺は生き残るために全力を尽くすことを胸に誓うのだった。うん、エルマと約束したからな。多少と言わず面倒事くらいいくらでも受けて立つって。俺は約束を守る男だからな。ははは……はぁ。
「ご主人様のモチベーションが高いのは良いことです。モチベーションが高いほうが学習効果も高まりますので」
「そうだろうそうだろう」
「はい。なので、修練のギアを一つ上げることと致しましょう」
「うん?」
こうして地獄のような日々が始まった。
☆★☆
エルマと話し合いをした日から三日が過ぎた。
「ヒ、ヒロ様、大丈夫ですか?」
食堂のテーブルに突っ伏して口からエクトプラズムを吐いている俺を心配して、通りがかったミミが声をかけてくれた。ミミは良い子だなぁ。涙が出てくるよ。
「うん……だいじょうぶ……いきてるから」
ちょっと全身の骨にヒビが入ったり、血反吐を吐きながらぶっ飛ばされたり、血尿が出たりしただけだ。世の中には死ななきゃ安いなんて言葉もあるらしいね。ははは、世の中ってのは本当にくそったれだぜ。
「……ヒーローもののコミックとかで殺気を感じて攻撃を避けるとかってあるじゃん?」
「えっ? は、はい、ありますね?」
唐突な俺の発言にミミが困惑しているのがわかったが、俺は話を続けた。
「ああいうの、俺眉唾というか所詮創作に過ぎないと思ってたんだけどさ、実在するもんなんだなって実感してるよ……というか、俺はすでに会得してたんだってことに気づいた」
「そ、そうなんですか?」
「うん……身を以て実感したよ」
どこに、どのように攻撃を仕掛けてくるか。そういったものを相手の些細な仕草から読み取り、感じる能力が所謂殺気を感じる能力というものなんだろう。
アレはきっと膨大な経験を元にした経験則とか、優れた情報処理能力とか、そういったものを総合して会得する一種の未来予知的なものなのだ。多分。
俺はメイとの訓練を経てそうなんだろうと思い至った。
この能力自体は既に俺は会得していたのだ。それは向こうの世界でやり込んだFPSで基礎が培われ、SOLのプレイで開花し、この世界で数多経験した航宙間戦闘で磨かれていた。
レーダーから得られる限られた情報や、視覚から得られる敵艦の挙動、シールドに攻撃を受けた際に自機のホログラムに表示される被弾警告、鳴り響くアラート、そういった情報を統合して周辺の空間を把握し、適切な操艦で被害を最小限に抑え、敵にとって致命的な場所に攻撃を送り込む。
剣術も基本は同じであった。肌や足の裏で感じる床や空気の振動、自らの視覚で捉える敵の一挙一投足や視線の動き、聴覚で捉える衣擦れの音や床を踏みしめる音、そういったものの情報を統合して敵の動きを予測し、自らの身体を適切に動かして被害を避け、敵にとって致命的な位置に刃を走らせる。
メイに毎日命の危機を感じるレベルでボコられて俺の中で既に開花していた殺気を感じる能力というか、空間掌握能力というか、そういったものが遂に今日剣術を司る何かと繋がったらしい。いつもはメイに一撃も反撃を入れること無く何十回と血反吐を吐く羽目に陥っていたのが、今日は七回で済んだ。
「ところで話は変わるけど……」
「はい?」
「ミミも実は公爵家とか男爵家とかの血筋ですとかそういうことはあるまいね?」
セレナ少佐は侯爵家令嬢、クリスは伯爵家令嬢、エルマは子爵家令嬢。こうなるとミミも実は……なんてことがあったりするかもしれないので、一応聞いておく。
「えぇ? そんなわけないじゃないですか。私は正真正銘平民ですし、祖父や祖母も普通のコロニストだったってパパとママから聞いたことがありますよ」
「ははは、そうだよな。そんなことあるわけないよな」
いくらなんでもミミは無いか。そういう立場なら親を失った上に大量の負債を抱えて途方に暮れるということはなかっただろう。
「そうですよ、もう。私がお貴族様に見えますか?」
「うーん、ミミは可愛いからなぁ……貴族令嬢が着るような豪華なドレスとかを着れば十分ありえるんじゃないか?」
「そんなに豪華な衣装を着ても、服に着られるだけですよ。エルマさんみたいにキリッとした雰囲気も出せませんし、セレナ様やクリスちゃんみたいな気品はとても出せません」
「そうか? 前にロリ系の衣装を着てもらった時はバッチリ決まってたけど。また着て欲しいなー」
「えぇ? う、うーん、ああいうのは私には似合わないと思うんですけど」
顔を赤くしてモジモジするミミが可愛くて生きるのが辛い。
この後俺は恥ずかしがるミミをなんとか拝み倒し、前に買った色々なロリ系衣装を着てもらってメイとの訓練で傷ついた精神を存分に癒やすのであった。
ピコーン(何か変なフラグの立つ音)