#169 帝都へ。
今日の更新はリザルトだけって言ったら石を投げられるよね!_(:3」∠)_
コール音で目が覚めた。
喧しい電子音で叩き起こされ、まだ寝るんだよ睡眠が足りねぇんだよと抗議してくる脳味噌をなんとか理性で抑え込み、手探りで電子音の発生源を掴み取る。
「うげ」
重い瞼をこじ開け、電子音の発生源に表示されている名前を見て思わず呻き声を上げる。無視したいが、無視したら後が怖いなぁ……ということで観念して俺は通話ボタンを押した。
『おはようございま――なんという格好をしているのですか』
まだ薄暗い室内に光り輝く金髪紅眼の美人が出現し、挨拶もそこそこに起き抜けの俺を咎めてくる。光り輝く彼女は別に神霊の類というわけではない。この部屋にはホログラムを投影する装置が設置されており、彼女はその装置を通して分厚い装甲と宇宙空間と、更にもう一度分厚い装甲を隔てた先から映像を含めた双方向通信を行っているだけだ。
「寝る時はパンイチスタイルなんだよ。俺のパンイチ姿を見たくないならこんな朝っぱらから直接通信するんじゃなく、一度メイに連絡して俺を起こしてからにするんだな」
『朝っぱらというには遅い時間だと思いますが?』
スッと目を細めて詰問してくる彼女に俺はヒラヒラと手を振って見せる。
「本当はメイに全部任せても構わないんだが、彼女にもメンテナンスが必要でね……昨日は俺が朝方まで夜番をしていたんだよ」
そう言ってから大欠伸を一つして、光り輝くホログラムの彼女に視線を向ける。
「で、何の御用で? セレナ・ホールズ中佐殿?」
寝不足の俺が向けた恐らくジトリとしているであろう視線を受け止めながら、彼女は苦笑いを浮かべた。
『まだ少佐です』
☆★☆
「あら? 随分早いわね?」
起きてしまったものは仕方がないのでさっさと身支度を済ませて食堂に向かうと、食後の一服を味わっていたエルマに目を丸くされてしまった。
「セレナ少佐に叩き起こされたんだよ……ったく、くだらないことで起こしやがって」
「それはご愁傷さま」
事情を聞いたエルマが苦笑いを浮かべる。
俺の船のクルーである彼女は俺と同じ人間ではない。エルフである。宇宙船とレーザー砲撃が星の海を飛び交い、人々がスペースコロニーに居住しているこんな世界でエルフというのはあまりにもミスマッチでは? と出会った当初は思ったものだが、今では何の違和感も感じなくなってしまった。俺も順調にこの世界に毒されてきたというか、適応してきたってことなんだろうな。
「何よ? じっと見つめたりして」
「今日もエルマは美人だなと」
「なによもう……褒めてもコーヒーくらいしか出ないわよ」
仕方ないわね、という顔をしてエルマが席を立ち、食堂の一角に鎮座する我らがメインシェフたる自動調理器『テツジン・フィフス』へと歩いていく。
俺は彼女の厚意に甘えることにして席に着き、その後ろ姿に視線を送る。サラサラの輝く銀髪からぴょこんと覗く尖った長い耳。うん、どこからどう見てもエルフだわ。そんなエルフがSF風の傭兵衣装に身を包んで、腰にレーザーガンを下げている姿は改めて考えるとやはり少し奇異に思える。
「お? 兄さん早いな」
「おはようございます、お兄さん」
自動調理器でコーヒーを淹れてくれているエルマを眺めていたら、食堂の入り口から新たな声が聞こえてきた。声がしてきた方向に視線を向けると、赤い髪と青い髪というこれまた現実味の薄い髪色をした二人の少女達が食堂に入ってきたところであった。
「おはよう。セレナ中佐に通信で叩き起こされてな」
「ありゃ。そりゃご愁傷さまやね」
そう言って赤い髪の少女――ティーナが俺の隣の席に座る。ティーナの双子の妹である青い髪の少女――ウィスカは姉の隣に腰を落ち着けた。
「姐さーん、うちにもお茶ー。いちご味のジャムもつけてなー」
「はいはい。ウィスカは?」
「あ、えっと……お姉ちゃんと同じので。すみません」
ウィスカの謝罪にヒラヒラと手を振って見せながらエルマが自動調理器に追加のオーダーを入力する。
「今日は何をするんだ?」
「んー、クリシュナとブラックロータスの整備はできる部分は昨日全部済ませたからなぁ。今日はだらだら本読んだり、ホロ見たりかな? ウィーはどうするん?」
「うーん、私は研究かなぁ……あ、お姉ちゃん、レポート終わってる? 帝都に着いたらちゃんと出さないと怒られるよ」
「うげっ、忘れとった。あーん、もう。今日はデスクワークやなぁ……ゆっくりしようと思ったのにぃ」
妹の指摘に姉が絶望的な表情を浮かべ、食堂のテーブルに突っ伏す。
彼女達は一見人間の少女に見えるが、二人ともドワーフである。どう頑張っても中学生くらいにしか見えない二人だが、ちゃんと成人しているらしい。彼女達のIDに記載されている年齢は俺とほぼタメなのである。生命の神秘を感じられずにはいられないが、彼女達にはちゃんとドワーフらしい特徴がある。
まず、単純に力が強い。彼女達と腕相撲をしても俺は勝てない。というか、下手すると彼女達は俺を片手でぶん投げられるのではかろうか。この前トレーニングルームで120kgのバーベルを軽々と持ち上げていたのには目を疑った。君達の筋組織何で出来てるの? と言いたくなるのも不思議はあるまい。
無論、彼女達のドワーフらしさを象徴する特徴は身体能力だけではない。いや、ある意味身体能力か。彼女達は実にステロタイプなドワーフらしく、酒を好む。しかも下戸の俺とは比べるのも烏滸がましいほどの蟒蛇だ。そしてよく食う。一体あの小さな身体のどこにあんな大量の食い物と酒が収まるのだろうか?
「レポートねぇ……どんなことを書くんだ?」
彼女達の神秘についてはとりあえず考えてもどうしようもないので、俺は聞けばわかることに興味を移すことにした。
「んー? 色々あるけど、大体は修理した船から収集したデータのレポートがメインやね。何が原因でどんな故障をして、どのように直したか。故障したパーツの素材はどんなもので、どのように壊れていたか。あとは未知の製品やカスタマイズされたパーツがあったら分析するとか。あとは日々の健康状態とか、ストレス診断の結果とか、プライバシーに配慮した日報とか色々や」
これがめんどいんや、とティーナが突っ伏したまま顔だけ俺の方に向けて唇を尖らせる。
「お姉ちゃんは溜め込むからだよ」
「ウィーが真面目過ぎるんや」
「はいはい、喧嘩しない」
トレイに俺のコーヒー(完全合成品)と紅茶とイチゴジャム(と騙る何か)を載せたエルマがそう言って俺達の前に注文の品を並べてくれる。そのイチゴジャムめいたものは何に使うのだろう? と思っていたらそのまま食ってからお茶を飲むらしい。ああ、ロシアンティー的な作法というやつか。
「うん、美味しい。目覚めのコーヒーは格別だな」
「ミルクも砂糖もたっぷりだけどね。意外とお子様舌よね、ヒロって」
「辛いのは苦手じゃないんだが、苦いのと極端に酸っぱいのはあんまり得意じゃないんだよな」
こればかりは好みの問題なので仕方がない。ブラックの苦いだけのコーヒーが好きな人もいるんあろうが、俺はお子様舌なのでブラックは無理だ。たっぷりミルクと砂糖を入れたほうが美味しく感じる。
「それはそうと、セレナ少佐は何の用だったの?」
「ああ、それがどうも妙でな。剣の修練は進んでいるのかだの、礼儀作法はちゃんとレクチャーしてもらっているかだの、そういったお小言を貰った」
「……それだけ?」
「それだけなんだ。朝早くに叩き起こして何をくだらないことをとキレそうになったぞ」
本当に意味がわからなかった。俺が夜番明けで寝ていたのは偶然としても、わざわざ朝っぱらから通信を寄越してくるような内容ではない。エルマと整備士姉妹もセレナ少佐の意図を測りかねたのか、互いに顔を見合わせている。
「単に兄さんの顔が見たかったとかやないの?」
「やだこわい」
「やだこわいって……」
ウィスカが苦笑いを浮かべる。
「いやそんな理由で帝国航宙軍の少佐殿からモーニングコールがかかってくるとか怖すぎるだろう?」
「流石に酷ない?」
「良いか、ティーナ。俺は常日頃からセレナ少佐とそういう関係にはならないと公言してきたし、本人にもそう言っている。なのにそんな理由でモーニングコールがかかってきたらホラー以外の何物でもないだろう」
「そ、そこまでなん……? でも、なんで? セレナ少佐ってええとこのお嬢様で軍の出世頭なんやろ? 逆玉やん?」
なるほど、逆玉ね。そういう考えもあるな。無事にセレナ少佐のご家族に受け容れられればの話だがな。
「考えてもみろ、相手は由緒ある侯爵家の令嬢で、しかも軍の出世頭だぞ。そんなご令嬢にどこの馬の骨とも知れない根無し草の傭兵なんぞが手を出して傷ものなんかにした日には、怖いパパやグランパが出てきて闇から闇に葬られてもおかしくない。というか俺が父親や祖父の立場なら何がなんでもぶっ殺すね。膾切りにして」
「まぁ、うん。そういうことが無い、とは言い切れないわよね」
そう言ってエルマが明後日の方向を向く。そうだよな。
「そういうものなん? セレナ少佐が認めていればええんやないの?」
「うーん、どうなのかな? 貴族様の場合は家同士の政略結婚とか、子供の頃からの婚約者とか、色々あるんじゃない? 横紙破りをするとそういういろいろな方面で面倒事に巻き込まれるんじゃないかな?」
「なるほどなー。ウィーはかしこいなぁ」
「想像だけどね」
整備士姉妹が和やかにそう話す対面で、エルマがそっぽを向いて静かになっているのがなんだか少し気になった。そういえば、エルマの出自も不明っちゃ不明なんだよな……ここの所様子がおかしいし、もしや何かあるのではなかろうか。
「……」
「な、何よ……?」
俺の視線に気づいたのか、エルマが動揺しながら少し怯んだ様子を見せてくる。
「いや、別に。エルマは美人だなって」
「な、何よもうさっきから……もうこれ以上何も出ないわよ」
そう言ってエルマは顔を赤くして再びそっぽを向く。
「ええなええなー。兄さん、うちは? うちは?」
「あー、はいはい。ティーナも可愛いよ。ついでってわけじゃないけど、ウィスカもな」
「あはは、ありがとうございます」
「なーんか適当やなー」
褒めてやったのにぶーたれるティーナにテシテシと腕を叩かれながら、俺は少し冷めたコーヒー……というか甘いカフェオレを飲むのだった。
☆★☆
「エルマさんの様子がおかしい、ですか」
「そのように思えるんだが、何か知らないか?」
あの後食堂で軽く食事を取り、日課のトレーニングを終えてシャワールームでサッパリした俺はそのままミミの部屋を訪れていた。ミミの部屋は女の子らしい内装――と思いきやなかなかにスタイリッシュな感じである。
俺の部屋は単に殺風景なだけだが、ミミの部屋にはなんだかかっこいいステッカーやポスターが適度なバランスで貼ってあったり、チェーンアクセサリーめいたものやガンベルトが壁にかけられていたり、俺が買ってやったレーザーガンも枕元のナイトスタンドの上に置かれたハンドガン用のガンラックにディスプレイされていたりして実にスタイリッシュだ。センスが良いよな、ミミは。
「うーん……そう言われれば確かに、帝都行きが決まってからなんだか少し元気ないように思いますね」
そう言って小首を傾げるミミ。
船に乗せた時には肉体的にも精神的にも疲労していてボロボロだった彼女も、今ではすっかり健康的な少女になっている。多分しっかり食べてしっかり運動をしているのが良いのだろう。もしかしたらオペレーターとしての日々の仕事も彼女に良い影響を与えているのかもしれない。
「心当たりは無さそうだな」
「すみません、ちょっと理由までは思い当たりません」
「いや、謝るようなことじゃない。本来は船長の俺がしっかりケアしなきゃいけないことだからな。しかし、うーん……どうしたものかな。本人に直接聞くか、それともメイに聞くか……」
「メイさんなら何か知ってそうですよね」
「メイだからなぁ……」
デザインした俺が言うのもなんだが、メイのスペックの高さはちょっと反則気味だからな。俺達の知らない間に俺達のことを俺達自身以上に知っていてもおかしくないような気さえする。正直、メイ一人でなんでもできるんじゃないかと思うくらいだ。
「まぁ、とは言ってもエルマも良い大人だしなぁ……本人が何も言わないのをわざわざ聞きほじるのもどうかと思わないでもないんだよな」
「そう言われると、それも確かにそうですね……」
エルマが敢えて俺達に相談せず、心の内に何かを溜め込んでいるのは彼女なりに何かそうする理由があるのだろう、とも推測できる。俺達に話してもどうにもならない、或いは話すことでかえって迷惑をかけることになる。そんな事情なのだろうということは推測するに易い。
「でも、どうかね。なんだかあいつの性格だと、俺達に迷惑をかけるくらいなら立つ鳥跡を濁さずの精神でふらっと姿を眩ませそうじゃないか?」
「思い切りが良いですからね、エルマさん」
互いに顔を見合わせ、俺達は同時に頷いた。
☆★☆
「それで、私に事情を尋ねようと」
「そういうことだ。何か知らないか?」
共通の見解を得た俺とミミは連れ立ってブラックロータスのコックピットを訪れていた。そこで待っていたのはブラックロータスの女主人、小型陽電子頭脳を搭載した黒髪ロング巨乳眼鏡メイドという俺の趣味を全力で注ぎ込んだ超ハイスペックメイドロイドのメイである。
「エルマ様が思い悩んでいる事情は存じ上げておりません」
「そっかぁ……」
流石のメイもそこまで万能ではなかったか、と少しだけがっかりする。
「ですが、推測は可能です。確度もそこまで低くはないと思います」
「なるほど?」
「はい、エルマ様の実家が帝都にあるようです。恐らくはその関係かと」
「帝都に実家、ですか」
「まぁ、なんとなくそんな気はしてたよな。貴族関係を始めとして妙な知識を持ってるし」
エルマがいいとこのお嬢様なんじゃないか? という推測はもとからしていた。帝都に実家があるという話に関しても、帝都に行くという話が決まった途端に様子がおかしくなったので推測の範囲内だ。
「エルマ様のご実家は帝都に屋敷を構える法衣子爵家です」
「ほういししゃくけ」
ミミが魂を抜かれたような声でメイの放った衝撃的な言葉をオウム返しにする。
法衣子爵家――つまり領地を持たず、帝都で何らかの官職に就いて禄を食んでいるお貴族様ということだろう。俺はグラッカン帝国のことを人間が支配者として君臨する多種族国家なのだろうと思っていたが、どうやらそれは間違いであったらしい。真の意味でこのグラッカン帝国は多種族国家であったようだ。
「予想の中で一番厄介なパターンだったなぁ」
「え? え? じゃあエルマさんってお貴族様だったってことですか?」
「血筋的にはそうなります。尤も、調べた限りでは兄君が家督を継ぐことになっており、上に一人姉君がいらっしゃるようなので、エルマ様が法衣子爵家を継ぐことはまず無いと思われます」
「なるほど」
兄君が結婚していて子供がいるならそちらの方が継承権は高くなるのだろうし、何かとてつもない不幸が起こって当主と兄君、姉君とその家族を含めた全員が身罷らない限りはエルマに当主の座が回ってくることはまずあるまい。
「継承権を放棄すればエルマ様は平民として扱われることになります。平民とは言っても、上級市民権を持つ一等帝国民ですが。私の確認した限りでは継承権の放棄手続きや当主からの勘当手続きなどはされておりませんので、エルマ様は貴族籍を有する貴族ということになります」
「なるほどなー……」
エルマの目の前で貴族の子女とは面倒事になるからそういう関係になる気はない、と何度も公言しているからなぁ。自分が法衣子爵家の一員だということが俺に知れたら、と思い悩んでいるということだろうか。
「ご主人様との関係をどのようにご実家の皆様に納得させるか、そして自らの出自を隠してご主人様との関係を築いてきたことをどうご主人様に伝えるか、今後の関係をどのようにするべきか、ということでお悩みになっているのではないかと」
「うん、わかった。これは帝都に着く前にエルマと話し合っておいたほうが良さそうだなぁ」
こういうのは早めにぶっちゃけあうのが一番だ。互いに互いの思いを尊重しようとして擦れ違うような甘酸っぱくもじれったい展開は俺には合わない。
「というわけで今日の予定は全キャンセル。俺はエルマと話し合ってくるから」
「承知致しました。今日の分の埋め合わせは明日以降の予定を調整してカバー致します」
「……お手柔らかにお願いします」
頑張れ、明日以降の俺。なぁに、死にはしないさ、死には。ブラックロータスに積んである簡易医療ポッドは優秀なハイエンド品だからな! はははは! はぁ……。