#168 結晶戦役
はてさて、何故レーザー飛び交うこの世界で貴族どもは未だに段平なんぞを振り回しているのか? そして何故彼らが恐れられているのか? これにはなかなかに複雑怪奇――と俺には思える――な理由がある。
まず、剣というものについてだが、これはグラッカン帝国の貴族にとって古くから権威の象徴として扱われてきたものであった。それ自体は別に珍しいこととは俺も思わない。地球でも中世の騎士然り、江戸以前の武士然り、剣や刀といったものはある種の権威の象徴として扱われてきた歴史があるのだから。宇宙規模で封建制を維持している帝国の貴族がそういった伝統をそのまま今に引き継いでいたとしてもさほど不自然ではないだろう。
まぁ、やはり銃は剣よりも強しという現実の前にはどうにもならなかったのか、一時期は本当にただの象徴と成り下がっていたようだ。数百年ほど前の貴族は腰に剣だけでなく銃も一緒に下げていたらしい。
しかし、生命工学が発達するにつれて事情が変わってきた。貴族は膨大な政務をこなすためにサイバネティクスやバイオテクノロジーによる自己改造というか、強化を施されるのが当たり前という風潮になってきたのだ。当初は寿命の増加、脳の活性化などを目的としていた強化処置であったが、寿命の増加を目的とした処置は結果として肉体を強靭にし、脳の活性化を目的とした処置は情報処理能力等の飛躍的な向上を貴族に齎した。
そして、材料工学の発達によって剣にも改良が加えられ続け、古来から貴族に受け継がれてきた剣術は肉体と脳の強化に合わせて更に進化、発展した。
元から極まった達人であれば放たれた弾丸を剣で切り払う『弾丸斬り』を可能としていたが、身体と脳を強化した貴族にとって『弾丸斬り』はさほど難易度の高い技ではなくなった。
脳と身体の強化技術は今現在においても発展を続けており、貴族の操る剣術もまた日々発展を続けている。既に火薬で金属の弾丸を飛ばす武器は時代遅れとなり、強力なレーザー発振器から照射されるレーザー兵器が主役となっているが、今の貴族は光の速度で飛来するレーザー光線すらも切り払い、場合によっては射手に反射してカウンターさえ見舞う。
ジェ○イかよ、という俺のツッコミも宜なるかな、というものであろう。
で、今の俺なんですが。
「いやいやいやいや無理無理無理ぎゃぁぁぁぁっ!?」
「無理とか言いながらなんだかんだ対応できる兄さんすごいなぁ」
「すごいね」
俺は生身でメイと切り結んでいた。いや、メイが持っているのは超重圧縮素材の警棒だから、切り結んでいるという言葉は正確ではないか? いやそんなことはどうでもいい。今はそんなことは大事な問題じゃない。
ヒュゴウッ、と背筋が凍りつくような音を立ててメイの左手に握られた黒い金属製の警棒が迫ってくる。俺はそれを必死に躱し――間に合わないので右手に構えた剣を合わせて弾くことにする。しかし漫然と刃を合わせるだけでは逆に剣を弾かれて痛い目に遭うのは学習済みだ。
息を止める。それと同時に時間が引き伸ばされてゆき、恐るべき速度で振るわれていたメイの警棒がまるで水中で激しい抵抗でも受けているかのようにゆっくりとした動きになる。
単に剣を合わせても得物の重さと膂力、それに得物を振るスピードで負けている俺に勝ち目はない。俺にできることは唯一つ。こちらに向かってきている弱点に刃を合わせることだけだ。俺は正確に、かつ最短距離で警棒を持つメイの指へと刃を走らせる。
「っ!」
俺に向けて恐るべき速度で振るわれていた警棒の軌道が直角に近い速度で変わり、俺の顔目掛けて跳ねるように迫ってきた。僅かな首の動きでそれを躱し、警棒をはね上げて無防備になっているメイの胴へと左手に構えた剣を叩き込――もうとしたらメイの右手の手刀で剣の腹を叩かれて軌道を逸らされた。その手刀の威力も恐るべきもので、俺の左手から剣がもぎ取られかける。
「ぐげっ!?」
そしてそのまま伸びてきた右手の手刀が形を変え、俺の首を掴んで締め上げながら持ち上げた。見事なネックハンギングツリーである。
「メイに勝つのは無理だと思うんだ……」
基本的な身体スペックがあまりにも違いすぎる。
「いえ、勝つ必要は無いのですが……ご主人様、剣を扱うのは初めてなのですよね?」
「子供の頃に棒きれでちゃんばら遊びくらいはしたことはあるけど、それくらいだな」
レッスンをする前にご主人様の今の実力を確かめましょう、といきなり警棒で殴りかかってきたのには驚いたが、身体に当てる時はちゃんと青痣になるくらいに手加減してくれているからメイは優しいと思う。メイの身体能力そのままでぶん殴られたらグシャッてなるからな、ハハハ。身体がいてぇ。
「もしかして天性の剣の才能があるとか?」
「いえ、そういうわけでは多分無いのですが」
「そっかぁ……」
しょんぼりである。ちょっと期待したのに。
「足運びも身体の使い方も剣の握り方、振り方も未経験者のそれです。しかし、反射神経と刃の運び方が常人とは思えないですね。本当に強化手術などは受けておられないのですか?」
「そんなものを受けた記憶は無いなぁ」
こっちの世界に来た経緯が不明だから絶対にされていないとは言い切れないけど、もしそんな事があれば前に診察を受けた時にショーコ先生が何か言ってたと思う。だから多分そういうことはないだろう。
「何れにせよ、ご主人様の反応速度が身体強化を施している貴族に匹敵しているという事実は素晴らしいことです。身体能力に関してはよく鍛えた常人の域を出ませんが、反応速度が高ければ白刃主義者の貴族を相手取っても良い勝負ができるでしょう」
「そんな化け物みたいな連中を生身で斬り合いなんて絶対に御免なんですが」
「ご主人様が望まずともそういった状況に追い込まれる可能性がゼロとは言えませんので。当然、私がお側に着いてさえいれば何人が相手でもご主人様には指一本触れさせませんが、万が一ということもございます」
「まぁ、そうね……」
今までに巻き込まれた数々のトラブルを思い返し、メイの言うようなトラブルに巻き込まれる確率を脳内で計算する。うん、ほぼ避けられないような気がするぞ。絶対に絡まれる。そんな予感がして仕方がない。
「大丈夫です。私には高度な教導アセットも、剣術指南アセットもインストールされています。心配は無用です」
「おお」
「七十二時間でご主人様を立派な剣士にしてみせましょう」
「うん?」
「では、始めましょう。このようなこともあろうかとVR学習装置なども用意がございます。まずは正しい剣の握り方、振り方、重心の取り方や足捌きなどの基本から行きましょう。ビシバシと」
そう言ってメイは警棒をどこかへと仕舞い込み、どこからか細くてよくしなる鞭のようなものを取り出した。わぁ、叩かれたら痛そうだなぁ。
☆★☆
現在は大いに栄えているイズルークスセクターだが、当時はその中心地であるイズルークス星系も帝国航宙軍の結晶生命体に対抗するための前哨基地が置かれているだけの辺境星系であり、今も大量のレアクリスタルが採掘され続けているイェーロム星系に至っては未探索の辺境領域の一つでしかなかった。
その原因は今もなおレアクリスタルの供給源となり続けている結晶生命体であった。当時はまだ結晶生命体の生態などの全容は判然としておらず、また結晶生命体自体が当時の帝国航宙軍にとっても大変な脅威であった。更に帝国はベレベレム連邦を始めとした周辺各国とも緊張関係にあり、また支配下の未開拓星系も多く、帝国上層部は結晶生命体の巣食う未探索領域の探索や解放に消極的であったのである。
グラッカン帝国がイズルークスセクターの開発にリソースを積極的になった切欠は、現在では『結晶戦役』と呼ばれている帝国航宙軍と傭兵の混成軍による結晶生命体殲滅作戦が成功裏に終わってからのことだ。
当時、結晶生命体の生態の全容はまだ解明されていなかったが、結晶生命体が一定の周期で周辺星系に勢力を拡大しようとする生態だけは経験則として知られていた。
当時の帝国航宙軍も結晶生命体の襲来に備えて彼らを撃退するに足る戦力をイズルークス星系に集めており、それが功を奏して結晶生命体の襲撃を撃退することに成功していた。
この迎撃戦で華々しく歴史の表舞台に躍り出てきた傭兵がいる。そう、皆さんも御存知のキャプテン・ヒロである。帝国の公式記録にキャプテン・ヒロの活躍が記載されたのはこのイズルークス星系迎撃戦が最初である。
彼がイズルークス星系の前哨基地へと補給物資を運んできた時、既にイズルークス星系の帝国航宙軍前哨基地と迎撃艦隊は結晶生命体との戦闘状態に突入していた。
戦場に現れたキャプテン・ヒロはなんと単機で無数に結晶生命体がひしめく群れの中へと突入し、大型結晶生命体数体に致命的なダメージを与え、多くの結晶生命体を引き付けて囮となり、押され気味であった帝国航宙軍が態勢を整える時間を稼ぎ出したのだ。
しかもそれでいて、戦闘が収束した後の彼の愛機は無傷であったという。彼はその英雄的な活躍によって栄えある銀剣翼突撃勲章を受勲している。
当時の帝国航宙軍では結晶生命体の撃退完了後に未探索領域に向けて少数の偵察艦隊を送り出し、後続が居ないかどうか確認するのが慣習であった。当時の基地司令もその慣習に従って偵察艦隊を送り出した。
通常であれば軽く偵察をして終了となるのだが、当時の偵察艦隊には通常ではない二つの要素が含まれていた。言うまでもなくその要素の一つはキャプテン・ヒロなのだが、もう一つの要素は帝国航宙軍側に存在した。帝国航宙軍とキャプテン・ヒロという組み合わせを見ればお察しの方も多いであろう。その偵察艦隊にはあの姫将軍セレナ・ホールズ(当時の階級は少佐)の率いる対宙賊独立艦隊が組み込まれていたのだ。
偵察艦隊は被害を受けながらもイェーロム星系に結晶生命体の中枢存在であるマザー・クリスタルを発見し、持ち帰った情報を元に姫将軍セレナ・ホールズによって結晶生命体殲滅作戦の作戦立案が行われた。前哨基地司令は作戦の実行を承認し、即日で臨時の連合艦隊が結成された。
派遣された連合艦隊はイェーロム星系において奮戦し、マザー・クリスタルの撃破に成功するのだが、その撃破にもキャプテン・ヒロが大活躍した。彼はまたもや単機でマザー・クリスタルに肉薄し、超至近距離で対艦反応魚雷をマザー・クリスタルのコアに命中させたのだ。
この頃からキャプテン・ヒロは傭兵仲間達からキャプテン"クレイジー"・ヒロと呼ばれ始めることとなる。
なお、コアをピンポイントで破壊された惑星級の大きさを誇るマザー・クリスタルの本体は今もイェーロム星系に存在しており、グラッカン帝国がイェーロム星系を支配下に置いてから今に至るまで大量のレアクリスタルを帝国に供給し続けている。
マザー・クリスタルちゃんは研究の末に低活性状態を維持され、生かさず殺さずの状態で採掘され続けるのだった……_(:3」∠)_




