#166 致命的一撃
まにあった!_(:3」∠)_
「どうすんのっ!? どうすんのよこれっ!?」
「そりゃおめぇ、死なないように必死で生き残るんだよっ!」
巨大というのも烏滸がましい結晶製のウニ。その巨大なウニに無数に生える棘の表面が凄まじい勢いで爆ぜ、飛び散った欠片――つまり小型結晶生命体がクリシュナに向かって殺到してくる。
「か、加速度的に敵影が……!」
「はいどーん!」
ミミの言葉通り、加速度的にその数を増やしつつある小型結晶体の群れに即座に対艦反応弾頭魚雷をぶち込む。至近距離まで近づいてきた外敵に対し、マザー・クリスタルはとにかく初手で物量を叩きつけてくる。そんな攻撃を叩きつけられるこちらに取れる手は一つ。押し潰される前に広範囲攻撃で薙ぎ払うことだ。
あと、ついでに対艦反応弾頭魚雷をぶち込むことによってマザー・クリスタルの敵意を引き付け、後衛に向かいつつある小型結晶生命体を呼び戻させつつ、できる限り小型結晶生命体を引きずり出そうという魂胆もある。
マザー・クリスタルが無数の小型結晶生命体を放ってくるとは言っても、それは無限にというわけではない。何故なら、小型結晶生命体もまたマザー・クリスタルの一部に他ならないからである。
つまり、小型結晶生命体はマザー・クリスタルの装甲(AP)であり、船体(HP)でもあるのだ。近場の脅威を排除するために放てば放つほど、遠距離から火力を投射してくる戦艦や巡洋艦の攻撃に脆弱になり、ともすれば破壊的かつ致命的な一撃を受ける確率が上がるわけだ。
「魚雷着弾!」
二発の対艦反応弾頭魚雷がマザー・クリスタルの巨大なトゲに着弾し、小さくない大きさの火球を発生させて小型結晶生命体ごと巨大なトゲの先端を消滅させる。
これがトゲとトゲの間に潜り込み、結晶の中心まで届けば文句なしの会心の一撃なのだが、まぁ今は狙っている余裕がないな。反応弾頭の爆発に巻き込まれなかった小型結晶生命体を重レーザー砲と大型散弾砲で蹴散らしながらでは精度の高い攻撃はあまりに難しい。同じように突撃をかました僚艦が十隻ほども居ればまた話も違うだろうが。
「ヒロ様! 砲撃が来ます!」
「了解!」
間違っても味方の砲撃に巻き込まれるわけには行かないので、砲撃の着弾地点になり得ない方向に回り込む。既にザワザワと砲撃に抗うために巨大な針が動き始めている。一体どのような術理をもって攻撃を受ける前に防御行動に移っているのだろうか? 意思の疎通ができないだけで、案外マザー・クリスタルは高度な知能を持っているのかも知れないな。
などと考えながら一心不乱に突撃してくる小型結晶生命体をいなしている間にそれは来た。巨大な針を密集させて作られた分厚い装甲が激しい光を放ちながら溶け、爆ぜて空間を震わせたのだ。
「あれでビクともしないって本物の化け物ね」
「ピクリとも動いてないのが凄いよな。一体どういう原理なんだ?」
あれだけの出力の大量のレーザーを無重力空間で一方向から叩きつけられ、結晶部分が蒸発して爆発したのだ。普通に考えればいかなる巨大質量を持とうとも爆発の衝撃で動き出しそうなものだが、マザー・クリスタルはまるで宇宙空間にピンで止められているかのように微動だにしていない。
スケールがデカすぎて動いているように見えないのではなく、本当にピクリとも、一ミリたりとも動いていないのだ。謎の技術だな。もし原理を解明して人為的に再現できるようになったら一財産どころじゃない金になりそうな案件だ。
「この調子で砲撃を続けさせれば――」
いずれ倒せるだろう、と言おうと思った瞬間、レーザー砲撃を受けて激しく損耗したマザー・クリスタルの密集トゲ装甲、その中心に超高速で飛翔してきた何かが突き刺さり、激しく結晶を撒き散らした。
『KHYAAAAAAAAAAAA!』
ガラスを爪で引っ掻いたかの如き不快な音が鳴り響き、思わず耳を覆いたくなる衝動に駆られる。そんな中でも操縦桿を手放さなかった俺は褒められても良いのではなかろうか?
「くっ、何が……!?」
「わからんが、何か相当効いてるようだな」
マザー・クリスタルが激しく明滅し、ざわざわと無数の棘を激しく蠢かせている。ストレートに気持ち悪い。なんか虫の裏側みたいで背筋に悪寒が走る。
恐らくだが、先程マザー・クリスタルに突き刺さった一撃はブラックロータスの大型電磁投射砲の一撃ではないかと思う。帝国航宙軍の船で実体弾砲を装備した船はパット見では見当たらなかったし、ブラックロータス以外の傭兵の船でここまで届きそうな武装を装備している船も見当たらなかった。
「うぅ……こ、小型結晶生命体の動き、おかしくなってますぅ」
先程の不快な音が相当効いたのか、ミミが半べそをかきながらも状況を報告してくれる。多分今の一撃を受けて、砲撃をしてきている後衛に戦力を向かわせようとしているのだろう。
注意が逸れたならこちらも悪さをするまでだよなぁ?
「悪い顔してるわねぇ」
「心外な」
クリシュナのスラスターを最大出力で噴かしてマザー・クリスタルに突っ込む。何故こんなチキンレースじみたことをしているのかと言うと、対艦反応魚雷の飛翔速度に機体の速度を乗せるためだ。本来対艦反応弾頭魚雷の速度は遅く、当てづらいものだが、このテクニックを使えば鈍重な対艦反応弾頭魚雷の速度に大幅に下駄を履かせることができるのである。
「いけっ!」
ザワザワと不規則に蠢くトゲの隙間を狙って残り二発の対艦反応弾頭魚雷を射出し、急速回頭して離脱する。これで勢い余って突っ込んで百舌鳥の早贄状態になったら格好がつかないな。
「ひえぇ、ギリギリ……」
「心臓に悪いわね!?」
ホッとした声やら文句やらが聞こえてくるが、そんなものは聞き流して回頭し、戦果を確認する。
「お? これは……?」
なかなか爆発しないのでもしや不発か? と不安になったが、安心と信頼の帝国製品は如才無くその機能を全うしたようだ。
『Gy――!』
ぶるり、と今まで微動だにしなかったマザー・クリスタルがその巨体を震わせたように見えた。同時に、強力なノイズのようなものが耳というよりも脳髄を突き抜けていく。
「ぐおっ!?」
「ぐぃっ!?」
「ぎっ!?」
あまりの衝撃に思わず仰け反った。脳味噌に棒を突っ込まれて掻き回されたような怖気の走る感覚に酸っぱいものがこみ上げてきそうになる。なんだおい。精神攻撃めいた何かか?
と目を白黒させている間にマザー・クリスタルに激烈な変化が起こっていた。無数の巨大なトゲの奥に見えていた光が消え失せ、まるで活力を失ったかのようにその身がばらばらになり始めたのだ。どうやらこれは俺の放った一撃がマザー・クリスタルにとっては運悪く、俺達にとっては運良く最奥のコアにまで届いたらしい。致命的一撃というやつだ。
「仕留めたかな」
「そう、みたいね」
「小型結晶生命体も活動を停止していますね」
ミミにそう言われて確認してみると、確かにあれだけ飛び回っていた小型結晶生命体もその活動を停止しているようだった。実際には飛び回っていた勢いそのままであちこちにかっ飛んでいっているのだが、方向転換する気配がまったくない。
「案外呆気なかったわね」
「そうですね」
「ふぅむ……」
いくらコアに直撃したといっても、流石に対艦反応弾頭魚雷が二発直撃したくらいでくたばる耐久力じゃなかったと思うんだが……良くも悪くもSOLではゲーム的な処理がされていたってことだろうか? 考えても答えは出そうにないな。
「人間も脳なり心臓なりを潰されれば死ぬし、それは結晶生命体も同じってことなんだろう。多分」
「そう、なんですかね?」
「まぁ、道理かしら。強力な戦艦だってジェネレーターを撃ち抜かれれば轟沈するんだし」
何はともあれ仕留められたことは良いことだ。危険を冒した甲斐があったってもんだな。
と、思っていると広域通信ではなく個別通信が入ってきた。ミミに指示して通信を確立させる。画面に大映しで映っているのは頬を引き攣らせているセレナ少佐の顔であった。
『ごきげんよう、キャプテン・ヒロ』
「あ、はい。ごきげんよう?」
ただならぬ雰囲気を醸し出すセレナ少佐の優雅な挨拶に若干引きながら挨拶を返す。
あれ? なんだか怒ってません?
『とりあえず、そのツラをレスタリアスにお出しになりやがっていただけるかしら?』
「アッハイ、スグイキマス」
有無を言わせぬ雰囲気に即答すると、彼女はすぐに通信を切った。
「……あれ? これ怒られるやつ?」
「さぁ?」
「えっと……わかりません」
首を傾げるエルマと不安そうな顔をするミミ。
何がいけなかったのだろうか? と首を傾げながら俺は超光速ドライブを起動し、セレナ少佐が待っているであろう戦艦レスタリアスへと向かうのであった。