#163 圧倒的火力
ハイパードライブのワープアウト直後、私達帝国航宙軍艦隊は結晶生命体との戦闘に突入した。敵の主力は中型結晶生命体亜種、仮称『ガーディアンクリスタル』だ。
この戦闘は『彼』からの情報で想定できていたことであったため、帝国航宙軍全体に動揺は見られない。情報源の不確かな情報を基に結晶生命体殲滅艦隊を編成することや、具体的な作戦立案をすることには骨が折れたが、その甲斐はあった。
無論、彼からの情報であることは一言も言っていない。彼から詳しい話を聞き、第三、第四偵察艦隊が収集した情報と合わせてそれらしく分析結果としてでっち上げ、舌先三寸で他の艦隊の艦長達や前線基地の司令を言いくるめたのだ。
馬鹿正直に風の噂で聞きましただとか、傭兵から聞きましただとか言う必要などはない。結果的にそれが彼という情報源を守ることにも繋がる。
「結晶生命体への初期対応は問題なさそうですね」
厚めに配置しておいた快速のコルベットが作戦通りに結晶生命体――ガーディアンクリスタルの注意を惹きつけている。すぐに傭兵達の小型船も戦線に加わり始め、傭兵達の擁する中型船や大型船は既に砲撃を始めている。帝国航宙軍の船も一斉砲撃の用意が進んでいる。
「はい。少佐の分析が見事に正鵠を射ていたようで」
「そうですね」
実際には私の分析ではなく、彼の情報なのだけれど。まぁ、結果が出る分には問題ない。この作戦が瑕疵無く成功すればそれは私の功績となる。
『こちらクリシュナ。前線を迂回して敵集団の横っ腹に突っ込む。反応弾頭魚雷を使って敵の注意を引きつけるから、爆発に巻き込まれないよう注意してくれ』
彼が広域帯でそう呼びかけ、自艦の位置と突入コース反応弾頭の炸裂範囲などのデータを共有してくる。
「相変わらずですな」
「銀剣翼突撃勲章は伊達じゃないってことね」
彼の船――クリシュナが結晶生命体の群れに横から突っ込んでその内部を食い破っていく。彼はあの群れを突っ切るだけでなく、突っ切りながら結晶生命体に激しい攻撃を加えているらしい。
しかも、速度が尋常ではない。突入してから殆どスピードが落ちていないというのが彼の操縦技術が神業の域であることを証明している。一体どのような訓練を詰み、どれだけの死線を潜ればあのような傭兵が誕生するというのだろうか。
「標的データの同期完了しました!」
「彼が敵を引きつけてくれているうちに叩き潰しましょう。同期砲撃、開始」
「アイアイマム! 同期砲撃、開始します!」
帝国航宙軍の全艦が砲撃目標が被らないようにデータを統合し、完璧に統制された一つの群れと化して同期砲撃を開始する。数多の艦から一斉に放たれたレーザー砲撃が暗黒の宇宙空間を眩く染め上げた。
☆★☆
こちらに向かって回頭しようとするガーディアンクリスタルの間をすり抜けながら至近距離で散弾砲をぶち込み、正面から突撃しようとしてくる小型結晶生命体を四門の重レーザー砲の乱射で撃破しながら結晶生命体のひしめく宇宙空間を突っ切る。
ガーディアンクリスタルは誤射も厭わず光線や光弾で攻撃してくるが、クリシュナの堅固なシールドはそれらの攻撃を難なく受け止めている。
「シールド、まだ安定してるわ」
「奴らの光線は見た目ほど威力が高くないからな。光弾はそれなりに痛いが、弾速が遅いし狙いも甘いから速度を出していればまず当たらん。危ないのは突進だけだな」
「それでも限界はあるけどね。徐々にシールド容量は削られているし」
「二人とも、この状況下で余裕ありますね……」
流石にメインモニターから目を離せないから確認できないが、ミミの声には緊張感が色濃く滲み出ていた。そりゃまかり間違って小型結晶生命体の突進を受けたり、ガーディアンクリスタルの横っ腹に突っ込んだりしたら結晶生命体の間をピンボールみたいに跳ね回ることになるからな。
当然そうなったらシールドなんてすぐに消失するので、結晶生命体に突っ込まれて爆散するしかなくなる。まぁ、そんな凡ミスをするつもりはないけども。
「帝国航宙軍から砲撃予告データが送られてきました! 同期砲撃、来ます!」
ミミの言葉と同時にクリシュナの後方に強力なレーザー砲撃が多数着弾した。高出力のレーザー砲撃に晒されたガーディアンクリスタルが激しい光を放ちながら蒸発し、爆散していく。流石に軍の戦艦、巡洋艦クラスのレーザー砲撃は威力が違うな。多少のレーザー耐性なんて屁でもないと言わんばかりの威力だ。
「凄い威力ですね」
「真正面から軍の戦艦や巡洋艦とは戦えない理由だな。張り付いてしまえばなんてことないんだが」
今の砲撃で敵意が帝国航宙軍艦隊の方に向いたようで、クリシュナを狙うガーディアンクリスタルの攻撃が途端に緩くなる。この隙を逃す俺ではない。即座に残りの反応弾頭魚雷二発を前方の結晶生命体の群れに発射し、反転して帝国航宙軍の同期砲撃で結晶生命体の群れに空いた『穴』に飛び込む。ターンの際に凄まじいGが襲いかかってくるが、こんなのはもう慣れっこだ。
「くっ……反応弾頭魚雷、炸裂しました! 結晶生命体、またこっちに来ます!」
「よし。引きずり回すぞ」
「楽になったわね」
反転して逃げ始めた俺達の前方は帝国航宙軍の砲撃のお陰でスカスカだ。この状態で後方から追ってくる結晶生命体から逃げ回るのは造作もない。速度ではクリシュナが圧倒的に勝っているからな。後ろから飛んでくる光弾をひょいひょい躱しながら船を走らせるだけの簡単なお仕事である。
「同期砲撃、また来ます」
再びクリシュナの後方、退去して押し寄せる結晶生命体達の横っ腹に帝国航宙軍の強力無比な同期砲撃が着弾する。攻撃目標が一切重複せず、最大の効果を上げられるように計算され尽くしたレーザー砲撃は残りの結晶生命体の大半を蒸発させ、爆散させた。これで残っているのは同期砲撃を逃れた僅かな数の結晶生命体の生き残りと、帝国航宙軍のコルベットや傭兵艦達と乱戦を繰り広げている結晶生命体だけである。
「乱戦に突入して殲滅戦に入るぞ」
「はいっ!」
「了解」
程なくして周囲の結晶生命体は殲滅された。
☆★☆
「お疲れさん。補給と整備に入るで」
「頼む。あと、また損傷を受けた傭兵艦が修理や補給を受けに来ると思うからそのつもりでいてくれ」
「わかりました、急ぎますね」
タラップから降りて整備士姉妹にそう告げてミミとエルマを引き連れて居住区画の食堂へと向かう。補給と整備の時間を利用して一服するためだ。
「まぁまぁ大変だったな」
「まぁまぁですか」
「まぁまぁだな」
「あれがまぁまぁで済むのはヒロくらいだと思うけどね。少なくとも私は無理」
各々テツジン・フィフスからドリンクを調達して一服する。あぁー、戦闘後の身体に冷たいドリンクが染み渡る。最近のお気に入りフレーバーはレモン系だ。ミミはバナナ系、エルマはぶどう系のフレーバーが好みのようである。まぁ、果汁は0%なんだけどな! HAHAHA!
え? 例の炭酸抜きコーラとかシエラⅢで買い込んできた炭酸飲料は飲まないのかって?
ああいうのはもっとこう、静かで、落ち着いて、心が平静な時に味わって飲むものだ。戦闘の合間に雑に味わうべきものじゃない。数が限られているしな。俺にとっては反応弾頭魚雷よりも大事なものだ。
一服していると、俺の携帯情報端末からコール音が鳴った。どうやらセレナ少佐からのコールのようだ。俺は端末を操作し、食堂のホロディスプレイに転送して通信を始める。
「はいどうも、ヒロですよ」
ホロディスプレイの向こうのセレナ少佐が一服している俺達を見回し、一呼吸置いてから口を開く。
『まずはおめでとう。またもや撃破数のトップエースですね』
「そりゃどうも。こっちも迅速な支援砲撃には助けられましたよ」
『しっかりお膳立てしてくれたお陰ですね。前衛との乱戦が本格化する前に敵がクリシュナに向かい始めたから、結果的に前衛の損耗も軽微で済みました。ありがとうございます』
「そいつは何よりで。で、何かありましたか?」
『いえ、トップエースに労いの言葉をかけようと思っただけですよ。次は敵の本丸を叩きます。小型艦の補給を終え次第すぐに行動に移るので、そのつもりで』
「アイアイマム」
俺がホロディスプレイに向かって敬礼をすると、セレナ少佐は僅かに微笑んでから通信を切った。
「……何だったんですかね?」
「さぁ?」
「うーん……何か企んでいるのかしら?」
今までの行動から俺達に全く信用されていないセレナ少佐であった。会話の内容を思い返しても特に不審な点は見当たらないように思う。本当に活躍した俺に一言お褒めの言葉をかけるために通信をしてきたようだ。
「まぁ、お褒めの言葉は素直に受け取っておくということで」
「大丈夫でしょうか……?」
「流石に今の会話で何か企んでいることはないと思うけど」
返す返すも信用のないセレナ少佐である。普段の行動と印象って大事だな。