#160 フェアトレード
イズルークス星系での待機は非常に退屈なものであった。
まず、既存の依頼とは別枠でブラックロータスを利用した艦船の修理依頼が傭兵ギルド経由で指名依頼として出された。
ブラックロータスに二つ搭載されている小型艦ドックはスペース・ドウェルグ社製の最新式の高性能なものであり、小型艦の修理に限って言えば帝国航宙軍の前線基地の施設よりも性能が高い。
しかも、腕の良いプロのエンジニア二名と多数のメンテナンスボットまで擁しており、早急に戦力の回復を図りたい帝国航宙軍としては金を払ってでも利用したい存在であった。
修理に使用する資材は帝国航宙軍持ちで、依頼料は一日あたり10万エネル。主に働くのは整備士姉妹なので、依頼料の三割――一日辺り3万エネルを姉妹に渡すと言ったら二人とも目を輝かせて依頼を請けることを快諾した。日本円換算で一人あたりの日給150万円と考えると飛びつくのもわかる気がする。
まぁ、そういうわけで前哨基地のドックを塞がないようにブラックロータスは臨時の修理拠点と化し、当然そんなブラックロータスのドックを塞ぐわけにもいかないので、機体に損傷がないクリシュナはブラックロータスにも前哨基地にも着艦できない。
つまり俺達は船を降りることもできず、安全な前哨基地周辺の空間に停泊して缶詰状態で待機中なのである。宙賊でもいれば狩りに行くところなのだが、帝国航宙軍の前哨基地しかないイズルークス星系に宙賊なんぞが出没するわけもなく、暇を持て余しているというわけだ。
やることもなく、暇を持て余すとなるとあとは艦内の三人で何かしらをやって暇を潰すしかなくなる。ホロ動画の鑑賞、タブレット端末を使った対戦型ゲーム、あとはまぁ……うん、色々だ。ベッドの清掃機能とバスルームの使用頻度が上がったとだけ言っておく。
まぁそんな爛れた内容だけでなく、跳ねっ返りの傭兵に因縁をつけられて実機を使った模擬戦でボコボコにしてやったりもしたがそれはとりあえず置いておこう。
そんな日々を過ごして四日ほど経った頃、クリシュナに通信が入ってきた。
『なかなか派手に暴れているようね?』
「俺から手を出したわけじゃない。向こうから突っかかってきたからちょっと稽古をつけてやっただけだ」
コックピットのメインモニターの向こうではセレナ少佐がなんだか愉しげな笑みを浮かべていた。
模擬戦は帝国航宙軍の許可を取って行ったため、傭兵だけでなく帝国航宙軍の軍人達も大いに観戦していたのである。
前哨基地には娯楽が少ない。そんな中で傭兵同士の実機を用いた模擬戦というのは軍人さん達にとっても大層興味深いものであったらしい。最終的に俺のクリシュナ対シルバーランク傭兵艦五隻の模擬戦でも俺が圧勝し、賭けにならねぇよ! と言われてしまった。俺は悪くねぇ。
まぁ、圧勝したとは言ってもシールドを破られて装甲に損傷を負った判定までは取られてしまった。最後の一機に自爆紛いのカミカゼアタックを食らったせいだが。
ナイスファイトだとは思うが、傭兵として自爆紛いのカミカゼアタックはどうかと思う。それで敵を倒しても1エネルにもならないじゃないか。まったく。
「それで? 何の用だ?」
『つれないわね。用が無いと通信も入れちゃだめなの?』
「そんなことはないが、酒盛りはお断りだぞ。面倒を見るのが大変だから」
『くっ……とりあえず、これを見てくれるかしら?』
頬を引き攣らせながらセレナ少佐が動画ファイルらしきものを送ってくる。一応変なデータが紛れ込んでいないかチェックしてから動画ファイルを開くと、そこには眩く輝くパルサーと、大量の結晶生命体、そして結晶生命体に比べると明らかに巨大なイガグリのような巨大結晶が映っていた。
「おおう、見事なマザー・クリスタル」
『……知っているのね?』
神妙な声でセレナ少佐が聞いてくる。ウカツ! 俺は軽率な自分をぶん殴りたくなった。
「いやぁ、見るからにデカいしお母さんかなって」
『そう言えば、パルサー星系がどうのって言っていたわね』
「ぴゅ~、ひゅひゅ~♪」
『下手な口笛はいいから、知っていることを全部話しなさい。これは命令よ』
「ヒェッ……」
セレナ少佐が据わった目でこちらを睨みながら小便を漏らしそうなほど怖い声で命令してくる。
「前にもチラッと話したような気がするけど、あまり記憶がね?」
『それでも結晶生命体に関しては知っているのでしょう? 素直に吐きなさい。出所不明の風聞ってことにして情報源は明かさないであげるから』
「……」
セレナ少佐の発言を暫し黙考する。正直に言えば、帝国軍は勿論のことセレナ少佐個人にも『正体はわからないが使える知識を持っている』とロックオンされるのは御免だ。既に手遅れ感があるが、なんとか被害を最小限に抑えたい。
幸い、真偽がどうかはともかくとしてセレナ少佐は俺が情報源だとは明かさないと俺に一定の配慮をしてくれている。俺とクリシュナ、そしてブラックロータスが帝国内で暴れればそれなりに厄介なことになるのはセレナ少佐もわかっているだろうし、下手に関係を悪化させるよりは現状を維持してうまく利用したほうが良いと考えるかも知れない。
「……俺やクルーに手を出して何か強要しようとしたら暴れるし、どんな手段を使っても帝国から逃げるからな」
『脅迫するつもり?』
「身を守りたいだけだ。あと、それだけじゃなく俺の動画フォルダが火を噴くからな。ポンコツ可愛いセレナちゃんの癒やし動画、とかってタイトルであちこちの動画サイトにアップしまくってやるからな」
『わかった、わかったから。私は情報源を明かさないし、情報源を探ろうとしたら全力で妨害するわ。だから動画は消しなさい』
「今後は駆け引きに使わないと約束する」
消すとは言わない。証明する手段がないしな。それにいざという時の復讐手段を手放すつもりはない。
『くっ……まぁ良いわ、交渉成立ね。知っていることを洗いざらい話しなさい』
「OK」
俺はパルサー星系に生息する結晶生命体の親玉――マザー・クリスタルに関して知っている限りのことを全て話した。基本的にマザー・クリスタル自体に移動能力はなく、攻撃手段は無数の小型結晶生命体を放ってくるというものだけだ。放たれる小型結晶生命体はクラス1レーザー兵器に相当する光線攻撃と、突進攻撃で襲いかかってくる。シールド技術に相当する防御手段は持っていないため、光学兵器よりも実弾兵器や爆発兵器の方が効きは良い。無論、若干威力が落ちるだけで光学兵器も十分に効く。
それよりも厄介なのはマザー・クリスタルを守っているガーディアンクリスタルの群れで、中型結晶生命体を一回り強くしたような性能を誇る上に数が多い。近距離射撃戦能力に優れる上に、躊躇なく突進攻撃もかけてくるので、非常に厄介だ。
ただ、ガーディアンクリスタルの射撃は射程が短いので、アウトレンジでガンガン削れば良い。最高速度はそれなりに高いが、あまり小回りが利かない上にマザー・クリスタルにより近い敵を優先的に攻撃する習性があるので、足の早い小型船で引き付けて遠距離から大型船や中型船で叩けば割と楽に狩れる。
可能であればマザー・クリスタルからできるだけ遠い位置のハイパーレーン侵入口から星系内に突入し、小型船がマザー・クリスタルの放つ小型結晶生命体の群れとガーディアン・クリスタルの双方を相手にしなくても良いようにしたほうが良い。
今まで触れなかったが、何故か大型結晶生命体はマザー・クリスタルの存在する星系に配置されていない事が多い。もしかしたら大型結晶生命体はマザー・クリスタルから巣立った次代のマザー・クリスタルなのかもしれない。
「あとはマザー・クリスタルはとにかくタフだから、小型艦の攻撃だと反応弾頭魚雷くらいしかまともにダメージが通らない。中型艦、大型艦は可能であれば実体弾砲か反応弾頭ミサイルを装備したほうが良いな。レーザーも効かないわけじゃないけど。あと、マザー・クリスタルの弱点は中央部の発光している場所だ。見ればわかるかもしれんが」
そう言って俺は画面に映るマザー・クリスタルの中心部をマークした。
「ただ、このトゲトゲが厄介でな。マザー・クリスタルは接近する投射物に正確無比に棘を立てるんだ。つまり、中心部から先端までの厚さの結晶の棘を可動式の装甲みたいに使うんだよ。だから、ガーディアンクリスタルを排除したら打撃担当の大型艦や中型艦はマザー・クリスタルを包囲して四方八方から弱点を狙って攻撃したほうが良い。一方向からの砲撃には思いの外タフに耐え忍ぶから」
『……随分と詳しいわね』
「討伐経験があるからな。いつ、どこで、って質問はナシだぞ。ただ、俺の情報が絶対だと思うのは危険だ。このマザー・クリスタルが俺の知っているマザー・クリスタルと同じ挙動をするとは限らないし、ガーディアンクリスタルが同じような性能であるとも限らない」
SOLで培った知識がこの世界の結晶生命体にそのまま当てはまるかどうかという確証は無いからな。今までの傾向から考えると、大外れではないと思うけど。SOLでオミットされていたと思われる情報は多いが、SOLに登場していたものに関してはこの世界においても齟齬が殆どない。
『貴方は自分の情報の確度がどれくらいと見積もっているの?』
「半々、とお茶を濁したいが九割方は間違いないと思う。そうでなければ俺は二回の突撃で結晶生命体の餌食になってる」
ある程度安全マージンは取っていたつもりだが、結晶生命体と追いかけっこをした感じではSOLと挙動は変わらなかった。攻撃の威力や攻撃頻度、弾速なんかも感覚的にはほぼ一緒だと感じている。耐久力なども殆ど差異を感じないので、マザー・クリスタルもそう大きくは変わらないんじゃないかと思う。
『そう……貴重な情報をありがとう。具体的過ぎてどう伝えたら良いか迷ってしまうわね』
「くれぐれも情報源の秘密は守ってくれよ。お互いのために」
『そうね、お互いのためにね。上手く立ち回るわ』
「あと、情報に対する対価を何か考えておけよ。これはとてつもなく大きな『貸し』だぞ。まさか少佐殿は踏み倒したりなんかしないよな?」
『うっ……わかっているわよ。私のできる限りで便宜を図るわ。できれば便宜の方向性を提示してくれると助かるのだけれど?』
「ふむ……それなら」
俺はセレナ少佐に高性能の戦闘ボットをブラックロータスに配備しようと考えていることを伝えた。セレナ少佐はなかなかに高い地位の軍人だし、お貴族様でもあるので何かコネが無いかと思ったのだ。
『なるほど。あの船にはパワーアーマーを装備した屈強な帝国航宙軍兵なんて乗っていないものね。わかったわ、ホールズ公爵家が出資している軍需産業の中に軍用の高性能戦闘ボットを取り扱っている企業があったはずだから、調べて紹介状を書いてあげる』
「話が早くて助かるね」
素面のセレナ少佐は油断ならないけど、働きにはちゃんと報いてくれるから好きだよ。ぐでんぐでんに酔っ払うとひたすらに面倒くさいけどな!
「軍は再攻撃をするつもりなのか?」
『恐らくそうなるでしょう。有用な情報も得られましたし、後は私の頑張り次第といったところね』
「この前の戦力だと厳しいと思うが?」
被害のない状態で全偵察艦隊の戦力を集中すればワンチャンあったと思うが。第三、第四偵察艦隊に少なくない被害がでてしまったので、全艦隊を合わせても少々厳しいだろう。
『それは我々も把握しています。第三、第四艦隊の尊い犠牲によって敵戦力は知れましたから。基地に待機していた主力部隊も含めて必勝の構えで行くことになります』
「なるほど。それならまず大丈夫だろうな」
前哨基地に駐屯している主力も合わせて動くなら戦力としては十分だ。余程の下手を打たない限りは勝利は揺るぎないだろう。
『根回しと編成にもう数日かかりますから、英気を養っておくように』
「アイアイマム」
セレナ少佐の言葉に敬礼を返すと、彼女は微かな笑みを浮かべてから通信を切った。
さて、それじゃあミミとエルマにもこの話を伝えるか。まずは二人を起こしてシャワーを浴びさせてからだな。