#158 俺は悪くない
会食を終えた俺達は小休止と補給を経て星系内の巡回に出ることになった。無事な小型戦闘艦を斥候代わりに使うというわけだ。まぁ、レーダーをミミとエルマに監視して貰いながら適当に船を走らせるだけなので、俺としては楽な仕事である。その監視作業も結晶生命体の兆候や、その他特異な反応を察知したらアラームを鳴らすようにしておけばそんなにガッツリと見ている必要もない。
「長閑ですねー」
「結晶生命体が現れたら一気に地獄の戦場と化すけどね」
「うっ……そう思うと長閑でもなんでもないですね」
ミミとエルマが暢気な会話をしているのを聞きながら船を走らせる。まぁ、俺達よりも先に巡回と調査を行っている傭兵や帝国航宙軍所属の小型艦――スカウトと呼ばれる情報収集艦――もいるので、俺達は単なる賑やかしだ。
「まぁ、休憩みたいなもんだよな。他にも沢山の船が偵察に出てるのに、俺達の船が結晶生命体を見つけるわけもないし」
「ヒロ……どうしてあなたはそういうことを言うの?」
「ヒロ様……自分でフラグを立てていくのはどうかと思います」
「ちょっと? 俺がこういうこと言ったら本当に見つけちゃうみたいな流れに強引に持っていくのやめない?」
こういう流れで見つけちゃうとかそんな感じの出来事はそりゃ何回か……何回かあったけど! 流石にそうそう何度も同じような展開なんて起こるわけがないじゃないか。そもそも、情報収集艦が見逃した痕跡をさして情報収集能力が高いわけでもないクリシュナが見つけるわけないだろ。
「ヒロがそんなことを言い始めたから今にもアラームが鳴るんじゃないかと戦々恐々としているんだけど」
「ははは、まさかそんな」
「でも、これまでの経験からすると――」
と、ミミが何かを言いかけた所でコックピット内に電子音が鳴り響いた。俺達の間に緊張感が走る。アラームではない。通信の着信音だ。
「えっと……いや、違うから。そんな目で見るな!」
「良いから早く出なさいよ」
ジト目を向けてくるエルマの視線から逃れるように俺は正面を向き、コンソールを操作する。すると、コックピットのメインモニターの隅にメイの顔が映し出された。
『ご主人様、帝国航宙軍のスカウトが何者かがこの星系へとワープアウトしてくる兆候を確認いたしました。至急集結地点へと移動するようにと星系内の全艦に通達が出されております。座標を送信致しますので、ご確認ください』
「ブラックロータスも向かうんだな?」
『はい、我々も帝国航宙軍艦隊と共に移動を開始します。あちらで合流いたしましょう』
「了解。じゃあ、あっちでな」
メイが画面の向こうでお辞儀をしてから通信を切る。
「……この船が見つけたわけじゃないからセーフ」
「いやアウトでしょ」
「アウトだと思います。タイミング的に」
俺の船のクルーは少し俺に厳しすぎると思う。
☆★☆
集結地点は星系の中心にある恒星を挟んだ反対側だったので、俺達が到着する頃には星系内に存在する殆ど全ての艦艇が集結を完了していた。
「ワープアウトしてきた瞬間袋叩きにする気満々だな」
「来ることがわかってるならこうするわよね」
戦艦や巡洋艦、それにブラックロータスのような長距離砲撃を行える艦船がワープアウト予測座標を半包囲している。俺の言った通り、結晶生命体がワープアウトしてきた瞬間に全力砲撃を行うつもりなのだろう。
「俺達のポジションは?」
「先頭に配置されている防空駆逐艦の陰です。砲撃が終わり次第、飛び出して防空戦闘を行うようにとのことです」
「了解」
「また結晶生命体の群れに飛び込むのね……」
「必要があればな」
飛び込む隙間があればそうするが、飛び込んでも抵抗の余地なく押し潰されるような状況でそんなことをするつもりはない。結晶生命体が万遍なく空間に存在する状態で突っ込むと、全方位から押し寄せてきて潰されるからな。適当に突っ込んでいるように見えるかも知れないが、単騎駆けをするにはあれで意外と見極めというものが必要なのだ。素人にはおすすめできない。
「ワープアウト予想時刻は?」
「二分三十秒を切りました」
「もうすぐか。ウェポンシステム起動、各部チェック開始」
「アイアイサー、各部チェック開始」
俺がウェポンシステムを立ち上げ、エルマがサブシステムのチェックを開始する。整備も補給も完璧に終わっているから問題ない筈だが、万が一ということがあるからな。
そうやってチェックを済ませている間にワープアウトの刻限が来る。
『全艦砲撃用意、砲撃座標――っ!? 砲撃中止! 中止だ!』
指揮を執っていたブロードウェル大佐の慌てた声が通信越しに聞こえてくる。一体何事かと思っているうちにそれはワープアウトしてきた。ワープアウトしてきたのは装甲の一部が破損し、結晶に侵食されてしまっているボロボロの中型戦闘艦だった。恐らく傭兵のものだろう。
その後にも続々とボロボロで結晶塗れの船がワープアウトしてくる。殆どが傭兵の船だが、やがて帝国航宙軍の艦船もワープアウトしてきた。こちらは傭兵の船と思しきものよりも更に酷い状態だ。
『スカウト各機は通達に従って情報収集を引き続き行うように。その他の艦船は一度恒星まで退き、体勢を立て直す。全艦転進!』
ブロードウェル大佐の号令に従って恒星に向かって回頭し、転進を始める。
「手前で分かれた第三、第四偵察艦隊ですよね、あれ」
「だな。結晶生命体に負けて逃げてきたんだろうな、アレは」
「なりふり構わず逃げてきたって感じね」
分かれたときと比べて明らかに頭数が減っていたからな。
この辺りの星系は未探査領域だが、星系間のハイパーレーンの繋がりだけは亜空間レーダー等の観測技術を使ってある程度は把握されている。あの第三、第四偵察艦隊の生き残り達はそのデータを元に俺達が探索中であろう星系にあたりをつけて退避してきたのだろう。
「この後はどうなるんでしょうか?」
「そうだなー……第一、第二艦隊と第三、第四艦隊の戦力は計算上はほぼ同じのはずだから、第三、第四艦隊があれだけの被害を出したとなると、船の応急処置をして一回イズルークス星系に戻って再編成ってことになるんじゃないか? その後に第三、第四艦隊が被害を受けた星系に突入して結晶生命体を叩く、という流れか或いは――」
「このまま撤退して放置かのどちらかね。下手に戦力を出して消耗するくらいなら、迎撃兵器群のあるイズルークス星系で待ち構えて迎撃をした方が被害は抑えられるわけだし」
俺の言葉を引き継いでそう言いながらエルマが肩を竦めてみせる。
「えぇ……そんなのアリなんですか?」
エルマの言葉を聞いてミミが眉間に皺を寄せた。彼女はなんだかんだで生粋のグラッカン帝国臣民である。困ったときに行政に助けてもらえず見捨てられた経験からグラッカン帝国の政治に対しては若干の不信感を抱いているのだが、帝国の臣民を守る帝国航宙軍に対してはそれなりに敬意を抱いている節がある。それもまぁ、セレナ少佐と何度か接して若干揺らいでいるようだったが。
「ここまで被害を出しちゃうとねぇ……第一、第二艦隊が戦闘で出した被害は軽微だけど、第三、第四艦隊の被害はほぼ全滅だもの。目算だけど、三割程度が落伍して残りの七割も概ね中破って感じよね」
「そんな感じに見えるな。実質的な全滅判定を受けても仕方がない状態だと思う」
あの状態ではほとんど組織的な反撃はできないだろう。正に這々の体で逃げてきたって感じだ。
「えーと、じゃあお仕事は終わりですか?」
「一回イズルークス星系に戻ることになるだろうしなぁ……このまま探索続行ってことにはならないだろう。結晶生命体に関する情報はあのボロボロの連中が持ち帰ってきてるだろうし」
その後の対応は帝国航宙軍次第だろう。契約期間はまだ残っているが、打って出るということでなければ俺達のような傭兵を雇っていても経費がかかるばかりだ。そうなると契約は打ち切り、俺達は晴れて自由の身となる。
「問題は戻って再編成した後に打って出ることになった場合よね」
「ははは……そうなったら俺達は確実に攻撃部隊に組み入れられるだろうな」
クリシュナは結晶生命体相手に大立ち回りをして確かな戦果を上げているし、ブラックロータスは砲艦としても補給艦としてもしっかりと活躍している筈だ。専門の優秀なエンジニアと充実した修理設備まで備えているしな。打って出るとしたら手放す理由がない。契約期間もたっぷり残ってるし。
「……解散になるといいですね」
「そうね」
「そうだな」
本当にそうなるといいなぁ、ははは。