#157 会食と変な人
遅れました(´゜ω゜`)
「では、勝利に乾杯」
『乾杯』
階級が一番上のブロードウェル大佐が音頭を取り、ディナーが開始される。
帝国航宙軍で一番良いメニューと聞いてどんな物が出るのかと期待していたのだが、メニューそのものは別に目新しいものではなかった。ナポリタンめいたパスタとステーキプレート、それにマグカップに入ったコンソメスープのようなものである。
内心「これが一番良いメニューか?」と首を傾げながらまずはステーキをナイフとフォークで切り分け、口に運んだ。
肉質は少々固めだが、噛めば噛むほどに肉汁が口の中に溢れ出てくるステーキだ。付け合せのフライドガーリックは香ばしいし、一緒にプレートで焼かれていたスライスオニオンも程よい火の通り具合で――うん?
「本物の肉と野菜を使っているのか……」
セレナ少佐が一番良いメニューと言っていた意味を理解して唸る。同じようなメニューをフードカートリッジを使う自動調理器で再現することは可能だが、やはり本物は違う。
横で同じくステーキを口に運んでいるミミを見てみると、目をキラキラさせながら美味しそうにステーキを食べていた。
「ふむ、銀剣翼突撃勲章の英雄殿は美食家の側面も持っているのか。意外だな」
「別に美食家と言うほどのものではないですよ。本物の肉をそれなりに口にする機会があるのと、あと食べるのが好きなクルーがいますので」
「ヒ、ヒロ様……」
そう言って俺は隣に座るミミに目を向ける。視線が集まった当の本人は恥ずかしそうにしているが、俺は美味しそうにものを食べるミミが好きだよ。見てて元気になるからな。
「ふむ……」
俺の返答とミミの反応を見ながらブロードウェル大佐が興味深げな様子を見せる。一体なんだろうか? 言いたいことがあるならはっきりと言ってほしいものだ。
「行動再開の目処は立っているんですか?」
「勿論だ。損傷した艦船の応急修理に十二時間、休息十二時間を取って二十四時間後には作戦行動を再開する予定だ。今は無事な艦艇に星系内の調査をさせている」
「なるほど。奴らの手がかりが何かあれば良いんですがね」
ブロードウェル大佐にそう言いながらSOLにおける結晶生命体関連のクエストラインを思い出す。襲撃イベント、撃退イベント、調査イベントを経て本拠地攻撃イベントという流れになっていたはずだ。今の段階は調査イベントに属する部分だろう。調査に関しては傭兵の俺はほぼノータッチだったからうろ覚えなんだよなぁ。そういうのは未発見星系や惑星上の調査を行う探検家プレイをしているプレイヤーが頑張ってたし。
「なんというか君は……あまり傭兵らしくないな。まるで同じ軍人や貴族とでも話しているかのように思えてくる」
「私もブロードウェル閣下の言うことがよくわかります。傭兵という立場の割には妙に上品というか、擦れた感じがしないというか」
セレナ少佐の副官であるロビットソン大尉がナイフでステーキを切り分けながら頷く。俺のこの対応で上品に見えるって、一般的な傭兵はどれだけ粗野な振る舞いをしているんだよ。
「自分ではよくわかりませんが……」
「ご婦人方は私達よりもそう思っているのではないですか?」
「そうね。船員の快適度を確保するために船の内装を高級客船のキャビン並みにしていたりするし、私達の扱いに関しても実に紳士的だと思うわ」
ブロードウェル大佐の副官であるプラント大尉の言葉にエルマが頷き、ミミも無言でコクコクと頷いている。
えぇ……? 紳士的っつっても二人にはしっかりと手を出してるし、紳士的な部分というのが俺から見ると欠片も見当たらないのだが?
というか、二人ともそんな風に思ってたのか? 本当に?
「なんだかこの場の全員に嵌められている気分だ……俺のことなんて横に置いておかないか?」
「本人がそう言うなら仕方がないな。では、個人的に聞きたいことを聞いても良いかね?」
「答えられることなら答えますが」
なんだなんだ? 尋問タイムか? 向こう側のセレナ少佐はともかくとして、ミミとエルマは俺を助けてくれまいか?
「君の乗っている船――クリシュナと言ったか。あの船はどこで手に入れたのかね? 私はこれでも船に関してはそこそこ詳しい方なのだが、あのような船は見たことも聞いたこともない。傭兵の乗る船は改造に改造を重ねて原形を失っているようなものも多いが、あの船は設計思想からして別次元のもののように見える」
一球目から剛速球が飛んできたな。
「すみませんが、それに関しては言えません。あの船を譲り受ける際に出処を誰にも話さないという約束をしたもので。譲ってくれた相手も今はどこにいるかわかりませんしね」
「ふむ……では、後で見せてもらうことはできるかね?」
「ええ……見るだけなら」
「そうか、では食事が終わったら是非見学させてもらうとしよう」
ブロードウェル大佐が満足そうに頷く。この笑顔が額面通りのものなら良いんだが、まさかクリシュナを自分のものにしようとしているわけじゃないだろうな? 懸念を表明するためにセレナ少佐に視線を送る。
「心配要りません。帝国航宙軍の軍人が傭兵から船を奪うことなどありえませんから」
「む? 私はそのような事を考えたわけではないぞ?」
「ブロードウェル大佐が大の小型戦闘艦好きで、傭兵マニアだということは私達の間では有名ですが傭兵の間でも知れ渡っているというわけではありません。ましてや、ブロードウェル大佐はブロードウェル伯爵家のご嫡男――貴族なのですから、事情を知らぬヒロ殿が警戒するのは当然かと」
ムッとした表情をするブロードウェル大佐にセレナ少佐が苦笑交じりに自分の発言の意図を説明する。その説明を聞いたブロードウェル大佐はバツが悪そうに頭を掻いた。
「それは確かに私の配慮が足りなかったな。ヒロ殿、私の申し出は本当に単純な知的好奇心からのものなので、警戒は不要だ。あと、見学の際にできればクルーのご婦人二人も交えて一緒にホロ写真を撮ってくれないか? 将来有望な傭兵とその船をバックにホロ写真を撮ってコレクションをしているのだよ」
「え、えぇ。まぁ、それくらいなら……いいよな?」
ブロードウェル大佐の必死さに釣られてつい了承してしまった。ミミとエルマも面食らいながらも頷いたので、この食事会の後はクリシュナの見学と撮影会ということに決まった。
どうしてこうなった?
☆★☆
会食はあの後も和やかに進み、特別褒賞金として100万エネルを賜ることになった。その後の見学&撮影会については特に何事もなく終わったと言って良いだろう。良いよな?
「フレームが大胆に変形して大型散弾砲が出てくるのか……!」
「このウェポンシステムは画期的だが、今までに見たことがないな」
「姿勢制御スラスターの数が多いな。強力なジェネレーターを積むことによって問題なく運用して運動性を高めているのだろうが、この辺りはかなり力技だな……実験機か?」
などとブツブツ呟きながらホロカメラを抱えた大の男がクリシュナの周りを走り回ってカシャカシャと写真を撮っているというのは正直ちょっと異様な感じがした。わざわざ格納庫を低重力状態にして上面からも写真を撮ってたし……ブロードウェル大佐はかなり気合の入った小型戦闘艦マニアだったようだ。
最後にはクリシュナをバックに俺とミミとエルマが並んだホロ写真を撮り、更にそこに自分が加わったホロ写真まで撮っていた。
「いやぁ、いい画が取れた。感謝する」
厳つい大男が全てをやりきったと言わんばかりの良い笑顔を浮かべているのが印象的だったな。
「……変な人でしたね」
「シッ、口に出して言ってはいけません」
「あんたのその反応も失礼だと思うわよ……」
軍人にも変な人がいるのだな、ということを思い知らされる会食であった。