#155 休息と招待
第二偵察艦隊の被害は軽微なもので済んだ。第二偵察艦隊の主力である対宙賊独立艦隊への直接的な損害は、前衛を受け持った二隻のコルベットがシールドを貫通されて装甲の一部に被害を負った程度である。人的被害はゼロだ。
ただ、随伴している傭兵の船が二隻撃沈し、三名の死者が出た。結晶生命体の待ち伏せ攻撃で浮足立ったまま乱戦に突入したのが良くなかったらしい。撃沈した二隻以外にも損傷を受けた船が数隻発生したため、格納庫と整備施設を持つ艦で応急修理が行われることになった。
「……」
「なんか縁があるな」
「……チッ」
「舌打ち!?」
修理のためにブラックロータスに着艦してきたのは受勲式の入り口でちょっと話したり、受勲式の帰りにちょっと絡んできたりしたあの若い傭兵だった。結局名前は聞いてない……聞いてないよな?
「あー、名前は聞いてなかったよな? 俺はヒロだ」
「……ウェイドだ」
握手のために手を差し出したが、スルーされた。お前ぇ……こっちが大人の対応をしてるってのに。まぁここで怒っても仕方がないし、喧嘩をしたところで得るものは何もない。
「OKOK……あー、飲み物は? 水とか?」
「要らねぇよ」
若い傭兵改めウェイドがギロリとこちらを睨みつけてくる。これは駄目そうですね。まぁ本人が構うなというなら構うことはないだろう。クリシュナの整備と補給はもう終わっているし、次の戦闘までは特にやることもない。
「じゃあ俺は船で休んでるから、何かあったらここで働いているドワーフの整備士姉妹経由で伝えてくれ」
「……」
彼の態度の悪さは一体何なんだろうか? 嫉妬か? まぁ俺は彼よりも戦果を上げてるし、デカい母艦も持ってるし、ミミとエルマとメイがいるからな。嫉妬する気持ちもわからんでもないな!
ハハハッ! 別に俺はイラついてない、イラついてないぞ。うん。
無理矢理にこやかな笑みを浮かべながらコックピットに戻ると、ある程度復活したミミとエルマがぼーっと何かの情報が表示されているらしいモニターを眺めていた。
「何見てるんだ?」
「さっきの戦闘の統合データよ。やったわね、この船がトップエースよ」
「凄いです、ヒロ様!」
「ははは、そうだろうそうだろう。もっと褒めてくれ」
二人に褒められるとさっきまでのイラつきがスッと消えていった。考えてみればあの若い傭兵の妬み嫉みに付き合って俺が心を乱す必要は何もないな。殴りかかってくるなら殴り返すけど。
「どうしたの?」
ささくれだっている俺の感情が伝わったのか、エルマが首を傾げる。普段もっと褒めろとかあまり言わないからな。そこから察せられたか?
「船の修理に来た若い傭兵にちょっと邪険にされただけだ。気にするな」
そう言いながらパイロットシートに腰掛けて俺も先程の戦闘の統合データを参照する。撃破数は153匹か。
「炸裂距離をエルマに調整してもらった魚雷が効いたな」
「そうですね、アレで敵がごっそり減りましたもんね」
「無駄に謙遜するつもりはないけど、そもそもヒロの提案だからね。それに、引き撃ちして群れを引き付けながら回避もするっていう離れ業あってのことだから、私の手柄というよりはヒロの手柄でしょ。私はあんな変態機動できないわよ」
「変態機動じゃないぞ。頑張って練習すれば誰でもできるぞ」
「はいはい」
俺の主張は雑に流された。なんでや。頑張って練習すればできるって。レーダーを見て敵の動きを予測してその軌道から外すように機体を動かすだけだからやれるやれる。最初は弾速の遅い低ランクシーカーミサイルで練習すると良いぞ。
「これからのスケジュールなんですが、暫くの間ここに留まって休息と修理、そして迎撃を行うみたいです」
「迎撃?」
「はい。この星系もハイパーレーンが四方向に伸びているハブ星系なので、ここで修理と休息をしながら結晶生命体がどこから来るのか、この星系に他に潜んでいないかを調査するそうで。ついでに過去の調査船団の痕跡も探すみたいですね」
「なるほど」
「あと、今回みたいな待ち伏せがあった場合に備えて戦力分散を取りやめるそうです。今後は二艦隊で固まって行動するということになるみたいですね」
「なるほど」
今回はハイパーレーンの移動時間が短かったから間に合ったが、これが数時間かかる距離だったら第二偵察艦隊はもっと大きな被害を受けていたかもしれない。それならそれで俺はもっと撃破スコアを稼げたと思うが、ブラックロータスが危険に晒される可能性も高くなっていただろう。
「戦力の分散と逐次投入はやめたほうがいいってのは基本中の基本のような気もするんだけどな」
「一つにまとめて動かすと思いもよらない大戦力に一気に殲滅される恐れもあるから、どうかしらね。今回の作戦目標はあくまでも偵察なわけだし、情報を確実に持ち帰ることができるように先行部隊と後方部隊に分けて運用するのも間違いではないと思うけど」
「そんな危機的状況なら少数の船を逃すために他の船で足止めするって方法もあるしなぁ……確実に情報を持ち帰らせるってことなら、そっちの手でも良くないか?」
「でも、その場合だと情報を持ち帰るごく少数の船以外は全滅するじゃない? 二手に分けて先行部隊だけが全滅したほうが残存戦力は多くなるわよ。戦力を二手に分けても少数の船を退避させるくらいの時間は稼げるでしょうしね」
「今回みたいに二艦隊でかかれば被害を出すこともないような相手に戦力を削られるリスクが上がるけど……まぁ、判断は難しいな。ともあれ、軍の方でそう決めたなら俺達は従うまでだ」
「そうね」
と、丁度エルマと戦術の論じ合いが終わったところで通信が入ってきた。ミミがコンソールを操作して通信回線を開く。
「はい、こちらクリシュナ。はい、はい。少々お待ち下さい……ヒロ様」
「ん? どうした? 誰からだ?」
「セレナ少佐からです。モニターに出します」
「おう」
セレナ少佐から通信? 何の用だろうか。内心首を傾げるが、それを表に出すわけにもいかない。
程なくしてコックピットのメインモニターにセレナ少佐の姿が映し出された。いつも通りのピシッと着込んだ白い軍服姿だ。
「まずはトップエースの獲得おめでとう。思ったより消耗はしていないようですね」
「それはどうも。消耗具合についてはそっちもまだまだ大丈夫そうだな」
「ええ、これくらいではへこたれませんとも」
「流石は帝国航宙軍の精鋭。で、何の御用で?」
早速本題に切り込んでいくことにする。何気ない話から変な言質を取られるのも怖いからな。
「せっかちですね、貴方らしいですけど。別に警戒されるような話ではないですよ」
「そうだと良いけどな。それで?」
「二十四時間の休息を設ける予定なので、銀剣翼突撃勲章のトップエースに食事を振る舞おうかと」
「食事ねぇ……うちのより美味いとは思えんが」
「そこは目を瞑ってください。お酒も出しますよ」
「俺が下戸だって知ってるよな?」
ヒール一缶でベロンベロンになっちゃうくらい俺は酒に弱いんだ。酒を出すとか言われても何の魅力も感じないわ。
「まぁ、トップエースに対する優遇というか、ご褒美みたいなものだと思ってください。レスタリアスで出せる一番良いメニューですよ」
「食い物と酒よりも金の方が良いんだが……」
「勿論それも出しますよ。士気を維持するために信賞必罰は必要なことですからね」
セレナ少佐がにこにことした笑みを浮かべる。なるほど。
「それでトップエースの俺がどんな良い待遇を受けて、どれだけボーナスを貰ったかを広めるわけか? それだと俺が羨望だけでなく嫉妬も独り占めすることになりそうなんだが?」
「言わせておけば良いではないですか。貴方はそれに見合うだけの揺るぎない戦果を上げているのですから。実のところ、これで貴方にちゃんとボーナスなり優遇なりを与えないと我々帝国航宙軍の度量と言いますか、器が疑われるのですよ。銀河に名を馳せる帝国航宙軍は大戦果を上げたトップエースに報いることもしない、と噂になると困るわけです」
「つまり、拒否権はないと」
「そこまでは言いませんが、できれば受けていただきたいですね」
笑顔を崩さないセレナ少佐の顔を見て溜息を吐き、チラリと隣のサブパイロットシートに座るエルマに視線を向ける。
「仕方ないと思うわ」
次いでミミにも視線を向ける。
「帝国航宙軍の一番良いメニュー、食べてみたいです」
「さよか……」
ミミはブレないな。でも確かに帝国航宙軍の一番良いメニューってやつには俺も少し興味がある。
「わかった、その申し出を受ける。いつそっちに向かえばいい?」
「それは良かった。では一時間半後にレスタリアスの格納庫に来てください。こちらに来られるのは貴方達だけですか?」
「メイにはブラックロータスに残って貰う必要があるし、出向してきてる整備士は傭兵の船のメンテナンスに大忙しだからな。行くのは俺達三人だけだ」
「わかりました、では一時間半後に。ああ、ちゃんと勲章はつけてきてくださいね」
そう言ってセレナ少佐が通信を切った。静かになったコックピットに俺の溜息が響く。
「順調に取り込まれてないか?」
「取り込まれてるってほどではないと思うけど……まぁ、傭兵をやっていくならどうしても軍とは関わることになるから。いざという時のコネ作りだと思えば良いわよ」
「そんなもんか……まぁ、出てくる料理に期待しよう」
「はいっ!」
「そうね。お酒もね」
ミミとエルマは楽しむ気満々だな。俺はお偉いさんに呼ばれて会食とか面倒臭さしか感じないんだけど……と、俺はもう一度溜息を吐くのだった。