#154 遭遇戦
俺達第二偵察艦隊――セレナ少佐の対宙賊独立艦隊と傭兵達の寄せ集め艦隊――はイズルークス星系からハイパーレーンを経て他の偵察艦隊と共に辺境宙域へと侵入していた。
最初に辿り着いたのはイズルークス星系に隣接しているパクス星系だった。四つの偵察艦隊が手分けしてパクス星系を調査し、程なくしてパクス星系に結晶生命体が存在しないことが確認された。
パクス星系から伸びているハイパーレーンはイズルークス星系に繋がっているものを含めて三本だ。そこで、四つの偵察艦隊は二手に分かれてその先の調査をすることにした。
「不測の事態に対処できるように二艦隊で連携して動くべきだろう」
「私もそう思います。次の星系に移動する際にはまずどちらかの艦隊が先行し、ハイパーレーンの出入り口付近の安全を確保した方が良いかと」
「そうだな。残った方は退路を確保しておくということで。先行役は交代でやっていくとしよう」
「そうしましょう」
第一偵察艦隊の指揮官と第二偵察艦隊の指揮官――セレナ少佐だ――の間でそういうやり取りがあり、第一、第二偵察艦隊は慎重に辺境宙域の偵察を進める。
そんな感じでイズルークス星系の帝国航宙軍前哨基地を出発して凡そ三十六時間。
「セクターCが押され気味です! 救援要請が出ています!」
「メイにこっちは良いからあっちに援護射撃をしろと言っておけ。それでなんとか保たせろ」
「はいっ!」
押し寄せる小型結晶生命体の群れを掠めるようにしてやり過ごし、群れから逸れて進路を塞ごうとする個体を散弾砲の連続射撃で粉砕する。砕け散った結晶生命体の破片がクリシュナのシールドにバチバチと当たって弾け飛んでいった。
「やっぱりこうなったじゃない!」
「発言してからもうとっくに二十四時間以上経ってるだろ。時効だ時効」
イズルークス星系を出発して三十六時間。イズルークス星系からハイパーレーンで四つ先の辺境宙域内、ガーガーオル星系において先行偵察を実施した第二偵察艦隊は結晶生命体と遭遇し、即座に戦闘に突入した。奴らはハイパーレーンの出入り口で待ち伏せをしていたのである。
すぐさま戦闘に突入した第二偵察艦隊は一つ前の星系であるリシムス星系に待機している第一偵察艦隊に亜空間通信で救難要請を発信。幸い、リシムス星系からガーガーオル星系への移動にかかる時間はおよそ十五分ほどと短いので、持ちこたえることができさえすればなんとかなるだろう。
で、俺達はこの混乱の中で何をしているのかと言うと、戦艦や巡洋艦、それにブラックロータスなどの大型艦船に結晶生命体を取り付かせないように敵の群れに突っ込んで囮役をしている。
基本的に結晶生命体というのは一番近い獲物に突っ込む性質があるので、散弾砲や重レーザー砲を撃ち込んで逃げ回れば相当数をい引きつけることが可能なのだ。ついでに通りすがりに何匹か撃破すると、その周辺の結晶生命体もリンクしてこちらに敵意を向けてくるので、更に多くの敵を引きつけることができる。
「追いかけてくる結晶生命体の数がとんでもないことになってきましたけどっ!?」
「大丈夫だ、問題ない」
今襲いかかってきている結晶生命体の総数はイズルークス星系で戦っていた群れに比べればずっと少ないものだが、こちらの戦力もイズルークス星系での戦いの時に比べればずっと少ない。このまま乱戦になってしまうと死角の大きい巡洋艦や戦艦に被害が出る恐れがある。なので、なんとしてでも乱戦になるのを阻止しなければならない。
姿勢制御をオートからマニュアルに変更し、逃げる勢いそのままに艦を反転させて追い縋ってくる結晶生命体の群れに正対する。
「オラオラオラァ!」
クリシュナに向かって愚直に突っ込んでくる結晶生命体に向かって四門の重レーザー砲と二門の大型散弾砲を乱射する。視界を埋め尽くさんばかりの群れ相手だと狙う必要すらない。撃てば当たるからな。
「ヒ、ヒロ様! ま、まえ! じゃなくて後ろ!? 結晶生命体がっ!?」
「大丈夫大丈夫」
結晶生命体の群れを引き撃ちで削りながら姿勢制御スラスターを噴かして多方向から突進してくる結晶生命体をひらりひらりと避ける。レーダーを注視すればどっちの方向から結晶生命体が突っ込んでくるのかはわかるから、その進路から外れるように艦を制御すればいい。
え? 正面は見なくても良いのかって? 撃ちゃ当たるんだから正面なんて視界の隅で見とけば良いんだよ。
☆★☆
「……」
「……」
「……艦長、あれは」
「……ちょっと意味がわからないわ」
レスタリアスで艦隊の指揮を執りながら彼の船の動きを見た私とロビットソンは絶句していた。
彼の船が結晶生命体の群れに突っ込んでその多くを引き付け始めたことにも度肝を抜かれたが、それどころか彼は自分の船を追ってくる結晶生命体の群れに反撃まで加え始めたのだ。しかも結晶生命体の群れのど真ん中で。
物凄いスピードで後ろ向きに飛びながら重巡洋艦並みの火力で結晶生命体の群れを削り、上下左右から突っ込んくる結晶生命体の突撃を不可解な回避機動でひらりひらりと避け続けている。そして完全に取り囲まれて回避不能な状態になる前に結晶生命体の群れを突破し、また多くの結晶生命体を引きずり回し始めた。
「銀剣翼突撃勲章は伊達ではありませんな」
「本当にね……どうなってるのかしら、彼の頭の中は」
単機で結晶生命体の群れに飛び込むのも正気の沙汰ではないが、その群れの中で反転攻撃を行うのは……いや、彼の行動に驚いている場合ではない。
「彼の奮闘を無駄にするわけにはいかないわ。セクターAに火力を集中、奴らを押し返すのよ。傭兵達にはセクターCの援護に当たらせて」
「はっ!」
セクターBで閃光が炸裂し、彼を追っていた結晶生命体の群れがごっそりと削れた。どうやら対艦反応魚雷を群れに向かって撃ち込んだらしい。
「そろそろ第一偵察隊も到着する……なんとか持ちこたえたか」
だいぶ数を減らした結晶生命体の群れに彼の船が襲いかかっていく。まだ楽観はできないが、どうやらこの場は無事に凌ぐことができそうだ。
☆★☆
「なかなかにスリリングだったな」
「……そうね」
「……そうですね」
返事をするエルマとミミの声に元気がない。結晶生命体相手の戦闘にはまだ慣れないらしい。小型の結晶生命体は体当たりにだけ気をつければ射撃攻撃はそんなに強力じゃないし、そんなに恐れることはない相手なんだけどな。戦術を持って追い込むような動きもしてこないし。まぁあれだけの群れに追われるとワンミスで爆散しかねないからスリリングではあるけど。
あの後、予定通りに第一偵察隊が増援として駆けつけてきたおかげで俺達は結晶生命体の待ち伏せ攻撃をやり過ごすことに成功した。第一偵察隊が到着したら獲物が減るので、その前に虎の子の対艦反応魚雷を一発だけ使って撃破数を稼ぐこともちゃんとしておいた。使った分は帝国軍が持ってくれるという話になっているし、出し惜しみしすぎても勿体ないからな。ブラックロータスに予備弾薬も積んであるし、今回の偵察行では程よくぶっ放して撃破数を稼いでいきたいと思う。
事前に撃破数に応じたボーナスなどの取り決めはなかったが、顕著な活躍をすれば何かしらのボーナスは期待できるだろう。多分。後で少佐に催促してみるのも良いかも知れない。
そんなことを考えながらブラックロータスの後方下部にクリシュナを移動させ、オートドッキングシステムを起動する。
「メイ、着艦を頼む」
『はい。ハッチ開きます』
ブラックロータスの下部後方のハッチが開き、誘導に従って自動でハンガーへの格納が完了した。うーん、着艦はやっぱオートに限るな。見てくださいこの安定度。余裕の無事故で……いや、たまに事故るんだよな。たまに。まぁクリシュナの大きさなら余程変な外的要因が無い限り大丈夫だろうけど。
「おーい、二人とも。着艦したぞ」
二人が大きく溜息を吐く。緊張状態から脱することができたのかな?
「この場の敵は殲滅したから大丈夫だろうけど星系内に他の群れがいるかも知れないし、隣接星系から増援が来るかもしれないからその時はすぐに動けるように二人ともちゃんと休んでおけよ」
「なんであんたはそんなに元気なのよ……」
「俺にとってはあの程度の戦闘なぞ温いのだ。ふはははは」
それなりに疲れはしたが、ほんの二十分かそこらの戦闘だったしな。まだまだ元気だ。
「まぁ、慣れろ。なに、小型種なんて動きの鈍いシーカーミサイルみたいなもんだ」
「そうでしょうか……?」
「そうだぞ。レーザーとか絶対避けれないけど、小型種はレーザーほど理不尽な早さじゃないし、シーカーミサイルほどに小回りは利かないからな。ビビらなければ大丈夫だ」
「う、うーん……?」
ミミは俺の言い分に納得し難いらしい。
「とにかく二人ともしっかり心と体を休めておくように。俺はティーナ達に整備と弾薬補給を指示してくるから」
「任せるわ……」
「わかりました……」
ぐったりとしている二人をコックピットに残したまま俺はブラックロータスのハンガーへと向かう。被弾はしてないから大丈夫だけど、こういう時に弾薬補給と整備がしっかりとできるのはやっぱり便利だな。高い買い物だったが、ブラックロータスを購入してよかった。
俺はそんなことを考えながらハンガーへと足を向けるのだった。