#152 メイとの時間、二人との時間
遅れました! 読みたい小説があって寝不足気味で……!_(:3」∠)_(ゆるして
姉妹はメンテナンスボットの充電とセルフメンテナンスの空き時間に休憩していたようで、メンテナンス終了のアラームを受けて名残惜しそうに仕事に戻っていった。俺はそれを見送り、メイがいるであろうブラックロータスのコックピットへと向かう。
「ご主人様、どうかされましたか?」
コックピットに入るとすぐにメイがこちらへと振り返った。こちらを振り返る彼女の手首にはコックピットのコンソールから伸びるコードが繋がっている。恐らくあのコードを介してブラックロータス制御を行っているのだろう。もっとも、今は船を航行させているわけではないから、彼女が何をしているのかは俺にはわかりかねるのだが。
「いや、依頼を請けて船を出す前に皆の様子を見ようと思ってな」
「それでここに?」
「ああ。メイもクルーだからな」
「そうですか」
赤いフレームの奥で光る瞳に僅かながら嬉しげな感情が垣間見える気がする。メイの無表情さは相変わらずだが、最近は微妙な感情の変化を読み取れるようになってきているように思える。どちらかというと俺が読み取れるようになったというより、メイの表情が豊かになってきているのかも知れない。見た目には殆ど変わらないから、表情が豊かにといってもごく微妙な変化なのだが。
「ご主人様は不思議な方です」
「そうか?」
「はい。帝国に於いては私のような機械知性は法のもとに人格権を保証されています。しかし、法のもとに人格権を保証されていることと、実際にそれが人々に認められているかは別の話です」
「んんん?」
メイの言うことがちょっと理解し難い。どういうことだろうか?
「機械知性の人格権が認められていない他国の民はもちろんのこと、人格権が保証されている帝国の民ですら私達機械知性の人格権を完全には認めていません。無論、皆無ではありませんが、ご主人様のように本当に一個人として認めてくださる方は稀ですよ。例えば今のように、これから危険な場所に行くからと心配して様子を見に来るような方は」
そう言ってメイは徐に俺との間合いを詰め、無造作に抱きついてきた。不意を突かれた俺は俺自信と殆ど変わらない長身の彼女に抱き竦められて身動きができなくなる。
いつも思うのだが、彼女は間違いなく機械であるはずなのに何故こんなに良い匂いがするんだろうか? 僅かに香る甘い匂いにいつもドキドキさせられてしまう。
「メイさん?」
「私は確かに機械です。ですが、怖いものは怖いのです。結晶生命体は有機生命体だけでなく、私のような機械知性も食い殺します。ご主人様の与えてくれたこの身体も例外ではありません。そしてミミ様やエルマ様、ティーナなウィスカも同じように食い殺すでしょう。彼女達は私の大切な友人です。その彼女達が食い殺されたりしたら、私は悲しみでどうにかなってしまうでしょう」
メイは一息でそう言い、そして俺を抱き竦める腕の力を僅かに抜いて至近距離から俺の顔をじっと見つめてきた。
「それに何より、ご主人様を失ってしまうのが恐ろしいのです。ご主人様は私の存在意義そのものです。仮にミミ様やエルマ様が生き残ったとしても、ご主人様を失ってしまったら私は壊れてしまうでしょう」
これ以上無いメイの真剣な表情に俺は無言で頷く。
「本当はこのような危険な依頼は請けて欲しくないと思っています。結晶生命体など帝国軍に任せておけば良いのです。危険に対して得られる利益が少なすぎます。エネルを稼ぐだけなら宙賊だけを狙ったほうがリスクが低く、効率的で、多くの人の役に立ちます。ですが、ご主人様はセレナ少佐をお見捨てにはならないでしょう」
「そうだな」
ここでセレナ少佐に協力しないでこの星系を去って、後にセレナ少佐がこの戦場で戦死したという話を聞いたら俺はきっと後悔するだろう。あそこで手を貸していれば、と。
「ですから、お止めは致しません。ただ、私は私にできることをするのみです」
「すまないな」
「いいえ。こうして気にかけてくださるだけで私は幸せです」
俺もメイを抱きしめる。彼女の骨格は強靭な特殊金属で、筋肉は特殊な金属繊維。柔らかな肌は人工的に合成された有機素材で、温かな体温は彼女の超小型ジェネレーターの発する排熱だ。艶やかな黒髪も、黒曜石のような輝く美しい瞳も何もかも、ヒトというものを模して作られた紛い物だ。
それでもやはり、俺にとってメイはメイだ。本物とか紛い物とかそんなことはどうでも良い話だ。
「結晶生命体なんかには遅れは取らないから」
「はい。そう信じています」
「信じててくれ。絶対に裏切らないから」
暫く抱き合った俺達はどちらからともなく身を離す。
「ブラックロータスの管理、運行はお任せください。この船はご主人様の帰る場所です。必ず守り抜きます」
「頼りにしてる」
「はい。お任せください」
そう言って頭を下げるメイに軽く手を振り、俺はミミとエルマが居るであろうクリシュナへと向かうことにした。
☆★☆
ミミとエルマはクリシュナのコックピットにいた。
「何してるんだ?」
「あ、ヒロ様」
「依頼を請けるなら相手は結晶生命体になるでしょ? ミミがクリシュナのレーダーの調整をするっていうから、付き合ってたのよ」
「なるほど」
それほど劇的に変わるわけではないが、ある程度対象を絞って調整することによってレーダーの感度を上げることは可能だ。結晶生命体用に特化させることによって若干だがレーダーの性能を上げることができる。無論、特化した分その他の対象に対しては若干感度がさがるのだが。
「一回調整してプリセットを登録しておけば即座にモードを変えられるじゃない? この際だから色々登録しておこうと思って」
「それは良い試みだな。使いこなせればオペレーターとしては一人前だ」
「頑張ります!」
ミミが気合を入れてコンソールの操作を続ける。俺はなんとなくコックピットの入り口からそれを眺めていた。こうしてミミがオペレーターらしいことをしているのを見ると、初めてこの船に乗せた頃のことを思い出すな。あの頃は不安と緊張でおどおどしてたのに、今はもう一端のオペレーターだ。
ミミと出会ってどれくらいだ? 船に乗っていると時間の感覚が曖昧になってなんとも言えないが、まだ一年は経ってないよな。一年も経たずにここまでオペレーターとしての腕を上げたのは才能もあるかもしれないけど、まぁミミの努力の賜物だよな。暇があればタブレットを使ってオペレーターの勉強をしてたし。
と、考えていると、ミミとエルマが二人して俺の方をじっと見てきた。
「どうしたの? ぼーっとして」
「もしかして、依頼について不安があるんですか?」
「いや、別にそういうわけじゃない。ただ、ミミも立派になったなって思ってただけだ」
「えぇ!? そ、そんなことないですよ? まだまだ初心者です」
ミミが顔を赤くしてわたわたと両手を振る。確かにそういうところはまだまだ初々しいけど戦闘中に取り乱すようなことはあまり無くなったし、オペレーターとして仕事をしている時は表情に自信のようなものが見えるようになってきている。
「そうね。ターメーン星系にいた頃とは比べ物にならないわ」
「えぇ……なんですかもう、エルマさんまで」
からかわれていると思ったのか、ミミが恥ずかしげな表情で少し膨れる。
「エルマはどうか知らんが、俺は本気で言ってるぞ」
「あら、私だって本気よ。まぁ、ヒロの船に乗っていればこうなるのも当然かも知れないけど」
「そうですよ。ヒロ様のおかげです」
「俺?」
「そうよ。実戦経験が多い分成長が早いんでしょうね」
エルマの言葉にミミがコクコクと頷いている。確かに他の船に比べれば宙賊の討伐数は多いだろうな。それはつまりエルマの言う通り実戦経験をそれだけ積むということになる。確かに実戦経験を積むのは成長に繋がるかもしれないが、ゲームじゃあるまいしそれだけでオペレーターとしての腕が伸びるわけないだろう。
「それよりもミミが必死に勉強したからだと思うけどな」
「それもあるわね。ミミの努力とヒロのスパルタな実戦経験の積ませ方の賜物よ」
「エルマさんの指導のおかげでもありますよ」
「そうだな。全部揃ってのことだろ」
「……そうかもね。それでええと、何の話だったかしら?」
少しだけ顔を赤くしたエルマが強引に話題を切り替えようとする。
「エルマが可愛い話?」
「結構恥ずかしがり屋さんですよね」
「もう! からかわないの!」
ぷりぷりと怒るエルマにミミと二人で笑いながら謝る。
「それで、ヒロは何してるのよ?」
気を取り直したエルマがジト目で聞いてくる。
「別に何してるってわけじゃない。ただブラブラして皆の様子を見て回ってるだけ」
「ふーん……」
エルマが俺に近寄ってきてスンスンと鼻を鳴らす。
「……仲良くしてきたみたいね?」
「やだこわい」
「他の女の匂いがする……! ってやつですね!」
俺とエルマのやり取りを見たミミがクスクスと笑う。笑い事じゃないよ。マジで怖いから。
「それじゃあ私とミミとも仲良くしてもらいましょうか」
「それはいい考えですね」
「お手柔らかにお願いします」
「そうねぇ……後回しにしてくれた分はしっかりとサービスしてもらわないとねぇ」
エルマが俺の左腕を、ミミが俺の右腕を抱え込んでどこかへと連行し始める。
「まずは食堂で美味しいものを食べさせてもらいましょう」
「そうね。その後はどうしようかしら?」
「マッサージをしてもらうとかどうですか?」
「はいはい……なんでもいたしますよ」
二人に引っ張られながら苦笑いを浮かべる。まぁ、少々こき使われるくらいのことは甘受するとしよう。依頼を請けて出撃したらイチャつく暇も無いだろうからな。




