#150 事前折衝
メイの給仕によって全員に精製水のボトルが行き渡り、事前折衝とやらが開始された。難しい言葉を使っているが、まぁ平たく言えば実際に行動を起こす前に条件をすり合わせしましょうね、ということである。
「とりあえず、司令には貴方達をうちの艦隊につけてもらうということで了承は取れました」
「それは良いな。互いに何も知らない同士で組まされるよりはずっとマシだ」
「そうですね。私達としても腕前や戦力ある程度がわかっている相手の方が作戦も立てやすいので」
「それで、どんな難題を押し付けられたの?」
エルマの発言にセレナ少佐が片眉を上げてみせる。
「難題というわけではありません。少々危険度が高い宙域の調査を任せられただけです」
「少々、ですか」
ミミが緊張した声で聞き返す。本当に少々なのかは俺も疑問です。
「はい。ここイズルークス星系はハイパーレーンのハブ星系です。五つの星系からのハイパーレーンがこのイズルークス星系に集中していて、そのうち四つの先は帝国領となっており、残りの一つが辺境星域へと繋がっています」
「辺境星域ねぇ……調査船は?」
「過去に一度調査船団が探索に向かいましたが、未帰還です。偉大なる帝国のリソースも無限ではありませんので、帝国はこのイズルークス星系に前哨基地と防衛戦力を配置し、他方面にリソースを振り分けて開発を進めていたわけですね」
「なるほど。民間の調査船は?」
「未帰還の船が多いですね。とはいえ、帰還した船が皆無というわけでもありません。帰還した民間調査船の報告によって結晶生命体の存在が確実視されることとなり、この前線基地には通常よりも多くの戦力が配置されました」
「その増強の結果がセレナ少佐達か?」
「いえ。私達は結晶生命体の活動が活発化したことに対する追加の増援ですね。一時的なものです」
「なるほど……それで、俺達が依頼を請けた場合はセレナ少佐の艦隊に同行して未探査領域の調査行をすることになると」
「はい。結晶生命体との遭遇、そして戦闘が高い確率で予想されます」
「ですよね。報酬は?」
「24時間あたり40万エネルです」
「それは随分と張り込んだなぁ……」
「よんじゅうまんえねる……」
ティーナが唖然とした表情で呟き、ウィスカが目を丸くして固まっている。ミミとエルマは難しそうな表情をしている。多分俺も同じような表情をしている。
「玉砕に付き合うのは絶対に御免なんだが」
報酬が高すぎるのが怖い。あまりに高過ぎで何かヤバいことに従事させられる感が凄いんだよなぁ。
「私達だって望んでそんなことをするつもりはありません。この額は貴方の実力に対する正当な評価と、働きに期待してのものです」
「働きに期待して、ねぇ……」
こき使われそうで怖いなぁ。まぁ、ここでグチグチと言っても仕方ないか。
「望んで玉砕するつもりはないって、そう言ったよな?」
「はい? 言いましたが……」
「ならヤバいと思ったら逃げるってのと、俺の忠告に耳を傾けるってことをここで約束してくれ。俺と少佐の間で非公式に、個人的にってことで構わないから。契約内容に俺達が危険だと思ったら勝手に逃げて良いって明記しろとまでは言わない。それなら仕事を請けさせてもらう」
「ふむ……」
セレナ少佐は形の良い顎に手を当て、少し考え込んでから頷いた。
「わかりました、約束しましょう。私は貴方の言葉に耳を傾ける、貴方達を含めた全艦隊乗組員の命の安全を優先する。これで良いですか?」
「俺としてはそれで上出来だ。二人からは何かあるか?」
「いいえ、ヒロ様の言った内容で大丈夫です」
「私からも文句はないわ」
「ティーナとウィスカは?」
「う、うちらか? 別にうちらからは何もないけど……」
「お姉ちゃん、報告書」
「あっ、せやな。えっと、少佐さん」
「はい、なんですか?」
ティーナからの呼びかけにセレナ少佐が小首を傾げる。
「うちら……いや、私達、会社に報告するために日誌をつけて報告してるんです。その、これから先の内容は日誌にして報告しても大丈夫なんですかね?」
「そうですね……こちらの船内で見聞きしたことに関しては問題ないと思いますが、念の為チェックさせてもらいましょうか」
「検閲か?」
「人聞きの悪い事を……万が一軍事機密情報が入っていた場合大事になりかねないので、事故防止のためです。完全なる善意ですよ」
茶化した俺にセレナ少佐がジト目を向けてくる。
「内容については私が毎日チェックしていますので問題ないとは思いますが。念の為チェック後のものを私からお送りいたします」
「そう? ならそうして頂戴」
「かしこまりました」
メイが頭を下げる。寧ろメイが検閲していたというオチだろうか、これは。何故かティーナが「えっ?」という顔をしているのはどういうことだ。ウィスカは特に反応してないから、ウィスカは知ってたのか。なんでティーナは知らないんだよ。
「後は立場の問題だけど……この前と同じ感じか?」
「はい。貴方は私の直属の部下扱いで、命令権は艦隊司令官の私にのみあるという形ですね」
「オーケー。じゃあ、今話し合った内容で傭兵ギルドに通してくれ」
「わかりました」
「あとは補給に関してなんだが、ブラックロータスは積荷を下ろしたからカーゴ容量が結構余ってるぞ」
「それは良いですね。少しでも補給物資を積んでいただけるとこちらとしても助かります」
「だが、勿論タダってわけにはいかない」
「……ちょっとガメつくありません?」
ヒクリとセレナ少佐が頬を引き攣らせる。そりゃお前さん、宇宙空間において安全な空間ってのはタダでは提供されないもんよ。
「まぁまぁ、最後まで話を聞け。別に金を取ろうって話じゃない」
「……続けてください」
疑わしげな視線を向けてくるセレナ少佐に両手を広げて見せながら口を開く。
「仕事が終わってこの星系を離れる際に空荷で出るのは勿体ない。だから俺達としては何か荷を積んでいきたいわけだ。そこで、作戦行動に使う補給物資をうちの船に積んで作戦行動に貢献する代わりに、依頼完了後に結晶生命体由来の素材を仕入れる際の口利きをして欲しい」
「……ふむ」
「俺達は少佐の仕事を最大限手伝う。その代わり、少佐にも職権の範囲内で最大限手伝ってもらう。フェアな取引だと思うが、どうかね?」
「念の為聞きますが、口利きというのは――」
「当然タダで横流しをして欲しいとかそういうことじゃない。軍が品質を保証する確かな素材を、できるだけ安い価格で仕入れさせて欲しいって意味だ」
初めてセレナ少佐に出会った時の事を思い出す。彼女は不正に厳しい態度で臨む正義感の強い人だ。そんな人に横流しを頼むほど俺は間抜けではない。
「良いでしょう。主計科に知り合いがいますから手配します。あと言い忘れましたが、任務中の補給に関してはこちらで持ちますので。ただし、嗜好品は別です」
「承知しております。じゃあ、あとで積載可能量をデータで送りますんで」
「わかりました、それではこれで」
セレナ少佐が席を立ったので、全員で彼女と部下二人を見送る。
「とりあえずそういうことで、皆覚悟を決めてくれ」
「はいっ」
「わかったわ」
「かしこまりました」
「お、おう」
「わ、わかりました」
やっぱり整備士姉妹が少し怯え気味だな。まぁ、仕方ないと思うけど。普通の人は結晶生命体のいる辺境領域になんかいかないものな。結晶生命体による侵食同化の恐怖というのは一般的にかなり広まっているようだし。
「そんなに心配しなくてもブラックロータスが直接攻撃されるような事態に陥ることはまず無いから心配要らないぞ。砲艦仕様のブラックロータスが直接攻撃に晒されるような状況ってのはもうほぼ全滅って状況しかない。そうなる前にセレナ少佐は撤退に移るだろうから、実質的にブラックロータスが危険に晒されるようなことは無いと考えて良い」
「そ、そうか……大丈夫なんよね?」
「心配いらないぞ」
ティーナとウィスカとメイはな。俺とミミとエルマの乗るクリシュナは結晶生命体と近距離戦をすることになるだろうけど。まぁ、よほどの群れとやり合わない限りは大丈夫だ。少佐達の艦隊戦力もあるしな。
「補給は済んでるはずだよな?」
「はい。ヒロ様に言われた通りに対艦反応魚雷もクリシュナに積んでいる四発以外にブラックロータスに十二発積んでおきました」
「補給担当の人、顔を引き攣らせていたけどね」
「タダで補給させてもらえるってんなら遠慮はしないよなぁ」
本当はクリシュナに積む分とは別に二十発の予備をもらおうと画策したんだが、十二発までしか出せないと言われてしまったんだよな。まぁ、使いようによっては一発でコロニーを壊滅させかねない危険物だから仕方ないっちゃ仕方ないんだが。
「水と食料、生活雑貨の類もブラドプライムコロニーで補給してきたし、行軍中は軍からの支給もあるって話だから……うん、依頼を請けて軍からの補給物資を積み込んだらすぐにでも出撃可能か。船の整備状況はどうだ?」
まだちょっと緊張気味の整備士姉妹に話を振る。日常の会話をして少しでも緊張を緩和できると良いんだが。
「ん、クリシュナの方は終わってるで。ブラックロータスの方も細かいチェックが残ってるだけやから、今日中には全部終わるわ」
「今回はブラックロータスも全力で攻撃していますから、一応エネルギー系統や装備の損耗度合いもチェックしてるんです。今の所は大きな問題は上がってきてません」
「そうか、なら引き続き頼む」
「任せとき」
「はい」
「じゃあ一旦解散ってことで。ギルドから依頼が回ってきて、出撃時間が確定したら連絡を入れる。それまでは各自やるべきことを済ませたら自由行動ってことで頼む。ああ、できれば船内に留まるように。外に出ても遊ぶところも観光スポットもないからな」
全員から了解の旨が返ってくる。
俺はどうするかね。連絡が来るまでやることもないんだが……特に目的はないけど時間まで皆の様子でも見て回るかな。今までの宙賊とかを相手にするのとはちょっと違った危険性のある依頼になりそうだし。船員のメンタルケアも船長の仕事だものな。