#149 面倒くさい人
ちょっと諸々の用事とか寝不足とかポンポンペインとかあって遅れました_(:3」∠)_(ゆるして
銀剣翼突撃勲章の見た目としては概ね予想通りで、銀色の翼の形をした鍔を持つ剣の形の勲章であった。予想と違う所はその鍔の部分に赤い宝石のようなものが埋め込まれていることくらいだろうか。
これがまぁ目立つこと目立つこと。俺の胸に輝く銀剣翼突撃勲章を見た帝国航宙軍の軍人さん達がギョッとした顔をするのが少し面白い。
ちょっとした優越感に浸りながら歩くこと数分。前方に見たくないものが見えてきた。艶やかな金髪、赤い瞳、ちょっとそこらでは見ないような美貌、そして腰に差した一振りの剣。
「銀剣翼突撃勲章の受勲おめでとう」
「ありがとう。そちらも銅盾翼勲章の受勲おめでとう」
「ええ、ありがとう」
「それじゃあそういうことで」
とスルーして脇を抜けようとしたらガシッと肩を掴まれた。メイ! 助けてメイ! 心の中でメイに助けを求めるが、メイはいつも通りの無表情でこちらに視線を向けているだけでセレナ少佐の行動を止めるつもりはないようだ。
「ご主人様。どちらにせよ逃れられないのですから、無駄なことはなさらないほうが良いかと」
「聞き分けの良い子は好きよ。それに比べてこっちときたら……」
「俺は諦めが悪いんだ」
とはいえ無理矢理セレナ少佐を振り切るのも難しいので、諦めて彼女に従うことにする。
「で、どうしろと? ツラ貸せってことですか?」
「いざとなると話が早いわね。なら最初から手を焼かせないで欲しいのだけど」
「それはそれ、これはこれ。で、どこにします? 俺の船はマズいでしょ?」
「貴方の船で良いわ。部下も向かわせてるし」
「さようで……」
セレナ少佐が先に立って歩き始めたので、俺もその隣について歩き始める。メイは俺達の後ろをそっとついてきている。
「聞きたいことは色々あるんだけど……まずその腰の剣はどうしたの?」
「ダレインワルド伯爵を襲った間抜けを俺とメイで叩きのめしたら伯爵がくれた」
「くれ……えぇ……?」
俺の端的過ぎる物言いにセレナ少佐が困惑する。
「なんだっけ? 決闘の邪魔をされたのはちょっとムカつくけど倒したのはお前だからお前が持ってけみたいなそんな感じ」
「……なるほど」
俺の説明を聞いてセレナ少佐は少しだけ考え込んでから次はメイに視線を向けた。
「それで、この子がメイ?」
「そうだ。見た目はメイドさんだが、パワーアーマーとも戦える性能を秘めているぞ」
「そう。いつから一緒にいるの?」
「んー、シエラⅢで発注してからずっとだな」
「はい」
「シエラⅢって……私は会ってないのだけど?」
「ずっとクリシュナの中にいたもんな」
「はい。お会いする機会がありませんでした」
「そう……」
あの時にはセレナ少佐をクリシュナの中に招いて酒盛りなんてことはしなかったからな。わざわざ紹介する必要性も感じなかったし。
「メイは小型陽電子頭脳を搭載したれっきとした機械知性だからな。モノ扱いしちゃだめだぞ」
「わかってます。私を何だと思っているのですか」
憤慨した様子でセレナ少佐が頭を振る。割と傍若無人で粘着気質な少佐殿と認識しておりますが、何か? とか言ったら拳が飛んできそうなので黙っておく。
「それで何の用なんです? 依頼の話なら傭兵ギルドを通していただければそれで良いんですが」
「そんなに邪険にしなくても良いではないですか。私と仲良くしておくと良いことがありますよ」
「そういうのは一回でも『良いこと』を持ってきてから言ってくれませんかねぇ……? 俺は少佐から面倒事しか頂いた記憶がないのですが?」
「それはお互い様ではないですか」
セレナ少佐がそう言って唇を尖らせる。美人は何をしても可愛くて得だなぁ、ははは。
「それはもしやシエラ星系での一件を仰っていらっしゃる? あれは少佐がかけてくれた面倒の貸しを返してもらっただけなんですが?」
だが俺をその程度のことでやり込められるとは思わないで欲しい。毎日美少女のミミや美女のエルマ、理想的な容姿のメイドロイドであるメイと過ごしているのだ。いくらセレナ少佐が美人だと言ってもその程度のことで絆される俺ではない。ついでに言えばセレナ少佐は絶対に面倒臭い女なので、そっち方面でどうにかなろうとは毛の先ほども思っていないのでダメージは0である。
え? 整備士姉妹? 可愛いとは思うけど、アレに手を出すのは犯罪じゃないかな……いや犯罪じゃないんだけどさ。成人してるし。でもちょっとな。絵面がな? 向こうが本気でそういうつもりならアレだけど、今のとこをそういう素振りも見えないし。
「わかった、わかったから……もう、そこまで露骨に嫌わなくても良いじゃない……」
「別に嫌っちゃいませんけどね。面倒なだけで」
「それって嫌ってるってことじゃないの」
セレナ少佐が眉間に皺を寄せる。せっかくの美人が台無しですよ、少佐殿。
「セレナ少佐の立場があらゆる意味で面倒なだけで、人柄はそこまで嫌いじゃないですよ。頭の回転が早くて、美人で、でもプライベートではどこか詰めが甘くてポンコツな少佐は可愛い人だと思いますが」
「ポンコツ……って可愛い?」
「完璧過ぎないところがポイントですね。これでプライベートも隙が無い完璧超人だったら近寄り難い感じだろうなと思います」
「その評価は喜んで良いのか何なのか……その割には貴方、私のことを露骨に避けるわよね?」
「少佐殿はあらゆる意味で面倒臭いので……」
「その面倒臭いっていうのやめない? 普通に傷つくわ」
本当に面倒臭い女だよ、少佐は。
「まず少佐のどこか面倒って実家ですよね。下手なことを言ったりやったりすると侯爵家に何をされるかと思ってしまって近づかんどこってなりますし」
「生まれはどうしようも無いのだけれど」
「ならそういう星の下に生まれてきたんですね」
「見も蓋もないわね……はぁ」
セレナ少佐がしゅんと肩を落として溜息を吐く。そうそれ、そういうの。
「でもセレナ少佐は可愛いので、構いたくなるんですよね。男としては。でも立場が少佐で偉い人だし、そもそも侯爵家の令嬢だしってことで構うわけにもいかない。結果的に男はセレナ少佐を避けることになるってわけです。万が一にも情を移してしまうと大変なことになるので」
「それは慰めているのかしら?」
「少佐は別に嫌われてるってわけじゃないってことですよ。面倒臭いから近寄りたくないだけで」
「やっぱり喧嘩を売っているのよね? 高く買って差し上げるわよ?」
「やめてくださいしんでしまいます」
剣の柄に手をかけるセレナ少佐に両手を挙げて降参のポーズを見せる。そんな感じで戯れているうちにブラックロータスが停泊しているハンガーに辿り着いた。
「少佐」
「ご苦労さま。悪いわね」
「いえ」
ハンガーにはセレナ少佐の部下達が待機していた。人数は三名。一人はガタイの良い男性軍人で、セレナ少佐の副官であるロビットソン大尉と、名前を知らない女性軍人が二名だ。公式に俺の船を訪れるとなると、これくらいの人数が要るというわけだな。
「お久しぶりで。新しい船にご案内しますよ」
「はい、お久しぶりです。この度は銀剣翼突撃勲章の受勲、おめでとうございます」
「どうもありがとう。受勲した本人はその重さとか重大さをいまいち理解してないんですがね」
「ははは、その辺りは流石ですな」
ロビットソン大尉とは顔見知りである。以前アレイン星系でセレナ少佐の対宙賊独立部隊に対宙賊戦術を伝えた時にもしょっちゅう顔を合わせていたからな。他の二人も名前までは知らないが、見知った顔ではある。
なんで私の時よりも親しげな感じなのかしら……? とでも言いたげなセレナ少佐をスルーして少佐を含めた四人をブラックロータスの船内へと案内する。ブラックロータスの内装の豪華さに唖然とする四人の反応をスルーしつつ休憩室スペースの食堂へと向かうと、そこにはミミとエルマが待っていた。整備士姉妹の姿は見えないが、部屋にでも篭もっているんだろうか?
「ただいま。ティーナとウィスカは?」
「軍人さんとの話を邪魔しちゃいけないからって言って部屋に戻ったわよ」
「一応今後の活動方針を決める話し合いになるだろうから、来てもらったほうが良いと思うんだよな」
「そうは言ったんだけどね」
エルマが肩を竦める。妙なところで遠慮するね、あの二人は。
「ミミ、すまんが呼んでくれ」
「わかりました」
「軍の皆さんは適当にお座りください。席の序列とかそういうのは船長の俺が気にしないんで、適当にお願いします。メイ、悪いが全員に水のボトルを」
「かしこまりました」
タブレットを操作し始めるミミを横目に対宙賊独立艦隊の面々に着席を促し、メイに飲み物を用意してもらう。本当はテツジン・フィフスの淹れるコーヒーもどきでも紅茶もどきでも構わないのだが、好みを聞くのが面倒だから無難に精製水のボトルだ。
「ええと、今回わざわざこちらを訪ねていただいたのはアレですよね。依頼の件ですよね」
「そうなるわね。傭兵ギルド越しじゃ細かいニュアンスが伝わらないでしょうから。直接話をしにきたわけです。この場で傭兵ギルドを通さずに依頼するつもりじゃなく、事前の折衝だと思って頂戴」
「了解。エルマとミミもそういうことで良いな?」
「良いわ」
「はい」
「じゃあそういうことで……と少々お待ちください。スペース・ドウェルグ社から出向してきてる二人も一応クルーなんで、彼女達にも聞いてもらいますんで」
「彼女達ねぇ……また女の子が増えたのかしら?」
そこはかとなく冷たい視線を向けてくるセレナ少佐に肩を竦めてみせる。
「少佐に睨まれる理由がよくわかりませんが、女性ではありますね」
と、言ったそのタイミングで整備士姉妹が食堂に駆け込んできた。
「待たせる形になってしまって申し訳ありません!」
「ごめんなさい! 許してください!」
土下座しかねない勢いでティーナとウィスカが頭を下げる。そんな二人をたっぷり数秒見つめてからセレナ少佐は俺に再び視線を向けた。
「まさか……」
「何を想像してるかは敢えて言わないが、違うからな。あの二人には手は出してないからな。というかあの二人はドワーフだから。身体は小さいけどちゃんとしたレディだから。そこの所はよろしく頼むぞ。本当によろしく頼むぞ」
これから仕事の話をするというのに一体何故俺はこんなことを必死で説明しているのか。本当に面倒くさい女だよ少佐は。




