#014 自己主張の激しいフラグ
「おい、大丈夫……」
「だ、だだ、だいじょうぶですすすす」
「ダメみたいですね」
バトルフェイズだと言ったな? あれは嘘だ。
出発まであと一時間。念の為、船のAIにセルフチェックとメンテナンスの指示を出した俺はミミを連れて食堂で寛ごうとしたのだが。
「ぜ、ぜぜ、ぜんぜんもんだいないですよ?」
「見るからにダメじゃないか」
ミミが生まれたての子鹿かチワワか何かのようにプルプル震えていて見るからに不憫だ。いや、うん。これから生きるか死ぬかの戦いに赴くわけだから、彼女のように緊張し、恐怖するのが普通の感覚なんだろう。ミミは正しく状況を認識し、正しい反応をしているだけだ。
寧ろ、全く緊張していない俺が異常なんだろうと思う。今から俺は正真正銘、本物の殺し合いをしにいくのだ。今まで殴り合いもまともにしたことのないような俺が、命をやり取りをしに行くというのに緊張を覚えないというのは明らかに異常である。
何故緊張しないのか? と考えるといくつか考えられることはある。
まず、俺の愛機であるこのクリシュナがこの世界においてそれなり以上――というか、恐らく傭兵の持つ船としてはトップクラス、あるいは規格外な戦闘能力を有しているだろうと推測できるということが一つ。
これは情報収集のついでに市場に流れている船の性能や武装の威力、星系軍に配備されている最新兵器の情報、その他諸々の戦闘艦のデータを参照した結果、ほぼ確実である。
流石にグラッカン帝国やベレベレム連邦の最新艦やそもそものサイズが違う戦艦クラスの船と比べるとどうかは判らないけれど。それでも多分良い勝負は出来るだろうと俺は踏んでいる。
そしてもう一つが俺がこの世界に来て早々にやり合うことになった宙賊達や、俺のシミュレーターでの戦闘を目の当たりにした傭兵ギルドのおっさんやエルマの反応だ。
どうも、彼らの反応を見る限りクリシュナを操る俺の戦闘能力はちょっと度を越していると言うか、規格外っぽい感じであるらしい。勿論クリシュナの機体スペックが単純に高いという面も大きいのだろうが、どんなハイスペックな機体も乗りこなせなければただの棺桶だ。少なくとも、俺の操縦技術はクリシュナを動く棺桶にはしていない。
以上の二点を考えればこれから赴く宙賊掃討任務においてそれほど危険なことにはならないだろう、と思う。思えてしまうのだ。だから落ち着いていられる。
もしかしたら、ただ単純に命の危機ってやつを感じてないだけかもしれないけれどもね。
何せ、俺の視点から見るとこの世界は『ステラオンライン』の世界そのものにしか見えないのだ。どういうことかというと、どうにも俺としては所謂『ゲーム感覚』というのが抜けていかないのである。
戦闘では死にそうにない。
現実感もない。
そんな状況で死の恐怖を感じるのはなかなかに難しい。撃墜されればリアルに死ぬ、というのはわかっている。一応理解しているつもりだ。ただ、俺はステラオンラインでも撃墜されたことは数えるほど……それも初期の操作に慣れていない頃にしか経験していないのだ。
撃墜されると船の修理費が買うのと同じくらいにかかるからな。保険に入っておけばいくらかは安くなるが、カーゴの中身もばら撒くことになるし、大赤字である。だから安全マージンは十分に取って行動する。
退くタイミングを見誤って撃墜されたら大赤字なのだ。
まだいけるは、もうダメ。それをいつも自分に言い聞かせて行動していた。例えば、クリシュナは三層のシールドとそれなりに強固な装甲に守られており、その下に本体と言える船体が存在する。
更にシールドを急速チャージするシールドセルという装備があり、それを使えば若干のタイムラグはあるものの減衰したシールドを張り直す事ができるのだ。完全に喪失してしまうとシールドセルを使っても無駄になってしまうのだが。
さておき、シールドセルである。これは機体の各所に積み込んであるわけなのだが、クリシュナの場合合計で五つ装備している。つまり、上手くやればこの五つのシールドセルを使い切るまでは船本体は安全であるということだ。
俺はステラオンラインで戦闘を行う際、シールドセルの残量が最後の一つになった時点で撤退をするように心がけていた。経験則的にシールドセルが一個残っていれば敵の追撃を躱しながら安全に戦闘を離脱できる公算が高いからだ。
当然まっすぐただ船を飛ばすだけだとケツから穴だらけにされるだけなので逃げ方には気をつけなければならないが、基本的に武器への出力供給を絞ってスラスターとシールドにジェネレーター出力をガン振りすれば武器への出力供給を行っている相手から逃げるのはそう難しくはないものだ。
「あの、ヒロ様……?」
「ん? ああ、すまん。ちょっと考え事をな」
急に黙り込んだ俺を心配したのか、ミミがおずおずとした様子で声をかけてきた。俺はそれに笑顔を返し、なんでもないと首を振ってみせる。
「あまり心配は要らないぞ。俺はこれでもそこそこの腕だし、この船はとても強い船だ。それに、さっきの会議でも言っただろ? 危なくなったら逃げるって。俺一人でも安全マージンは十分とって行動するけど、今はミミもいるんだ。無茶はしないよ」
「だ、だいじょうぶですよ? わたしは」
「まずはその青い顔をどうにかしてからそういうことは言ってくれ。でもこればっかりはなー……慣れてもらうしか無いな。あ、一応言っておくけどあんまり沢山お腹に何か入れるのはやめておいたほうが良いぞ。リバースでもしたら大惨事だ」
「うっ……気をつけます」
可愛いミミにはゲロインになって欲しくないからな。あの残念宇宙エルフ辺りならあまり心も痛まないんだが。
まぁコックピット内で嘔吐されると臭いで集中力が低下するとか吐瀉物で機械が機能不全を起こしたりとかが怖いよな。いや、吐瀉物程度ではビクともしないかな? コックピットの機械類は軍用品だし。
「そろそろセルフチェックも終わる頃だけど……ミミ、どうしても怖いならコロニーに残るか? 傭兵ギルドなら無碍にはされないと思うけど」
「い、いえ! 行きます! まだ何のお役にも立てないと思いますけど、ここで逃げたらヒロ様についていくことなんてできません!」
ミミが両拳を握り締め、むんっと気合を入れる。そしてたわわに揺れる胸部装甲。今日のミミはあまりコスプレ衣装めいてはいない傭兵風の格好だ。具体的にはスパッツのようなぴっちりパンツに少し丈夫そうなシャツ、そしてジャケットだ。正直言って背伸びして傭兵風の服を着ている感が拭えないが、そのうち馴染むだろう。多分。
ミミにも踏ん切りがついたようなので、コックピットへと移動して発進準備を整える。機体のセルフチェックも終了しており、結果はオールグリーン。発進するのに問題は無さそうである。
「ミミ、発進するから管制に連絡」
「は、はいっ!」
オペレーター席に座ったミミがぎこちない手付きで通信用のコンソールを操作し、発進の手続きを進めていく。少しするとすぐにメイン画面上に発進タイミングが表示された。着艦時と違って、発進時の手続きはAIによる自動手続きであるらしい。
指示されたタイミングでクリシュナのジェネレーターを起動し、ハンガーベイから発進する。ランディングギアも艦に格納し、久々にターメーンプライムコロニーから宇宙空間へと飛び出した。
「うわぁー……」
「宇宙の景色って凄いよなー。どの方向を見ても満天の星空だもんなぁ」
「はいっ! それにコロニーが……あんな形してるんですね」
「自転車の車輪みたいだよな」
「じてんしゃ?」
「あー、まぁああいう形の車輪を使う乗り物があるんだよ」
「そうなんですかー」
ミミは自転車を知らないらしい。うーん、エコだしコロニー内の乗り物として普及してそうなもんなんだけどな? 人工重力とかの関係でなんか上手く行かなかったりするんだろうか。謎だ。
センサーをチェックすると既に何隻かの傭兵の船が待機しているようなので、そちらに向かって合流しておく。
傭兵達の駆る船は実に千差万別で、同じ船が一つとして存在しない。厳密に言えば同じ艦種の船はあるのだが、それぞれ自分好みにカスタマイズしているせいで細部がかなり異なるのだ。
「ふぁー、カラフルな船も多いんですねぇ」
「目立つのを目的としてるんだろうなぁ。よほど腕に自身があるか、依頼主とかに印象づけたいのか……」
ちなみに、俺のクリシュナのカラーリングは迷彩効果の高い艶消しのダークブルー塗装だ。ステラオンラインにおいて、機体のカラーリングやペイント、エムブレムの貼り付けなどは非常に自由度が高かった。めちゃくちゃでかい輸送船にアニメなどのキャラクター画像をでかでかとペイントした痛車ならぬ痛船なんかも結構居たなぁ。俺はやらなかったけど。
「んおっ!? なんつー珍しいモンを……」
傭兵艦の中に一際目立つ白い船があった。どこか白鳥を思わせるような優美な流線型の造形、大型の後部スラスターは見るからに『速そう』な印象を見る者に与える。それもその筈、実際に速度性能ではずば抜けている機体なのだ、あれは。
船の機種名は『SSC-16 ギャラクティック・スワン』――ステラオンラインのプレイヤーの間では『白い流星(最終的に星になるという意味で)』、『フェ○ーリ(クッソ高い高速高級車だから)』、『暴走超特急(地獄行き)』などと散々に言われているネタ機体だ。
「うわぁ、綺麗な船ですね!」
「ああ、うんそうね……」
「? 何かおかしいんですか?」
「いや、あれはなぁ……」
最高の速度性能に運動性、そこそこの火力、強力なシールド性能……これだけ聞くと優秀な機体に聞こえるのだが、問題はその運動性である。
ごく単純に言うと高すぎるのだ。操作があまりにもピーキー過ぎて真っ直ぐ飛ばすだけならともかく、複雑な機動戦となるとまず制御できない。俺も知り合いに一度乗せてもらったことがあるのだが、あまりにもピーキー過ぎてまともに操縦できなかった。
もう一つヤバいのがその高価さだ。あの速度性能と運動性は採算度外視の高級な素材をふんだんに使っているという設定がなされており、購入費用は勿論のこと修理費用もべらぼうに高い。精々中型艦くらいの大きさのくせに、その修理費は戦艦をも凌ぐレベルだったりする。
そして最後にもう一つ、特大級の爆弾があの機体には載っているのだ。
それは、ある条件を満たすと起こる『暴走』である。暴走と言っても別に船体に口がパカっと開いて敵船を勝手に食い散らかすとかそういうものではない。文字通り『暴走』するのだ。操作を受け付けず、燃料が切れるまで物凄い速度でしっちゃかめっちゃかに飛びまくるのである。そして最終的には爆発四散する。
最初、その機能が発見された時は『バグか!?』などとゲーム内では騒がれたのだが、頭のおかしい(褒め言葉)検証班によって『暴走』が起こる条件が特定され、他の機体ではそう言ったことは一切起こらないことから当該機体にのみ設定された隠し機能的なものであると結論付けられた。
あまりにも酷い暴走機能とピーキーな操作性、目玉の飛び出るような購入費用と修理費のせいでステラオンラインのプレイヤー間では完全に『ネタ機』扱いだったなぁ……それを命のやり取りをするガチの戦場に持ってくる傭兵が居るとは。
いや、使いこなせば決して悪い機体ではないんだけどね? 速度性能と運動性はどっちも俺のクリシュナよりも一回り上だし。ただ、周りを盛大に巻き込んで自爆する傍迷惑な機能がついてるだけで。それが致命的な致命傷というやつなんだけども。
「ダメな機体なんですか?」
「ダメではない。使いこなすことができれば強力な船だ。でもちょっと扱いがピーキーというか……ストレートに言うと欠陥機だな」
「欠陥機」
「ある条件を満たすと超高速で暴走して爆発四散するんだ。まぁ、激しい戦闘機動を行なって、なおかつ発熱量の高い光学兵器でも乱射しない限りは条件を満たすことはないんだが」
「それ、凄く危なくないですか?」
「物凄く危ないぞ。だからあの機体に乗ってるのはそのへんを熟知している癖の強いベテランか、そういうのを知らずにスペックだけで船を選んだ間抜けだな」
「なるほど……」
船の情報をタップして表示する、オーナーの名前は……キャプテン・エルマ。
「Oh……」
「どうしたんですか?」
「あの船、エルマの船だわ」
「……えっ!?」
「自称ベテランだから……まぁ、きっと大丈夫じゃないかな?」
全武装レーザー砲ガン積みとかでもない限り、そうそう暴走は起こさない筈だから大丈夫だ。きっと。多分。恐らく……いや、今の俺は自分に嘘を吐いている。このタイミングでのネタ機体の登場、そのオーナーがよりによってあの残念宇宙エルフ。もうフラグが全力で自己主張しているようにしか思えない。
「無事を祈ろう……ミミだって初陣なんだからな」
「そ、そうですね。エルマさんならきっと大丈夫ですよね」
知り合いが死んだりするのはとても嫌だが、傭兵稼業をしていればこれから先そんなことはいくらでもあるだろう。船に乗って宇宙に出た時点で何が起ころうとも自己責任というやつだ。
可能な限りは助けてやりたいと思うけど、そんな余裕があるかどうか……というか、まさに今から出撃するというこの段階で俺に出来ることなど何もないよね。普通に。無事を祈るしか無い。
『作戦開始まであと三十分。各機に潜伏地点の座標を送信します。作戦開始と共に移動を開始してください』
星系軍のオペレーターから潜伏地点の座標が割り当てられ、送信されてくる。偵察用のドローンでも飛ばしてあるのか、敵の戦力配置などもかなり詳細だ。
「って、こいつは……」
「どうしたんですか?」
「なに、ちょっと面倒そうな感じだなぁ、と思っただけだ。問題はない」
俺に割り当てられたポイントは敵影がかなり濃いポイントだった。ランダムに割り当てられたのか、それとも……脳裏にセレナ大尉の笑顔が浮かぶ。なんだか作為的なものであるような気がしてならない。
「ま、問題はないさ」
いざとなったら逃げることもできるしな。恐らくその必要はないけれども。
予測可能回避不可能_(:3」∠)_
 




