#147 受勲式という名の論功行賞兼デブリーフィング
拝領します、というメッセージをミミに送ってもらったその翌日。帝国航宙軍から呼び出しが来た。簡単な受勲式をするので、前線基地にある帝国航宙軍のB-3ブロックに来て欲しいと。
「受勲式なんて面倒なことがあるなら断ればよかった……」
ここはブラックロータスの食堂。
積荷の引き渡しを含めた諸々の事務処理などを済ませた俺達は全員で集まってここで打ち上げのようなことをしていた。全員で、とは言っても食事をしないメイは不参加だったのだけれども。なんか所用を済ませるとか言っていたけど、何をしているのだろうか。
「なんだか妙に嫌がるわね?」
エルマが眉間に皺を寄せて訝しげに首を傾げる。その手にはなんだか金属製のジョッキが握られている。なんでも注いだ酒の温度を一番美味い状態に保ってくれるハイテクジョッキらしい。いくらしたのか聞くのはやめておいたが、君はそろそろ少しでもいいから借金を俺に払ったほうが良いんじゃないかな?
「確かにそう言われるとなんだか珍しいかも知れませんね。ヒロ様がこんなに嫌がるのは」
「自分が上の立場というか、褒められるなら嬉々として行きそうな感じするけどな?」
「えっと……」
ミミもエルマと同様に首を傾げ、ティーナがなんだか微妙に失礼なことを言ってくる。お前の中で俺は一体どういう人間なんだ? あとウィスカは無理に姉のフォローをしなくてもいいぞ。
「明確な理由はないんだが、なーんか気が進まないんだよなぁ……もしかしたらセレナ少佐が絡んでいるからかもしれん」
「それは仕方ないわね」
「それは仕方ないですね」
「だろ?」
ノータイムでエルマとミミが俺の言葉に同意する。
「兄さん達にそこまで言われるセレナ少佐っちゅう人に逆に興味が湧いてくるんやけど」
「お姉ちゃん、多分近づかないほうが良いんじゃないかな。なんとなくだけど」
ウィスカはかしこいなぁ。君子危うきに近寄らずって言葉もあるからね。この世界に同じ言葉あるかは知らんけど。
「いずれにしても拝受すると言った以上は無視はできません」
「ですよねー……はぁ、仕方ない。行くか」
食堂の扉が開く音がしてメイの声が聞こえてきたので、振り返る。
「……? なんでそんなものを持ち出してきたんだ?」
食堂に現れたメイは鞘に収まった大小一対の剣を携えていた。携えていた、と言っても別に帯剣しているわけではない。普通に手に持っていた。何かベルトのようなものも一緒に持っているようだ。
メイの持っている剣は前に仕事の成り行き上でメイと一緒にボコった色々と諦めの悪い貴族から分捕ったと言うか、その諦めの悪い貴族の父である怖い爺さんから下賜されたものなのだが……。
「受勲式に赴く際にはこちらを身に着けていかれるとよろしいかと。私もお供致します」
「お、おう……?」
わからぬ。俺にはメイの考えがわからぬ……! グラッカン帝国内において剣というものは貴族の象徴である。別に貴族以外が帯剣してはならじ、という法は存在しないらしいが普通の人は帯剣などしないらしい。貴族の中には貴族以外が帯剣しているのを快く思わない人もいるからだ。そういった人に目をつけられると、決闘を申し込まれてずんばらりんとやられるという。コワイ。
「俺は怖い貴族に決闘など挑まれたくないんだが?」
「御主人様であれば問題ありません。銀剣翼突撃勲章を持つ名誉騎士となるのであれば剣はあったほうがよろしいですよ」
「そういうものなのか?」
「そうね……まぁ、良いんじゃない?」
エルマにも聞いてみるが、なんとも煮え切らない感じだ。
「マジでわからないから思わせぶりな感じじゃなくて親切に説明してくれ」
「私だってそんなに詳しいわけじゃないわよ。でも、剣を持っていけばダレインワルド伯爵のことを説明することになるでしょう? それに、メイは機械知性よ。おおっぴらにはちょっとアレだけど、この国の貴族はあまり機械知性には強く出られないからね。つまり、セレナ少佐への牽制になるってわけ」
「面倒避けになるってことか?」
「多分ね。そういうことよね?」
エルマの問にメイは無言で頷いてみせた。なるほど、面倒避けになるのか。なら持っていくかね。メイから剣帯と大小一対の剣を受け取って身につける。うーん、結構ずっしりしてるな。
「今後持ち歩いたほうが良いのかね、これ」
「そうですね、銀剣翼突撃勲章を拝受した後は身につけて歩くのがよろしいかと。今後、グラッカン帝国内においてご主人様は名誉騎士ということになりますから」
「トラブルを引き寄せることにならないか?」
「銀剣翼突撃勲章があれば問題ありません。と言いますか、逆にトラブルになりかねないのでそれなりの格好をしたほうが良いのです」
「思ったよりも権威がある勲章なんだなぁ……」
「はい、生きたまま銀剣翼突撃勲章を受け取る方は大変希少ですから」
うん?
「普通の銀剣翼勲章や銀剣勲章は戦闘で顕著な軍功を上げれば授与されます。銀剣翼突撃勲章や銀剣突撃勲章は単身で敵中に飛び込み、多大な貢献を上げた方にしか授与されません。普通、敵中に単身で飛び込んだ方は亡くなられますので」
「つまり生きたまま銀剣翼突撃勲章を持っていると?」
「大変血気盛んで敵に回してはいけない方だと思われるかと」
「切れたナイフ的な?」
「ナイフが切れてどうすんねん」
ああ、お約束のツッコミを入れてくれてありがとう。後でジュースを奢ってやろう。酒のほうが良いかな?
「銀剣翼突撃勲章のことをよく知らない人は勲章と剣を見てなんか凄そうな人だと思うようになって、銀剣翼突撃勲章のことをよく知っている人はうわやべぇ奴だ近づかんどこってなると」
「端的に言うとそういうことですね」
「やっぱ今から辞退していいかな?」
「駄目です」
「ですよね」
☆★☆
道連れにミミとエルマを引っ張ってこようとしたが、授与されるのは俺だけだから遠慮すると言われ、整備士姉妹に目を向けたら会社から出向してるだけのうちらは関係が薄いからと断られ、結局メイだけを供にしてB-3ブロックとやらにある叙勲式会場に向かうことになった。
腰に大小一対の剣を差し、メイを連れ歩いているせいか妙に視線が集まっている気がする。いや、きっとこの視線は美人なメイに集まっているんだ。そうに違いない。そういうことにしておこう。
「剣術の訓練も今度からするようにしたほうが良いのかね」
「ご主人様が望まれるのであれば。訓練に関しては私にお任せください」
「それじゃあ基本からお願いしますかね……」
剣を腰に下げているのにロクに振れないというのは格好がつかないだろう。剣って武器はただ振れば良いってものじゃないらしいからなぁ……ちゃんと刃筋を立てないとただの鈍器にしかならないと本か何かで読んだ覚えがある。いや、この世界の剣だともう少し扱いが楽なのかな? 刃の切れ味の次元が違うものな。
「はい、お任せください」
メイの声のトーンが若干高いように感じる。かなり気合が入っているようだが、メイのスペックをフルに使われたら生身の俺は壁の赤いシミになりかねないので手加減はして欲しい。
気合を入れるメイに遠回しに手加減を要請しながら進むこと暫し、俺とメイはようやく目的地へと辿り着いた。どうやら俺以外にも受勲される人がいるようで、部屋の前にはちょっとした人だかりができていた。その人だかりに近づきながら集まっている人物の観察をする。
一見した感じだと軍人が多いようだが、傭兵らしき人の姿もある。しかし俺のようにメイドロイドを連れている人は居ないようだ。それも当たり前か。思ったよりも流行っていないんだろうか? メイドロイドというのは。
人だかりの一番後ろにいた若い傭兵風の男が俺に気づいて視線を向けてくる。紛うことなき値踏みをするような視線というやつだ。俺もまたそんな視線を向けてくる傭兵の男を無言で観察する。
若い男である。彫りの深い顔立ちなので正確な年齢はわからないが、見た目的には俺より年上には見えない。腰にはレーザーガンと、何か武器っぽいものが収まっている鞘のようなポーチのような何か。服装は丈夫そうなパンツにシャツ、それにジャケット。デザインは違うが、俺と似たような格好と似たような格好だ。やはり傭兵だろう。
「何見てんだよ」
「お仲間かなと思っただけだ。俺もこの部屋に用事があってね」
微妙に喧嘩腰な若い傭兵にそう答えて視線を人だかりの向こうにある扉に向ける。若い傭兵はそんな俺と俺の後ろに控えているメイに胡乱げな視線を向けてきた。レーザーガンに大小一対の剣、それに俺に付き従っているメイドロイド。
こいつは本当に傭兵なのか? 傭兵だとして、なんで剣なんて下げている? 高価そうなメイドロイドなんぞを侍らせて歩くなんて一体何のつもりだ? と、彼の思考を代弁するならそんなところだろうと思う。俺が彼の立場でもそう思うだろうから、そんな視線を向けてくる彼を責めようとは思わない。
「まぁ、色々と事情があってな。察するのは難しいだろうが、そっとしておいてくれ」
「……フン、貴族の道楽かよ」
別に貴族じゃないんだけどな。まぁ余計なことを言ってもトラブルになるだけだろうし人だかりが捌けるのをゆっくりと待つことにしよう。どうやらこの人だかりは受勲者のチェックと言うか、受付手続きめいたもののようだし。
程なくして人だかりは捌けてゆき、俺とメイも受付手続きをする番になった。
「IDの提示を」
「あいよ」
受付をしている兵士の持っているタブレット型端末に小型情報端末を翳し、俺のIDを送信する。すぐに俺の情報が表示されたのか、兵士がギョッとした顔をして俺の顔を見て、またタブレットに視線を落とし、また俺に視線を向けてきた。二度見するほど衝撃的か。足を見るな足を、幽霊とかじゃねぇから。というかこの世界でも幽霊は足が無いのか?
「ええと?」
「……はっ!? し、失礼しましたっ! ご案内致します!」
俺のIDを確認した軍人さんが見事な敬礼をキメて先に立って歩き出す。
会場に入ると大勢の視線が集まってきた。視線の主は主に受勲式を運営する側の軍人で、受勲者は俺に背を向けて座っている人が殆どだ。だが、会場はそんなに広いわけでもない。緊張した様子の軍人に先導され、メイを引き連れている俺は酷く目立った。そして俺の腰の剣とメイを目にしたセレナ少佐がなんだか凄い顔をしている。
そう言えば、セレナ少佐はメイと直接会ったことが殆ど無いか……? 俺の知らないところで接触していた可能性はあるが、俺にはあまり覚えがないな。
「……この席?」
「はっ、そうなります」
「えぇ……」
そして何故か俺の席は一人だけ隔離された場所にあった。場所的には他の出席者から見て左前方。どちらかと言えば関係者席とか来賓席みたいな場所である。椅子の向きもなんかおかしくない? なんで斜め方向に出席者の方に向いてるんだよ。いじめか? ちなみに反対側に受勲式を運行するらしき偉いっぽい軍人さん達がいる。セレナ少佐もそこにいる。
「では受勲式を始める」
一番偉いっぽい軍人さんの宣言と共に大型ホロディスプレイが起動し、3Dマップのようなものが表示された。どうやら今回の戦いの俯瞰図のようだが……なんか戦略系ゲームの戦闘画面か何かみたいだな。3Dマップ上で今回の戦いが再現されて行き、その中で今回の受勲者達を示す駒の動きがピックアップされていく。これは誰がどんな活躍をしたのかがとてもわかりやすいな。論功行賞とデブリーフィングを兼ねた行事なのかもしれない。
前半から中盤に向けての戦闘の推移はあまり良い状態とは言えないようだった。各方面で奮闘している様子は見えるが、結晶生命体の数に徐々に押されているようだ。セレナ少佐の船であるレスタリアスと彼女の指揮下にある対宙賊独立部隊の動きを注視して見ると、味方を庇って結構綱渡りをしているように見える。実は結構危なかったのだろうか。
そうしているうちに戦場の端にブラックロータスの反応が現れた。そこから高速で発進したクリシュナの駒も確認できる。こうして見ると速いな。あ、注目を促すようにクリシュナの駒がピカピカしてる。その反応が結晶生命体を示す敵の反応に突っ込むと、会場にどよめきが起こった。
大型ホロディスプレイの一部がクリシュナを中心とした近距離マップに切り替わり、小型種や中型種の群れをすり抜けて大型種に対艦反応魚雷を叩き込んでいく様が表示される。
同時に、元の縮尺の3Dマップで敵の動きに大きな変化が起こり始めたことが表示される。クリシュナに対艦反応魚雷で攻撃された大型種から発生する中型種、小型種の数が激減し、結晶生命体の戦力分布もクリシュナの存在する方向に偏り始めた。
結晶生命体の圧力が減じたことによって今まで防御戦闘に注力せざるを得なかった帝国航宙軍艦隊に余裕が生まれ、強力な砲撃が結晶生命体の戦力をゴリゴリと削り始める。その間もクリシュナが敵中で敵の注意を惹きつけ続けている様子が表示されていた。
やがて結晶生命体の大型種が帝国航宙軍艦隊の砲撃によって撃滅され、戦闘が収束した。
「えっ、あれ生きてるのか?」
「急に圧力が弱まったから何が起こったのかと思っていたが……」
「あれくらい俺だって……」
「いや無理だろ」
「命がいくつあっても足りねぇよ。頭おかしいな」
「間違いなくクレイジーだな」
言いたい放題だな! SOLのプレイヤーなら同じようなことをできるやつは俺の知り合いに何人かいるわ!




