表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/568

#143 フラグは折れなかった。

 戦況は良くなかった。だが、悪いとも言えない。このまま行けばこちらが競り勝つだろう。敵を撃滅するまでに何隻かの船は食われる可能性があるが、前線基地の迎撃兵器群に被害を出さなければそのうち競り勝つ。問題は――。


「徐々に手が回らなくなって来ていますね」

「まだ余裕はありますが……」


 その余裕が尽きた時が私達の命運が尽きる時、というわけだ。

 そう、問題は敵を撃滅するまでに食われる何隻かの船のうちの一隻がこの船、戦艦レスタリアスであるということだろう。


「いざとなれば少佐には脱出艇で――」

「シールドも無い脱出艇では脱出したとしても生き残れないでしょう。何より、クルーより先に脱出することなどできません。艦長としても、帝国貴族の一員としてもね」


 この艦単体で見れば徐々に押され気味だが、全体としては徐々に押し返している筈だ。他の艦の戦況が良くなれば援護が入るかもしれない。そうすれば、この艦の生存確率も上がるはず。


「とは言え、何かイレギュラーが起きなければ……」


 と、呟いたその時だった。通信手から連絡が入ったのは。


「傭兵ギルド所属の船から援護に入ると通信が」

「傭兵ギルドの? 基地にいる傭兵はポイントS-02に投入されている筈ではありませんでしたか?」

「今しがたこちらに到着したようです。スキーズブラズニル級の母艦、それも砲艦仕様だそうで」

「砲艦仕様……? それは助かりますが」


 どの程度の火力を備えているかはわからないが、スキーズブラズニル級と言えばスペース・ドウェルグ社の大型――いや、中型航宙母艦だったはずだ。それなりに期待はできるはず。


「レスタリアスの後ろに着いて援護をするように指示を出してください。小型種の迎撃を――」


 と言っている間に閃光が走り、我々が攻撃目標としていた中型種の鼻っ柱に光の尾を引く何かが命中した。被弾した中型種の鼻っ柱に大穴が空き、中程から後ろ側が粉砕されて宇宙空間に飛び散る。


「……今のは?」

「援護を申し出てきた船――ブラックロータスという名前のようです。あの船が放った攻撃かと……恐らく大型のEML(電磁投射砲)ではないでしょうか」

「EMLなんて初めて見ました……」

「命中率が悪くて軍で正式採用されることは無いですからね。威力が高くても当たらなくては意味がないですし」


 私は手元のコンソールを操作してレスタリアスの光学センサーが拾ったブラックロータスの姿を眺めてみる。黒に近い紺色に塗装された外観はどこかあの人の船を連想させるものがある。ダレインワルド伯爵の船を護衛してゲートウェイを使ってどこかに行ってしまったので、もう追跡もできなくなってしまったけれど……彼は元気でやっているのだろうか?


「なかなかの火力ですね」

「そうですね。傭兵が使う船としてはかなりのものかと」


 ブラックロータスはコンシールド装甲で艦の各所に隠蔽されていた武装を展開し、怒涛の勢いでレーザーやシーカーミサイルを発射していた。レーザー十二門にミサイルポッドが十門、それに艦首のEML。普段はコンシールド装甲で隠蔽しているところを見ると、武装していることを隠したいという意図が透けて見えてくる。

 何から? 傭兵の船なのだから、それは勿論宙賊からだろう。輸送艦に見せかけて、実は重武装の砲艦。黒い蓮は油断して近づいてきた宙賊を食い殺す毒の花というわけだ。


「いや……」


 彼にあの釣り餌戦術を教えてもらい、我々なりにそれなりに研鑽を積んだ。より研鑽を積むために他の傭兵にもオブザーバーとしてアドバイスを受けたりもした。そんな彼らをして『よくこんな悪辣な手を思いつくな……帝国軍こええ』と言わしめたその戦術を前提としたあの艦は何かおかしくないだろうか?

 艦首に大型EMLを積んでいるというのもいかにも怪しい。確か彼の船には超近距離戦用のシャードキャノンが装備されていたはずだ。EMLもシャードキャノンもどちらもキワモノ装備という意味では類似性が高い。


「あの船のオーナーを調べてください」

「はっ? はっ!」


 傍に控えている副官が一瞬『こんな時に何を?』というような顔をしたが、彼は職務に忠実だった。すぐにコンソールを操作してデータバンクへのアクセスを始める。


「しょ、少佐っ!」

「何です?」

「ブラックロータスからの通信で、その……」

「報告は迅速に、正確になさい」

「あの、ちょっと信じがたいのですが……傭兵の小型戦闘艦が結晶生命体の群れに突入して撹乱を行うと」


 私の中に生まれた疑念が確信に変わる。そんなことを平然とやる馬鹿なんて、いくらこの銀河が広くても二人もいるとは思えない。


「少佐」

「彼ね」

「はい、彼です」


 艦橋のメインモニターに目を向ける。大量の結晶生命体で埋め尽くされている戦域の奥に鎮座している複数の大型種。その一つが閃光と共に半壊するのを私は確かにこの目で見た。


「敵の圧力が低下するぞ! 押し込め!」

「「「イエスマム!」」」


 私の号令に艦橋のクルー達が応じる。どうやら彼のお陰で命を拾うことになりそうだ。


 ☆★☆


「やばいやばいやばいやばいやばいっ!」

「はっはっは、まだまだいけるいける」

「無理無理無理無理むりですってぇ!」


 エルマとミミが泣きそうな声で叫んでいるが、何も問題はない。ちょっとレーダー表示が真っ赤になるくらいの数の小型種に追いかけられているが、この程度は想定の範囲内だ。


「ぎゃあぁぁぁっ! 前っ、前ぇっ!」

「あらよっと」

「ひいぃ……」


 結晶生命体の中型種がクリシュナの進路を妨害しようとしてくるが、紙一重でそれを躱して中型種のキラキラと光る体表を撫でるようにして中型種と中型種の隙間をすり抜けていく。後方で隙間を抜けられなかった大量の小型種が中型種に、或いは互いに激突して大変なことになっているようだが、計算通りである。


「こ、この後はどうするの?」


 少し落ち着きを取り戻したエルマがそう聞いてくる。


「うーん、対艦魚雷は撃ち尽くしたからなぁ」


 中型種に捕捉されないように注意しながら進路上の邪魔な小型種だけを散弾砲で粉砕し、ひたすら船を前に進ませる。対艦魚雷で複数の大型種に大ダメージを与えた今となっては敵意のコントロールもクソも無いからな。既に攻撃を解禁しているというわけだ。

 何にせよ、とにかく動き続けないと物量に押し潰されるだけなので、ひたすら動いて敵の注意を惹き付けるだけだ。後は帝国航宙軍やメイの操るブラックロータスが結晶生命体を叩いてくれるのを祈るばかりである。


「逃げに徹しつつチマチマと削って味方の善戦を祈るってところだな!」

「他人任せのノープランじゃない!」

「意外とそうでもない。拮抗していた戦場を大いに掻き回してやったからな。ここに配属されている帝国軍人がまともなら――」


 帝国軍が展開していた方向から多数の大口径レーザーによる砲撃が飛来し、俺に注意を向けている中型種が小型種諸共続々と駆逐されていく。


「ほらこの通り。後は一転攻勢に出た帝国軍の砲撃に巻き込まれないように気をつけながら、のらりくらりと逃げ回るだけだ」

「ヒロ様! 帝国軍から砲撃の予告データが送られてきています!」

「マジで? じゃあレーダーとHUDに砲撃予告地点を表示するようにしてくれ。敵を誘導するぞ」

「はいっ!」


 メイが手を回したのか? それにしたって俺の動きへの対応が随分早いな。まるで俺のやり口を知ってるような――。


「まさかねぇ……」

「ちょっと、こんな時に考え事はやめてよ?」

「わかったわかった。もうひと踏ん張りしてからにしよう」


 一瞬金髪の少佐殿の姿が脳裏に過ったが、対宙賊独立艦隊が結晶生命体との最前線に配置されている筈もない。きっとメイが何か上手くやったんだろう。俺はそう結論付けて結晶生命体のトレインを再開するのであった。


 ☆★☆


「いやー、なかなかスリリングだった。しかしあれだな、報酬がどうなるのかだけはちょっと心配だな」


 あれから一時間ほどで結晶生命体はこの宙域から駆逐された。一度戦力の拮抗が崩れてしまえば後はトントン拍子だ。次々に中型種が撃破されて、盾を失った大型種が集中砲火で爆発四散する。

 本来は中型種や小型種をバンバン出して敵を押し潰す大型種だが、六匹いたうちの四匹が俺がぶち込んだ反応弾頭を搭載した対艦魚雷で半壊していた。本来の性能を出すことができなくなり、火力で勝る帝国軍にボコボコにされたってわけだ。


「もう私は疲れ切ったわよ……早く休みたいわ」

「私もです……」


 エルマとミミの二人はボロボロだった。精神的に。俺からすれば何の問題もないのに騒ぎまくって勝手に疲れたという印象だが、まぁ二人も怖かったんだろう。俺は寛大な心で二人を許そうと思う。


「何その仕方ないなぁって顔。ぶん殴るわよ?」

「やめてくださいしんでしまいます」


 華奢に見えてエルマはなかなかのゴリラっぷりを誇るからね。前に腕相撲したら瞬殺されたよ。あの細い腕のどこにあんな筋力が隠れているというのか? 魔法的な力で身体強化でもしているんじゃないだろうか。


「今までで一番ハードでした……」

「スリリングではあるな。ミスると死ぬし」

「平然としすぎ」


 エルマが恨めしげな目で俺を見てくるが、SOLではよくああいう感じで結晶生命体と遊んでたからなぁ。結晶生命体との大規模戦はレイドイベントの一種で、数え切れないほどやったし。奴らとの追いかけっ子の仕方はもう身体が覚えているレベルだ。それもまぁ、この世界だとあまり過信はできないから、これでも結構安全マージンは確保して動いてたんだけどな。


「ミミ、ブラックロータスに着艦するぞ」

「はい。メイさんに連絡します」


 ブラックロータスのビーコンに向かって船を走らせること暫し。なんだか見覚えのある戦艦の横で待機しているブラックロータスが見えてきた。


「あの、ヒロ様。あの戦艦って……」

「ははは、そんなまさか。同型艦だろう」

「確認したわ。レスタリアスね」

「どうして」


 この広い宇宙の広い帝国領で何故こう何度もあの少佐と出会うのか。そもそもここは対宙賊独立部隊とは何の関係もない宙域だろうに。というか、ゲートウェイを抜けた先なのに本当になんでいるの?


「あの、ヒロ様」

「はい」

「レスタリアスから通信です……」

「……はい」


 ここで通信を拒否することはできない。何故なら今回の戦いをタダ働きにしないためにも帝国航宙軍とのパイプが必要だからだ。戦闘データはあるから無下にはされないと思うが、帝国軍少佐で高位貴族の子女でもあるセレナ少佐の後押しがあったほうが金になるのは間違いないからな。


「はい、キャプテン・ヒロです」

『お久しぶりね、キャプテン・ヒロ。今回は助かったわ』

「はい、光栄に思います」

『……そうやって露骨な態度を取ってると酷い目に遭わせるわよ?』

「やめてくださいしんでしまいます」


 エルマといいセレナ少佐といい、ちょっとふざけただけで暴力を振りかざすのは良くないと思うのだがどうか? お前が言うな? いやいや、俺はそんなに暴力とは振るわないし。精々札束でビンタするくらいだし。


『とにかく、事態の収拾を終えるまであなた達はレスタリアスに追随しなさい。あなた達の戦闘データはこちらでも取っているし、悪いようにはしないわ』

「イエスマム。何かお手伝いなどは?」

『必要ないわ。あなた達の母艦に戻って休んでいても良いわよ。何かあったら母艦に連絡を入れるから』

「了解」


 セレナ少佐からの通信を聞いたエルマとミミがホッとした表情をしている。二人とも疲れているようだし、ここはセレナ少佐の言葉に従っておくとするか。


「よーし、それじゃあ着艦するぞ」

「了解」

「はい!」


 二人の返事を聞きながらクリシュナをブラックロータスの格納庫へと走らせる。

 さて、悪いようにはしないと言っていたが、どこまで信用したら良いものやら。面倒事の予感がするよなぁ。

ちょっとやるべき作業が入りまして、近日中に一旦更新をお休みして作業を片付けに入ると思います。

二週間くらいお休みするかも知れないけどゆるしてね!_(:3」∠)_

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] このへんで完落ちしちゃってるんだろうなあ
[気になる点] >「はい、光栄に思います」 >『……そうやって露骨な態度を取ってると酷い目に遭わせるわよ?』 >「やめてくださいしんでしまいます」 ヒロ(民間人)からセレナ(帝国軍少佐、更に侯爵令嬢…
[良い点] あいかわらず面白い 主人公が強いことに、ゲームがうまかったから以上の説得力があって活躍すると妙に嬉しい気持ちになりますね [一言] どうして現場猫連想の感想で頭に絵が浮かんでワラタww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ