#139 おかねのはなし。
「おかえり」
「ただいま」
「ただいまです」
ブラックロータスに戻ると休憩室でエルマが休んでいた。俺とミミ、そしてメイがお仕事で出かけていたというのになんとも優雅なことである。
「で、どうだった?」
「売却価格が出てからじゃないとなんともだな。二人のお陰で上がった売却益の10~20%くらいが妥当じゃないかって話だ」
「なるほどね。船と引っこ抜いたパーツは……うん、買い手がついたわよ」
「お、マジで?」
「早かったですね」
「うん。ほら」
タブレット端末を差し出してきたエルマから端末を受け取り、エルマの隣に座る。ミミも俺の隣に座ってタブレットの画面を覗き込んできた。
「……思ったより高いな?」
「そうね。私もびっくりしちゃった」
タブレットに表示されている船の売却価格は思ったよりも高値がついていた。装備を継ぎ接ぎして作った小型キメラ艦が5万5000エネル。超光速ドライブ他、船の運行に必要な装置を完璧に整備した中型艦が9万エネルで売れたのだ。その他、宙賊艦から引っこ抜いた各種武器、パーツ等も全て合わせると凡そ13万エネルになっている。
「ええと、合わせて大体27万5000エネル? 賞金額より多いじゃないか」
「凄いですね」
「そうね、侮れないわ。だってこれ、撃破した宙賊の賞金がヘボでも今回くらいの数を倒せばコンスタントにこれだけは稼げるってことだもの」
「つよい」
「あと、その他物資の売却益だけど、そっちも大体買い手がついたわ。合わせて凡そ15万エネルね」
「こっちも思ったよりも多い」
「精製された金属やレアメタルが結構多かったですからね」
賞金総額が21万7000エネル、売り払った宙賊艦とその装備が27万5000エネル、戦利品の売却益が15万エネル。合わせて64万2000エネルか。今までは賞金と厳選した戦利品の売却益を合わせても恐らくは半分くらいの稼ぎに留まっていた筈なので、単純に実入りが倍になったと考えるとなかなかのものではないだろうか?
「二人への報酬はどうするの?」
「二人が働いた分の10%で良いんじゃないかと思うが。どう思う?」
「定額で1万エネルでも良いと思うけどね。でも1万エネルだと命をかけた対価としてはちょっと安くも感じるし、私はヒロの言う通りでも構わないわよ」
「わ、私もそれでいいと思います」
「じゃあ船と引っこ抜いた装備類を合わせた売却益の10%な。2万7500エネルか。そうすると残りが61万4500エネルだから、ミミが6145エネル、エルマが1万8435エネルか。先任のミミよりもあの二人の取り分が多いのはどうなんだ?」
俺の心情的にはなんとなく納得し難いものがあるんだが。
「そりゃあの二人は専門の高度なスキルを持ってるんだからそうなるのも当たり前よ。ミミはオペレーターとしては十分に働けるようになってきたけど、まだ一人でコロニーに降ろすのも不安だし。次のステップに上がるには最低限自分の身を自分で守れるくらいにはならないとね。オペレーターとしてまともな仕事ができて、護衛なしでも私達が安心してコロニーに送り出せるくらいにならないと一人前とは認められないわ」
「が、がんばります……」
エルマは仕事に厳しいな。そう言うエルマ自身はどうなのかと言うと、サブパイロットとしての仕事は完璧にこなしているし、エルマなら一人でコロニーに降りてどんな用事でも済ませて来ることが出来る。それにやろうと思えばミミ以上にオペレーターとしての仕事もこなせるだろうし、戦利品の売却なども当然こなせるだろう。彼女は一人で船長をやっていたのだから当然だ。言うだけの実力はあるのである。
「二人合わせて2万7500エネルだから、一人頭は1万3750エネルか」
ちなみに俺の取り分は58万9920エネルである。暴利? いや、この船もクリシュナも100%俺の船で、俺は船長兼オーナーだからこれで良いらしい。その分皆の生活費とかは全部俺持ちだけど。
「辛うじて私の報酬のほうが上ね。私に気を遣ってくれるなら私の報酬を上げてくれてもいいのよ?」
そう言ってエルマが俺にしなだれかかってくる。
「借金を1エネルでも返してから言ってくれ」
「あら、いいの?」
「……そんなに急いでは無いかな」
「そうでしょう」
エルマがにまにまとした笑みを浮かべる。くそう。でも給料は上げてやらないからな。などと考えていると、反対側からミミが俺の腕に抱きついてきた。こころなしか、抱きついてきたミミの頬が膨らんでいる気がする。
「ミミさん?」
「なんでもありません」
トレーニングを欠かさないミミさんの筋力は地味に増加を続けており、今となっては一般的な成人女性よりも若干高めの筋力にまで成長している。俺の緻密な工作によりその上がり幅はかなり押さえられているのだが、それでも地味に力は強くなっている。何が言いたいかというと、地味に腕が痛い。でも押し付けられる柔らかさはそれを補って余りあるものだ。おお、神よ。
「ミミー、それは卑怯よ」
「こうでもしないとエルマさんには勝てません」
俺を挟んでミミとエルマが何か言い合っているが、俺は左右から与えられる感触に全神経を集中しているので内容はよくわからない。理解しようとしていないと言っても良い。
「あー! 兄さんがイチャついとる!」
「お姉ちゃん……」
騒々しい声が聞こえてくる。どうやら整備士姉妹とメイが帰ってきたようだ。声の方に視線を向けると、こちらに向けてテテテッと走ってくるティーナと、それを追いかけてくるウィスカの姿、そして俺に頭を下げるメイの姿が見える。そしてティーナの声のせいか、左右からのサービスタイムが終わってしまった……悲しい。なんとなくこちらへと走ってくるティーナを迎え入れるように両手を広げてみる。
「……!」
目を輝かせたティーナが走ってきたその勢いのまま俺の胴体に抱きついてきた。なかなかの勢いだったが、こちらに来てから身体を鍛えている俺を痛めつけるほどの威力ではなかったな。
「あーよしよし」
なんとなく流れでティーナの頭を撫でてやる。
「ごろにゃーん」
猫か。というかこの世界ではペットらしき存在を今まで見たことがないのだが、居るのだろうか? 猫。少なくともコロニーでは見たことがないな。でもティーナの発言を聞く限りは猫か、それに類する生物が愛玩動物として認識されているという事実は推測できるな。
「「……」」
「はぁう……」
姉を止めようと微妙な距離で手をわななかせていたウィスカの顔色がどんどんと悪くなって涙目になっている。俺は無心でティーナの頭を撫でている。左右から突き刺さる視線はスルーだ。断固としてスルーする。ウィスカが失禁でもしそうなくらい怖がっているが、俺は何にも気づいていない。当然ウィスカの後ろでこちらにジッと視線を向けてきているメイの視線にも気づいていない。気づいていないったら気づいていないんだ。
「はい終わり。終了! 解散!」
「別に解散はしませんけど」
「そうね」
微妙にミミとエルマの声に険がある気がする。そんなに目くじらを立てることじゃないじゃないか。ティーナなんて子供みたいなもんだろう。実年齢はともかくとして。
「そうそう、二人が手を入れた船と、宙賊の船から引っこ抜いた装備が売れたぞ。合わせて27万5000エネルだった」
「思ったより高く売れたな」
「俺たちもびっくりだ。それで、傭兵ギルドにも問い合わせた結果、二人への報酬は二人が手を入れて売れるようにした船と、引っこ抜いた装備の売却益の10%とすることにした」
「10%」
「そう、10%。つまり今回の二人のボーナスは合わせて2万7500エネル。均等に分けるなら一人頭は1万3750エネルだ」
「いちまんさんぜんななひゃくごじゅうえねる……?」
ティーナが首を傾げてわけがわからないという顔をしている。頭の上に浮かぶ複数の疑問符が幻視できそうなくらい不思議そうな顔をしている。ウィスカにも視線を向けてみると、姉と同じような表情をしていた。
「実入りは毎回違うだろうけど、毎回船と装備品を売り払えば同じ割合でボーナスを出すからな」
「???」
どうやらティーナの思考回路はショートしてしまったようである。胸元から俺の顔を見上げながら首を傾げたまま固まってしまった。ショートというよりハングアップかな?
「これは夢やな」
一体彼女の中でどんな思考が為されたのかは不明だが、ティーナはそう言うと清々しい顔で俺の胸元に顔を埋めて身体の力を抜いた。完全に寝る姿勢である。
「夢じゃねぇから、現実だから。別に現実逃避するような辛い話じゃないだろう?」
「兄さん。たった一日、それも船を二つでっち上げて他のゴミからパーツ引っこ抜いただけで、真面目に一ヶ月働いた給料の四倍近くもボーナス貰えるという事実は結構辛いで」
「そう言われるとそうかもしれん」
「今まで真面目にコツコツ働いてきたのはなんだったんや……」
ティーナが俺に身体を預けたままブチブチと文句を言っている。体勢的にティーナの身体が俺に密着しているんだが、悲しくなるほどに平坦だなぁという印象しかない。それでもティーナが俺を真正面から抱きついているのが少々気に入らない、というか羨ましいのかミミとエルマがなんだかそわそわとしているようである。
固まっていたウィスカはメイに手を引かれて近くの別のソファに寝かしつけられたようである。そんなにショックだったのか。
☆★☆
エルマとミミが俺にくっついたままのティーナを引き剥がし、何故か二人にもハグを求められ、ソファでうなされているウィスカを起こし……と何故か微妙にバタバタすることになったが、なんとか全員落ち着いて休憩室のテーブルに着くことに成功した。ウィスカはまだなんか目つきが怪しいが、一応受け答えは出来るようになっているから大丈夫だろう。多分。
「庶民の感覚的にはやっぱりそうなりますよね」
「なるな。というか、こんなんなら兄さんの金銭感覚がガバガバというか、お大尽になるのも無理ないわ」
「俺、そんなに金銭感覚ガバガバか……?」
自分ではそんなことはないと思っているのだが、ティーナとミミから見ると俺の金銭感覚はガバガバらしい。無駄遣いをしているつもりは一切無いんだが。
「私はそうは思わないけど。気前は良いと思うけど、別に無駄遣いはしてないでしょ?」
「そうだよな」
「あかん。この二人同類や」
「ですよね。最近私のほうがおかしいのかと思い始めてました」
ティーナが首を振り、ミミが激しく頷いている。ええ? まことに?
「基準が違うんやな。うちらは日々の食事代とか生活費とか、一ヶ月の給料が基準になってる。兄さん達は新品で買う船の値段とか、装備の値段とかが基準になっとるんや。この人らがちょっと高いなぁって思う金額は多分100万エネルくらいからやで。1万エネルくらいは端金って思っとるやつや。間違いない」
「1万エネルって大金ですよね?」
「大金やで」
「えぇ……」
1万エネルとか船の修理とか補給で簡単に吹っ飛ぶじゃないか。俺はシールドで受けて装甲や船体にはダメージを負わないように戦ってるから滅多に修理費がかかることはないけど、仮にクリシュナが撃破寸前のボロボロな状態になると余裕で十数万エネルは吹っ飛ぶからな。1万エネルじゃ屁の突っ張りにもならないよ。
「そこで『えぇ……』ってなる辺りがもう住んどる世界が違う証明やろ……」
「それくらいちょっといい料理店で飯食ったら吹っ飛ぶじゃんか」
「本物の肉や野菜を取り扱う超高級料理店くらいやろ、それ。普通の食堂なら5エネルもあれば腹いっぱい食えるやん」
そう言われればそうだけれども。
「フードカードリッジも通常グレードのもので一本100エネルですよね」
「一本で三十食分になるな。一食凡そ3エネルや。一月分で300エネル、これがヒト一人が一月生きるための最低限の食費ってやつやで。空気や水、その他生活費なんかも合わせて一月凡そ1000エネルあればコロニストは生きていけるようになっとるんや。うちらは月に3700エネルもらってるから、これでも高給取りな方なんよ?」
ティーナの隣でウィスカがコクコクと頷いている。確かに二人とも初めて会った時から肌艶は良かったし、生活に困窮しているような様子は微塵も見えなかったけど。そっかー、俺の金銭感覚はガバガバだったのかー……まぁミミには何度も言われてたから今更だな。
「まぁ良いじゃないか。収入に見合っただけの支出をして経済を動かしているんだよ。うん」
「そうよね。上手くやってるんだし別に非難される謂れは無いわよね」
俺の発言にエルマが頷く。
「そして俺と行動を共にする以上、君達はもうこっち側だから。諦めろ」
「はい」
「せやんな……」
「……善処します」
もう今更だからか、ミミは俺の言葉に素直に頷いた。向こう側についていたのは単に自分の金銭感覚が間違っていなかったということを肯定して欲しかっただけだったらしい。
「平和裏にお互いの金銭感覚のすり合わせが終わったようで何よりです」
俺達が話し合う様をテーブルの横に立って見つめていたメイが、そこはかとなく満足そうな顔でそう言って頷く。メイ的にはどう考えているのだろうか?
「メイとしてはどう思う?」
「私ですか。私としましては、ご主人様の経済観念に対する懸念は一切ございません」
「そうなのか。少し意外だが」
俺としても無駄遣いしているつもりはないが、そこまで全肯定されるほど俺の行う出費が適切だとも思えない。
「はい。少々押しに弱いように見受けられますが、今のところは特に問題はないかと。ご主人様自身も自覚がお有りのようですし。実際にこのブラックロータスを即金で購入できるだけの資本を自身の腕一つで稼ぎ出しているわけですから、何の心配もありません」
「なるほど」
俺の経済観念が本当にガバガバならブラックロータスを買うような資金を貯めることもできないだろう。俺はちゃんと資金を稼げているので、今のままで問題ないということだな。
「よし、解決。この件は終わり。で、傭兵ギルドでちょっと話をしてきたんだが……」
お金の話はとりあえず横にうっちゃって俺は傭兵ギルドで手配してきた運び屋の真似事をする話について話を切り出した。目的を達するために、そして全員が幸せになるためにまだまだ金は稼がなきゃならないんだからな。来し方より行く末の話をしたほうが建設的というものだろう。