#013 再びの傭兵ギルドと大規模討伐
18時にも更新するよ!_(:3」∠)_
「おう、昨日の今日で……」
俺の陰からチラッと顔を覗かせたミミを見て受付のおっさんの表情が固まる。
「色々と訳あってこの子を俺の船に乗せることになってな。オペレーターにしようと思ってるんで、教育に使える教材とか資料とかアプリとかがあったら提供してもらいたいんだ」
「よ、よろしくおねがいします……」
おっさんの手が物凄い速度で伸び、俺の胸ぐらを掴み上げてきた。顔、顔怖いって!
「どういうことだ……?」
「わかった、事情をちゃんと話すから手を離してくれ。顔怖いから」
「顔が怖いは余計だ!」
「実際怖いわ! ミミも怯えてるだろうが!」
「く……ッ!」
おっさんが物凄い怨念の籠もった表情で手を離し、席に座って気持ちを落ち着けるように目を瞑って深呼吸を繰り返す。俺も内心ホッと胸を撫で下ろす。チビリそうなほど怖かったわ。
「一から十まで話すと長くなるんだけど」
「一から十まで話せ」
「はい」
怖い顔で凄まれたので素直にミミが俺の船に乗ることになった経緯を一から十まで話すことにした。
「傭兵になって一日目のこいつにそんな出会いがあったのに、何故十五年も傭兵生活を続けていた俺にはそういう出会いがなかったんだ!? 不公平だ!」
これが運命力の違いだというのか!? とおっさんが天に吠え、机に突っ伏してうおぉんと泣き始めた。ガチ泣きである。これには俺もミミもドン引きだ。
この騒ぎに奥から傭兵ギルドの職員がなんだなんだと出てきて大騒ぎである。事情を知るなりおっさんを奥に連行していったが。さらばおっさん。
「ええと、うちの職員が失礼いたしました」
おっさんの涙に濡れた机を綺麗にした女性職員がとても困った顔で笑みを浮かべる。俺も彼女の立場だったら同じような表情を浮かべる。誰だってそうなる。
「ええと、もう一回事情を話したほうが良いですかね」
「大変申し訳ありませんがよろしくお願い致します」
お姉さんが深々と頭を下げてきた。はい、お話をしますよ。
「なるほど。ではそちらの方の乗員登録と、オペレーター育成用の教材をご所望ということですね」
「そうなるんですかね」
「よろしくおねがいします」
新しく出てきた傭兵ギルド職員のおねえさんは手際よく手続きを行い、教材もしっかりと用意してくれた。教材はタブレット型端末で使えるように早速インストールしてもらう。
AIトレーナーがオペレーターのノウハウを一から教えてくれるというなかなか高性能なものであるようだ。また、船の状態や資産状況などをわかりやすくまとめるアプリなども同梱しているらしい。
「情報収集用のアプリとかも同梱していますから、頑張って使いこなしてくださいね」
「は、はい」
「ミミが手続きとかそういう方面を見てくれるようになったら俺も助かるからな。頑張ってくれ」
「わかりましたっ」
ミミがアプリのインストールされたタブレットを手にフンスと鼻息を荒くする。うんうん、頑張るんじゃよ。そして俺に楽をさせてくれ。ゲームでは省略されていた細かい手続きがいろいろとありそうだからな、この世界は。
「そうそう。それとこの子に護身術を覚えさせるか、護身用の武器でも持たせたほうが良いかなと思っているんだけど」
「うーん、難しいですね。護身術を覚えると言っても一朝一夕でどうにかなるものではありませんし。武器の扱いも同様です」
「そういうものか」
「そういうものです。ただ、実際に使うかどうかは別としてレーザーガンを持たせるのは良いかもしれませんね。持っているだけでちょっかいを出してくるような輩はそれなりに減りますので」
「なるほど」
「ご用意します?」
「お願いします」
傭兵ギルドでは武器も扱っているのか。そういえば昨日はガンショップなんかは調べなかったなかったな。そういうのは傭兵ギルドとか統治機構が管理しているのかね。
その後、ミミ用のレーザーガンも用意してもらった俺達は傭兵ギルドの射撃場で試射をしてから傭兵ギルドを後にした。
ミミの銃の腕? ははは、とりあえず撃つ時に目を瞑るのをやめないとどうにもならないな!
射撃練習を終えた俺達は船に戻り、数日ゆっくりと過ごすことにした。ミミは路上生活の疲労が抜けきっていなかったからまだ休ませる必要があったし、幸いなことにすぐに働かなければならないような経済状態でもなかったからだ。
それに、エルマの言っていた宙賊の大規模討伐にも興味があった。宙賊のアジトを襲撃するとなればそれなりに大規模な戦闘が発生するだろうというのは予測ができたし、そういうイベントは出来高制で敵機を落とせば落とすだけ報酬が跳ね上がるというのが定番だ。
さして美味しくもない任務を受けて美味しいイベントを見逃すなんてことはしたくなかった。
そういうわけで朝起きてトレーニングルームで体を動かし、シャワーを浴び、昼間はミミのオペレーター学習を一緒にやってみたり(傭兵としての常識みたいな項目もあり割と有用だった)、ネットから情報を収集したり、残念宇宙エルフとメッセージを交わしたり、たまにミミとイチャイチャしたりしながら数日。
ついに待ちに待っていた宙賊の討伐ミッションが開始されると星系軍と傭兵ギルドから通知が出された。
「いちいちどこかに集まらなくても船でブリーフィングできるのは良いよな」
「そうですね」
俺はコックピットの操縦席に、ミミはその後ろにあるオペレーター席に座ってブリーフィングの開始を待つ。
本当にわざわざギルドや星系軍の駐屯地に足を運ばなくてもブリーフィングができるのは便利だと思う。食料の調達すら船から発注をかけることが可能なので、やろうとすれば船から一歩も足を踏み出さなくても生活が出来てしまうのだ。船の中というのは最強の引き篭もり環境と言えるのかも知れない。
ブリーフィング開始時間丁度になると、コックピットのスクリーン上に人の顔が写った複数のウィンドウが立ち上がってきた。ウィンドウの上部にはそれぞれの所属や搭乗している船の名前などが表示されており、その中には残念宇宙エルフのエルマや、このターメーンプライムコロニーに到着した時に出会ったセレナという軍人もいた。
「っ!?」
セレナと目が合った瞬間、何故か背筋が震えた。なんだろう、これは。嫌な予感のようにも思えるし、そうでないようにも思える。彼女には少し気をつけたほうが良いのかも知れない。
そんなことを考えていると、セレナのウィンドウが大きくなってスクリーンの中央に移動した。
『さて、ではブリーフィングを始めます。私はセレナ=ホールズ大尉。今回の作戦の指揮官です。セレナ大尉と呼ぶように』
「了解、セレナ大尉」
参加者達もそれぞれに了承の意を示していく。
『では作戦の概要を説明します。と言っても、さほど複雑な内容ではありません。宙賊達が根城としているのは小惑星帯のガンマセクターです』
セレナ大尉がそう言って画面上に星系図を出現させ、小惑星帯の一角を赤くスポットする。
『作戦内容は単純です。星系軍艦隊が出向いて、艦砲射撃で基地を破壊します。宙賊の拠点とは言っても所詮宙賊です。抵抗虚しくすぐにスペースデブリになることでしょう』
セレナの言葉に傭兵達が頷く。星系軍の軍艦、それも重巡洋艦や戦艦級ともなるとそもそもからして宙賊の乗るような船では対抗のしようもない。火力も、シールド出力も、装甲も比べ物にならないからだ。
傭兵の乗る船であれば条件付きで星系軍の軍艦を相手にできないこともないだろうが、それでも普通は単機でどうにかできるようなものではない。その上、星系軍というのはそういう強力な艦の数を揃えているし、練度も高いのだ。
とにかく、正面から星系軍に攻められては宙賊共ではお話にならないということである。
『しかし、みなさんも知っての通り我々軍隊の攻撃というのは徹底的ではありますが大雑把です。向かってきてくれるのであれば全て正面から噛み砕けますが、小型中型艦に散開して逃げられるとどうしても取り逃しが出ます。そこで、皆さんの役目というわけです』
大型艦や基地を破壊すれば宙賊に大ダメージを与えることが出来るというのは確かなのだが、むしろ宙賊の主力艦というのは高速の中型艦や小型艦なのである。それらを逃すと再び結集して勢力を盛り返すので、傭兵達にはこれを叩いて欲しいという。
つまり、残党刈り――いや、むしろ主力艦は俺達の狩る中型艦小型艦なわけだから、寧ろ俺達がメインの戦力なのか? まぁ、どっちでも良いか。
『報酬面はどうなってる?』
『はい、前金はなし。作戦終了時に五万エネルですね』
うーん、安い。固定給安い。それだけに成果給には期待したい。
『成果給の方は小型艦一隻五〇〇〇エネル、中型艦一隻二〇〇〇〇エネル、大型艦は一隻一〇〇〇〇〇エネルです。それに加えて元からその船に懸かっている賞金はそのまま進呈、積荷の略奪権も勿論つけましょう』
もっとも、大型艦は我々が全て片付けるつもりですが、とセレネは笑みを浮かべる。成果給の提示を受けた傭兵の反応は様々だったが、概ね好意的に受け止められているようだった。
『作戦としては単純です。予め傭兵の皆さんにはガンマセクター周辺に潜伏、展開していただきます。そして私達星系軍の機動艦隊が正面攻撃を仕掛け、宙賊の大型艦及び宇宙基地を撃滅。逃げ散る小型、中型艦に貴方達が乱戦を仕掛け、乱戦から逃れようとする宙賊艦を我々が撃墜します』
単純だが、有効な作戦に思える。
要は、初撃で脅威度の高い目標を殲滅し、逃げようとする敵を傭兵達の『網』で捕らえる。敵が混乱しているうちに今度は星系軍の機動艦隊が『檻』を形成する。
あとは徐々に『檻』を小さくしていって、最終的に全ての宙賊艦を殲滅するわけだな。
そんなことを考えていると、服の裾がチョイチョイと引かれた。何事かと目を向けると、オペレーター席からミミが移動してきていた。どうやらブリーフィングの様子を見に来たらしい。
「ヒロ様、宙賊が無理矢理超光速ドライブを起動して逃げたりとかはしないんですか?」
「それは大丈夫だ。超光速ドライブを同期させていない船が周辺に存在する時に超光速ドライブを起動しようとしても安全装置が働いて起動することが出来ないようになっているからな」
「でも、安全装置を取り外せば無理矢理起動することはできるんですよね?」
「出来るけど、そんなことをするやつは居ないと思うぞ。その安全装置を外すと超光速ドライブ中にシールドで防げないレベルの質量を持ったスペースデブリや小惑星を回避できなくなるからな。起動した瞬間何かに当たってバラバラになる、らしい。俺も詳しいことは知らん」
「なるほど」
安全装置と回避システムが連動してるらしいってことはゲームの頃の設定で見たことがあるが、詳しい理論までは解説してなかったからな。というか、こういう未来技術系の設定は曖昧だったからなぁ。
まぁ、こんなものは仕組みなんかを理解していなくても使えればいいのだ。電子レンジや携帯電話の作動原理を一から十まで知っていなければならないなんてこともないんだから。宇宙船だって同じようなものだろう。
俺とミミとそんな話をしているうちにも傭兵達からセレナに対して質問が飛んでいたが、基本的には報酬関連の話で俺の興味を引くような内容ではなかった。例えば一隻の宙賊船を複数の傭兵が攻撃して撃墜した場合、取り分はどうなるのか、といった具合の内容だ。
そこは訴えがあれば戦闘ログから逆算してどちらに権利があるか星系軍が判断するが、その場合は透明性と公平性を確保するために結果を公表し、傭兵ギルドに通達することになる。
横殴り野郎と認定された傭兵は傭兵ギルドから睨まれるし、場合によっては降格処理や追放処理すらあり得る。これからも傭兵としてやっていきたいなら故意の横殴りはしないほうが良いというわけだ。
俺はそんなことをする気はサラサラ無いし、どうでも良い話だな。
しかし、俺の知りたい情報を聞く人がいない。常識だからなのか、それともそんなことは考えてもいないからなのか……誰も聞かないなら俺が聞くしか無いか。
「自分からも一つ質問を良いでしょうか?」
モニター越しに注目が集まる。その中には当然エルマも居た。いかにも『こいつなんか素っ頓狂なことを聞くんじゃないだろうな?』という顔をしている。ははは、期待にお答えしよう。
『はい、どうぞ。傭兵さん』
「こういう大規模討伐は初めてなんですが、艦の不調やダメージを受けたことによるシールドの喪失、減衰したシールドを緊急回復するシールドセルの枯渇、そういった要因でそれ以上の戦闘続行が不可能と判断する場合もあると思います。その場合は任意に撤退して良いのでしょうか?」
俺の質問に傭兵達はきょとんとした顔をし、エルマは片手で顔面を覆い、セレナは笑みを浮かべた。
『勿論それは構いません。傭兵としては命あっての物種、というものでしょうから。ただ、さして戦いもしないうちに尻尾を巻いて逃げられては困りますね。我々の作戦目標は宙賊の殲滅なのですから』
「それはご尤も。ただ、退路は確保しておかなきゃならないな、とルーキーはルーキーなりに思ったので。現地に行ってから死ぬまで戦え、逃亡者は銃殺刑だ、と言われてはたまらないですからね」
『まさか、そんなことを我々がするとでも?』
「するかどうかは別として『できる』陣形でしょう? 俺の船にはクルーもいるんで、その辺りは重要なんですよ」
つまるところ、今回の作戦は星系軍の大型艦船が苦手とする近距離での乱戦を傭兵が担い、その乱戦から逃げようとする宙賊を星系軍の艦船が遠距離から仕留めるという二段構えの陣形だ。
つまり、傭兵は獲物に食らいつく猟犬、星系軍はスコープ越しにその戦いを見つめ、乱戦から逃げようとする獲物を狙い撃つハンターである。
猟犬から逃げようとする獲物を撃つのが本来のハンターの役目なわけだが、当然その銃口は負傷して乱戦から逃げようとする猟犬にも向けることが出来る。
実際に現場に着いて、戦闘をおっ始めた後に『戦場からの撤退は不許可とします。逃げる場合は宙賊と同様に撃墜しますので、悪しからず』とか言われたらたまらない。
『ふふ、そうですね。『できる』陣形です。でも安心してください、そんなことは致しませんから』
「そう言ってくれて安心しました。俺からはそれだけです」
傭兵達の反応は様々だった。あからさまに嘲るような表情を向けてくる者が三割、感心したような表情や興味深そうな顔を向けてくる者が二割、無関心な者が五割といったところだろうか。
『他に質問はありませんか? では一時間後に作戦を開始します。準備が出来次第、各艦ハンガーベイから発進して待機してください』
『『『了解』』』
ブリーフィングは終了した。さぁ、いよいよバトルフェイズだ。




