#137 戦利品回収
『兄さん、あっちの船の超光速ドライブは回収しないんか?』
戦利品を回収していると、ティーナからそんな通信が入った。
「外部に取り付けられている兵装くらいならともかく、回収ドローンじゃ流石に内部機構までは引っこ抜けないぞ」
『そらそうやけど、ハンガーに放り込んでくれれば目ぼしいものはうちらで引っこ抜くで?』
「時間がかかるんじゃないか?」
『大丈夫ですよ。メンテナンスボットも沢山いますし、船体がどうなってもいいならそんなに時間はかかりませんから』
「ふむ……」
どう思う? とエルマに視線を向けてみる。
「やらせてみたら良いんじゃない? そうすればどの程度の手間と利益が出るかわかるだろうし」
「それもそうか。じゃあ、やってみてくれ。メイ、トラクタービームを使って残骸を誘導してくれ」
『承知致しました』
「ティーナ、ウィスカ。成果からボーナスは出すから、頑張れよ。売却額の何%くらいが妥当かはちょっと傭兵ギルドで聞いてみるまでわからんが」
『任しといてや!』
『がんばります!』
通信越しに姉妹の気合の入った返事が聞こえてくる。それと同時にまだそれなりに原型を保っている宙賊艦に向かってブラックロータスから緑色の光線が発射された。光線の照射を受けた宙賊艦がゆっくりとブラックロータスへと引き寄せられていく。
ちなみに、あの緑色の光線はただのガイドレーザーで、トラクタービームそのものは目に見えないものであるらしい。ついでに言うとみょんみょんみょんみたいな変な音は聞こえない。様式美だと思うんだがなぁ。
「ああ、残骸に宙賊の生き残りがいないかどうかだけは注意しろよ」
『はい。見つけた場合は如何致しましょうか?』
「適切に処分しろ。捕虜は要らん」
『承知致しました』
通信越しに無感情なメイの声が聞こえてくる。きっと彼女のことだからこれ以上なく『適切に』処理してくれることだろう。
え? 抵抗もロクにできない人間相手にやりすぎだって? 知らんがな。宙賊などというのは今までに何人もぶっ殺してきた極悪人に決まっているし、そもそもこっちの命と積荷を狙って襲撃を仕掛けてきたのは向こうなんだからな。慈悲をかける理由が一切無い。そんなことよりも戦利品回収だ!
「やっぱり食料品とかお酒が多いですね」
「宙賊の酒は質より量の大味なお酒ばっかりだから、今ひとつなのよねぇ」
「それでも塵も積もればってな。お、精製済みの金属があるぞ」
巨大なカーゴスペースを持つ母艦を手に入れた今、価値の高い戦利品だけを取捨選択して大半の戦利品をその場に放置していく――というようなことをしなくても良いというのは精神衛生的に非常によろしい。
特にミミはいつも戦利品回収時に寄港したコロニーでの取引価格を記録したタブレットを見ながら眉間に皺を寄せていたので、今回のようにニコニコしながら戦利品をひたすら回収するのは初めてのことなんじゃないだろうか。ミミがドローンでの戦利品回収を手伝い始めた頃はドローンの操作に必死だったし、慣れてきた頃にはもう取引価格のデータとにらめっこしてたからな。
宙賊が船に積んでいる品はおおよそ自分達が消費する食料品や酒で、その他には略奪した戦利品を積んでいることもある。仕事をした直後だと大量にそういった品を積んでいることがあるが、そういう宙賊は戦利品を売り払うために行動するので、普通は向こうから襲ってこない。そういう手合いと遭遇するのは稀である。
しかし、たまに襲撃直後でもないのにそれなりに美味しい戦利品を積んでいることがある。換金効率がとても良いレアメタルだとか、精製済み金属だとか、そういった品だ。いわゆるヘソクリというか、貯金だな。そういったものがたまに見つかるので、宙賊撃破後の残骸漁りは決して疎かにしてはならないのだ。
「よし、カーゴが一杯になったから一回ブラックロータスに運ぶぞ」
「わかりました!」
ミミがツヤツヤとした良い笑顔を見せる。うん、わかる。楽しいよな、戦利品回収。
☆★☆
何度かブラックロータスに積荷を乗せ替え、全ての戦利品を回収し終えた俺達はブラックロータスに着艦して一休みすることにした。無駄にハイテクな空中固定式ドリンクホルダーから水分補給をしながらクリシュナの外部センサーで作業をしている整備士姉妹の様子を眺める。
「メンテナンスボットを上手く使ってるなぁ」
「そりゃ整備士だからね。あの様子だと少し勉強させれば戦闘ボットの指揮もできるんじゃない?」
「そういうものなのか……?」
「整備士は優秀なドローンオペレーターだからね。あの二人がスペース・ドウェルグ社から出て私達と行動を共にするなら、整備士兼ドローンオペレーターとして雇えば良いと思うわよ」
大きな宇宙船を整備する整備士というのは自分達の手でも勿論船の整備をするが、人力で出来ることには当然ながら限界というものがある。人の手で宇宙船の装甲板を持ち上げるのは低重力下でも難しいし、何より危険だ。なので、整備士はメンテナンスボットを使って仕事をこなす。
一人の整備士が大体二体から三体のメンテナンスボットを操って整備作業を行うのだそうだ。ちなみに、今ブラックロータスのハンガーで動いているメンテナンスボットは十体である。どうやらあの姉妹は一人五体ずつのメンテナンスボットを使って作業を行っているらしい。
「二人で十体はちょっと凄くないか?」
「さほど精密性を要求されない作業だからだろうけど、凄いわね」
ティーナとウィスカの二名は空中に投影されているホロディスプレイのコンソールを慣れた手付きですいすいと操作している。二人で何事か喋りながら操作をしているようだが、十体のメンテナンスボットは特にお互いの動きを邪魔するようなこともなく効率的に作業をしているように見える。
うーむ、整備士としての腕は優秀だとメイが言っていたが、こうして実際に目の辺りにすると本当に感心してしまうな。俺の中で二人の評価がグンと上がったぞ。
二人に操作されたメンテナンスボットはハンガーに運び込んだボロボロの宙賊艦をレーザートーチでぶった切ってパーツを取り出しているようだ。あのレーザートーチ格好いいな。フォースに目覚めそうだ。フォースに覚醒してない俺が使ったら自分の足をぶった切りそうだけど。
でも光線剣は男のロマンだよな……前にダレインワルド伯爵から貰った剣も格好良いから嫌いじゃないんだけど、基本的に腰に剣を差して歩くのは貴族様だからなぁ。間違えられても困るから、使う機会が無いんだよね。
『ご主人様』
ミミやエルマと一緒に整備士姉妹の操るメンテナンスボットの作業風景を見ていると、メイから通信が入った。
「ああ、どうした?」
『おかわりが来たようです』
コックピットのホロディスプレイにブラックロータスの亜空間センサーが拾った情報が表示される。ああ、おかわりね。入れ食いだなぁ。
「了解。二人とも、もうひと仕事するぞ」
「はい!」
「アイアイサー」
敵がワープアウトして来る前に出撃しておくとしよう。
☆★☆
「流石に疲れたわ」
「ハードワークだったね、お姉ちゃん」
あの後更におかわりが入り、最終的に三度の敵襲を撃退した俺達は戦利品を回収してブラドプライムコロニーに辿り着いていた。丁度ブラドプライムコロニーの入出港ラッシュの時間帯にぶつかってしまったため、今は入港の順番待ちである。
最終的に今回撃破した宙賊艦の総数は小型艦が二十七隻、中型艦二隻の合計二十九隻となった。賞金総額は21万7500エネルだ。賞金だけでもかなりの額なのだが、状態の良い小型宙賊艦一隻をハンガー内に格納して持ち帰り、更に中型宙賊艦一隻をブラックロータスで曳航してきた。
これは撃破した中型宙賊艦をニコイチで超光速ドライブを使えるようにして引っ張ってきたのだ。ハンガーに格納している小型宙賊艦も状態がマシな船体フレームに他の小型宙賊艦から剥ぎ取ったパーツをくっつけてそれなりの形にでっち上げたキメラ艦である。
その他にも撃破した宙賊艦から略奪した品や、宙賊艦から剥ぎ取ったパーツでブラックロータスのカーゴスペースはいっぱいである。全てを売却したら一体いくらになるのだろうか? SOLで培った俺の感覚的には小型艦が3万エネル、中型艦が7万エネルといったところではないかと思う。
その他の戦利品は雑多すぎて予想が立てづらい。恐らく8万エネルを下回ることはないと思うが。
「今日はパーッと打ち上げでもするか。外食でもいいし、うちのシェフに腕を振るわせても良いけど、どっちが良い?」
流石にコロニー周辺で危険なことが起こることはないので、ブラドプライムコロニー周辺にワープアウトした時点でクリシュナから降りた俺達は整備士姉妹と合流して休憩室でのんびりと入港を待っていた。
ちなみに、うちのシェフというのは言うまでもなく高性能自動調理器のテツジン・フィフスのことである。普通のフードカトリッジではなく、高級カートリッジを使うと下手な高級食事処なんかよりもよっぽど美味い食い物を作ってくれるんだよな。何より、外食と違って好きに飲み食いして騒げるのが良い。
外食だと結局は帰りのことを考えなきゃならないので、完全に羽目は外せないからな。酒を飲まない俺はどっちでも良いんだが、酒を飲んで俺以外の四人がベロベロになってしまうと俺一人では流石に面倒見きれない。二人までならなんとかなるが、四人は無理だ。
「船でやったほうが良いんじゃない? なんなら私の秘蔵のお酒を出すわよ」
「酒!」
「お酒……そういえばもう飲んでも良いんだよね、お姉ちゃん」
「せやな! 兄さん!」
ティーナが期待でキラキラと煌く瞳を俺に向けてくる。
「ミミ、二人の意見を聞いてドワーフ好みの酒を注文しておいてくれ」
「わかりました」
俺の言葉に姉妹が飛び跳ねて喜ぶ。見た目的にローティーンにしか見えない整備士姉妹がお酒に目を輝かせて無邪気に喜ぶのはなんとも微妙な気分になるな。
「ドワーフのお酒かぁ……強いばっかりで私はあんまり得意じゃないのよねぇ」
「ドワーフ酒は強いだけやのうてキレのある味が売りやで。例えばキラク酒造のグランドリングなんかはリーズナブルなのに味がしっかりしててオススメや」
ティーナの言葉にウィスカがコクコクと相槌を打っている。やはり姉妹は姉妹でお酒には一家言あるらしい。
『ご主人様、入港許可が降りました』
「わかった、入港してくれ。気をつけてな」
『はい、お任せください』
休憩室のスピーカー越しに声をかけてきたメイに返事を返し、ミミのタブレットを囲んで楽しげに打ち上げの準備を進めるエルマ達を眺めていると、自然と笑みが浮かんでくる。どうやら姉妹とは上手くやっていけそうだ。
高い酒を大人買いしようとしているエルマとティーナ、それを慌てて止めようとしているミミとウィスカを見ながら俺は内心胸を撫で下ろ――おい待て。その大人買いの原資は俺の金じゃないか? よーしよし、ちょっとお話しようか。この飲兵衛どもめ。
トラクタービームとライトセーバーには同種のロマンがあると思う_(:3」∠)_




