#135 臨検
俺達がブラックロータスの格納庫にクリシュナを着陸させてほんの数分で帝国航宙軍ブラド星系第三分隊――つまりブラド星系の星系軍の降下艇がもう一つのハンガーに入ってきた。
降下艇は母船を離れて単独で惑星やコロニー、あるいは宇宙空間に存在する艦艇に突入することが出来る能力を保つ小型艇の総称である。宇宙空間に存在する船に対しては今回のように格納庫がある場合はこうして普通に着艦することもあるし、そうでない場合は接舷して装甲を破って突入することもある。要は、白兵戦に持ち込む能力を備えている船なのだ。
上陸用舟艇の発展型、宇宙バージョンみたいなものだろうか。小型の車両や大量の人員を運べる上に対人用のレーザー兵器とかも備えているので、敵艦に突入した際には降下艇がそのまま前線基地みたいな感じになるんだよな。
などとSOLで何度か経験した軍の突入隊員ミッションの内容を思い返していると、着艦した降下艇からどやどやとレーザーライフルやパワーアーマーで武装した帝国軍の兵士達が降りてきた。三十人以上いるみたいだな。パワーアーマー装備の兵士は両手の指で足りる程度の数だが、それでもこの数を俺とメイ、それにエルマの三人で相手にするのは無謀である。
「どうも。キャプテン兼シップオーナーのヒロです」
降りてきた兵士に片手を挙げながら挨拶すると、兵士のうちの一人が歩み出て来た。
「帝国航宙軍ブラド星系第三分隊降下兵団第六小隊隊長のポール・ドライ少尉です。帝国航宙法三章七条に従い、貴艦の臨検を実施します」
ポール少尉はいかにもな新品少尉、とでもいった感じの若々しい士官であった。金髪碧眼に短く刈り揃えた髪の毛、程よく鍛えた細マッチョのイケメンって雰囲気だ。
「はい、どうぞ。引き渡されたばかりでカーゴスペースもガラガラだけど」
「……そのようですね」
俺の指差した先を見たポール少尉が苦笑いを浮かべる。カーゴスペースはハンガースペースから丸見えだからな。
カーゴスペースにある荷物はもともとクリシュナに積んでいた食料品や生活雑貨などである。クリシュナには本当に最小限度の物資だけ積むようにして、それ以外をこっちに移しておいたというわけだな。まだ他の星系に移動するつもりはなかったからそんなに物資も買い込んでいなかったし、他の星系に届ける荷物なんかも一切積んでないから、カーゴスペースはスッカスカである。
「えーと、では我々は貨物のチェックと艦内の調査をしますので」
「どうぞ。一応同行しても良いかな?」
「そうしていただけるとこちらとしても助かります。貨物などについて質問することもあるかもしれませんので。それと、そちらの小型戦闘艦にも立ち入らせていただきますが」
「了解。そっちはエルマとミミに任せていいか?」
「わかったわ」
「わかりました」
帝国航宙軍は軍規に厳しいとの評判だから、滅多なことにはならないだろう。
「ベティー軍曹、君たちの分隊であちらの小型戦闘艦の臨検を実施しろ」
「アイアイサー」
女性下士官に率いられた数人がクリシュナに向かっていき、その後ろをエルマとミミがついていく。女性下士官の率いる分隊を選んでくれた辺りはポール少尉の配慮なのかもしれない。
ポール少尉の部下達が数少ない貨物をチェックしている間にポール少尉からいくつか質問され、それに答える。内容としては今回の出港理由、この宙域に留まっていた理由、貨物の入手先など当たり障りの無いものばかりだ。
「それにしても新造艦ですか……良いですね、どこもかしこもピカピカで。こんな規模の船を個人で所有するなんて少し信じられない気持ちですが」
「かなりまけてもらって2000万エネルくらいでしたね」
「にせんまんえねる」
ポール少尉が目を点にしていた。
「確か一等准尉が月に4000エネルでしたっけ。一等准尉の給料だと凡そ416年か417年分ですね。そう考えるとすげぇな」
「ええ……って何故一等准尉の給料を知っているんですか?」
「前にちょっと一等准尉待遇で軍に入らないか誘われたことがあったんで。給料安いから断ったけど」
「……それはそうでしょうね」
ポール少尉が遠い目をしている。一等准尉よりも少尉の方が給料は上だろうけど、セレナ少佐ですら傭兵の収入を聞いて驚いていた節があったものな……まぁ、給料についてはあまり触れないでおこう。
「貨物のチェックが終わったようです。引き続き艦内を調査させてもらいますが」
「同行しますよ。まぁ、引き渡してもらったばっかりなんで、あんまり案内にもならんと思いますが」
ポール少尉に同行して艦内の案内を始める。手始めにカーゴ兼ハンガースペースを出て巨獣区画に向かったわけだが。
「これが傭兵の船……だと?」
「なんだこのオシャレ空間」
「めっちゃ広い……贅沢な空間の使い方だな」
「ここに住みたい」
ポール少尉とその部下達が広々として綺麗な休憩室や食堂、トレーニングルームを見て精神的に死にかけている。
「あっ……ぐおぉぉ……!」
パワーアーマーを装着している兵士が食堂に視線を向けて止まった。そしてそのままレーザーライフルを取り落してがっくりと膝を突く。
「なんだ!? どうした!?」
隣に立っていた同じくパワーアーマーを装着した兵士が驚いてその横に屈み込む。いや、ほんとどうしたんだ? そんなにショッキングなものが――?
「……食堂の自動調理器」
「何……?」
「あれ、テツジン・フィフスだ……」
「なん……だと……ッ!?」
ポール少尉を含めた兵士達全員の視線が食堂の奥にある自動調理器に集中する。ええまぁ、確かにテツジン・フィフスですけども。
「テツジン……? それはなんだ?」
「同じフードカートリッジを使っても食べ物のような何かを作り出すうちのクソシェフと違って、高級料理みたいな食い物を作り出す超高級自動調理器です……」
ポール少尉の質問に床に膝を突いて項垂れているパワーアーマー兵士が答える。ああ、航宙軍の船に積んでる自動調理器の性能が低いのね……士気の面から考えると軍隊のメシが不味いのはマズイいと思うんだけどな。
「……お茶は美味しいだろう」
「お茶とお茶菓子以外ダメじゃないですか……」
「艦長の意向だ……諦めろ」
部下の悲痛な言葉にポール少尉が視線を明後日の方向に向ける。なるほど、どうやら彼らの所属する船の自動調理器はお茶関連だけが充実しているちょっと尖った性能の自動調理器であるようだ。英国面に堕ちた調理器なのかな?
「お、兵隊さんや。お疲れ様でーす」
「お疲れさまです」
テンションが下がりに下がっているポール少尉達の横をツナギに身を包んだティーナとウィスカがにこやかに挨拶をしながら通過していく。
「……いまのは?」
「スペース・ドウェルグ社から出向してきているエンジニアです。見ての通り双子の姉妹で、ドワーフです。一応立派な淑女らしいんで、子供扱いはしない方が良いですよ」
「エンジニア……ではこの船の操艦は?」
「俺の高性能アンドロイドに操艦を任せてます」
敢えてメイドロイドと言う必要はないだろう。しかし、ここで兵士の一人が気づいてはいけないことに気付く。
「……貴方以外女性なんですか?」
「……ええ、まぁ」
『『『……』』』
おいやめろ。これみよがしにレーザーライフルの動作確認をするんじゃない。ギチギチと音を鳴らして拳を作るのをやめろ。パワーアーマーでぶん殴られたら死ぬわ。
ちなみに、ここに居るのは多分全員男性である。三名居るパワーアーマーの中身はわからないが、多分反応と声からして男性だ。
「クソッ……クソクソクソッ……! 俺にも出会いさえ、出会いさえあれば……ッ!」
「あってもダメだろ。一回船に乗ったら数ヶ月から下手したら一年くらい連絡取れなくなるし」
「ははっ、帰ったら他の男とくっついてるんだよな……」
「やめろ。その話は俺に効く……せめてコロニー勤務ならなぁ」
一気に士気がダダ下がりした帝国航宙軍兵士達を引き連れて残りの場所を案内して回る。その途中でコックピットにも寄った。
「お勤めご苦労さまです」
「彼女が操艦しているアンドロイド……?」
「えぇ、まぁ」
「……メイドロイドじゃん」
「そうですが、何か?」
兵士の言葉にメイが無表情のまま首を傾げる。
「いや、確かにメイドロイドだが……物凄い高性能機だぞ」
「はい、ご主人様の意向で護衛も兼ねておりますので」
パワーアーマーを装着した兵士の発言にメイが頷く。この場にいるパワーアーマー兵は三人だが、この狭い空間でこの距離ならメイが勝つかもしれないな。メイの近接戦闘能力は尋常じゃないレベルだから。
「これで一通り案内は終わりですが、まだ見て回ります?」
「ええ、一応機関部なども点検させてもらうことになります。そういった場所に密輸品を隠す輩もいるので、一応」
「密輸品ねぇ……そんなに多いんですか? この辺はそういうのが」
「ええ。宙賊と結託した一部の悪徳業者などがこういった何もなく、目立ちにくい宇宙空間で秘密裏に略奪品や禁制品をやり取りしてブラドプライムコロニーに持ち込んだり、星系外に荷を持ち出したりする犯罪が後を絶ちません。ブラドプライムコロニーの棄民どもも暗躍しているようで……」
そう言ってポール少尉が溜息を吐く。外には宙賊、内には悪徳業者と棄民か。ブラド星系の治安維持は大変そうだな。これをどうにかするには徹底的に犯罪集団と化している棄民を一掃するしかないだろうけど、まぁ難しいだろうな。特に凶悪な犯罪集団を結成している連中はそれなりに重要なインフラ設備のある場所に陣取って大規模な掃討作戦ができないようにしているらしいし。
躍起になって奪い返さなきゃならないほどじゃないけど、そこそこに重要な場所というものすごく絶妙な塩梅の場所に陣取っていて手が出しにくいらしい。多少の損害には目を瞑ってどうにかすべきだと思うんだが、まぁ色々と大人の事情があるのだろうな。
そんな話も交えてブラド星系に出没する宙賊の情報なども聞いたりしている間に調査が終了したらしく、ポール少尉達は来た時と同じように降下艇に乗り込んで自分達の船へと戻っていった。無論、臨検の結果は問題なしである。当たり前だが。
今までは小型戦闘艦一隻のみでの移動ということもあって特にこういった臨検などを受けることもなかったが、今後はブラックロータスのお陰で船の積載量が大幅に増えたので、こうして臨検を受けることも増えるだろう。その予行演習という意味では今回の臨検はちょうど良かったかも知れないな。
「時間も微妙だし、このままブラドプライムコロニーに帰港しよう。本格的な運用は明日から始めるぞ」
小型情報端末を使ってミミ達全員にそう告げ、メイにブラックロータスの進路をブラドプライムコロニーに向けさせる。さぁ、明日からは本格的に宙賊狩りの再開だ。
一昨日もカレー、昨日もカレー、そして今日の昼にカレーを食い切った!
ああ、次は豚肉じゃなくて牛肉のカレーだ……_(:3」∠)_