#134 慣熟訓練
あんまり毎日遅刻するのもね! アレだからね!_(:3」∠)_
『目標ポイントに到達、超光速ドライブを解除します』
ディスプレイ越しにメイの声が聞こえ、その次の瞬間再び轟音が鳴り響いてクリシュナとブラックロータスは通常空間へと帰還した。ごく短時間の超光速航行だったが、それでもあれだけ巨大で存在感のあったブラドプライムコロニーが影も形も見えない程度には離れたようだ。
「今のところは問題無さそうだな」
『はい、そのようです。では、格納庫のハッチを開放します』
「了解」
メイの行動には隙も無駄も無い。超光速ドライブのテストが終わったら、今度は早速発着艦機能のテストを行うらしい。
ブラックロータスの後方下部にある格納庫のハッチへと船を動かすと、すぐにハッチからガイドビームが発射されてきた。母艦のガイドビームは一種のトラクタービームで、照射を受けることによって自動的に格納庫へと引き寄せられるようになっている。つまり、ガイドビームの照射圏内に入ったら、着艦する側はもうやることはないというわけだ。
無論やろうと思えばマニュアルでの発着艦も可能だが、艦内に速度超過で突っ込みでもしたらブラックロータスに大ダメージを与えかねないので、まずやらない。
と、そんなことを考えているうちにガイドビームによって引き寄せられたクリシュナは気密シールドを抜け、何の問題もなくブラックロータスのハンガーに着艦することができた。後方で格納庫のハッチが閉じていく。
「問題無さそうだな」
『はい。姉妹にハンガー設備のチェックをするように申し付けてありますので、そのまましばらくお待ち下さい』
「了解」
クリシュナが着艦したランディングパッドが回転し、クリシュナの向きが180°変わる。つまり、ハッチ側に艦首が向いた形になる。発艦時にはこのランディングパッドがそのままカタパルトとなってクリシュナを艦外に射出する形になるわけだな。
今後はこの格納庫内がクリシュナの定位置になるだろう。基本、クリシュナはこのハンガー内に格納されていて、有事の際に文字通り外に飛び出すという形になる。
艦の外部に設置されている光学センサーで慌ただしく動いている姉妹の姿を観察する。
「二人とも一生懸命だな」
「そうですね。ドワーフの女性はちっちゃくて可愛いですよね」
そう言って二人の姿を見つめるミミの表情は、なんだか妹が頑張っている様を見守る姉のような視線であった。いや、二人ともミミよりも歳上だけどね? まぁ、見た目が幼女というか少女にしか見えないドワーフの姉妹がハンガーを走り回っている姿はなんだか微笑ましいけれども。
ちなみに、エルマも俺と同じことを考えているのか微妙な表情でミミを見ていた。
「お? 整備用のロボットもいるんだな」
「そうみたいね。クリシュナも小型艦って言ってもそれなりの大きさがあるし、ブラックロータス全体の整備も一手に引き受けるとなると流石にあの二人だけで全部見るのは無理だからじゃない?」
「それもそうか」
小型艦とは言っても、クリシュナは五人がある程度の余裕を持って過ごすことが出来る広さの生活スペースを内包している。その上カーゴスペースやら機関部やら色々とあるわけで、その大きさは凡そ大型航空機並みと言っても良い。いや、もう少しデカいかもしれない。
そして、ブラックロータスはそんなクリシュナを二隻格納できるだけのハンガースペースと、それよりも更に大きいカーゴスペース、それに最大三十人ほどが生活できる居住区画なども内包している。全長は300mほどだったはずだ。俺の感覚からすると超でかい。
そんなデカい船を二人だけで整備するというのは確かに無理だろう。整備ロボットを運用するのも当然だな。
そうしているうちに設備のチェックが終わったのか、ティーナとウィスカがクリシュナから離れていく。
『ご主人様、設備のチェックが完了したようです。続いて発艦テストを行います』
「了解。こっちはいつでも良いぞ」
『はい。ハッチ開放、カタパルト射出します。3、2、1、射出』
グンッ、というシートに向かって身体が押さえつけられるような感覚とともに一気に加速したクリシュナが宇宙空間に向かって射出される。カタパルトで射出されるってのはこんな感覚なのか。ちょっとした絶叫マシンみたいだな。
「慣性制御が効いている割には中々の加速感だったな」
「そうですね、ちょっとびっくりしました」
まぁ、気を失うほどのGがかかったわけでもない。別に気にすることはないだろう。効きが甘い理由はちょっと気になるけど。外部からの力で加速したから反応が遅れたのかね?
『このままハッチを開放しているので、次はオードドッキングを。その次はマニュアルドッキングを行ってください』
「マニュアルもかぁ……了解」
マニュアルドッキングをすることはないと思うけどなぁ、と考えつつも、絶対に無いとも言い切れないので練習はしておくにこしたことはないか、とも思う。マニュアルドッキングをするなんてよっぽど切羽詰まった状況に違いないので、ぶっつけ本番でやるよりは何度かでも事前に練習はしておいた方が良いかもしれない。
そうして何度か発着艦の慣熟訓練を行った後は武装のチェックである。メイの宣言と同時に武装を隠していたコンシールド装甲が稼動し、武装が展開される。
「流石に派手だなぁ」
「すごいですね。あれがレーザー砲の砲火だと思うとちょっと怖いですけど、綺麗です」
「確かに、見てるだけなら綺麗よね。あの中に突っ込むのは絶対に御免被りたいけど」
「確かにそれは嫌ですね」
十二門のレーザー砲が一斉に発射される光景はなかなかの見ものである。
ブラックロータスに搭載されている武装はクラス2のレーザー砲が八門、クラス3のレーザー砲が四門の合計十二門。それと今は撃っていないが、シーカーミサイルポッドが一〇門、更に大型EMLが一門。火力だけで言えば余裕でクリシュナを上回っている。
『武装のチェックも完了いたしました。続いて機動性能のチェックを行います』
「ああ、続けてくれ」
ブラックロータスがアフターバーナーを噴かして加速を始める。流石に質量が質量だからか、加速が遅いな。しかしスラスター出力が高いからか、トップスピードは思ったよりも早い。宙賊などの襲撃から逃げる際に重要なのは奴らを振り切るためのトップスピードなので、そういう意味での速さは十分と言える。
「おー……いや、思ったより動くな?」
「思ったより動くわね?」
「そうなんですか?」
俺とエルマはブラックロータスの予想以上の機動性に首を傾げ、ミミはそんな俺達を見て首を傾げる。いや、本当に思ったよりもよく動く。それはつまり、思ったよりも回頭性能が高いということだ。ああいった母艦は基本的に真っ直ぐ進むのは早いが、回頭性能には難があるものだ。だからこそ小型艦に張り付かれると非常に弱い。死角に居座られて延々と攻撃されてしまうからな。
しかし、ブラックロータスはその回頭性能が思ったよりも早い。というか、あれは回頭用のスラスターだけでなく姿勢制御用のスラスターも使ってかなり無理矢理動いてるな。俺の戦闘機動を参考にしているのだろうか。
「どう思う?」
「思ったよりは早いけど、まぁなんでもないと言えばなんでもないわね。機体と腕がヘボな宙賊相手なら通用するかも?」
「まぁそうだな」
思ったよりは早いが、俺やエルマからすれば微々たるものだ。エルマの言う通り、宙賊相手ならワンチャン通用するかな? というレベルである。やはりブラックロータスに機動戦はあまり期待できないだろう。そもそも全体の構成が重火力砲艦といった感じなのでさもありなんといったところだが。
縦横無尽に宇宙空間を動き回るブラックロータスを眺めていると、突然轟音と共に複数の艦がワープアウトしてきた。見た感じ、帝国航宙軍の艦船に見えるが……?
『こちら帝国航宙軍、ブラド星系第三分隊だ。応答せよ』
すぐさま向こうから通信が入ってくる。これは戦闘でも起こっていると勘違いされたかな?
「こちら傭兵ギルド所属のクリシュナ、そのキャプテンのヒロだ。あっちのデカいのはうちの母艦のブラックロータス。今日受領したばかりの新品でな、宙域でならし運転中だ。どうぞ」
『なるほど。少し待て』
「アイアイサー」
航宙軍の艦船からスキャンされているというアラートが鳴り響く。別に後ろ暗いところは一切ないので、そのまま素直にスキャンを受ける。恐らく、ブラックロータスにも同様の処置がされているところだろう。
『ご主人様。帝国航宙軍が臨検をすると言ってきていますが』
「別に違法なものは一切積んでないんだし、好きにさせてやれ。痛くもない腹を探られるのは良い気分じゃないけどな」
『承知致しました』
「あと、臨検に同行するためにクリシュナをそちらに着艦させる。準備をしてくれ」
『はい』
メイとの通信を終え、ミミに言って今度は帝国航宙軍に回線を繋いでもらう。
「こちらキャプテン・ヒロ。ブラックロータスに着艦し、臨検に同行する。ブラックロータスには小型艦のランディングパッドが二つある。臨検を行う人員を乗せた小型艇は二番パッドに入れてくれ」
『了解した。協力に感謝する』
向こうからの応答を確認してブラックロータスへとクリシュナを向かわせる。
あわよくばこのまま小惑星帯まで行って宙賊でも探そうと思っていたんだが、どうにも上手く行かないな。これから先荷物を満載した状態でこういった臨検を受けることもあるだろうし、今回はその予行練習だと思って大人しく向こうの指示に従うとしよう。