#133 居住区画
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします!_(:3」∠)_(早速遅刻しながら
引き続き母艦の散策である。
ところでスキーズブラズニル級母艦ブラックロータスはかなり大きな船だが、運行に必要な船員数は実のところそう多くはない。というか、やろうと思えば一人でも運用できるように設計されている。これは勿論高度なオートメーション化の賜物であるわけだが、この極端な省力化がこの世界の歴史の中でどのようにして発展してきたのかは俺にはわからない。
俺の見解で言えばSOLというゲームは一人のプレイヤーが一つか、それ以上の数の船を操って遊ぶことができるゲームであったのでどんな大きな船でも一人で動かせるのは当たり前という感覚であったのだ。
しかし、実際にSOLと限りなく似たこの世界に来てからは少しだけ違和感を感じている。いくら自動化されている部分が多いとは言え、この規模の船を一人で操れるようにする方が人員を雇うよりもコストがかかるはずだからだ。ティーナとウィスカはその辺に詳しそうだし、今度時間があったら聞いてみるとするかな。
「ここが休憩室です」
サラが自身に満ちた顔で俺達を振り返る。
休憩室の広さはかなりものであった。俺の感覚で言うと、旅館の宴会場くらいの大きさと言ったところだろうか。子供なら走り回れるくらいの広さがあるな。
「うわぁ、広いですね」
「確かに。クリシュナの食堂も落ち着くけど、こっちの休憩室もなかなかリラックスできそうね。あら、あっちにはテラリウムがあるわ」
そう言ってエルマは休憩室の一角にある植物の生えているスペースへと歩いていった。どうやら壁面の一部がガラス張りになっていて、その向こうに自然環境を模した小さなスペースが作られているようだ。ああ、これはあれだな。なんかトカゲとかイグアナとかを飼ってるようなやつだ。
しかし、じっくりと見てみても植物以外のものは見当たらない。単に生育している植物を見て楽しむ類の施設であるようだ。なにか生き物が居れば面白かったのにな。そう思って俺はすぐに興味を失ってしまったのだが、ミミとエルマはそんなこともないらしく興味深そうにテラリウムとやらをしばらく眺めていた。
コロニー育ちのミミは単純に植物をあまり見た覚えがないそうだし、エルマもエルフ的な感性で植物に何か感じるものがあるのかもしれない。わからんけど。
休憩室には他に寛げそうなソファやテーブルセット、それにドリンクサーバーやマッサージチェアのようなものも設置されており、確かに休憩室の名に恥じぬ装いであるようであった。
「食堂やトレーニングルーム、それにシャワールームなどもこの近くに配置されています。未使用の乗員室や客室、それに医務室などもですね。さしずめこの辺りはブラックロータスの居住区画といったところです」
サラの案内で居住区画の施設を見て回る。食堂はクリシュナのものよりも広く、配置されている自動調理器もクリシュナと同じテツジン・フィフスにしてあるようだ。三人で使う分にはクリシュナの食堂でも余裕があるが、ティーナとウィスカも含めて五人で食事をするならこっちのほうが広くて良いかもしれないな。
あと、トレーニングルームはやっぱりこっちのほうが広いから充実してるな。クリシュナにはないトレーニング機器があるし、広いから三人以上でも同時にトレーニングできる。クリシュナのトレーニングルームはあまり広くないから、同時に三人でトレーニングするのにはちょっと手狭だったんだよ。
朝起きたらこっちのトレーニングルームでトレーニングをしてシャワーを浴びて、こっちの食堂で朝飯を食うのが良いかもしれない。休憩室もこっちのほうが広くてリラックスできそうだしな。それにミミとエルマがテラリウムを大層気に入ったようだし。あのテラリウムの世話はどうなってるのかね? やっぱいつか見た食糧生産工場みたいに自動化されているんだろうか? 自動化されているんだろうな。そうじゃなかったら早々に枯れ果てるぞ。
「では、コックピットに向かいましょう」
居住区画を一通り見た俺達は最後にコックピットへと向かう。
「へぇ、やっぱり母艦ともなるとなかなか広いな」
こちらも休憩室ほどではないが、かなりの広さであった。十人くらいまでなら余裕を持って過ごせる空間だ。ブラックロータスのコックピットはクリシュナと違って艦の外縁部ではなく、艦の中央付近に存在する。なので、実際にはコックピットというよりは戦闘指揮所とでも言った方が良いのかもしれない。
「運行時は基本的に私がこちらのシートに座り、艦の全制御を行うことになります」
そう言ってメイが指し示した場所にあったのは何やらゴテゴテと装飾――ではないが、オプションパーツのようなものがつけられたシートであった。何かよくわからない端子などが多数存在しており、明らかに普通のシートではない。
「なんか随分と仰々しい感じのシートだな」
「はい。私のよう電子頭脳の持つ処理能力を最大限に反映させるためのカスタムシートです。この専用シートから艦の機動、火器管制、出力調節、艦内の生命維持、その他この母艦に関する全ての制御を行うことが出来ます」
「なるほどなぁ。システムの掌握は問題無さそうなのか?」
「はい、問題ありません。システムの掌握は五分もあれば終わるでしょう」
「そうか。こっちの制御は任せたぞ」
「はい、この私にお任せください」
そう言ってメイはコクリと頷く。こっちのことはメイに任せておけば心配はいらないだろう。
「こちらに関しては私が案内するべき箇所は無さそうですね。こちらで船の案内は完了という形になりますが、何か気になった点などはございませんか?」
「俺は特には。皆は?」
「私も特にはないです」
「私もないわね」
「問題ありません」
全員特に無いようだ。
「では、こちらに受領のサインをいただけますか? はい、結構です」
サラの差し出したタブレットに受領のサインをして小型情報端末で認証を行い、ブラックロータスはこれで正式に俺の船になった。この手続きと同時にブラックロータスの代金の残りがスペース・ドヴェルグ社へと振り込まれることになる。取引完了だな。それを確認したサラがホッと胸を撫で下ろした。彼女にとって今回の取引はそれはもう大変な苦労の連続であったことであろう。主にあの姉妹のせいで。
俺? 俺はー……別に俺から事を荒立てたつもりはあまりないんだけどな。トラブル体質の俺と関わったのがサラにとっての災難と言えば災難であった可能性は否めないけど、それは俺だって意識してやっていることじゃないからな。どうしようもない。俺は悪くねぇ。
「サラには世話になったな」
「いいえ、私なんて何も……いえ、まぁ、頑張りはしましたね」
何もしていない、と言いかけて色々なことが脳裏を過ぎったのか、サラは最終的に遠い目をして虚空に視線を向けていた。相当苦労したらしい。サラは苦労人ポジションだな。
「今回の商談は私にとって良い経験になりました。ヒロ様、改めてありがとうございました」
「いや、こちらこそだ。全部が全部俺のせいだったとは思わないが、苦労をかけたな」
「いえ、本当にヒロ様に過失は一切ありませんので……ふふふ」
姉妹の存在を思い出したのか、サラが笑顔で黒いオーラを発する。姉妹も今では一応うちの船に同乗する準クルーみたいなものなので、その黒いオーラは引っ込めていただきたい。鎮まれ。静まり給え。どうしてそのように荒ぶるのか。いや、荒ぶっても仕方ねぇな。
「ははは……まぁあの二人も禁酒はかなり堪えたようだし、これからはそれなりに危険な傭兵生活だから」
「そうですね、水に流すことにします」
俺の発言が功を奏したのかどうかはわからないが、とりあえず黒いオーラは引っ込めてくれたようで何よりである。
「とりあえずしばらくの間はこのコロニーに留まってこの船――ブラックロータスの慣らし運転をする予定だ。もしかしたら実際に運用を始めてから気になる点がでてくるかもしれない。その時は連絡させてもらうよ」
「はい、その時はすぐにご連絡ください。今後もスペース・ドウェルグ社をよろしくお願いします」
そう言ってサラはその幼気な顔に満面の笑みを浮かべた。
☆★☆
「はーい、そういうわけで早速出港するぞー」
「あいあいさー!」
「はいはい。メイ、そっちの準備は問題ないかしら?」
『はい、問題ありません。いつでも出港可能です』
サラと別れて凡そ三十分。俺とミミ、それにエルマはクリシュナのコックピットで出港準備を進めていた。早速ブラックロータスへの着艦、そしてブラックロータスからの発艦訓練をしようというわけである。その他にも母艦を運用するとなれば連携の訓練を事前にしておくにこしたことはない。メイならどのように運用したとしてもぶっつけ本番でなんとかしてしまいそうな気がするが、それはそれ、これはこれである。
ティーナとウィスカは余程のことがなければ俺達の通信には参加してこないようになっている。余程のことというのはどういう状況かというと、ブラックロータス内でなにか不足の事故が起こった場合などだ。突然の機関停止とか、秘密裏に何者かが艦内に侵入してきたとか、そういう異常事態でも起こらない限り戦闘中には通信に介入しないように言いつけてあるのだ。
とはいえ、ブラックロータスへの着艦やブラックロータスからの発艦に関しては彼女達の協力があったほうがスムーズに事が運ぶのは間違いないので、その時には戦闘中でも通信回線を開くことになる。まぁ、戦闘中に着艦することはまずないと思うけど。
「では出港後、コロニーから離れた地点で合流して慣熟訓練を行う。座標をマークしてくれ」
「はい、目的の座標をマークしました」
『こちらもマークしました。では出港申請を行います』
「こちらも出港申請を出しますね」
ミミが手早くブラドプライムコロニーの港湾管理局に出港を申請し、申請が速やかに受理されて出港許可が降りる。今日もブラドプライムコロニーは盛況だな。他の船に接触しないように注意しながら船を進め、その途中でブラックロータスの横を通過する。
「うーん、良いね。ワクワクしてくる」
「こうしてみると大きいですねー……宙賊の中型艦より大きいみたいです」
「そうね。ギリギリ中型艦の枠に収まるサイズってところかしら」
間近で見るとブラックロータスの威容はその優雅な名前とは正反対である。平面や角などは極力排しているのにも関わらず、その姿はどうみても『ゴツい』としか表現のしようがない。あちこちにあって砲塔を覆い隠しているコンシールド装甲が余計にそのような印象を増大させているのだろう。その威容を別ものに例えるならば、鞘に収まった剛剣といったところだろうか。
いやごめん、ちょっと無理してカッコよく言った。俺の本当の第一印象は胸元に不自然な膨らみのあるゴツい黒服のお兄さんといった感じである。何かあったらすぐにスッと胸元に手を伸ばしそうなヤベーやつ感がすごい。実際、コンシールド装甲に覆い隠された砲塔が全て顔を出すと巡洋艦並みの火力があるので、あながち間違いでもない。
「……ゴツいな。一応コンシールド装甲で隠してるけど、大丈夫かこれ」
「遠目からのパッと見じゃわかんないわよ。問題ないと思うけど」
「そうかなぁ」
まぁ宙賊は基本バカ揃いだし、問題ないか。獲物だと思って襲いかかった船からクリシュナが飛び出してくる上に、非武装だと思っていたその船も実は重武装という宙賊にとってはあまりにも酷いデストラップである。
「ブラックロータスも出港完了です」
「了解。じゃあ指定ポイントへと向かうとするか」
「はい、ブラックロータスとの同期を開始します」
ミミがクリシュナとブラックロータスの超光速ドライブの同期作業を開始する。ブラックロータスのほうが質量が大きいので、今回はブラックロータスの超光速ドライブにクリシュナが乗っかっていく形になるな。
『では、指定ポイントへと向けて超光速ドライブを開始します。超光速ドライブ、チャージ開始。カウントダウン』
通信越しにメイがカウントダウンする声が聞こえてくる。
『5、4、3、2、1……超光速ドライブ起動』
ドォン! という轟音が鳴り響き、ブラックロータスとクリシュナは超光速ドライブ状態に突入した。




