#132 納品日
今日こそは遅れ……遅れた!_(:3」∠)_
久々の宙賊退治をしてサラからの接待を受けたその夜から更に三日。俺達は特に宙賊退治に出ることもなく、クリシュナに留まってのんびりとしていた。
え? 働かなくて良いのかって? 今すぐ働かなきゃ立ち行かなくなるほど金に余裕がないわけでもなし、母船が仕上がってきたら結局は母船も使った連携訓練がてらまた宙賊どもを狩り出すことになるので、クリシュナ単機であくせくと働いても仕方がないだろうと思ったのだ。クリシュナの試運転に関しては先日の宙賊退治で十分だったしな。
まぁ、ゆっくりと過ごしたと言っても別にずっと引きこもっていたわけではないけどな。ミミと一緒に買い物に行ったり、エルマと二人でドワーフの居酒屋巡りをしたり、メイと一緒に帝国軍の詰め所まで先日の宙賊にかかっていた賞金を受け取りに行ったりした。
先日の宙賊からの賞金と、奴らからの略奪品の売却益は合わせて13万5000エネルとなった。賞金額総計11万2000エネルに略奪品の売却益2万3000エネルが加わった形だな。
ミミの取り分は0.5%から1%に上がったので1350エネル。エルマは変わらず3%なので4050エネル。それらを差し引いた12万9600エネルが俺の取り分だ。
改めて見ると俺の報酬が暴利に見えるな。
でもこの船は100%俺のものだし、メインパイロットとして実際に戦っているのは俺だ。ついでに言えば二人の衣食住に関しては全て俺が提供することになっているし、福利厚生に関しても無論俺の責任で、そちらに関しても最大限配慮はしているつもりである。その辺りを鑑みると、やはりこの辺りの報酬で妥当ということらしい。傭兵ギルドからのお墨付きもあるので、これで間違いないのだろう。
船が共同出資で購入されたものだとまた結構違ってくるみたいなんだけどな。報酬の分け前に関しては船やその運用にどれだけ金を出しているのか、という点が重要であるらしい。
「ついに納品ですね!」
納品される母船が係留されているドックへと向かう道すがら、ミミが興奮した様子で声を上げる。
「そうね、結構長く感じたわね。ところで、船の名前は決めてあるの?」
「船の名前……ああ、そういや決めなきゃいけないんだったっけ」
どうしたもんかな。俺はあんまり船の名前とかには拘りを持たない方だから、適当に船にデフォルトでつけられている名前をそのまま使ったりしていたんだが。
「スキーズブラズニルじゃだめかな」
「ダメじゃないけど……もっとこう、捻りましょうよ」
捻りましょうと言われてもなぁ。でも確かにスキーズブラズニルはちょっと長いしな。それに確かスキーズブラズニルは北欧神話に出てくる船の名前で、クリシュナはインド神話に出てくる英雄の名前だったっけ。確かヴィシュヌの化身の一つとかだったな。この二つを調和させるような名前は中々に難しいと思うのだが。何せ全く別の神話の存在だ。そして俺は北欧神話の知識はある程度あるのだが、インド神話の知識はほぼ皆無である。クリシュナのことだって船を手に入れてからネットで検索して知ったくらいなのだ。
その朧気な知識を引っ張り出してみる。ええと、そうだな。
「じゃあ、ガルーダというのはどうだ」
「ガルーダ?」
「神様が乗る神鳥の名前だ。そもそもクリシュナというのがヴィシュヌって神様の化身の一つなんだが、ガルーダはそのヴィシュヌが乗る炎のように光輝く鳥の名前だよ」
確かクリシュナがガルーダに乗るような描写は俺が調べた範囲では無かったが、まぁ別に良かろう。
「鳥、鳥ねぇ……鳥って外観ではないわよね、あれは」
「……それは確かに」
スキーズブラズニルはかなりゴツめで、鳥から連想されるような優美さというか軽やかさとはまったく無縁の外観である。確かにちょっとばかりアンマッチかもしれない。
「じゃあ、ロータスなんてのはどうだろう」
「ロータス、植物の名前ですよね。蓮、でしたっけ?」
「そうだな。俺の故郷だと神様とかは蓮の花の上に座っている姿で描かれることも多いんだ」
所謂蓮華座というやつだ。仏教で神仏がその上で胡座をかいていたり、立っていたりするやつだな。神の座す場所としては割と適当なのではなかろうか? インド神話と仏教には密接な関係もあることだし。
「でも、蓮の花は白から淡いピンクって感じじゃない? 新しい母船はクリシュナに合わせて濃紺から黒って感じのカラーリングよ?」
「じゃあブラックロータスだな。強くて高そうな名前だ」
「強くて高そう……?」
「気にするな」
俺の発言に首を傾げるミミにそう言っておく。いきなり魔力が三点湧いてきそうな名前だよな。
「ガルーダよりはブラックロータスの方がしっくり来るわね」
「そうですね。花の名前ってなんだか可愛いですし」
「じゃあそれで。メイもそれでいいか?」
「はい」
俺の少し後ろをしずしずとついてきていたメイも静かに頷く。メイの髪の毛の色も瞳の色も黒。メイド服も概ね白黒。彼女の操る船としても『黒い蓮』という名前は割と適当だったかもしれないな。
☆★☆
「お待ちしておりました」
引き渡し場所である大型ドックに着くと、そこにはサラが待っていた。他にも人がいるが、俺に判別できるのはサラだけである。サラの近くにいる男性ドワーフには見覚えがあるような気がするので、いつだったかホテルに謝罪に訪れた彼女の上司なのかもしれない。正直、ドワーフの男性は髭がモサモサで見分けがつきにくいんだよな。
「どうも。ようやくだな」
そう言って俺はこれから引き渡される母艦である濃紺から黒にカラーリングされたスキーズブラズニル――ブラックロータスを見上げた。クリシュナの何倍もデカい。クリシュナも小型艦という割にはデカいのだが、そのクリシュナを二隻並べて収容できるような船なので、とてもデカい。
フォルムとしてはところどころに流線を取り入れたつつも、平面装甲が目立つな。いや、実際には完全な平面という場所は殆ど存在せず、微妙に曲面を描いているようだ。強度の関係だろうか?
真横から見るとレーザーライフルのような形をしているようにも見えるな。前面に大きく張り出した艦首は図太い四角柱型で、角は丸い。艦隊各部にある装甲の膨らみにはコンシールド加工された各種砲が内蔵されており、武装展開時には各装甲がスライドして砲塔が出てくる形になっている。
大型EMLは機体前方上部に搭載されており、こちらも通常時は装甲に覆われて隠れている。展開時には他のコンシールド砲塔と同じく装甲がスライドして砲が姿を表すわけだな。
「うん。良い。かっこいいな」
なんというかこう、新しい機体というか宇宙船というものには男心を擽られて仕方がないな。メイの希望により多数の火器を搭載したブラックロータスは瞬間火力で言えばクリシュナよりも上だ。
特に大型EMLは当てにくいものの、威力だけで言えば戦艦の主砲クラスの威力である。直撃すればクリシュナですら危うい威力だ。宙賊艦であればまず間違いなく木っ端微塵である。
スペック的には帝国航宙軍正規部隊の巡洋艦クラスであろう。もっとも、たった一隻では正規軍相手には抗しようもないだろうが。宇宙帝国の正規軍というのは、このブラックロータスのような高性能艦を数百隻、数千隻と揃えているものなのだから、同じ土俵で戦えば一瞬で蜂の巣である。
かつてクリシュナがベレベレム連邦の正規艦隊に大打撃を与えられたのは奇策を弄した上に超近接戦闘に持ち込んだからだ。あんな艦隊に何の策も使わずに真正面から殴り込んだら接敵する間に蒸発させられるのがオチである。
このブラックロータス相手ならどう攻略するかな? 近づきさえすれば下方が死角になってるみたいだから、そこからチクチクと攻撃を重ねれば撃破できそうだが。真正面からだと流石に危ないな。
「ヒロ様の目がものすごくイキイキとしてますね」
「男っていうのは新造の母艦を前にすると無邪気な子供みたいになっちゃうものらしいから」
「……可愛らしいですね」
メイの言葉に思わずギョッとしてメイに視線を向ける。ミミとエルマも目を丸くしてメイに視線を向けていた。
「何か?」
「い、いや、なんでもない」
あまりにも意外な発言に驚いただけである。まさかメイから可愛らしい、などと言われるとは思わなかった。なんだか急に恥ずかしくなってきたぞ。
「気に入っていただけたようで何よりです」
サラもまた食い入るように船を見ていた俺に微笑ましいものを感じていたのか、穏やかな笑顔であった。くっ、不覚。
「では艦内をご案内しますね」
「ああ」
サラに導かれて既に降ろされていたタラップを登り、船の中へと足を踏み入れる。各生活スペースの内装はクリシュナに準拠して居住性の高いものに換えてあるが、今歩いている通路などは標準のままだ。とはいえ、これまでの経験が活かされているのか、通路は比較的広く、無用の出っ張りなども見当たらない。非常にスッキリとした作りで、不意の事故などで壁に叩きつけられたりした際にも大事には至らなさそうである。
「壁面には衝撃吸収素材を張ってるのね」
エルマが白い壁面を触りながらそう言うので、俺も壁を触ってみる。なんとも不思議な手触りだ。光沢はほとんど無く、肌触りとしては硬質のプラスチックのようにも思える。それなのに、押すと僅かに沈み込むのだ。流動体めいた硬質プラスチックとでも言うべきだろうか? 俺の知る限りではこのような特性を持つ素材に心当たりは無い。この世界独特のハイテク素材なのだろう。
「はい。壁に叩きつけられた際に怪我をしにくくする効果があり、断熱性も高いことから全体のエネルギー効率も上昇します」
「なるほど。断熱性が高ければ空調に回すエネルギーも少なくて済むもんな」
「はい」
一通り壁の不思議な材質の手触りを楽しんだ後はカーゴスペースを兼ねたハンガーへと向かう。
「お、来たな」
「こんにちは」
そこには作業着を身に着けたティーナとウィスカが待っていた。どうやら整備用の機材や物資、補修用の素材のチェックなどをしていたらしい。
「今日から世話になります。お手柔らかに頼むで」
「よろしくおねがいします」
そう言ってティーナは片手を挙げ、ウィスカは頭を下げた。
「こっちこそよろしく頼む。まぁ、こっちの船はクリシュナより危険ってことは――」
宙賊に対する疑似餌として使うこともある以上、それなりに危険ではあるか。シールドも装甲も強力なものを装備しているから、そうそう撃破されるなんてこともないとは思うが。
「――ないけど、一応脱出艇の位置や避難経路なんかはよく把握しておけよ」
「なんか気になる間があったな? 本当に大丈夫なんか?」
「ダイジョーブダイジョーブ、モンダイナイヨ」
実は宙賊を釣るための囮役にする予定なんですとは今更言えない。まぁそのうち説明すれば良いだろう。はっはっは。
訝しげな表情をするティーナをスルーしてハンガースペース兼カーゴスペースも見て回る。クリシュナとは比べ物にならないくらい広いな。これなら運び屋としての仕事や交易めいたことも十分可能だろう。金稼ぎの選択肢が大きく広がるな。
「次はコックピットに向かいましょうか。途中で休憩室や食堂にも寄りましょう」
「わかった。二人とも、また後でな」
「はいよ」
「はい」
姉妹に別れを告げ、サラの後について歩き始める。流石に広いなぁ、母艦ともなると。
年末年始は流石にちょっと休みたいからね! 次回更新は1/3予定となります!
ゆるしてね!_(:3」∠)_