#131 姉妹の死闘
ブラドプライムコロニーへの入港後、即座にお手洗いに行って戻ってきたウィスカだったが、不幸にもその一部始終を姉に目撃されてしまった。
いやまぁ、不幸にもも何も、あまりに迅速な行動だったためにティーナがウィスカのことを不審に思ってしまった結果なのだが。
「あっはっは!」
「もう、笑わないでよ!」
盛大に笑うティーナにウィスカが顔を真赤にして憤慨する。流石の俺も笑うのはどうかと思うぞ?
「いやー、まさかウィスカがお漏らしをしてるとはなぁ……くっくっく」
「お姉ちゃん!!」
ティーナの口を塞ごうとウィスカが顔を真赤にしたままティーナに飛びかかる。しかし全く同じ体格同士ということもあってか、その目論見はなかなか上手くは行かないようだ。
「あれだけギャーギャー騒いでたティーナの方はなんともないのな」
「騒いで外に発散してたぶん恐怖感が和らいでいたんじゃない?」
「ティーナは上から、ウィスカは下から垂れ流してたってことか」
「ヒロさんっ!!」
ウィスカがティーナと取っ組み合いをしながらこちらに向かって鋭い声を投げかけてくる。別に気にすることはないと思うけどな。ミミだってしばらくウィスカと同じようになってたわけだし。
チラリとミミに視線を向けると、眼と眼が合う。ミミは頬を少し赤くしながら気まずげな表情をして目を逸らしてしまった。自分が一度通った道とはいえ、改めてそれを指摘されるのは恥ずかしいらしい。
俺? 俺はゲームの頃のイメージが強いせいか、全然そんな風にならなかったんだよな。もしかしたら未だに現実感が無いだけなのかもしれないけど。
「ヒロ……」
「こいつは失礼。男子たるもの常に紳士たれ、だな」
「あんたに紳士はちょっと無理じゃない?」
「酷い」
俺も紳士らしく振る舞うのは無理だと思ってるけどな。そういうのは俺に合わない。肩が凝りそうだし。
☆★☆
「あー、酷い目に遭ったわ」
俺には若干圧迫感がある天井が低めの街路を歩きながらティーナが肩をぐりぐりと回している。なんかグキグキ言ってるけど大丈夫か、それ。
「自業自得だろう」
結局、姉妹の取っ組み合いはウィスカの勝利に終わった。見事な低空タックルからの流れるような関節技に流石のティーナも音を上げたのである。まぁ、実際には二人とも見た目がまるで子供のような外見なので、壮絶と言うよりは微笑まく見えてしまう取っ組み合いだったのだが。
「……」
勝利してもウィスカは憤懣やる方ない様子でツーンとしている。お漏らしを姉のティーナに笑われたのが相当腹に据えかねているらしい。俺もあれはどうかと思ったよ。
「妹はまだ怒っているようだぞ」
「後でしっかり謝っとくわ」
「少し時間を置いたほうが良いかもな」
ティーナが馬鹿笑いしたのもウィスカが過剰反応したのも、恐らくは戦場帰りでテンションが妙なことになっていたせいだろう。命の危機を乗り越えて安全な場所に帰ってこれたからはっちゃけてしまったんだな、多分。興奮してしまっていたと言っても良い。
船に乗ったばかりの頃のミミはどうなっていたかって? ミミはもう俺にくっついて離れなかったよ。もうベッタリ。そんな風にされたらどうなるかは火を見るより明らかだよな! 今はかなり落ち着いたけど、それでもやっぱり戦場から帰ってくるとミミはスキンシップが多めになるな。
エルマ? エルマはお酒を呑むね。そして酔っ払って俺の寝室に乗り込んでくることが多いね。エルマはお酒好きだけど、実はそんなに強くないからなぁ……寄ってぐでんぐでんになったエルマも可愛いよ。
「えっと……サラさんがお店の予約を取ってくれているという話でしたよね」
「納品を三日後に控えた接待という話だな。二人を船に乗せることも決まって関係も改善したし、最後のご機嫌取りってところじゃないか?」
「大仰と言うかなんというか……まぁ接待一回くらいは端金ってところかしら」
「スペース・ドウェルグ社の規模からすればそうなのかもな。そういう社風なだけかもしらんが」
飲みにケーション的な。
「あれ? なんだか騒がしいというか、物々しい感じですね」
「うん?」
しばらく歩いて飲み屋街に差し掛かった辺りでミミがそんなことを言い始めたので俺も先に目を向けてみる。すると、確かに前方に人だかりが出来ているようであった。それだけでなく、武装した治安維持隊の隊員らしき者までいる。
「何かあったのかね?」
「何かしらね。何だと思う?」
「んー、わからんなぁ。小火とかではなさそうやけど。刃傷沙汰でも起こったかな?」
「刃傷沙汰」
一体この宇宙時代にどうやって刃傷沙汰なんて起こるというのか。調理技術が忘れられるくらい自動調理器が普及しているという……ああ、ドワーフの場合あまり自動調理器を使わないみたいだから、割と刃物が出回ってるのかな?
「目的の店が事件に巻き込まれて無ければいいけど」
「それは困るなぁ」
エルマもティーナも完全に他人事である。そりゃそうだ。別に俺達はこのコロニーの治安維持組織の人間でもなければ、正義のヒーローでも慈善活動家でもなんでもない。自分達の身に直接災難が降りかからなければ精々大変だなぁとか痛ましい事件だなぁと思うくらいが精々である。
大いなる力を持つ者は大いなる義務も背負わなければならない? 知ったこっちゃないね。自分の力は自分の好きなように使う。誰かに義務を押し付けられるのは御免だよ。
「ここですよね」
「ここのはずだな」
滅茶苦茶直接災難が降り掛かってきていた。いや、行こうとしていた店が思いっきり『Keep Out』って感じになっているだけで、直接被害があったわけじゃないんだけどさ。今日の飲み会だか接待だかの予定がぶっ壊れただけで。
「サラは無事かな」
「どうかしら。連絡してみたら?」
「そうしよう」
小型情報端末を取り出してサラに通信を繋げる。すると、割と近いところから呼び出し音が鳴った。一瞬事件に巻き込まれたのかとゾッとしたが、その音は店を眺めている人混みの中から聞こえてきているようだった。店の中から聞こえてきたらどうしようかと思ったぞ。
『はい、サラです。すみません、今日のお店なのですが……』
「ああ、大丈夫。もう現場に来てる。というかすぐ近くにいるみたいだ。振り返ってみてくれ」
『あ、そうみたいですね。今そちらに行きます』
小さな人影が人混みを掻き分けて転び出てきた。スーツ姿のサラである。
「すみません、折角お越し頂いたのに」
「いや、サラが悪いわけじゃないだろう。何があったんだ?」
「強盗みたいです。わざわざ料理屋に? と思わなくもないんですが……」
そう言ってサラは難しい顔をしている。確かに料理店は強盗が入る店としては適切じゃないし、時間帯的にも今は午後五時を回ってじきに午後六時にさしかかるくらい――つまりこのような食事処や呑処の集まる場所では人通りが大変多くなる時間帯である。押し込み強盗をするにしても、普通はもっと人通りの少ない時間を狙うだろう。
「考えてもわからんことは考えても仕方ないな。プランBは?」
「多少店のグレードは落ちますが」
「別に問題ないだろ。今日は祝勝会だ、たらふく食うぞー」
「おー、呑むわよー」
「わーい!」
「わ、わーい」
「お二人はダメですよ」
エルマに便乗して快哉を上げるティーナにサラが冷たい声でツッコミを入れた。せやろな。
よかった、とくにりゆうもなくさらわれるサラさんはいなかったんだ_(:3」∠)_