#129 試運転
「ふむ、こんなものか」
「はい」
姉妹とミミとエルマを食堂に残して俺はカーゴスペースへと赴き、メイと一緒にカーゴの整理をしていた……と言っても、俺が整理したのはパワーアーマーと武器類周辺だけで、その他はメイにおまかせという形になってしまっていたのだが。
「メイにはいつも助けられるな。頼りきりにならないようにしようとは思ってるんだが」
「そうですか。私としてはもっと頼ってくれても良いのですが」
荷物を抱えたメイがずずいっと迫ってくる。おおう、圧力すごい。
「今でも頼りすぎなくらいじゃないかと思っているくらいだぞ」
特に姉妹の監視等に関してはほぼメイに丸投げみたいな形になるしな。
「というか、実際のところメイとしてはどうなんだ? あの二人の加入は」
「ご随意のままに、というところです」
そう言ってメイは抱えていた荷物を置き、俺へと振り返る。
「補足いたしますと、あの二人を船に乗せること自体はリスクやデメリットよりもメリットの方が大きいであろうと評価しています。その上でご主人様が二人を船に乗せることを肯定的に捉えているのであれば是非もなし、というところですね」
「なるほど。ちなみにリスクやデメリットというのはどのようなことが考えられるんだ?」
「まず挙げるべきはティーナの短絡的行動、ウィスカの突飛な発想、それらによる暴走でしょうか。ご主人様に負傷させた時のような事件を彼女達が起こす可能性はゼロではありません。二人とも今回の件で懲りているとは思いますが」
「お、おう。そうだな。他には?」
「二人を経由してクリシュナやその乗員に関する個人情報、機密情報がスペース・ドウェルグ社に漏洩するリスクは当然あります。しかし、過去のスペース・ドウェルグ社の動向や経営方針などを考えると、スペース・ドウェルグ社はそういった小手先の情報戦をあまり好まない傾向にあるようだ、という結論に至りました。クリシュナの情報や傭兵としてのご主人様の生活を取材したいという話も、高い確率でただの技術的興味及びエンターテイメントを求めてのことだろうと推測されます」
「えんたーていめんと」
「はい。ミミ様も仰っていましたが、コロニー居住者にとって漂流者の生活というものはエンターテイメントの塊のようなものですから。彼らは良く言えば安定した、悪く言えば代わり映えのしない生活に身を置いているので、ご主人様のように自由気ままに星々の海を旅する生活というものに一種の憧れのようなものを抱いているのですよ」
「なるほどなー」
俺の生活のどこにエンターテイメントがあるのかは些か想像しづらいところではある。どちらかというとお茶の間で家族と見るエンターテイメントというよりは、自室でこっそりと見るエンターテイメントになりそうな予感しか無いのだが。いや、そんなエンターテイメントを提供するつもりは微塵も無いけど。
「結論といたしましてはご随意のままに、となるわけです。二人が不始末を起こさないように私が力を尽くしますので、ご主人様は何の心配もなさらなくて結構です」
「そうか……わかった。ありがとうな、メイ」
「はい。そのお言葉と笑顔だけでだけで私は何もかもが報われた気分です」
そう言ってメイはほんの少しだけ口角を上げて見せてくれた。
☆★☆
こうしてとりあえずクリシュナが戻ってきたわけだが、中と荷物の点検をしてハイおしまい、とはならない。
「ほ、ほんとうにいくんか?」
「おう、行くぞ」
「だ、だだだ、だいじょうぶですよね?」
「大丈夫ですよー。ヒロ様にかかれば宙賊なんてちょちょいのちょいですから」
試運転がてら宙賊を狩りに行くことにした。既にスペース・ドウェルグ社には連絡をして、ティーナとウィスカをこのまま連れて行くことにはOKをもらっている。
『遠慮なく連れて行ってください』
画面の向こうのサラはそれはもう輝くような笑顔でそう言っていた。散々迷惑をかけてくれたティーナとウィスカの二人が顔を真っ青にして震えているのを見て多少は溜飲が下がったようである。
なかなか趣味が悪いとも言えるが、この二人のおかげで折角取った大口の契約が危うく立ち消えになるところだった上に、上司を巻き込んだ謝罪騒動にまで発展させられた彼女としては二人に思うところの一つや二つや三つどころではなく色々とあってもおかしくはない。輝く笑顔の裏に黒いものが見え隠れしているのは見なかったことにしよう。
二人をコックピットの壁から引き出したサブシートに座らせ、しっかりとベルトで身体を固定してから俺達は出港準備を始める。
二人をベルトに固定する前に一度席を外していたのは、恐らくアレを履かせにいったのだろうなぁ。アレってなんだって? そりゃお前、アレだよ。漏らしても大丈夫なように履くアレだよ。最近はミミも卒業できたみたいだから日の目を見ることが無かったらしいが、棄てずに在庫を取っておいて良かったんだろうな。うん。
「ジェネレーター正常、出力安定。各部への動力伝達も順調よ」
「オーバーホールして変わった感じはあるか?」
「無いわね。まぁある程度バラしてから組み直して変わったところなくいつも通りに使えるってのがプロの技なんじゃない?」
「それもそうか。ミミは?」
「こっちも問題ないですね。出港申請も通りました」
「OK、それじゃ出ようか」
操縦桿を操り、整備工場のハンガーからクリシュナを出港させる。戻ってきた時は普通の港の方に向かうことになるな。
「調子はどう?」
「悪くない。やっぱりクリシュナはしっくりくるな」
この前乗った試作機とは反応速度が違う。打てば響く操作感は爽快ですらあるな。やっぱ戦闘艦というのはこうでないといけない。
「おぉー、動きが滑らかやなぁ」
「慣性制御装置も凄く良いのを使ってるよね。全然揺れないし、殆ど加減速の反動が感じられないよ」
「スペック通りの性能を発揮したら、この慣性制御装置でも追っつかないやろなぁ。その辺どうなん?」
「そうですねー……やっぱり戦闘機動を取り始めると結構キツい慣性がかかったりしますね」
「うっかり満腹のまま戦闘機動に入ったら悲惨なことになるだろうな」
「やめてよね。吐瀉物塗れで戦闘とか嫌よ」
隣のサブパイロットシートに座るエルマが眉間に皺を寄せてものすごく嫌そうな顔をする。確かにゲロ塗れで戦うのは俺も嫌だ。
「あ、あはは……だ、大丈夫や。さっきお茶は飲んだけど一杯だけやから」
「そ、そうだね。うん」
戦闘機動の話をしてこれからの宙賊狩りに対する恐怖感を思い出したのか、姉妹の表情が再び青くなる。技術的な話をしている間は恐怖を忘れられるようなので、超光速ドライブに入る前にコロニー周辺で慣らし運転でもするかね。
「あれ? 超光速ドライブに入らないんですか?」
「その前に慣らし運転をな」
「少し前にクリシュナとはまったく操作感の違う船に乗ったしね。感覚を取り戻すのは大事よ」
「なるほど」
ミミとエルマのそんな会話を聞きながらスロットルを徐々に上げ、クリシュナを加速させていく。
うん、スロットルとスラスターの反応も悪くない。流石はドワーフ。仕事は完璧というところかな?
「お、おおぉ……速いな」
「小型艦だから脚が速いのはわかりきっていたことだけど、やっぱり速いね」
トップスピードに入ったところでフライトアシストを切ってマニュアル操作に入り、戦闘機動に入る。
「う、お、おぉぉぉぉっ!?」
「ひゃああぁぁあぁ!?」
加減速やアフターバーナーを用いた鋭角的な動きや、慣性を利用した横滑り機動、逆転攻撃、バレルロールなどを一通り試す。
「問題ナシ。じゃあ行くかー」
「はい、超光速ドライブ起動します」
「チャージ開始。5、4、3、2、1……起動」
ドォン! という轟音と共にクリシュナが超光速ドライブ状態に移行する。姉妹は目を回しているようだが、まぁそのうち慣れるだろう。
「い、いっつもこんな感じなん?」
「そうですねー……だいたいこんな感じですよ」
「ミミさんが見た目に反して肝が据わっている理由がわかった気がします」
ミミの肝が据わってるって? そんなイメージは……いや、そう言えば最近はあたふたすることも少なくなって落ち着いていることが多いような気がするな。もしや俺と行動を共にすることによってミミには何事にも動じない肝の太さが備わりつつあるのだろうか。
「さーて、ここの宙賊はどこに潜んでるかなー」
星系マップを開いて宙賊が出そうな場所に当たりをつける。
奴らの狙いはブラドプライムコロニーで作られた交易品の類か、埋蔵量の豊富な小惑星帯で掘り出され、精製された各種金属のどちらかだろう。うーん、この星系内で商売を完結させるなら金属の方が簡単かな。奪った金属を仲間の一見クリーンな採掘船にでも渡して売り払えば良いわけだし。
「よし、小惑星帯に向かうぞ」
「わかりました。座標をマークします」
ミミの声と同時にHUD上にマーカーが出現する。あとはそのマーカーに艦首を向けるだけだ。
「い、いよいよ行くんやな……」
「き、緊張するね」
姉妹が揃って身体を固くしている。
「そんなに緊張するなって。別に小惑星帯に入ってすぐに戦闘になるわけじゃあるまいし」
「そうよ。まずはポイントを下見して、宙賊が来そうな場所に張り込まなきゃいけないんだから。そんなに緊張してると疲れるわよ」
「あはは、なんだか私がクリシュナに乗ったばかりの頃を思い出しますね」
ガチガチに緊張しているティーナとウィスカを見てミミが苦笑いしている。確かにミミもクリシュナに乗ったばかりの頃はあんな風にガチガチに緊張してたよなぁ。ちょっと懐かしい。
「ほ、本当やな? 嘘だったら泣くからな?」
「信じますからね?」
「はっはっは、大丈夫大丈夫」
初めての狩場に着いて早々に獲物を見つけるなんてなかなかあることじゃないからな! 何の心配もいらないさ。事前のリサーチもしていなかったし、ただの小惑星帯観光になると思うぞ。
なかなかあることじゃない(ないとはいっていない)