#012 ミミとのお買い物
本日はここまで! また明日!_(:3」∠)_
『おくすり』の効果もあったのか、ミミとの行為はつつがなく終わった。お互いに痛い思いをせず済んだのは幸いだったと思う。ミミは今日一日で精神的に疲れたのと、勿論肉体的に疲れたのもあるのだろう。今は俺の隣で穏やかに寝息を立てて眠っている。
俺はというと、今後について思いを馳せていた。やはり生きていくにあたって目標は必要だ。ただ生きるために生きるというのは辛いからな。
まずはやはり庭付き一戸建てを惑星上の居住地に持つことだな。これを大目標としよう。炭酸飲料を飲むため、という俺としては重要な目的を果たすために考えていたことだが、ミミを引き取ってこういう関係になった以上、帰るべき家を持つというのは必要なことだと思う。
まだミミと一緒になると決めたわけじゃないし、ミミもどう思っているかわからないからなんとも言えないけど。相手がミミであるにせよ、その他の誰かになるにせよ、いずれは俺も家庭を持つことになるだろうからな。生きていれば。
え? 元の世界に戻らないのか? 戻れるなら戻るのも勿論アリだと思うが、戻る方法というやつに関して皆目見当もつかないな。まずどうやって、何故この世界に来たのかというのがわからないし。元の世界に戻る方法を探すってセンは無いな。
そもそも、この世界のほうが俺は色々と楽に生きられそうだし。強力な船、傭兵という身分、そこそこの資金、この三つが揃っているだけで俺は相当恵まれていると思う。
勿論、これはこの世界の良い部分だけを見ている意見だ。傭兵という職業は常に死の危険と隣り合わせで、負ければ死ぬ。ゲームじゃないんだからリスポーンなんてできない。
船が大きな損傷を受ければ修理代金も嵩むだろうし、場合によっては万全じゃない状態で出撃しなければならないということもあり得る。メンテナンスをするための資金を常に確保しておかないと、ジリ貧になってそのまま死ぬということも有り得るだろう。
危険は何も船に乗っている時だけの話ではない。昨日のように色々なものを買ったり、何らかの手続をしたりするために船から降りて行動することもあるだろう。いきなり襲われて殺されたりすることだってあるかもしれない。元々住んでいた日本と同じ治安のイメージで生活していたら呆気なく命を落とす可能性は高いだろう。船外で俺が死ねばミミは野垂れ死ぬしかない。
「うーん……」
これが誰かの命を背負うってことか。重責だな。これは何かしらの対策をしなきゃならん。明日か明後日にでも傭兵ギルドの事務所に行っておっさんに相談してみるか。
明日はミミのバイタルチェックをしてから買い物だな。なんだかんだでバイタルチェックをし忘れてしまった。今日の行為とか服用した薬の影響とか出ないだろうか……?
明日やってみればわかるか。俺も寝よう。明日起きたらまずはシャワー、次にメシ、それからバイタルチェックだな。
明日の予定をざっくりと決めた俺はミミの体温を感じながら目を閉じた。今日はよく眠れそうだ。
☆★☆
「んぁ?」
くすぐったくて目が覚めた。何かと思って目を開け、視線を巡らせてみると俺の胸元に明るい茶色の髪の毛が見えた。
「何をしているんだ?」
「ふぁっ!?」
声を掛けると明るい茶色の頭がビクッと震える。茶色い瞳と目が合った。しばし見つめ合う。
くすぐったかったところ――自分の胸板に手をやると、俺よりも小さくて暖かく、柔らかい手が俺の胸板に乗っているのがわかった。どうやらこの手が俺に悪戯をしていたらしい。
「んんー? 何かな? 何をしていたのかなー?」
「ふぇ……こ、これは、ええと」
「悪戯をして良いのは悪戯をされる覚悟のある奴だけだ、ミミ」
「え? え?」
「目には目を、歯には歯をだな……」
「え? あ、ぁっ……」
朝からイチャついた。とても良かった。
「さて、今日の予定だが……」
「はい」
朝食を摂りながら今日の予定を伝える。朝から予定外のアクシデントがあったせいで動き出すのが少し遅れたが、まぁ時間に追われる身分でもない。資金はまだ残っているし、セルフチェックプログラムを走らせてみれば艦の状態も良好だ。特に整備は必要ない。
勿論、資産を食いつぶして生きていくわけにはいかないから出来るだけ早く金を稼がなければならない。だが、まだ慌てる時間じゃない。
食事を終えたらミミのバイタルチェックを行い、生活必需品を買い揃えに行く。ついでにミミ用の小型情報端末を手に入れ、傭兵ギルドに行ってミミの訓練というか教育をどうすれば良いか聞いてみる。傭兵のことは傭兵ギルドに聞くのが一番だろう。
「と、こういう感じの段取りで今日は動こうと思う」
「はい、わかりました」
「食事を摂り終えたら少し休んで、それからまずはバイタルチェックだな」
「はい」
食事を終えた後、三十分ほど休んでから簡易医療ポッドでミミのバイタルチェックをする。バイタルチェックの結果は良好だった。多少疲労気味のようだが、病気などの心配は無さそうだ。
その結果にホッとする。ミミもホッとしたようだ。何をするにしても身体が資本だからな。健康で悪いことなんて何もない。
「よーし、じゃあ出かけるか。服はできるだけ露出の少ないものを選んでくれ」
「はい」
「着替えたら食堂に集合だぞ」
俺はもうとっくに着替え終わっているので、バイタルチェックを受けるために薄着になっていたミミが着替えてくるのを食堂で待つ。これから二人で生活するわけだから、艦内生活のルールなんかも決めていかないといけないな。これは帰ってきてから話し合うとしよう。
「おまたせしました」
「早いな」
「服を着るだけですから」
女の子は身支度に時間が掛かるものだと思ってたんだけど……まぁ、早いに越したことはないな。うん。
事前にリサーチしておいた店を巡り、生活必需品を揃えていく。ドラッグストアで色々と揃うのは便利だよな。ちょっとした食料品やお菓子、化粧品などの女性用の生活用品に下着などの衣類、様々な小物など大体なんでも売っている。勿論薬もだ。
「女性用のデリケートな商品に関しては自分で見繕うか、女性店員に相談してくれ。船に乗るってことを伝えて、過不足無いものを必要なだけ注文するんだぞ」
「は、はい……」
「良いか? 一度船に乗ってコロニーやステーションから出ると数ヶ月、下手すると半年とかのレベルで補給ができないこともある。下手に遠慮したりするとかえって俺に迷惑がかかることになる。そこをちゃんと考えるように」
「はい」
ミミは神妙な顔で頷いた。実のところ、俺も初心者だから偉そうなことは言えないんだけどな!
というわけで、俺も男性店員を捕まえて長期間の航行に備えた物資の購入を相談する。
相談の結果、怪我や病気に備えた救急セットを三セット、それに簡易医療ポッドを使った傷や病気の処置に使用する薬品や資材などを購入することにした。他にも清潔な下着やシャツの予備や、シャワーで使うための洗剤、船内で水を循環利用するための装置に使用する換えのフィルターや殺菌剤なども購入する。
「おまたせしました」
男性店員と納品数のチェックをしていると、ミミが女性店員と連れ立って戻ってきた。なんだか顔が赤いが、大丈夫か? 女性店員もなんかニヤニヤしてるし……なんだかオラ嫌な予感がするぞ。
「良い子じゃない。好きなだけ愉しんでね」
「……」
「……」
ミミに視線を送るが、顔を赤くして俯いたまま視線を合わせてこようとしない。うん、俺も鈍感野郎ではないからどういうものを買ったのかはなんとなく想像がつくけども。気になることだけは聞いておこう。
「安全な品なんだろうな? 重大な副作用や中毒性、依存性なんかがあったら洒落にならんぞ」
「それは大丈夫、安全性は保証するよ」
「ならいい、必要なものなんだろう?」
「そうだね。月のものがとても軽くなるし」
「そうか、男にはわからん苦しみだからな。あんたがそう言うならそれでいい」
人によって辛さは違うと聞いているが、場合によっては何もしたくなくなるレベルで酷い人もいるらしいと聞く。数日間から一週間以上もの間、常に痛むとか想像するだけでも億劫になる。そういうのを避けるためにも必要なものなんだろう。
というか、それが原因でオペレーションをミスったりされると下手したら二人とも爆発四散してスペースデブリの仲間入りとかしかねないし。この世界の技術は元々いたところよりもずっと進んでいるだろうから、きっと俺が知るものよりもずっと高性能なものになっているんだろうな。
「じゃあこっちの分も合わせて全部船に送っておいてくれ」
「お買い上げありがとうございます」
情報端末を用いて代金を払い、発送手続きを済ませておく。これで船に着く頃にはすでに商品はカーゴの中というわけだ。
まだ顔を赤くしているミミを連れて今度は小型情報端末を扱っているショップへと向かう。
「端末とタブレットだな」
「ふ、二つもですか?」
「タブレットは俺の分も欲しいから三つ」
情報端末の方は基本的な通信機能と財布としての役割、そしてタブレットは学習用兼仕事用兼娯楽用だ。学習というのはこれからミミにはオペレーターとしての訓練と学習に勤しんでもらうので、そのためというのが一つ。
仕事用というのは、ミミにおいおい資金の出納管理や傭兵ギルド、その他各所との連絡や手続きなどをしてもらうつもりなので、その時に必要になるだろうというのがもう一つ。
最後に娯楽用というのは単に動画を見るにせよ、ゲームアプリで遊ぶにせよ大画面であったほうが色々と便利だろうというのが一つ。ちなみに俺用に買ったのはほぼ娯楽目的である。ミミのを借りることもできただろうけど、それはちょっと気を遣うことになりそうだったからね。
「こんなに高価なものを……」
ミミは恐縮しきっていたが、必要なものへの出費をケチるのはあまり良くない。安物を買っていざという時に性能が要件を満たさないとか、壊れたとか、そういうことになったらシャレにならないからね。
次に行くのは服屋が良いか。俺の下着とかはドラッグストアで買ったけど、ミミの下着とか服とかはそうも行かないだろう。本当は服屋くらいはミミに一人で行かせて俺は傭兵ギルドに行きたい気持ちもあるんだが……物騒だからな。二人で行動したほうが良いだろう。
で、服屋なのだが。
「……」
「あの、どうしたんですか?」
「いや、品揃え偏ってない?」
ショーウィンドウに並ぶのはサイバーっぽい風味が若干漂うナース服やメイド服、魔法少女っぽい服、バニー服、えとせとらえとせとら……どう見てもコスプレショップです本当にありがとうございました。
「そうですか? 素敵な服だと思いますけど……高そうですね」
「え? 感想それだけ?」
「はい?」
「いや、うーん……? とりあえず入ってみるか」
「はいっ」
やはり女の子にとって服屋さんというのはワクワクするもののようで、ミミは元気いっぱいである。ミミはショーウィンドウに陳列されている衣装に何の疑問も抱かなかったようだが、俺の感覚からするとどれもコスプレ衣装にしか見えない。
この世界ではああいうデザインの服が一周回って最先端のデザインみたいな感じになっているのだろうか……? 若干不安を覚えながら店の中に入ると、意外と中は普通――。
「いや普通じゃねぇわ」
「???」
入るなり俺の発した言葉を聞いてミミが首を傾げる。所狭しと並ぶコスプレ衣装、コスプレ衣装、コスプレ衣装。若干サイバー風味になっている気がしないでも無いが、どう見てもコスプレ衣装。
いや、一見さんお断りゾーンかもしれない。奥に行けば普通の服も売っているに違いない。というかこんな服着てる奴、外に歩いてないじゃないか。売れてないんじゃないのか、この店。
「いらっしゃいませー」
頭にサイバー風味のウサミミバンドを着けた店員がにこやかな笑みを浮かべなら現れた。肌の露出は少ないが、どことなく制服がバニースーツっぽい感じがする。
「この子の服を買いに来たんだが……趣味的なやつじゃない普通の服もあるのか?」
「勿論ですとも」
「じゃあ、下着と服を見繕ってやってくれ。ミミ、行ってきなさい。俺は……」
「あちらに席がありますので、よろしければあちらでどうぞー」
「わかった」
「あ、あの……」
「予算は気にするな。必要なものを必要なだけ買うこと。良いな?」
「はいっ」
ミミが素直に頷く。うむ、それで良い。変に遠慮されるよりよっぽど良い。
「おー、ふとっぱらですねー」
「この子は傭兵見習いというか、オペレーター見習いなんだ。俺の職業は見ればわかるな?」
「傭兵さんですよねー? ということは、この子は船に?」
「そうなる」
「ほほー……?」
バニー店員が俺とミミをジロジロと見比べる。
「じゃあ、清楚なものから扇情的なものまで幅広く揃えますね。お兄さんもなかなかやりますねー」
「……傭兵らしい、オペレーターらしい格好の服を見繕ってやってくれ。その他は彼女の意見を聞きながら頼む」
「かしこまりましたー! さぁさぁ、こっちですよお客さん!」
「えっ? あっ、はい」
バニー店員がミミを店の奥の方へと案内していく。
「さて……」
きっと時間がかかるだろう。ここには女性物の服しか置いていないようだし、そうとなれば俺が一人でフラフラと店内をさまようのも具合が悪い。
俺は携帯情報端末を取り出し、メッセージアプリを起動した。勿論相手は残念宇宙エルフである。
『よくも焚き付けてくれたな』
『あんた達のためになったでしょう? あんた箱入りのお坊ちゃんだから、ああでもしないと手を出さなかったでしょうが』
メッセージはすぐに返ってきた。暇なのだろうか? そう言えば、星系軍に宙賊討伐の動きがあるとか言ってたっけ。相変わらず待機中ということなんだろうな。
『で。ヤッたの?』
『女の子がヤッたとか言うなよ……まぁ致しましたけれども』
『ヤッてないとか言ったら今からでもそっちに行って張り倒すところだったわ』
『やだこわい』
ネズミのような生物が猫っぽい生物にパンチされているスタンプが表示される。スタンプ機能があったのか、このメッセージアプリ。
『それで、何よ? 恨み言を言うためだけにメッセージ送ってきたわけ?』
『いや、ミミにオペレーターとしての教育をしたいと思ってな。そういう資料とかマニュアルとか教育アプリ的なものって傭兵ギルドで扱っていないか聞いておきたかったんだ』
『そんなの傭兵ギルドに行って聞けばいいじゃない……まぁ、あるらしいとは聞いてるけど』
『あるのか。傭兵ギルドで手に入るのか?』
『知らないわよ。ただ、傭兵ギルドの運営している傭兵の養成機関でそういうのを使っているって聞いたことがあるわ。傭兵ギルドに行って聞いてみなさい』
『アイアイマム』
スタンプ一覧からペンギンのような生物が敬礼をしている物を選んで送信しておく。
暇だからとメッセージアプリを介してミミのバイタルチェックの結果報告や、今はミミが服を選んでいて暇だというとりとめのない話をしていると、店員とミミが戻ってきた。袋の類を持っていないということは、船に発送して貰うのだろう。
「終わったか?」
「は、はい!」
バニー店員に視線を向けると、彼女は意味ありげな微笑みを返してきた。大丈夫なんだろうな……?
「支払いは」
「こちらになりまーす」
バニー店員がタブレットを差し出してくる。そこにはサイバー風味のバニースーツを着たミミの画像が大映しになっていた。どうやら本人の体格データと服のデータをその場で合成して着たらどんな感じになるのかを視覚化してくれるアプリの類であるらしい。
うむ、ミミの胸部装甲は凶悪だな。何がとは言わないが零れそうじゃないか。実にけしからん。
「おっと、間違えました」
「データは消せよ?」
俺の言葉にバニー店員はうんうんと頷いてから俺の耳に口を寄せ、こっそりと耳元で囁いた。
「会員登録しておけば系列店でデータを照合して最適な服をオススメできますよ? なんなら通販ですとか、新作のお知らせなんかもお届けできます」
「……俺の端末でも着せ替え機能は?」
「勿論。専用アプリを使えば可能です」
「よし」
代金を払う際にしっかり会員登録しておいた。ちなみにお値段はなかなかのものだった。それでもまぁ、散弾砲や切り札の弾薬費に比べれば微々たるものである。総資産から考えてもだ。
支払いを終えた俺達はその足で本日最後の目的地、傭兵ギルドへと向かう。
「次に向かうのは傭兵ギルドだ」
「はいっ」
「ぶっちゃけて言うと物凄く顔が怖いおっさんがいる。傭兵ギルドのイメージにぴったりな感じだ」
「は、はい……」
「でも話してみると気のいいおっさんだし、実質役所みたいなもんだからあまり緊張しなくても大丈夫だぞ」
「はい!」
ミミの表情はコロコロと変わって見ているだけで微笑ましいな。こういうのをあざといと言うのかも知れないが、可愛いは正義だと思う。しかし、ミミはただの女の子だよなぁ……護身術を覚えさせるとか、護身用の武器を持たせるとかしたほうが良いのだろうか。これもおっさんに相談してみるか。
 




