#128 まつろわぬひとびとのはなし
本物の鶏肉で作られた焼き鳥を堪能したその翌日。
クリシュナの整備と荷物等の積み込みが終わったという報せを受けた俺達はホテルをチェックアウトしてクリシュナを整備している整備工場へと向かった。
「懐かしき我が家だな」
「確かにクリシュナは船ですけど、殆どおうちみたいなものですよね」
「やたらと住心地も良いしね」
「敢えて住心地が悪いまま使う意義が見いだせないしなぁ」
エルマ的には傭兵の戦闘艦というのはもうちょっとこう、内装が無骨というか若干不便というか、殺風景な感じの方がイメージと合致するらしい。俺とミミはそんなイメージなど持っていないので、居住性が高くて綺麗で機能的な内装にがっつり入れ替えたわけだ。今でもあの出費は良い出費だったと思っている。
ちなみに、ティーナとメイが設計、監修したパワーアーマー用の新装備、ハチェットガンも既にクリシュナに運び込んであるはずである。まずはクリシュナと同じくオーバーホールしてもらったパワーアーマーの試運転がてら、ハチェットガンを試用するのも良いかも知れない。パワーアーマーを使うような仕事があれば受けるのも良いな。
パワーアーマーを着込んで武器を振り回すような依頼があればの話だけど。こんなコロニーじゃそんな仕事はそうそうあるとも思えな……いや、あるかな? あるかもしれんな。このコロニーは大きいし、歴史も古そうだ。出入りしている船も多いようだし、そうなると「いる」可能性が高いだろう。いや、いるだろうなぁ……うーん、依頼があったとしてもあまり請ける気にならない。
「ヒロ様、急に難しい顔をしてどうしたんですか?」
「いや、パワーアーマーもオーバーホールしたし、武器も新調しただろ? 試運転がてらパワーアーマーを使うような仕事がないかと考えてたんだが、ちょっとな」
「ああ、そういうこと。このコロニーなら仕事があってもおかしくないわね」
エルマが納得したように頷く。
「どういうことです?」
ミミは俺とエルマの反応の意味がよくわからないのか眉間に皺を寄せて首を傾げていた。思い当たるようなことがないらしい。
「ターメーンプライムは比較的新しいコロニーだったから、対策がされていたものね。でも、このブラドプライムコロニーのように古くて大きなコロニーでは対策が後手に回って、最早手がつけられない状態なのよ」
「……?」
ミミはエルマの言うことが今ひとつピンとこないのか、首を傾げている。
「棄民よ。不法滞在者って言った方がわかりやすいかしら?」
「ああ……」
はっきりとしたエルマの言葉にミミがようやく事情を理解して表情を曇らせた。棄民というのは行政府に切り捨てられた自国民を指す言葉である。つまり、俺に拾われるまでのミミも同じような立場といえばそうだったのだ。
ターメーンプライムコロニーにおいては行政府からの保護が殆ど受けられない代わりに、特定の区域内に留まってさえいれば生存が許されていた。生存が許されているというのはつまり、呼吸できる空気が与えられ、コロニー内に存在することを許されているだけではあるが。
飢えて野垂れ死のうが、棄民間の諍いで死ぬことになろうがお構いなしである。厳しく取り締まらない代わりに、構いもしない。正規の居住者からはいないものとして扱われる人々。それが棄民だ。
何らかの理由で身を持ち崩した元正規居住者であったり、自分の乗っていた船に置き去りにされた者であったり、寄港した船の密航者が密かに下船してそのまま住み着いた者であったり、その出自は様々である。このブラドプライムコロニーのように古い歴史を持つコロニーであれば、棄民の子供ということも有り得るだろう。
「でも、それが傭兵の仕事とどんな関係があるんですか?」
「傭兵の仕事の中には棄民を排除する、というような内容のものがあるのよ。それも、生死問わずで」
「えっ!?」
ミミが信じられない、という顔をする。それはそうだろう。つまりそれは、傭兵がパワーアーマーなりレーザー兵器なりなんなりを持ち出して棄民を殺して回る仕事なのだ、と言っているに等しいのだから。
「別にターメーンプライムの第三区画にいたような人達を排除して回るような仕事ではないわよ。傭兵に回ってくるような仕事っていうのは、もっとたちの悪い連中の排除。武装化したギャングとかマフィアとか、そういった類の連中ね」
「……どういう人達なんです?」
「色々ね。武装化してコロニーの一角を占拠し、配管を弄って酸素や化学物質の類をちょろまかしているような連中もいれば、宙賊と繋がって情報を流すことによって利益を得ているような連中もいるし、最悪な類だとコロニーの居住者を拐って文字通り食い物にするようなのもいるみたいよ」
「う、うわぁ……」
ミミがドン引きしている。俺もドン引きしている。武装化したマフィアみたいな連中って認識はあったけど、カニバリズムをやっているような連中もいるとはたまげたなぁ……近寄らんどこ。
「……どこかの訓練所か何かを借りることにしよう。あまり関わり合いになりたくない」
「そうしなさい。傭兵の中にはコロニーからコロニーに渡り歩いて、そういうのを専門にやるのも居るみたいだけどね。ヒロには合わないでしょ」
「そうするよ」
コロニーの闇を垣間見ながらの道中であった。
☆★☆
「待っとったで」
「お待ちしていました」
「お、おう」
整備工場にクリシュナを引き取りに来ると、何故かティーナとウィスカが待ち構えていた。工場長の姿は見えない。そういえば研修がどうのこうのとか前に言っていた気がする。きっと今はその研修中なんだろう。
「二人ともどうしたの?」
「折角の引き渡しやし、これから先うちとウィスカがクリシュナに乗ることもあるんじゃないかと思ってん。せやから、お試しで乗せてもらえたりしないかなぁと思ってな」
そう言ってティーナが期待を込めた視線を俺に向けてくる。まぁ、別に、良いですけれども。
「港のハンガーに移動させるだけだぞ?」
「ええんや。クリシュナがどんな感じで飛ぶのか、この身体で実感したいだけやから。許してくれるか?」
「別に良いけど」
そう言うと、ティーナは嬉しそうに笑顔を浮かべてみせた。ウィスカもホッとしたような顔をしている。別に何も面白いことはないと思うけどな。
「とりあえず船を出すか。手続きはどうすれば良い?」
工場長代理と引き渡しの手続きを終えて姉妹を含めた全員で船に乗り込み、船内をチェックする。
「メイ、変なものが仕掛けられていないか厳重にチェックしておいてくれ」
「はい、お任せ下さい」
船に乗り込んでハッチを閉めるなり俺がそう言うと、メイはスタスタとカーゴスペースの方へと歩き去っていった。それを見たティーナが苦笑いを浮かべる。
「用心深いなぁ……」
「足元を掬われるのは御免だからな」
「信用されるように頑張ります」
「……そうしてくれ」
そうは言うものの、スペース・ドウェルグ社の社員である以上は完全に信用するのは難しいけどね。個人的には二人とも嫌いじゃないが、彼女達の立場からすれば自分の命の次に優先するべきなのはスペース・ドウェルグ社の利益である筈だからな。
「まぁ、宇宙に出てしまえば会社もクソも無いよな」
「上司がいるわけじゃないですしね」
「酒も飲み放題やな」
「嬉しいね」
「……」
本当に大丈夫か、スペース・ドウェルグ社。本当に俺に同行させるのはこの二人で良いのか?
まぁ、難しいというのはわかる。何が難しいって、それは傭兵の船に乗り込んでスパイ行為をするということそのものについての話だ。
そもそも、なんとかメイの目を掻い潜ってクリシュナや俺達に関する情報を集めたとしても、その情報を送る術が殆どない。一つや二つ隣り程度の星系で活動しているのであればともかく、俺達のような傭兵というのは場合によっては仕事を求めて十数星系から数十星系ほどもの距離を移動する。そんな遠方から情報を送るというのはなかなかに手間がかかるのだ。
スペース・ドウェルグ社は一応帝国内にいくつものコロニー所有する企業なので、別にブラド支社に情報を届ける必要はないのであろうが、それでもまぁ難しいのは間違いないだろう。
下手をすれば宇宙空間を航行中にスパイ行為が発覚し、そのまま生身で宇宙船の外に放り出される……なんてことも有り得るのだから。スパイ行為というものが姉妹にとってどれだけリスキーな行動なのか、ということに関しては議論の余地もない。そのような指示をスペース・ドウェルグ社が出すかということに関しても微妙なところである。
それよりも、スペース・ドウェルグ社の最新ロットの母船を有した俺が大活躍するほうがスペース・ドウェルグ社にとっては利益があるかもしれない。そう考えればわざわざ俺の不興を買うようなことはしないだろうとも考えられる。実際のところはどうだかわからんが。
「少なくともあたし達は会社から妙な指示はなんも受け取らんよ。兄さんに信用されるように身を謹んで、真摯な態度で接するように言われただけや」
「姉さんの言うとおりです。というか、そんなことを指示されても怖くて無理です。特にメイさんが」
「無理よな」
「無理だよね」
姉妹がお互いに頷きあっている。うん、それは俺もわかる。メイが監視しているのがわかっているのにメイの主である俺に不利益な行動を取るのは絶対に怖いだろう。俺が彼女達の立場でも絶対にそんなことはしない。会社に強く言われても絶対にNOだ。死にとうない。
「はいはい、ギスギスした話はおしまい。これから同じ船に乗る仲間同士、仲良くしましょう」
「そうですね。まずは本艦のメインシェフにお茶でも淹れてもらいましょう」
「お、テツジンシリーズの最新製品積んでるんやったな。興味あるわ」
「えっと……」
ウィスカが上目遣いで俺の様子を窺ってくる。はいはい、俺が悪ぅございました。
「……デザートも美味しいぞ。オススメはプリンだ」
「楽しみです」
ウィスカがホッとしたような笑顔を浮かべる。気にはなるが、まぁ今は良いか。姉妹の歓待はミミに任せて俺は船のチェックをするとしよう。積荷も若干増えているはずだから、その配置も考えないとな。