#127 ホテル暮らしの終わり
試作機のテスト一日目に関しては問題なく終わった。いや、問題ありか? とりあえず速やかに、成功裏に終わった。
試作七号機ことハンマーセブンの武装面について言うべきことはあまり多くない。武器を搭載できるハードポイントは全部で四箇所。まぁ小型戦闘艦としては順当な数である。配置としては前部上方、中央部上方といった形で機体上方に集められており機体の下部側が死角になるものの、真正面から上方と左右を広くカバーしつつ火力を集中できるようになっている。
基本的に武器ハードポイントの設置箇所の良し悪しというのは火力を集中できる方向が真正面以外に存在するかどうかだと俺は考えている。
例えば、四つのハードポイントが上下左右に一個ずつみたいな機体だと、砲塔の可動範囲的に真正面以外では最大でも三つの砲塔でしか攻撃できない。真正面以外だと一つ砲塔が死ぬのだ。
それならハンマーセブンのように下部に死角があっても真正面から上方にかけて敵を捉え続ければ火力が集中できる配置の方が良い。少なくとも俺は。
火力を集中することよりも死角を無くすことに重きを置く人もいるかもしれないから、絶対にとは言わないけどな。標的を一方向に捉え続ける腕がないと使いこなせないわけだし。
で、だ。何が問題なのかと言うと。
「やはり機体は設計通りのスペックを有していたんじゃないか!」
「ソフトウェアに問題はない! 重量と推力バランスの計算がおかしいから挙動にタイムラグが発生しているだけだ! ここのデータがそれを証明しているだろうが!」
「計算は間違ってない! ソフトウェアの不備をパイロットが経験で補った結果だろう!」
「ソフトウェアは完璧だ! 重量と推力バランスの不均衡から出るタイムラグをパイロットが経験で補っただけだ! データはそれを証明している!」
性能試験の結果、俺は想定通りというか想定以上のスコアを叩き出すことに成功した。まぁ、挙動がワンテンポ遅れるだけならワンテンポ早く操作すれば良いし、重くて横滑りする機体というのも慣れれば面白い機動ができるので俺にとっては問題ない。
それで性能試験が終わった後に俺は反応がワンテンポ遅れるから、それを腕で補った。原因がハード面に拠るものなのかソフト面に拠るものなのかはわからないが、これを改善できたら良いのではないか、と発言したのだ。
その結果が目の前の騒ぎである。ハードウェア系の技術者とソフトウェア系の技術者は仲が悪いのか、お互いにお互いの調整不足が原因だったんだと言い合っている。まぁ、この諍いを調停するのは俺の仕事ではない。この依頼における俺の本分はテストパイロットを務め、操縦した所感をありのままに述べることであろう。
「とりあえず、旋回速度にはまったく不満は無かった。ワンテンポ遅れるのは同じだけど、回頭速度もロールの速度も問題なしだと思う。ただ、やっぱり機体が重いから鋭角的な機動は無理だ。トップスピードと重装甲を活かしたヒット&アウェイ戦法か、俺がやっていたような『滑り』ながら相手を攻撃範囲に捉え続ける戦法を取る必要があると思う。ハードポイントの位置も上方に集中してるし、割と玄人向けの機体になると思うな」
言い争いに参加していないドワーフの技術者に更なる所感を伝えておく。正直付き合いきれないからな。
「なるほど……参考までに、傭兵にとって扱いやすい機体というものはどういうものなのかを聞いてもいいか?」
「勿論。と言っても、あくまでも俺の考えだが……まず、挙動が素直な機体であるということだな。つまり反応が良い機体であるほうが良い。当然だな」
「ああ。操縦のしやすさは大事だな」
「次に防御面が充実していることだが、これは装甲よりもシールドに重点を置いてもらいたい傭兵が多いんじゃないかな。装甲が厚いのはもちろん歓迎だが、機動に影響がない範囲であるほうが望ましいと思う。それに、基本的に傭兵は装甲で攻撃を受け止めたくないんだ。修繕費用が嵩むからな。シールドだと金がかからないだろ? 装甲はシールドを失った後の最後の砦だが、普通の傭兵はシールドを破られそうになったら逃げに転じると思う。装甲で攻撃を受け止めながらも戦闘を続ける傭兵ってのはなかなかいないんじゃないかな」
それに、装甲のアップグレードはシールドジェネレーターのアップグレードよりも高くつく場合が多い。金をかけないと強みが発揮できない上に、その強みを発揮すると金が飛んでいく機体ってのはまぁ敬遠されるだろう、とも伝えた。
「ううむ、なるほど」
「火力面では小型戦闘艦なら最低限クラス2の武装が二つ以上つけられないといけないと思う。クラス3の武装が一門でも積めれば人気はかなり出るんじゃないかな? クラス1の武装は貧弱過ぎるから、クラス1の武装二門よりもクラス2の武装一門の方が傭兵には喜ばれると思う」
クラス1武装というのは所謂小型砲で、クラス2、クラス3というのはそれぞれ中型砲、大型砲に相当すると考えてくれれば問題ない。
ちなみに、クリシュナの重レーザー砲四門とシャードキャノン二門は全てクラス3扱いの武装である。小型戦闘艦にも拘らずクラス3の武装を六門、更に対艦魚雷まで積んでいるクリシュナの火力が重巡洋艦並みという表現になる所以だ。本来は小型艦だと普通はクラス3の武装を一門でも積むことができれば御の字なのである。
「大いに参考にさせてもらう」
俺の言葉を手持ちのタブレット端末にまとめたドワーフの技術者は小さく頭を下げてから喧騒の中に突っ込んでいった。どうやら諍いを収めるつもりらしい。頑張ってくれ。
「終わったの?」
技術者が俺から離れていったタイミングを見計らってエルマが声をかけてきた。あちらのレポートはとっくに終わっていたらしい。
「ああ、そっちは早かったみたいだな?」
「はい。レーダーと通信系には特に問題ありませんでしたから。エルマさんの方も同じだったみたいです」
「流石にそこは安心と信頼のスペース・ドウェルグ社だったわね。まぁ、船全体の評価となると私としては辛口にならざるを得ないけど。ヒロみたいな変態機動の使い手じゃないとまともに使えない船なんて論外よ、論外」
「言うほど変態機動じゃないと思うんだがなぁ……」
まぁ慣性で滑りながら三次元空間を縦横無尽に駆け回るのにはコツがいるけどもさ。そんなの練習次第だよ、練習次第。まずはオートバランサーとジャイロを切るところから始めればいい。存分に宇宙空間でくるくる回ってゲロを吐くといいさ。俺はパソコンの画面上で感覚を掴んだからせいぜい気持ちが悪くなるくらいで済んだが、この世界でリアルにあれをやったら地獄のような光景が広がること間違いなしだな!
「で、これどうするの?」
取っ組み合いに発展する前に騒ぎは収まったようだが、技術者連中は険悪なムードである。そこに少しくたびれた表情をしたドワーフの技術者がやってきた。先程俺と話をしていた技術者だ。
「今日のところはもう機体の調整に入るから、そちらの仕事は終わりで大丈夫だ。また明日再調整した機体に乗ってもらうことになると思う」
「そうか。それじゃあさっさとお暇することにするかな」
俺が視線を向けるとミミとエルマも頷いたので、俺達はパイロットスーツから元の服装に着替えて試験機用のドッグを後にした。
☆★☆
五日間のテストパイロット業を終え、俺達は再び暇を持て余す生活に突入していた。まぁ、暇な時間はコロニー内の観光をしていたので持て余すというのは少々言い過ぎかも知れない。
テストパイロット業? 別に語るような内容は多くないんだよなぁ。俺は普通に試作機をブイブイ乗り回して遊んでただけだし、ミミとエルマは特に故障も不具合もない機器をチェックしながら試作機であるせいか慣性制御が少々弱めのコックピットで青い顔をしていただけだしな。それも後半は慣れてきたのか平気な顔をしてたし。
「なーなー、兄さん。暇なんやけど」
「お、お姉ちゃん……だめだよ」
ソファに座る俺の横に寝転び、膝の上に勝手に頭を載せたティーナが俺にじゃれ付き、ウィスカがそんなティーナをオロオロしながら注意している。ティーナみたいな小さい子に懐かれて悪い気はしないが、気安いなお前?
「んーんぁー」
膝の上でじゃれついてくるティーナの小さな鼻を指で摘んでやる。はっはっは、可愛い顔が台無しだぜ。
「自然とじゃれついていますね……手強いです」
「なかなかやるわね」
少し離れたテーブルに着いていたミミとエルマが強敵を目の当たりにしたような雰囲気を醸し出している。そう言いつつもどこかまだ余裕があるのはティーナに対する俺の扱いがかなりぞんざいだからだろう。正直おしとやかなウィスカはともかくティーナはどちらかというと女の子というよりも犬猫などの愛玩動物枠である。
「それでええと……母船が仕上がるまでまだあと五日くらいあるのか」
「はい。予定ではおよそ120時間後ですね。特に作業の遅れなども無いようなので、予定通りに仕上がってくるかと思いますが」
俺の質問にソファのすぐ脇に立って控えていたメイが答えてくれる。
「クリシュナの方はそろそろ仕上がってくるんだよな」
「はい。予定期間を少しオーバーしていますが、今日中には終わるそうです。荷物の再積み込みなどで引き渡しは明日になりそうだと連絡が来ています」
「そうか」
そうなると、このホテルでのんびりするのも今日で終わりかな。
「お前らの方の準備は進んでいるんだろうな?」
「んぁっ、モチのロンや。もう必要なもんの発注は終わっとるし、あとは母船の内装が終わり次第諸々積み込んでもらったら準備完了やで」
黙って鼻を摘まれていたティーナが自信満々の表情でそう言う。一応ウィスカにも視線を向けてみたが、彼女もコクコクと頷いているので問題はないのだろう。多分。
「さよか。うーん……そうだ、この前ティーナが言ってた高級店とやらに行くか」
俺の言葉にミミのエルマの座っているテーブルの方からガタッと音が聞こえてきた。OKOK、勿論ミミも連れて行くからまだ席に座っていて良いぞ。エルマも勿論連れてくから。各地の銘酒が集められていると聞いてお前も目を爛々と輝かせていたのは覚えてるからな。
そしてその夜はティーナに案内された高級店……ヤキトリヤという店で美味しい焼き鳥を味わった。
うん、言いたいことはわかる。ヤキトリヤと言う名の高級料理店で、その実態は本当にその名の通り焼き鳥屋だったんだ。二つ隣の星系で養殖された本物の鳥の肉を扱っている店で、いつか見たコウベ=ビーフほどでは無かったが一本あたりの単価はなかなかのお値段であった。ねぎま一本15エネルとかぼったくりすぎじゃね? 無理矢理日本円換算したら一本1500円やぞ?
ミミは本物の鶏肉の味に感激していたし、エルマは銘酒の味に満足していたし、姉妹は焼き鳥の味に感動しながらも酒が飲めないことを嘆きつつ、美味そうに酒を飲むエルマに恨めしげな視線を送っていた。彼女達の禁酒期間はまだ明けていないのだ。
「ご主人様はあまり感動していませんね」
「まぁな……」
俺にしてみれば普通の焼き鳥だからな。これで黒い炭酸飲料でもあれば俺も泣いて喜んでいたんだが……残念ながらこの店に置いているのは酒以外には水とやたらと高い果汁100%ジュースだけだった。一杯100エネルとかふざけんな。一杯3エネルの水飲むわ。
こうしてホテル暮らしの最後の夜は更けていくのだった。