#123 ドワーフ焼き
ドワーフの商人達の押し売りを断るのはなかなかの難事であった。言葉巧みにガラクタを売りつけようとしてくる。微妙に興味を惹くものとガラクタを抱き合わせで販売してこようとしたりな。なんとなくボラれているような気がしたので、あとで地元の知り合いともう一回来るわ、と言ったら執拗に売りつけようとしてきやがった。
そそくさと去っていくのもいる辺り、俺を金持ちと見て搾り取ってやろうという輩もいたのだろう。ボラれるといっても俺の所持金からすれば大した金額でもないのだろうが、ガラクタを置いておけるスペースにも限りというものがある。無駄な買い物をしなくてよかった。
でもコンパクト調理キットは買った。エネルギーパックで長時間稼働する優れもので、工具箱くらいの大きさの箱にクッキングヒーターと可食判定スキャナー、それにちょっとした食器類と各種調味料が収められている一品だ。これももしかしたらどこぞの未開惑星に不時着した時に役に立つ……かもしれない。
いや、不時着したとしてクリシュナや母艦の設備が使えないほどに損傷していたら色々と詰んでると思うけどね! その時にはこいつが役に立ったりする前に全員墜落の衝撃で挽き肉になっていそうな気がするが、まぁこの前のリゾート惑星のような場所に行った時とか、そういう時にね? あとクリシュナ内で俺が腕を振るうとか?
無駄遣いであったという自覚はあります。はい。ま、まぁ多少はね? コンパクト調理キットはカメレオンサーマルマントと一緒にクリシュナに配送してもらっておいた。クリシュナというか、クリシュナを今預けている整備工場にだな。整備が終わったら運び込んでおいてくれることになっているので問題あるまい。
「意外と上手く捌いてたわね」
ドワーフの商人達を追い払ったところで声をかけてきた者がいた……というかエルマである。どうやら女子の買い物は終わったらしい。メイとティーナからは連絡が来ていないので、恐らくまだ武器のオーダーメイドに時間をかけているのであろう。仕事熱心で結構なことである。
「見てたのか」
「ええ、途中からだけどね。もっと要らないものを買わされるんじゃないかと思ってたんだけど、予想が外れたわ」
「だから言ったじゃないですか。ヒロ様は毅然と断れるはずだって」
残念そうに肩を竦めるエルマの横でミミが満足そうな顔をしている。
「でもヒロって結構甘々じゃない? ミミや私を大金を払ってまでホイホイ拾っちゃうくらいだし」
「そりゃそうだけど、それとこれとは別の話じゃないかなぁ」
エルマの時はともかくとして、ミミの時はもしかしたら仲良くなれるかも? くらいの下心はあったし。まさかいきなりああなるとは予想もしていなかったが。本当にカルチャーショックだったよね。
それが今では船に乗るというデッドボールシスターズの心配をするようになったのだから、俺もこっちの世界の流儀にだいぶ染まってきたようだ。人というのは順応する生き物だよなぁ。
「そ、そういえば調理キットを買っていましたよね? どなたか調理をされるんですか?」
微妙な空気を読んだのか、ウィスカが話題を変えてきた。
「ヒロ様が料理を作れるんです。生のお魚とか、お野菜とか、お肉を使って。凄い腕前ですよ」
「いや、全然凄くないから。雑な男料理だから」
「えー、そんなことないと思いますけど……本当にとっても美味しかったですよ?」
「そうなんですか……珍しいですね、今時ドワーフ以外で調理技能を持っている方って」
「ああ、そう言えばドワーフって料理人も多いわよね。このコロニーの食事処でも自動調理器を使っていないお店が多いし」
「使っていないわけではないんですけどね。生鮮食品は高いですから、殆どのお店は自動調理器で作った食材を調理しているんですよ」
「それって二度手間じゃないか……?」
「なんだか自動調理器で作った料理って味気なく感じてしまいませんか? お手軽なのも美味しいのも確かだとは思うんですけど」
「あー、なんとなくわからないでもないな」
高性能なだけあってテツジン・フィフスの作る食べ物は美味しいからそこまで気にはならないが、一番最初に積んでいた自動調理器の料理はなんとなく大味な感じだった。
「そうでしょうか?」
「私は気にならないけど」
ミミとエルマが揃って首を傾げている。ミミは多分生まれた時から自動調理器で作った食事を食べてきたから気にならないんだろうな。エルマはそもそもジャンクフード舌だから……ピザとかステーキばっか食ってるよ、このエルフ。なのに太らない。エルフの神秘を感じるな。
「どうもこの辺りの感性はドワーフ以外の方にはあまり理解されないんですよね。お兄さんとは上手くやっていけそうな気がします」
「そいつは何よりだな。じゃあここは一つ、昼飯はドワーフならではの飯屋ってのに行ってみないか?」
「良いですよ、ご案内します。何が良いかなぁ……」
ウィスカが虚空に視線を彷徨わせてからポンと手を打つ。
「そうだ、アレにしましょう。安くて楽しくてお腹いっぱいになりますし」
☆★☆
メイとティーナに連絡を入れて俺達が向かった先はこぢんまりとした食堂のような店であった。店内にはテーブル席と小上がり席があり、小上がり席のテーブル下は掘りごたつのような構造になっているらしい。そして、小上がり席のものもテーブル席のものも普通のテーブルではなかった。テーブルの中央には黒く鈍い光を放つ黒い金属製の板――恐らく鉄板が設置されているのだ。
ちょうど昼飯時だったせいか店内の席は全て埋まっており、席が空くまで少し待ちそうである。メイとティーナが到着するのももう少し先になりそうなのでかえって丁度良いかもしれない。
「ここは何のお店なんですか? クレープ……? とはちょっと違うようですけど」
「所謂ドワーフ焼きというやつですね。様々な具材を混ぜ込んだ生地を鉄板で焼いて、熱々のうちに色々な薬味やソースをかけて食べるものです」
「ドワーフ焼き」
見たところ生地の上に具材を重ねて焼くのではなく、具材を混ぜ込んだ生地を焼いているように見えるので、どちらかというと広島風ではなく関西風のお好み焼きのように見える。俺もお好み焼きに関して造詣が深いわけじゃないから、断言はできないけれども。
「はい、ドワーフ焼きです。皆で楽しく作りながら食べられるので、外から来るドワーフ以外の種族の方にも人気なんですよ」
「なるほど! 楽しそうですね!」
ミミは既に目をきらきらと輝かせている。エルマも興味深そうに客が自ら焼いて作るドワーフ焼きを見ているようだ。俺としても興味深い。やっぱり異世界でもこういう料理っていうのはあまり変わらないものなんだな。
「お待たせー」
「お待たせしました」
ドワーフ焼きの匂いに空腹を刺激されながら待っているとティーナとメイが到着した。ティーナはなんだかニコニコとしているので、恐らくは満足いくものが作れたと確信しているのだろう。メイも一緒にいたわけだし、エンジニアにありがちな趣味に走りまくって癖が強すぎる一品とかにはなっていないと思いたい。なんとなくティーナは感覚と感性で生きていそうな感じがするから、少し心配なんだよな。
「ドワーフ焼きかー、どうせならもっと高いとこ案内すればええのに。庶民的すぎるやろ?」
「お姉ちゃん……」
ティーナの言動にウィスカが呆れている。そういや昼飯奢ってやるって言ってたんだっけ。高いとこでも良いぞって言ってたのに確かにこれは庶民的かもしれないな。値段はわからんが、そんなに高いものとは思えないし。
「ま、そういうのはまた今度でも良いだろう。俺達だって高級ドワーフ料理には興味があるしな」
「そうですね、私も興味があります!」
銀河中のグルメを食べ尽くすというのを目的にしているメイとしても高級ドワーフ料理というのは気になる存在であるらしい。しかし、お詫びの高級な品として例の動く燻製肉が出てくるわけだからな……とびきり活きの良い新鮮なびっくり料理かもしれん。油断はしないようにしておこう。
そうして待っているうちに小上がりの大きめの席が空いたらしく、席へと案内された。俺達はともかく、メイド服姿のメイがとてつもなく浮いている感じがするな。本格的にメイド服以外の服装も考えたほうが良いかもしれない。
「任しとき。凄いとこ紹介するで」
「私がチェックしておきますから」
ニヤリと笑うティーナの横でウィスカがペコペコと頭を下げている。いや良いんだけどね。さすがに一食で何万エネルも飛んでいくわけでもないだろうし。こことかメニューを見てみたら軒並み一人前辺り5エネルから8エネルくらいだ。メイは食事を摂らないから、俺とミミとエルマと姉妹の五人だと、サイドメニューやドリンク含めてどんなに食べても100エネルは超えまい。
「注文は任せる。俺達はよくわからないしな。俺は飲み物は冷たいお茶か水が良いな」
「私もヒロ様と同じにします」
「私はお酒にしようかしら。ドワーフ焼きには何が合うの?」
「ビールが定番やけど、あたしはドワーフ酒の水割りかハイボールが好きやな」
「私はドワーフ種のお茶割りが好きですね」
「じゃあハイボールにしようかしら。貴女達も飲むわよね?」
「そりゃ当然――」
「お 姉 ち ゃ ん ?」
「――お、お茶にするで。禁酒二週間やからな。うん」
「あらそう。それじゃあ私だけが飲むのはやめとくわ。私もお茶か冷たい水で」
サラッと禁酒二週間を忘れかけていたな、ティーナは。会社からの正式な処分だから、破ると大変なことになるんだろう。ティーナを呼んだウィスカの声の迫力が凄かった。
「女将さーん、ブタタマ三とイカタマ三! あと冷たいお茶六つ!」
「はいよー」
ティーナが大声でオーダーを通し、カウンターから店員ドワーフ――女将さんの声が帰ってくる。ちなみに、女将さんも見た目は合法ロリなので、傍目から見ると少女同士の微笑ましいやり取りだ。なんだか調子が狂うな。
「アナログねぇ」
「こんなんにわざわざタブレットぽちぽちすることないやろ。なんでもかんでもテクノロジーを使えば良いってもんでもないで」
「エンジニアから出てくる言葉とは思えないな」
「エンジニアだからこそや。ダイレクトに音声で正確に情報のやりとりができる機能があるのに、わざわざコンソール用意してポチポチと用件を打ち込んで、それをわざわざディスプレイで目視確認するなんて無駄やん?」
「なるほど?」
わかるようなわからないような話だ。そんなやり取りをしているうちにドワーフ焼きのタネが入ったボールのような器や飲み物を女将さんが俺達の席へと持ってくる。
「はいお待たせ」
「あんがとさん。ほい、飲み物回すでー」
全員に飲み物が行き渡ったのを確認してティーナがお茶の入ったグラスを掲げる。
「それじゃああたし達の出会いに乾杯や!」
「かんぱーい」
正直その音頭はどうなんだ? と思わないでもなかったが、こういう場にそういったツッコミは野暮というものだろう。まずは素直にドワーフ焼きとやらを楽しもうと思う。