#122 ドワーフの商店街
遅れ申した……なんか最近お腹の調子が悪いな!_(:3」∠)_
『こっちは用事が終わった。メイとティーナには頼み事をして店に残ってもらったけど。そっちはどうだ?』
起動したメッセージアプリでグループチャットを送り、返信を待っている間に歩き出す。買い物をすると言っていたので、恐らく三人がいるのは商業区画の中でも食料や生活雑貨などを売っている方面だろう。
「どうするかねぇ」
ティーナとウィスカを受け入れるかどうか、ということについて歩きながら考える。
技術者の同行というのは非常に好ましいことである。何かしらの機械的なトラブルがあった時に対応できる人員がいると安心感が違うからな。
問題はあの二人があの手この手でクリシュナのデータを引っこ抜いてスペース・ドウェルグ社に渡してしまう可能性がある点だろうか?
実のところ、それはあまり警戒していないんだよな。クリシュナや納品される母艦の電子戦防御に関してはメイが一手に引き受けている。データを引っこ抜こうとしてもメイが防ぐだろうし、二人がそのような行動を取った場合メイが咎めることになるだろう。当然、俺にも報告が上がってくることになる。
そうすればどうなるか? いくら可愛かろうが懐に俺の血を吸う虫を入れて歩く趣味はない。叩き潰すか、放り捨てるかすることになるだろう。無論、その時は大元も叩かせて頂く。存分に。
まぁ、そうしようとは思うが、実際にそうすることができるかは怪しいものだ。俺的にティーナの性格はさほど嫌いな類のものではないのだ。少々あざといところもあるが、それがまた気楽で良い。気安さが逆に心地良いように思えるのだ。
ウィスカに関してはまだ一緒に過ごした時間が短いからよくわからないが、そこはかとなく幸が薄い感じがする。姉のせいで何度も貧乏くじを引かされてきたんだろうなぁということが想像に容易いな。昨晩姉に付き合って俺の所に来た辺り、相当姉のことを慕っているか流されやすいのか……まだ判断がつかないな。
とにかく、二人の受け入れに関してはエンジニアを船に乗せるメリットと、彼女達が船に乗ることで少なからず俺やクリシュナの情報が流出するであろうというリスクのバランスをどう見るかだな。
俺やクリシュナに関する情報なんてものは、長く傭兵生活を続けていけばいずれ知れ渡ってしまうものである。出来得る限り流出しないに越したことはないだろうが、いち傭兵である俺がそこまで気を張って制御しなければならないものかというと、正直俺は首を傾げざるを得ない。
そもそも俺は隠れ回る気がない。これからも傭兵として活躍していくつもりだ。つまり、これからもクリシュナを使って傭兵として活動していくつもりだ。そうなると、いくらクリシュナが強い船で俺がそれなりの腕を持っているとしても、クリシュナが機械である以上はメンテナンスをしなければいずれガタが来る。それを防ぐには確かな腕を持つエンジニアに整備をしてもらう他無い。
つまり、情報の流出を嫌ってクリシュナを誰にも触らせないようにしていても、いずれ詰むのである。クリシュナの秘密を守るためにクリシュナを失ってしまうというのは本末転倒ではなかろうか。それなら多少の情報流出などは気にせず、クリシュナを完璧に整備してもらって末永く使うほうがよほどお得だろう。俺はそう考える。
クリシュナが整備要らずで永遠に性能を維持し続けられるなら問題ないんだが、この世界はゲームではないので機械というものは放っておいても劣化するし、使っていればより劣化は早いのだ。これから先もクリシュナで戦い続けるのであれば、どこかで妥協はしなければならない。
「おっと」
考えながら歩いているうちに商業区画の半ばまで歩いてしまっていた。ポケットから小型情報端末を取り出してメセージアプリをチェックする。
『今はウィスカさんとティーナさんが船に乗る際に必要になるものを案内していました。もう少しかかりそうです』
「別にまだ乗せるって決めたわけじゃないんだけどなぁ」
そう言いつつ、乗せる方向に心の天秤が大きく傾いているのは確かだけれども。結論としては彼女達を船に乗せるメリットがデメリットを上回っていると俺は考えているわけだ。これに関してはミミとエルマ、それにメイにも考えを披露してもらうのが良いだろう。最終的な判断を下すのは俺だが、三人の意見も聞いておきたい。
『わかった。適当に商業区画をブラブラしてるわ』
再度メッセージを送り、今度は考え事をしないで店を見て回ることにする。ドワーフの多く住むコロニーということもあってか、工芸品のようなものが多いようだ。というか、既存のハイテク製品に工芸品的価値を付与したものを売っている店が結構多い。
例えば見た目が木製の自動調理器とか、装飾されたレーザーガン用のホルスターとか、トゲのついた肩パッドとか。いや待て、何だこの肩パッドは? 防具……? ファッション……? 俺には身につけてヒャッハー! とか言って遊ぶくらいしか使い途が思いつかないんだが。
「兄ちゃんお目が高いね。そいつはサーマルマントだよ」
肩パッドをスルーできずに立ち止まった俺にちょうど店頭にいたドワーフの店員が声をかけてきた。髭面で年齢はよくわからないが、声は思ったより若い感じである。
「サーマルマント。マント? これがマント?」
どう見てもヒャッハー肩パッドである。マント要素が皆無だ。
「そうさ。一見マントっぽくない見た目にするのに苦労したよ。肩につけてスイッチを入れるとマイナス50度からプラス50度までの寒さ、暑さに快適に対応できるんだ」
「そりゃすごい。動力は?」
これがあれば年中Tシャツと短パンでも過ごせるってことか。それは凄い。見た目がトゲ付き肩パッドじゃなかったら買っていたかもしれない。
「エネルギーパックを一つずつ入れて使うんだ。それで2万時間は動くよ」
2万時間というとおよそ833日である。エネルギーパック2つで2年以上も稼働するのは凄いな。
「ちなみにいくらだ?」
「うーん、改造に苦労したからなぁ。殆ど新開発みたいなものだし。そうだな、3000……いや、2500エネルでどうだい?」
「う、うーん……」
簡単に買える金額だが、見た目がなぁ……これを装備したら手斧を持ってヒャッハー! って言わなきゃならない義務感に駆られそうだ。髪型もモヒカンとかにするべきじゃないだろうか。いや、似合わねぇな。俺には絶望的に似合わねぇな。
今の俺は日々のトレーニングで細マッチョとでも言うべき体型になっている。このトゲ付き肩パッドはもっとこう、ガタイの良い人間が身につけるべきアイテムだ。
「俺には似合いそうも無いからやめとくよ。ついでに聞きたいんだが、改造前の普通のサーマルマントは無いのか?」
「あるよ。こっちは800エネルだね。エネルギーパック一個で3万時間は動くよ。やっぱり身体をすっぽりと覆うマントの方が効率が良いんだよね」
そう言って店員のドワーフが店内から持ってきたのは、若干光沢のある白い色のビニールのような革のような不思議な質感の素材でできたフード付きのマントだった。
「もっと目立たないような色のは無いのか?」
さすがにこれは目立つだろう。
「ああ、カメレオン機能もついてるのが良いのかい? ならこっちだね。カメレオンサーマルマントは1200エネルだよ」
そう言って今度はザラザラとした質感の焦げ茶のマントを持ってくる。そして首元部分にある留め具のようなもの店員が弄ると、マントの柄が灰色の都市迷彩のようなパターンに変わった。
「買うならそれが良いな」
「こっちの方がデザインが良いよ? ほら、似合う似合う」
そう言ってドワーフの店員が俺の肩に肩パッドを乗せて営業スマイルを浮かべる。どうやって俺の肩にくっついているんだ、この肩パッドは。これが技術の無駄遣いというやつか。
「いや、そっちのカメレオンサーマルマントで良い。それを……そうだな、予備も含めて五着くれ」
「五着もかい!? 勿論ですとも!」
店員がホクホク顔で店内へと走っていく。俺とミミとエルマ用で予備に二枚。あるいはティーナとウィスカ用ってことでいいだろう。温度調節機能と周りの風景に溶け込むカメレオン機能付きのフード付きマント……何かの役に立つこともあるかも知れない。環境の過酷な惑星に不時着してしまった時とか、生命維持装置の壊れたコロニーに調査に入る時とかに。SOLではそういった感じのイベントとかもあったんだよな。備えておいて悪いことはないだろう。
「お大尽の旦那、うちにも良い品がありまっせ」
「ちょい、先にうちが目ぇつけたんや。旦那ぁ、うちの商品もみてって? な?」
「おいおい、先にうちの商売が先だよ。ささ、旦那、奥へどうぞ」
いつの間にかドワーフの商人達が俺の背後に集まっていた。はっはっは、お前ら商魂逞しいな? あと二人目の女商人、そんな風にしなを作ってもまったく心が動かないぞ。
しかしやらかしてしまったぞ、これは。どうしたものか、と考えながら俺は肩パッド売りのドワーフ商人の店へと足を踏み入れるのだった。