#119 セールス
翌日である。
いやぁ、あの蠢く燻製は強敵だったな。真空パックに入ってたのに、開けた途端蠢き始めるからミミが悲鳴を上げてたよ。食べてみたら美味しかったから、最終的には三人で美味しく頂いたわけだけどな。
味は……濃厚なエビっぽかった。ボイルしたやつじゃなくて、刺し身っぽい感じ。それでいて食感は……アワビ? とりあえずあれが何だったのかは調べないことにした。食っちまった謎生物の正体を知るのは怖いよな。
「今日こそはパワーアーマー用の武器とかを見に行こうと思っていたんだが」
朝起きて朝食を取り、ホテルのジムでトレーニングを終えて部屋のシャワーで汗を流し、さぁ出かけようというところで。
「案内ならお任せやで、旦那」
「お、お姉ちゃん……お兄さんにはもっと丁寧な言葉を使わないと」
何故かシャワーを浴びて出てきたらデッドボールシスターズが部屋にいた。どういうことだ、とミミとエルマと、あとサラに視線を向ける。そう、サラも俺の部屋を訪れていたのだ。
「はい。この二人がどうしても改めてヒロ様にお詫びをしたいということなので、私がお目付け役となって連れてきたのですが……不快なようなら今すぐ連れ帰ってブタ箱にぶちこみますので」
初手タメ口──というか気安く接するという常識では考えられないムーブを目の当たりにしてこめかみに青筋を浮かべたサラが物騒なことを言う。いや、まぁ、別に気安く接されただけでブタ箱にぶち込めとまでは言わないよ、俺は。
「というか、こいつらの処分はどうなったわけ?」
「ヒロ様がとりなしてくださったので、厳しい処分にはなりませんでした。厳重注意と禁酒二週間、減俸三ヶ月ですね。ちなみに私は禁酒こそ言い渡されませんでしたが、減俸二ヶ月です。工場長は禁酒一ヶ月と減俸三ヶ月、リーダー研修の再受講となりました」
「そのサラッと処分の中に禁酒が入ってくるの何なの? ドワーフにとって禁酒は刑罰なの?」
「刑罰以外の何ものでもないやろ」
「辛いです」
「私は禁酒を言い渡されなくて本当に良かったです」
がっくりと肩を落とすデッドボールシスターズと、対照的にホッとした顔を見せるサラ。信じられないことに、ドワーフにとって禁酒は非常に重い刑罰であるらしい。アル中か何かなのかな?
「まぁ、処分についてはわかったよ。改めて謝罪をしたいという件についても謝罪は受け取ろう。しかし俺に二度も迷惑をかけてるこの二人をよく俺に近づけようと思ったな」
普通に考えれば近づけないようにするものだと思うが。
「それがですね、まだ本決定ではないのですが、この二人をヒロ様の専属整備員として派遣するのはどうかという話がありまして」
「……ちょっとよく聞こえなかったな。なんだって?」
「あの、この二人を、専属整備員として派遣しようという話が持ち上がっていまして」
「……なんでよりによってこの二人なんだ?」
何故かドヤ顔をしている赤髪合法ロリと、そんな姉を見てオロオロとしている青髪合法ロリに視線を向ける。人選がおかしくないか? わざわざ俺とトラブルを起こしたこいつらを俺につけようとするとか何考えているんだ?
「腕は良いんですよ、この二人。行動力もずば抜けていて……まぁその、行動力が仇になることも多いのですが」
「くれるとしても思慮深そうな妹の方だけで良いんだが」
「えっ? そ、それって……」
「なんでや! あたしだって可愛いやろ!」
俺の発言に頬を赤くする青髪の妹と、憤慨する赤髪の姉。なんでやってお前、そういうとこだぞ?
「というか専属整備員として派遣するってのはつまり、どういう扱いになるんだ?」
「彼女達の給金は我々スペース・ドウェルグ社が支払います。つまり、所属はあくまでもスペース・ドウェルグ社のままということです。無論、コロニーを離れて自由に移動が可能になる自由移動権の付与手続きやその費用も全てこちらで持ちます。ヒロ様にかかる唯一のご負担は納品するスキーズブラズニルに彼女達の生活スペースを確保していただき、提供していただくという一点のみです。無論、彼女達の生活スペースの設備に関しても当社で負担致します」
「ふーむ……?」
これはお買い得なのだろうか? 腕の良い整備員が二人、給金も必要な設備も全てスペース・ドウェルグ社持ちで手に入るということだよな。確かに装備や設備のメンテナンスができるプロのエンジニアというのは得難い存在だが。
「言っておくが、傭兵稼業に同行するのは危険だぞ。命の保証は一切できないし、怖い目にも遭うと思うが」
「でも色々な所に行けるんやろ? 色んな場所や不思議な光景や旨い酒とも出会えるかもしれないし、あたしは少々の危険があってもコロニーの外に出てみたいな。旦那にも迷惑をかけたし、恩返しもしないと」
「私は……ちょっと怖いですけど、とりなしてくれたお兄さんに恩返しがしたいから。本当に、お兄さんが取りなしてくれなかったら姉ともども路頭に迷っていたので」
デッドボールシスターズは危険な傭兵の船に乗るというのに随分と楽観的というか、抵抗感が少ないようである。お前ら本当にそんな簡単に決めて良いのか? 傭兵稼業の危険さを甘く見てない? まぁ、落とされるつもりも母艦を落とさせるつもりもないけどさ。
まぁ、恩返しのためにって点は好感を持てるかな。悪い気はしないというか、別に大したことじゃないと言えば大したことでもないと思うが……コロニーみたいな閉鎖的な環境では、一度転落すると這い上がるのが難しいんだろうな。
「この場ですぐに返答するのはちょっと無理だな。クルーとの相性もあるだろうし」
「そうですよね。なので、よろしければコロニーの案内に彼女達を使って彼女達との相性や人となりを見ていただくのはどうか、と。彼女達からそう提案があり、社としてもこちらの提案を受け入れて頂く下地となれば良いという判断でして」
「なるほど……」
デッドボールシスターズに視線を向ける。姉のティーナは……なんだか知らんが自信ありげな様子だな。妹のウィスカの方はそんな姉を見てハラハラしているようだが。第一印象は最悪というか、何してくれてんだお前って感じだったけど、話してみると二人とも気立ては良さそうではある。
「しかし、仮に二人を受け入れるとすると……」
本当に俺以外女だらけになってしまうんだが。女好きのエロ傭兵の誹りはますます免れなくなりそうである。そう言えばこいつらも俺の船に乗るとなると、例のこれなんてエロゲ? みたいな慣習から考えて色々と不味いと思うんだが。
「なぁ、例のアレ。男の傭兵の船に女が乗るっていうのはー、みたいな慣習があるじゃないか。その方面は気にしないのか?」
「気にせぇへん。というか、もう旦那と他の三人はデキとるんやろ? そこに新しく男のクルー入れるのはかえって危ないと思うで」
「まぁ、トラブルの種にしかならないでしょうね。特殊な事情でもなければ」
エルマがティーナの言葉に同意する。なんだよ特殊な事情って……とは思ったがなんだか嫌な予感がしたので聞くのはやめておいた。ケツの穴が縮み上がりそうだ。
「二人が気にしないっていうならまぁ……まだ乗ってもらうと決めたわけじゃないけど」
「あたし達、お買い得だと思うけどな。自分で言うのもなんやけど、顔は悪くないやろ?」
そう言ってティーナが俺の顔を見上げてドヤ顔をキメる。まぁ、確かに顔は悪くないというか、美少女の類だと思うが。姉が美少女なら双子の妹であるウィスカもまた同様に美少女顔だ。でもな。
「流石に小さすぎてちょっと」
「誰がちっさいんや!? 旦那がデカすぎるだけや! あたしたちはもう二十七やぞ。立派なレディーや」
「マジか」
「マジや」
俺とほぼ同い年である。こんな小さいのに俺とタメなの? マジで? ドワーフの神秘だな。
「ヒロと同じくらいじゃないの?」
「お兄さんも同じくらいの歳なんですか?」
「まぁ……うん」
認めたくないが、同い年くらいらしい。えー……そうなのかぁ。そうなると、ミミがダントツで若いわけだな。俺よりも十歳以上若いわけだし。そうなるとサラは……?
「何か?」
「いえ、なんでも」
歳の話をし始めた辺りでどす黒いオーラを放ち始めたサラの威圧を受け流しておく。いくら見た目が小さくても女性に歳の話は厳禁だ。いいね?
「私が一番若いですね」
何故か張り合ってそこはかとなくドヤ顔オーラを放つメイが少し面白かった。そうだね、メイは生後二ヶ月経ってないもんね。確かにそうだわ。
「じゃあまぁ……案内を頼もうか」
「ヒロはパワーアーマーの装備や武器を見に行くんでしょ? ならメイと二人でどうぞ。私とミミは普通に買い物とか観光とかしてくるから」
「それじゃあ旦那達の案内はわたしがするわ。ウィスカは姐さん達を案内したってや」
「うん。わかったよ、お姉ちゃん」
そういうわけで、俺とメイとティーナ組、ミミとエルマとウィスカ組で別れてブラドプライムコロニーを散策することになるのだった。




